070_0300 great engineer, grave deviant, grand sinner Ⅰ ~談論風発~
完全に陽が落ちても、支援部員はひとりを除いて部室に全員いた。
昨日の今日でまたも普通ではない事件が起きたため、関係省庁とのすり合わせや調査が行われている。そのため顧問は部室にはいない。それが終われば後始末があるため、帰宅も見合わせている。
「変装などというレベルではなかったであります。十路に化けていた時など、男性器の存在も確認したであります」
「だん……その報告どうなんですのよ……」
「チ●チン生えてたであります」
「単語の問題じゃねぇ!? つーかどうやって確かめた!?」
至極真面目にボケる野依崎と、対するコゼットのツッコミはともかくとして、なんとなく集まって反省会に行っている。応接セットのテーブルをどかし、全員で石油ストーブに当たりながら。
「見た目どころか《魔法》までコピーするとは、想像もしなかったぞ」
「偽キャラとはお約束ですね。ファンタジーな通称をつけるとすれば、《ドッペルゲンガー》って感じですかね。部員の誰かが入れ替わっても、気づけないですよアレ。もう既に入れ替わってる可能性だって否定できません」
十路とナージャは、真面目に懸念を話す。
「ゲ。ナージャ、まさかジャムつけて食う気か?」
「フルーツ大福みたいなものですよ。十路くんもどうです?」
「その手の和洋折衷はナシな人間だ。たい焼きとか今川焼きにカスタードとかチョコとかチーズとか認めてない」
「それ言ったら、抹茶味が席巻してるのはどうなんです?」
しかしその手は、ストーブの天板に載せた焼き網の上で、餅をひっくり返している。その横ではアルミホイルに包まれたリンゴとサツマイモが転がっている。更には餅を片付けた後に行う予定のチョコフォンデュの準備も万端だ。
既に夕食時で、空き時間と熱源を有効活用していると言えるが、学校敷地内の部室であることを考慮すると『やりたい放題』が正しい表現だろう。
「偽者と本物を見分けるために、なんか策が必要ですわね……」
部長としての思考回路を垣間見せる言葉とは裏腹に、コゼットはのん気な風情で磯辺焼きをビロ~ンとしてる。
今回『羽須美』を撃退したのは、彼女から連絡された指示や不確定情報が発端だった。
「部長はどうやって俺の偽者に気付いたんですか?」
「わたくしは気付きませんでしたわ。たまたま木次さんが来て、匂いが堤さんと全然違うっつーから、半信半疑ながら動いたんですわよ……いやまぁ、いつもの堤さんと違ってましたけどけね……?」
「だったら半信半疑どころか、完全疑惑じゃないですか」
「…………」
コゼット・ドゥ=シャロンジェ二〇歳、いまだ交際経験もない乙女は、上目遣いに十路を睨む。
「なにがあったか知らないですけど、俺の仕業じゃないのに、俺に文句言われても困るんですけど?」
「えぇ……わかってますわ。わかってますけどね……? ですけどね? 色々と思うことがあるんですわよ……? 貴方、ベッドヤクザ? あと外でヤるのに抵抗ない変態?」
「部長まで俺の性癖を歪めないでください」
具体的にはわからずとも、ツッコむと危険なのはトラブル回避本能が察知したので、十路は話題を変える。
「でも結局、闇討ちとか決定的なことが起こる前に、相手は逃げたってことですよね?」
「もしかしたら、木次さんが近くにいたからじゃねーです? 不自然なタイミングでニセ堤さんが消えて、その後すぐに木次さんが現れましたし。《ヘミテオス》同士なんか察知してんのか、木次さんの嗅覚だと変装バレるのわかってんのか、その辺は知りませんけど」
「それで体育終わりに連れ込まれての、謎の指示ですか」
「えぇ。一番怪しいのは、貴方方のクラスの『衣川羽須美』ですもの。授業途中に消えてて、その間にフォーさんが堤さんとここで会ってたっつーじゃねーですのよ。それでようやく疑惑が確信に」
「そこまでは理論的ですけど、最終的な判断根拠って、なとせの勘なんですよね……」
餅を飲み込んだ南十星は、きな粉を噴きながらサムズアップする。
「兄貴のニセモノなら一〇〇パー見分ける自信ある」
「他の連中に化けてた場合は?」
「とりあえず一発殴って判断する?」
「本物・偽者関係なく、今日みたいな大乱闘が起こる気するのは、俺の偏見だろうか?」
女子部員たちの凶暴性について誰かが異論するよりも前に、キャラものマグカップに缶入り汁粉を空けて餅を食べていた野依崎が顔を上げた。
「尻になにか突っ込めば、きっと見破れると思うであります」
「そういえば結局、お前が送ってきた意味不明なメールの真意を聞いてないんだが……俺の偽者となにがあった?」
野依崎はすぐにマグカップに視線を落としたので、貞操 (尻)のピンチについても保留されてしまった。この感情に乏しい小学生女児との付き合いもそこそこになってきたが、無表情の裏でなにを考えているのか相変わらず察することができない。
聞いておかねばならないような。聞かずにおいたほうが幸せのような。どちらを選ぶべきか十路は悩んだが、トラブル回避本能に従ってそれ以上ツッコむのは止すことにした。
「で。これで終わったと思うか?」
「「全然」」
代わりに一番大事なことを問うと、四人とも首を振った。意識統一の必要なく、全員が同じ危機感を有していた。
「《ヘミテオス》って、生半可なことじゃ死なないんしょ?」
「あの程度で死ぬはずありませんし、諦めてるとも思えません。木次さんの雷どころかプラズマ砲食らった経験者が保障します」
「奇人基準で言われても、誰も同意できないって」
ナージャが食べ始め、南十星が餅の番を交代しながらの会話を考える。
「だけど実際戦ってみた感じ、あんな弱いなんてヒョーシぬけ」
「不慣れな《魔法》のせい、と思ったほうがいいですよ。ナトセさんやわたしみたいに、白兵戦に特化してる《魔法使い》なんて珍しいですし」
「確かに《躯砲》もかなり加減してたなぁ。フローフシなら体がバラバラになるくらいのムチャができるだろうに……ケッ。臆病者が」
「狂人基準で言われても、誰も共感できないです」
《魔法使い》という通称で呼ばれていても、ゲームキャラのようにステータスが偏った貧弱ばかりではない。社会的立場が軍人やその訓練を受けた国家公務員ならば、近接戦闘技術くらい身につけている。
しかし《魔法》が特化されているのはかなり珍しい。遠距離から一撃必殺の攻撃を放てるのだから、わざわざ接近する必要性がない。その一撃を避けて懐に飛び込むことができるならば、近接戦闘を行う《魔法使い》ももっと多いだろうが、物理的に肉体が耐えられない。それこそ暗所恐怖症を抱えるに至った経験で時間の流れが違う空間を作ったり、狂気的信念で内臓破裂しても平然と動くような出鱈目さがない限りは。
だからこそ、『羽須美』の行為は本来あってはならない。偶然の一致が考えにくい複雑怪奇な効果の術式を、他の《魔法使い》が使うなど。
《魔法使い》というコンピュータシステムは独立稼動で、術式は独自形式で圧縮されている。いかなる手段かでデータをコピーしたとしても、他人には実行できないはず。
もっとも相手は《ヘミテオス》――《魔法》と呼ばれるオーバーテクノロジーの管理者権限を持つ非条理の存在だ。通説が覆るなにかがある可能性を想定できる。
「しかも最後の戦闘機なんですわよ? 物理法則無視するにもほどがあるでしょうが?」
「《使い魔》なのは間違いないと思うでありますが……それよりも自分が気になったのは、別方向から飛来してきた空対地ミサイルでありますね」
餅はもういいのか。リンゴとイモの焼き加減を気にして突くコゼットと野依崎の会話に集中する。
《使い魔》の異様さは当然気になった。昨日十路と《バーゲスト》が高速道路上で攻撃されたのは、それが用いられたのだろう。だかそれ以上は陸自所属だった十路よりも、空軍に関わっていた野依崎でなければわからない部分だ。
「戦闘機型の《使い魔》は、アメリカ空軍のロイヤルウィングマン計画や、航空自衛隊の『将来の戦闘機に関する研究開発ビジョン』と同コンセプトの機能を持ってると推測するであります」
「空軍関係者以外にもわかる説明をお願いしますわ」
「強化服を通じて子機を操作する自分の戦術を、《魔法》抜き・戦闘機で行っていると考えれば、理解できると思うであります。有人機が完全自律制御の無人機を指揮し、最低限度の人員で部隊運用する技術の搭載は、今後出現する第六世代型戦闘機の定義のひとつであります」
「つまり?」
「自分たちへ爆撃を敢行してきたのは、そういった無人機の仕業。ミス・キスキが撃墜したのも、無人機が身代わりになった可能性もあるであります。ここらは調査確認待ちでありますね」
「なにか確証が?」
「ないであります。目の前にいた有人型の接近も反応遅れたでありますし、無人機もステルス機の可能性も」
「あの魔改造形態でステルス機を名乗ったら、他のステルス機から袋叩きにされねーです?」
「レーダー反射断面積を低減する従来型の受動ステルスではなく、ジャミングで干渉する能動ステルスであります」
「《魔法》なしだと、それも完成してねー技術じゃ?」
「任意形状レーダー開発の問題点は、《付与術士》がドミノ倒しのギネス記録に挑戦するくらいの根性を出せば、クリアしても不思議ない程度であります」
「発狂するわ」
「ま、オリジナル《ヘミテオス》が未来技術を承知していたら、そんな手間も不要と思われるであります」
無線操縦の無人戦闘機が当たり前になり始めた現在、有人機と無人機の混成編隊というコンセプトは、逆行しているようも思える。
しかし戦場の空から有人機をなくすことはできない。無人戦闘機の操縦は人工衛星を経由するため、タイムラグや通信妨害への脆弱性といった技術的な問題がある。
人的な問題もある。空軍内で無人戦闘機のオペレーターは、ぶっちぎりの不人気職なのだ。実際に空を飛びたくて入隊志願した者は、そんなものを希望するはずない。命をかけて空を駆ける戦闘機乗りたちからは、同じパイロットとして扱われず蔑視される。更には安全なオフィスから人を殺して家に帰るという生活スタイルが、危険な戦場に派遣されて緊張を強いられるよりもストレス障害になりやすく、配置転換希望や退職が後を絶たないという。
そのため現実的な次世代の空戦は、有人機と無人機の混成が想定されている。
人間兵器 《魔法使い》をパイロットとし、無人機にも発振機能を持たせたならば、一七基もの《魔法使いの杖》を操る野依崎ほどのデタラメさが必要なく、常人が操作するよりもより効果的なコンセプトになりうる。
「そういえば、思いっきり民間人の目の前で殺人行為をやったわけですけど、そっちは?」
「知りたけりゃネットで検索してくださいな」
コゼットの投げ遣りさから察するに、芳しい反応ではないらしい。支援部員が一般市民の前で戦闘するのは初めてのことではないが、今回は開示できる情報がない。あったところで『自分たちの生活圏で突如暴れ始めた危険な人間兵器』という認識を拭えない。
世論の柵に囚われたままで、いつどのように接近してくるかわからない敵を警戒しなければならない。普段と変わらないと言えばそうだが、難易度が格段に上がっている。
今後支援部員は、下手に『羽須美』に手出しできない。少なくとも修交館学院高等部三年生『衣川羽須美』である限りは。仮に彼女がなにか暗躍し、それを阻止するために戦闘行為を行おうにも、なにも知らない他の学生たちから見れば、人間兵器が普通の学生に不逞を働く、痴漢冤罪のようなことにもなりうる。夕方に校内で派手に戦闘したのも、戦闘機の出現と攻撃があったからまだ正当防衛を訴えることができる、かなりのギリギリさだ。
どうしたものか。やはり生活圏に敵を入れるのは早計だったかと十路が首筋を撫でた時、シャッター越しにエンジン音が聞こえてきた。自動車とは違う大型バイクのそれだ。学校構内だからかゆっくりしたペースではあるが、それは部室に近づいてくる。教員や一部の大学生が構内に乗り入れるにしても、通用口付近に駐車場があるのだから、こんな場所まで来ない。
薄い警戒を浮かべた顔を部員同士で見合わせると、閉じられていたシャッターを開いた。
ある程度開いた頃合に、音源が少し離れた暗がりに停車した。それに跨って来た人物は、地面に降り立ちヘルメットを脱ぐ。夜闇に浮かぶそのシルエットは男のもの。マッチョと呼べるほどの隆起はないが、鍛えられているのは見て取れる。
逆光になるであろう十路の姿を認めて、背負っていたものを抜く。ちょっとした剣と呼べる鉈の刃が闇の中で光を反射する。
否応なく伝わる害意に、部員たちは装備を手にして身構えた。
十路だけはむしろ落ち着いた。というか白けた。完璧に誰かに成り代わる《ヘミテオス》が近くにいる現状で、間違いなく本人である根拠のない確信があるが、それはそれで関わりたくない。映画を趣味とする南十星相手に現実逃避を図る。
「ああいう不審者、ホッケーマスクつけるのが伝統じゃないのか?」
「リメイクもしたけど、ジェイソン・ボーヒーズはさすがに古くね? 宇宙進出する二四六五年までアリかもしれんけど」
「は? 宇宙?」
「シリーズ一〇作目のジェイソンくんは、コールドスリープから目覚めて宇宙船の中で殺しまくってロボ娘と戦りあうよ。しかもサイボーグになる」
「キャンプ場の風紀委員が……レンタル屋で間違えるの狙った便乗作品か?」
「制作会社は違ってるけど、ガチの続編。パクリ映画ならエイリアンかサメと戦って、邦題が『一三日のアルマゲドン』とかになってるって」
そんなコアな語らいのため、こういう時には真っ先に動く南十星の代わりに、意外にも野依崎が飛び出した。《魔法》は使っていないが強化服の機能は使い、大人の身長よりも高く跳び、襲撃者の顔面にドロップキックをカマす。
「ぶごッ!?」
短い悲鳴だけで倒れた襲撃者を、野依崎はぞんざいに足を掴んで引きずり、コンクリートの床に投げ出した。
「そういえば、淡路島で顔を合わせたものの、ロクに話をしなかったでありますね」
部員たちがちょっと引く中、明かりの下で改めて紹介する。
「これがリヒト・ゲイブルズであります。現状の場合、初源の《魔法使い》などと呼ばれる存在ではなく、単なる重度のシスコン発症者でありますが」
トライバル・タトゥが侵食した厳つい顔に子供サイズの靴跡を刻んだ、絶対に料理人にも技術者にも会社役員にも見えない外国人男性の来訪に、樹里がこの場にいないのは、果たして良いことなのか悪いことなのか。十路はため息と共に首筋を撫でた。




