020_0600 ある日、野良犬VS獅子Ⅵ~Decompress file -Stray Cat-~
トレンチコートの男たちが小さな宇宙人を連行する白黒写真を見たことないだろうか。あれは宇宙人捕獲の証拠ではなく、週刊誌のエイプリルフールネタなのだが。
「溶ける……! 太陽の光で溶けるであります……!」
「ンなアホ言ってヒッキーやってんじゃねーですわよ!」
「…………」
あんな感じでコゼットと十路が少女を連行した部室には、いつもの面々が揃っていた。
「あ、野依崎さん。元気そうですね」
パソコンでメール処理をしていた樹里が笑いかける。
「お? 雫ちゃん? 一月ぶりじゃん?」
マンガを読んでいた和真が、気軽に手を上げる。
「わー。フォーさん、久しぶりですねー」
紅茶を淹れていたナージャが、ホンワカ笑顔で振り返る。
「無事フォーちゃんを連れ出せたみたいだね」
スマートフォンをいじっていた長久手つばめが、十路とコゼットを労う。
【その子も部員らしいですけど、一体何者ですか……? 呼称がバラバラなんですけど……】
おおよそは樹里あたりに聞いたのだろう。十路と同様に初対面のイクセスには、つばめが対応する。
「小学五年生のフォーちゃん。別に怪しい子じゃないよ?」
【あだ名じゃなくて、正式な名前は?】
イクセスの疑問は最も基本的なはずだが、つばめは更なる疑念しかない答えを返す。
「野依崎雫。アギー・ローネイン。和泉クリスティーナ。三つあるよ?」
【どうして和洋折衷で名前が三つもあるんですか……? しかも全部の名前に『フォー』なんて入ってませんし】
「偽名。戸籍偽造してるから、公的には全部本名ってことになるけど」
【ムチャクチャ不審人物じゃないですか!?】
「イクセスちゃんは考え方固いなぁ。金属製だから?」
【ツバメがゆる過ぎなんですっ!】
合成音声を荒げるイクセスに、樹里が困ったように笑いながら宥める。
「ほら、《魔法使い》の業界って、いろいろあるし……」
【いや、間違いじゃないですけど……私たちにまで偽名って……】
彼女がボカして言ってるのは、《魔法使い》が社会の暗部に関わるのが珍しくもないため、偽名など当たり前に使うということ。例えば十路でも身分を隠すために、任務で正式な偽造戸籍を使ったことは一度や二度ではない。
まぁ、同じ組織に属していても、偽名でしかやり取りしないなど、あまり一般的ではない常識を身につけた十路でも、聞かない話だが。
【今まで部室に来たことがないですし、部活にも参加してないのはなぜですか?】
「このコ、コンピュータシステムに詳しいから、裏方がメインなの。だから部活に参加してないわけじゃないよ?」
樹里と交代してパソコンの前に着く少女を見つつ、つばめがイクセスに説明する。地下室から出るのを嫌がっていたが、どうやらパソコンを与えておけば大人しくなるらしい。
ちなみに起動したブラウザには、やはりデイトレード画面が映っている。小学生がオンライン株取引をやる程度では、この部室の面々は気にも留めない。
「たとえばこの間の事件、写真一枚から犯人を突き止めたのは、あのコ」
【方法は問わないでおきます……合法かすごく怪しいんですけど】
「あと、コゼットちゃんが忙しい時には、みんなの装備の整備を手伝ってるかな」
【《付与術師》なのですか?】
「見習いって感じかな? 《魔法》を使わないとならないハード的な整備は、コゼットちゃんが全面的に担当。パソコンに繋げるソフト的な整備を、フォーちゃんがたまに担当。そんな感じで分担してるわけ」
今度はヘッドホンをしていないのに、少女は自分のことを話題にされていても、反応を示さず背中を向けたまま。
「ともかくこのコ、あまり人前に出ないからね。二号館の地下に引きこもっちゃって、最近学校にも来てないって初等部の職員から聞いたから、ジュリちゃんに頼んだんだけど……」
【あの、ツバメ? 学校の地下にヒキコモリって……】
「部員なんだし、マンションに住めばいいとは言ったんだけど、嫌だからってあそこに住み込んでるわけ」
【なぜですか?】
「それは本人に聞いて?」
すっかり大人しくなるとなんら反応しない、謎ばかりな四人目の部員を、十路も改めてじっくり眺める。
(俺の入部前からいるなら、『増える』って言い方は変だけど、また変な部員が増えるな……)
小学五年生とつばめは言っていたが、考慮しても幼い印象が先に立つ。小柄な体躯で、キーボードを叩く手は木の葉のように小さく、指は枝のように細い。
「フォーちゃん。引きこもってないで、もうちょっと外に出てきなよ?」
「それは理事長が、まだなにか用事を押し付けるという意味でありますか?」
「そうじゃなくて、学校にも行ってないでしょ? あんまりキミに干渉しない代わりに、学校にちゃんと通うの、約束でしょ?」
「……面倒であります」
奇妙な言葉遣いは気だるげで素っ気ない。顔には眠たげな無表情を浮かべ、初対面の男子高校生やオートバイには無反応なマイペースさを発揮している。
(和真とナージャが、俺と雰囲気似てるって言ってた理由、なんとなく理解できたけど……)
しかし違う。
イヌ科の動物は基本的に群れで生活し、ライオンも限定的に群れる。
しかしネコ科の動物は単独生活を行う種が多く、この少女はそちらの印象が強い。
子供が体を撫でようとしたら、無視するのでも愛想を振りまくのでもなく、小うるさく感じて逃げようとする。自由奔放。掴みどころがない。人には決して懐こうとしない。
その気性が野良犬とも、子犬とも、獅子とも決定的に異なる。
例えるならば、怠惰な野良猫だ。
「ところで……堤先輩?」
「?」
不意に樹里に、恐る恐る話しかけられた。
なぜ普通に話しかけてこないのか咄嗟には理解できなかったが、そういえば野依崎の様子窺いに、彼女に騙されてコゼットと一緒に行くことになったのを思い出した。道中のエキセントリックさで忘れていたが、そのせいでビクついているのか。
本当ならば彼女が聞きたいのは、コゼットと十路が仲直りできたかだろう。
しかし昼間にはなかった別の疑問が新たに発生しているため、彼女はそっちを思い切って訊くことにしたらしい。
「どうしてケガが増えてるんですか……?」
十路の右瞼は腫れ上がり、鼻には血で赤くなったティッシュが詰められている。鏡は見ていないが熱を持っていることから、頬に手形が刻まれているのではないかと思う。
樹里に当たっても仕方ないのはわかっているが、自然と不機嫌な声になる。
「後でキッチリ精算させられた……」
「ふぇ?」
それだけで理解できるはずもない樹里の疑問には、コゼットが忌々しげに補足する。
「その人、わたくしの胸を掴みやがったんですわよ……」
それだけだとただの迷惑防止条例違反なので、十路は更に不機嫌な声で正当性を主張する。
「撃たれてる最中、咄嗟に掴む場所なんて選んでられるか……」
そして、再発火した。
「デリカシーない男ですわねぇ!」
「はぁ!? 俺が引きずらなきゃどうなってた!? 撃たれたかったのか!?」
「それはそれ! あれはあれ! 話が別だっつーの!」
「あーそういえばボウガン顔面に突き刺さるのも助けたはずですけどねぇ!?」
「その後に爆発から助けてやったのは誰でしたかしらねぇ!?」
「それには感謝してますけど、それはそれ。あれはあれ。話は別でしょう?」
「ムカツク……!」
コゼットも十路も、恩着せがましい性格ではない。なのに持ち出すのだから、そこまで喧嘩を引っ張りたいのかと思えなくもない。
「…………!」
樹里が頭を抱え始めた。きっと心の中で『仲直りどころか悪化してるぅぅぅぅ!?』などと大後悔している。
「またラッキースケベか……なぜ十路ばかりがオイシイ思いしやがる……?」
「というか、フォーさん呼びに行っただけですよね? ボウガンとか爆発って……?」
和真とナージャは傍観者に徹し、関与する気がない様子だった。
「……そういえば壊された罠は、部長に修復してもらわないと困るであります」
ディスプレイから視線を外さず、野依崎はマイペースに呟く。
「ケンカするほど仲がいいって言うしねー」
つばめも我関せずといった風情で、スマートフォンをいじり続ける。
【いつもにも増して、部室が混沌としてますね……】
そんなAIのぼやきは、コゼットと十路の怒鳴り声にかき消される。
「ア゛ーーーーッ! この人大ッッッッ嫌い!!」
「嫌いで結構! アンタに好かれようと思ってないんでな!」




