060_0400 異変は既にⅤ ~幼女~
慌しい一日を過ごした支援部員が勢ぞろいしたのは、陽が完全に落ちて、昨夜と同じように焚き火を囲む時間となった。囲むとはいっても、まだ夕食は調理中だが。
「各自、今日の仕事について報告してくださいな」
料理よりも部長職を優先させるコゼットの音頭に、まず海洋調査を行った南十星が左手を挙げた。右手は熱湯で満ちた鍋に投入しようとする、塩揉みしたタコで塞がっている。
「鳴門のウズシオに揉まれてきた。ちょっちオモロかった」
「どこまで行ってますのよ」
「そこまで行かないと魚いなかったんだもーん」
鳴門海峡は淡路島の南部、島と四国とを隔てている側だ。大阪湾は東部なのに、なぜそこまで足を伸ばすのか。渦潮に巻き込まれた件は、当人があっけらかんとしている以上、『アホの子だし』で流して誰も心配などしない。
「大阪湾の水と海底土壌から、基準から外れた汚染は観測できませんでした」
ちゃんとした報告は、釘打ちしたアナゴを見事におろすナージャから続けられた。口と手は同時に動いている。
「ただ、淡路島東部は、生き物が異常なほど少なかったです。魚はもちろん、海草や貝もいなくて。だから捜索範囲を広げたんです」
「派手に戦りましたから、魚が逃げ出すのはまだしも……動かない生物もいない?」
「わたしたちで調べられる範囲では、原因は不明でした。詳しくは採取したサンプルと、記録したデータを参照してください」
それ以上の回答を持っていないナージャは、『あとはそっちでなんとかしてくれ』と、コゼットの疑問を打ち切らせる。
彼女もそれを理解したのか、マグカップの紅茶を揺らしながら、十路に視線を向けてきた。
「《塔》組は?」
「航空障害灯の設置は完了。全部ちゃんと点灯してるか、後でチェックしに行きます」
十路も視線を移すと、昨日と赴 きが異なる《塔》が見えた。各所で小さな光が瞬いている。見たところ電力供給とタイマーはちゃんと機能し、北側から見えるものは問題なさそうだが、逆側は移動して確かめるしかない。
料理をしている樹里に、なにか補足あるか、一応目を向けた。
彼女もコゼットの言葉に顔を上げていたが、十路の報告で充分と考えたか。彼に視線に気づいた様子もなく、口を開くことなく視線を下ろし、吹きこぼれる飯盒を火の弱い場所に移動させる。
「ちなみに《ヘーゼルナッツ》に関しては、まだ完了してませんわ。やっぱり武装関連は査察団のチェックが厳しくて、捗りませんでしたわ」
捌くのに難儀しそうな中途半端な大きさの魚をぶつ切りにし、次々と鍋に放り込みながら、コゼットが自己申告する。王女様のお手製料理は、男くさい漁師風になりそうだった。
「艦専用に改修されてる武装もありますからね……さすがに過積載なタイムスケジュールの無理が出ましたわ。それと、堤さんには個別に相談がありますわ。ここだと誰が聞いてるか不明ですから、後で」
「はぁ……」
十路の専用装備の件については、端折られた。知らない十路は何のことか、当然ながら理解はできず推測もつかないが、『後で』と言われたか深くつっこまない。薪が多くて火が強くなったので、網焼きの魚を避難させる。
「明日の予定は?」
「あとで理事長がこっち来るそうですから、相談してからですわね」
ともあれ、夕食を完成させて、食べてからだ。
そんな空気を破壊して、突如サイレンが鳴り響いた。静寂なはずの無人島に響く大音量に、鳥が一斉に羽ばたいた。
支援部員たちは、料理器具を装備に持ち換えて立ち上がった。
《バーゲスト》が側にいない十路も反射的に周囲を警戒したものの、事態がわからない。他の部員たちは《魔法使いの杖》と接続し、脳内センサーを働かせて見回したが、やはり事態が把握できないようで、警戒以上の行動を行わなかった。
例外は、警告音の発生源と機能を接続し、直接データをやり取りした、野依崎だけだった。
「《ヘーゼルナッツ》に侵入者であります」
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異常は食料庫で起こっていた。
「罠を仕掛けた甲斐があったであります」
もっと具体的に言うと、野依崎がアイスを詰め込んでいる冷凍ショーケースだった。押っ取り刀で全員で駆けつけて見た有様に、十路とナージャは呆れる。
「まだアイスのこと、根に持ってたのか……」
「というか、本当にアイス泥棒がいたんですね……」
単純な罠だった。なにかしらの条件を満たさず、ショーケースを開けると、足元が強力なバネで跳ね上げられるだけ。だが実際に作ろうと思えば、ショーケースの開き加減や身長・体重といった条件が変わるので、実は効果の割に無駄に高度だ。
「二メートルのハムスターはいなかったけど、某国民的電気ネズミはいたね」
南十星の言葉は間違いではあるが、正しくもある。
「なんで子供がいますのよ……?」
コゼットが疑問を呈するとおり、動物を模した着ぐるみパジャマを着た子供が、ショーケースに上半身を突っ込んでもがいていた。




