020_0910 貴腐人王女と丁寧ヤンキー王女Ⅳ~Fortnight~
王女という肩書きを持つとはいえ、コゼットの暮らしぶりは豪奢ではない。天蓋付きのベッドがあるわけでもない。アンティークな家具を置いているわけでもない。
《魔法使い》たちが暮らすマンションの三〇二号は、色彩や配置は機能的で品の良さを感じるが、大型家具店で買ってきた物ばかり。部屋の広さだけは破格だが、暮らしぶりはごく普通の学生の一人暮らしと言っていいだろう。
ただ、彼女の印象から少々意外なのが、ヌイグルミが多いこと。大小関わらず多数、部屋の一角を侵食する量が置かれている。
「……ったく」
帰宅したコゼットは荒い動作で、トートバッグと空間制御コンテナをベッドに投げ出した。
そして玄関ドアに引っかけられたビニール袋のディスクを確認する。
ハードケースにはマジックで『前に話した仕事の件 byつばめ』と書かれている。機密性が高い情報だから、メールで送付せずに直接手渡そうとしたのだろう。
『仕事』がなんのことか理解できなかったが、しばし考えて思い当たる。
(あー、部員になるか不確定のがいるから、新しい《魔法使いの杖》作るとかなんとか、前に理事長言ってましたわね? 本気で作れっつーことですの?)
ノートパソコンを立ち上げ、早速そのデータを読もうとして。
「……ふぅ」
やめた。
《付与術師》としての仕事は、文句を言いつつも、楽しんでやっている。
《魔法使いの杖》は軍事兵器並みに高価で希少な電子機器だ。普通ならば手にすることもできないそれを、まだ大学生の身分で好き勝手にいじれるのだから、興味がないわけない。
そういう意味ではコゼットは、根っからの技術者なのだろう。
だけど今は、気分が乗らない。
金髪頭をガリガリかいて、深々とため息をつくと、ベッドに体を投げ出した。シャワーくらいは浴びたいし、化粧を落とさなければならないと思うが、酔いも手伝って動くのが面倒くさい。
(堤さんに勘づかれましたわね……具体的にはなにひとつわかりゃしねーでしょうけど、あの人ですからね……)
抱き枕にできるほど大きい、イルカのヌイグルミを抱きしめて、怒涛のように過ぎ去った時間を反芻する。
結果論に過ぎないが、十路を巻き込んだのは失敗だったか。
他人の心情に頓着せず、空気を読めていない言葉を吐くのは彼のいつもだが、本当に空気が読めない人間ではない。むしろ今日の一件で聡いとすら感じた。
(わたくしがワケあり《魔法使い》である理由なんて単純ですし、すぐ想像できますものね……)
魔女の呪い。
そんな非科学的な言葉が脳裏に浮かぶ。
クロエ相手に去勢を張るのが精一杯だったから、彼女の目的がどうにも知れない。
恐れていたことが現実になるのではないか。そんな懸念を消すことができない。
どうするべきか。いや。
(どうこうしたところで、どうしようもないことなんですわよね……)
それが高貴なる血筋の定め。良くも悪くも歴史や誇りを生まれ持ってしまう。たったひとりの肩に、何百人もの先祖たちがしがみついてくる。
魔女の塔を離れたことで初めて明らかになる、決して逃れることができない、ラプンツェルにかけられた呪い。
(ま、すぐにどうこうなるっつーこともねーでしょうし……)
日和見というよりは諦め。言い訳だと彼女自身も理解している。
だが、曲げるつもりはない。
目が覚めれば現実が待っているとわかっている、泡沫の夢に浸ってるようなもの。いつか来る時が来てしまったかと思う程度。
好まざることだと理解していても、彼女はそれを無理に変えたいとは望んでいない。
『魔法使い』ではなく《魔法使い》――なんでも可能な神通力に等しい力の使い手ではなく、常人よりもできることがほんの少し多いだけの人間だから。
コゼットは寝転がったまま、ベッド脇のサイドボードに手を伸ばし、日頃開けない引き出しを開ける。
そして日頃出さない、伏せたまま入れていた写真立てを引っ張り出す。
小さな額に入っているのは、家族写真だった。
子供たちの顔には緊張が浮かんでいるが、大人たちはリラックスして微笑を浮かべている。
背景にも着ている服にも、写真館でプロに撮影されたような堅苦しさがフィルターされているが、彼らの普段を思えば簡素とすら言えるだろう。
まだなにも知らずに済んだ、幸せだった時間が封じられている。
(息の根止めるつもりなら、サックリやられたほうが、こっちも楽なんですけどね……)




