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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》の異常事態
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065_0030 【短編】 記憶の残照Ⅳ ~バレかけちゃった!~


「あっれ~?」

「お?」


 会計して出ようとしてる風情の学生客二人組が、樹里たちのテーブル横で足を止めた。

 ふたりとも知り合いなので、声だけで誰かわかる。十路も同じなのか、そっと姿勢を戻して、ゆっくりと振り向く。

 『知り合いに会うのも問題』と話していたところなのに、会ってしまうとは。


「なんか、珍しい組み合わせだな? 部活は?」


 樹里のクラスメイトで教室で別れた井澤(いさわ)(ゆい)と、十路のクラスメイトだが支援部の部室に入り浸るので、樹里も面識ある高遠(たかとお)和真(かずま)が一緒にいた。

 支援部員の友人を持つという共通項があり、お互い一緒の時に校舎内で顔を合わせることもあるので、面識があるのは当然と思うが、一緒にファミレスに来るほど親密とは思わなかった。


「いえ、今日部活休みだから、真っ直ぐ帰ろうとしたら、高遠先輩と偶然会って、付き合って欲しいって頼まれまして」


 意味なくパタパタ手を振り、ついでにカチューシャで押さえられたショートボブも振り、結が親密さを否定する。


「相手を知っていて、そこまで親しいってわけでもない、絶妙な間柄の女の子の意見が必要だった。ナトセちゃんに頼むのも考えたけど、ちょうど結ちゃんに会ったしな」


 和真が剣道部をサボるのは、今に始まったことではないので、十路も追求はしなかった。


「ナージャに機嫌取りするのは勝手だけど、地獄突きで沈められる未来しか見えんぞ」


 代わりに、入っているのはプレゼントかなにかだろう。和真が提げる紙袋を見ながら、十路は冷淡さを発揮する。

 樹里も同じ意見だが。支援部員にして十路のクラスメイトであるナージャ・クニッペルに、和真は言い寄っているが、笑顔のまま物理的にNOを突きつけられている。何度も目の当たりにしているので、贈り物程度で関係が変わるとも思えない。


 ともあれ、ふたりは一緒に買い物して、礼か休憩かでファミレスに入ったということか。


「で。十路。お前はなにしてんだ?」

「この子、どうしたんですか?」


 説明が終わると、今度はそちらだと、当然のように彼らは訊いてくる。やはり当然、樹里を見ながら。知らない幼児と知り合いの高校生が一緒であれば、不審に思うのも当然だろう。

 当然でも、スルーして欲しかった。


 十路はゆっくり目を泳がせて、カップを持ち上げる。樹里もふたりから視線を外して、ストローを咥える。

 ドリンク一口分を嚥下する時間が、ひどく長く感じる。結も和真も反応を待っていて、なんだか気まずい。


 沈黙に耐えられなくなったか、十路はカップをソーサーに戻し、仕方なしの口を開く。


「あー……まぁ、その、なんだ? すげー説明難しい」


 説明になってなかった。彼でも現状を誤魔化す上手い言い訳は、かなり無理があった。


「『部活』関連か?」

「無関係ではないけど、そっち関係ってわけでもなくてな……」


 和真の言も、半端な肯定になってしまう。部外者でも部室に入り浸っている彼ならば、支援部の活動が半分裏社会に足を突っ込んでいると知っているから、『部活』と言ってしまえばきっと深くは問わないだろうに。

 十路が誠実だから、友人相手に嘘を避けようとしているわけではない。そんな性格ではないと樹里でもわかる。

 いい加減な嘘をつくと、貫くのが難しくなるからだ。ここで幼児化した樹里を部活の関係者にしてしまうと、なにも知らない他の支援部員との間に齟齬が生まれて、結果として面倒になりうるからだと察した。


「ねぇねぇ。お名前は?」


 男同士の話では埒が明かないと思ったか、じっと樹里の頭を見下ろしていた結が、視線を合わせて笑顔で語りかけてくる。


「ミ、ミリ……()よ?」


 プチパニック状態で咄嗟に出てきた偽名は、南十星が一度だけ、アサミを呼ぶのに使った名前だった。樹里に似ているから『ミニ樹里』と。


「……堤先輩。なんだかこの子、樹里に似てません? 妹がいるとか聞いたことないですけど」


 偽名で想起させてしまったのか。首をひねった後、結は笑う。


「なんか今日の樹里、変だったんですよね。急に走って帰っちゃって。あと、お昼までは普通だったのに、なぜか夕方になったら背が縮んで見えたんですよ。そんなことあるわけないのに」

「「…………」」


 十路はゆっくり目を泳がせて、カップを持ち上げる。樹里もふたりから視線を外して、ストローを咥える。

 ドリンク一口分を嚥下する時間が、ひどく長く感じる。結も和真も反応を待っていて、なんだか気まずい。先ほどよりももっと気まずい。


 その時、この空気をなんとかする天啓が、樹里の脳裏に閃いた。


「おトイレ!」

「! わかった!」


 即座に十路は意を汲んだ。ベビーチェアから樹里を抱え上げ、そのまま店の奥へと足早に去る。要するに説明から逃げた。


「誤魔化せたか……?」

「そう信じたいれす……!」


 通路の隅で隠れて様子を伺うと、和真と結は首を傾げながらも、連れ立ってレジへ歩み去った。まだなにか予定があるのか、十路たちの戻りを待ってまで問いただす気はなさそうだった。

 また教室で追求されるだろうから、問題の先送りでしかないのはわかっているが、ひとまず安堵の息をつける。


「つい()れすから、本当に行ってきます……」


 切羽詰ってはいないが、尿意は嘘でもない。和真たちが完全に去るのを待つ意味もある。乙女的に少し言いづらいことではあるが、下ろしてもらう必要があるので、言うしかない。


「そっちでいいのか?」


 化粧室に入ろうとしたら、なぜか十路に呼び止められた。


「いや、問題ないなら、俺は構わないけど……」

「ふぇ……?」


 呼び止められた理由が、樹里には伝わらなかったので、首を傾げながらも、そのまま女性用化粧室の扉を押し開けてしまった。

 彼は時として大事な説明でも省く悪癖があるのと、先ほどまでのことを忘れて。



 △▼△▼△▼△▼



(死ぬ……!)


 髪から水を(したた)らせ、息も絶え絶えになって、樹里はようやく化粧室から出た。


 普通の椅子に座れなくなったのだから当然だ。昨今は和式便所はめっきり減った。

 便座に腰かけるのもひと苦労。しかも穴サイズが違いすぎて、危うく便器の中に転げ落ちるところだった。


 ドリンクサーバーに届かなくなったのだから当然だ。親と一緒が前提なのか踏み台もなかった。

 手を洗うのもひと苦労。蛇口に手が届かないので這い上がったら、勢い余って洗面台に頭から突っ込んで、自動で出てきた水で溺れかけた。


(子供って、こんな大変なの……!?)


 大人基準で設計された日常の世界は、体格が違うと不便どころか危険すら覚える。子を持つ親の心配が尽きないのを実体験した。

 十路が半端な止め方をしたのは、悪癖だけでなく気遣いが含まれていたと、今ならわかる。


 でも反省する気はない。小さくなっても頭脳は同じ、迷走ばかりの女子高生だから。


「言わんこっちゃない……」


 通路で待っていた十路に呆れられたが、乙女のプライドは譲れない。いくら危険であろうと、ひとりでトイレは絶対に譲らない。

 男子便所で補助(しーしー)されることになったら、羞恥心がどうこうよりもまず、泣く。



 △▼△▼△▼△▼



 席に戻ると十路は、着替えた学生服が入れた子供服専門店の袋から、タオルを取り出す。


「用意いいれすね……」

「服買う時、『池に落ちた』って言い訳したから、店員に渡されて一緒に買う破目になっただけだ」


 ファミレスに台布巾(ダスター)はあっても、さすがにタオルは借りれないだろう。そう思っていたところなので、贈答用ではない安物だが、ありがたくそれで頭を拭く。

 だが上手く拭けない。女子高生としての感覚で、幼児の体を操ろうとしても食い違う。乱暴に水気を拭ってお茶を濁すのが精一杯だ。


「ほら。貸せ」


 見かねた十路にタオルを奪い取られ、そのままワシャワシャ拭かれる。痛みを覚えるほどではないが、犬相手みたいな乱暴な拭き方だった。

 軽く頭を揺すられ、記憶が想起される。


 ――こぉら。髪乾かしてるんだから、動かないの。

 ――…………

 ――ところでリヒトくんは、なに部屋の隅でいじけてるのよ?

 ――ジュリと一緒に風呂入れねェンだと思うと……

 ――や。樹里ちゃんももう、男と一緒にお風呂入っちゃいけない年頃でしょ。

 ――わかッちャいるンだけどヨォ……仕方ねェなァ。

 ――あと一〇年もすれば、また男と一緒にお風呂入りだすかもだけど。

 ――ウオオオオォォォォォッッ!? ソイツ殺ス!!


 親でもあった姉夫婦との、風呂上りの何気ないやりとり。物騒な言葉が出ていたが、実行しない限りごく普通のことだ。


 ――ほんっと、お風呂って面倒よね……ねぇ。ジェルとかマイクロバブルとかで、一気に洗うの作って売らないの?

 ――作っても売れない。

 ――宇宙用とか、介護用とか。

 ――設備の更新になるのは変わりはない。そう簡単に広まりはしない。


 女性に頭を拭かれながら、よくわからない会話が、頭の上で飛び交うのを聞いていた。


 樹里にも成長の記憶がある。昔と比べれば背が伸び、体つきも女らしく変化した。

 だから、生身で《魔法》が使える以上の人外だとは、これまで知らずにいられた。

 それが――


【トージ、そろそろ話の続きをして問題ありませんか?】

「あぁ。悪い」


 いつの間にか拭き終わっていたことを、二種類の声で気づいた。タオルを片付けている十路に短く感謝を伝え、樹里はノソノソとベビーチェアを這い上がる。


 和真たちが登場した上に、席を中座したので、イクセスも様子を伺っていたのだろう。誰もいない席で、ヘルメットががなり立てていたら、さすがに他の客や店員に注目されている。


【それで、これからどうするんですか?】

「もう少しここで時間潰す。和真たちとまた鉢合わせしたら厄介だし」


 すっかり冷めたコーヒーを一気に流し込み、お代わりを淹れようとしたか。立ち上がろうとした十路が、半端な姿勢で止まった。


 そのまま彼は腕時計を見た。

 樹里も壁の時計を見ると、早いご家庭なら夕飯時になるだろう時間だった。


 十路は次いで、テーブルの端を見た。

 樹里も視線をたどると、ファミレスなので当然、メニューとコードレスチャイムがある。


 そして十路は、樹里を見下ろす。

 嫌な予感がした。


「……強制的にエネルギー摂取すれば、元に戻ったりしないんだろうか?」


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