020_0500 ある日、野良犬VS獅子Ⅴ~Conflict~
「ゲッ……」
放課後、十路は学生鞄を肩に乗せて、重い足取りを集合場所に向けていた。
樹里に指定された場所は、修交館学院の二号館――サーバーセンターだった。
その名の通り、校内ネットワークのサーバーが置かれた場所だ。多数のコンピュータも置かれ、小中高校生も授業で、大学生たちはレポートや実験などでも使用していて、普段から一般開放されている。だから辺鄙な場所というわけではないが、幽霊部員の様子を見に行くのに、妥当な場所だとは思えない。
ちなみに十路の足取りが重い理由は、意味不明さからではない。
サーバーセンターの前に、樹里ではない別人がいたから。チェック柄のカジュアルチュニックとレディースジーンズに身を包み、不釣合いなアタッシェケースを提げた、金髪碧眼の女子大生が。
「ゲッ……」
近づく十路の顔を見て、コゼットが小さくうめいた。
「人の顔見て失礼ですね……」
コゼットを見た時に、十路も内心同じ反応をしたことを棚に上げて、軽く不機嫌な口を叩いておく。
またも怒りがくすぶって、十路が苛立った顔をしてみせると、コゼットも顔をしかめて口を開く。二号館に出入りする一般の学生もいるので、完全にはプリンセス・モードを解除せずに。
「なぜ貴方がここにいますの……?」
「木次に頼まれて」
「わたくしも木次さんに頼まれたのですけど……?」
同じ人物に同じ場所に来るよう指示されたことに、『やっぱり』という気持ちが沸き起こる。
「昨日のケンカのこと、どう思ってるかって、木次に訊かれたんですけど」
「わたくしも同じ質問をされましたわ……」
どうやらコゼットも同じようにして、ここに呼び出されたらしい。
大人しく素直な後輩が騙して、十路とコゼットをふたりにする状況を作った。
『早く仲直りしろ』と言っているようなものだ。
とはいえ『ハイそうですね』と謝れるものではない。十路はしばし考えて、当初の目的について問うことにした。
「野依崎って幽霊部員の様子を見に行くとか言われたんですけど、それは?」
「それは本当です。ここ一ヶ月ほど登校しておられない様子ですし、気になっていましたから」
人間関係修復の棚上げに、少しだけ安心したようにコゼットも追従する。
「様子を見に行くのに二号館って、どういうことですか?」
「そういえばフォーさんのこと、お話ししたことありました……?」
「いや、全然聞いてないですけど」
「……まぁ、見ればわかると思います」
樹里と同様、幽霊部員の説明は完全放棄で、コゼットが先行して建物に入って行く。十路は首を傾げながらも、付いて行くしかない。
行く先は、授業では全く用事がない廊下の奥。『関係者以外立ち入り禁止』とある扉だった。
その扉の取っ手に、コゼットは恐る恐る手を伸ばそうとして、なにか躊躇するように引っ込める。
「……なにやってんですか?」
猫みたいな動作を繰り返し、一向に開けようとしないので、焦れた十路が脇から手を伸ばした。
「――――ッッ!?」
途端、バチンッという短絡音が。同時に衝撃が十路の腕を駆け登った。悲鳴を上げられない痛みに悶える。
「やっぱり罠が仕掛けられてましたわね……」
「それ先に言え……! つか、なんでトラップが……!?」
ただの静電気ではない。ちょっとスタンガン程度の出力はあった。取っ手には意図的に電流が流されていた。
「フォーさんもワケありの《魔法使い》ですもの……色々あるんでしょう」
命や身柄を狙われる立場にあるとはいえ、コゼットや樹里はごく普通に生活しているが、幽霊部員は独自に自衛しているということか。
「だけどこんな罠を設置してるから、様子を見に行くのもひと苦労なんですけどね……」
ため息をこぼしつつ、コゼットは手にした空間制御コンテナから《魔法使いの杖》を取り出した。どうやらこの先は《魔法》が必要な危険地帯らしい。学校の中にも関わらず。
取っ手の電流トラップは、十路が触ったため効果を失った。彼女はなんの障害もなく扉を開くことができた。
そして足を踏み入れた直後、金タライが落ちてきて頭に直撃し、バコッと鈍い打撃音が響いた。
「~~~~ッッ!!」
《魔法使いの杖》と接続したことで発揮される脳内センサーで、扉の向こう側も『視えた』はず。だが原始的な罠とは理解できなかったらしい。
コゼットは頭を抱えてプルプル震え、痛みに耐えている。
「ぷ」
昭和なコントが目の前で披露されたので、十路が小さく噴き出した。
「…………!」
それにコゼットはガン飛ばしてきた。涙目なので迫力は今ひとつだが。
「なんですか?」
十路も睨み返す。
「……貴方、やっぱり嫌い」
ポツリとコゼットがこぼす。
「で?」
挑発的に十路は更に返す。
「「…………」」
そして互いに睨み合い。
「「ハッ」」
忌々しげに鼻を鳴らし、同時に視線を逸らす。
改めて合わない反りを確認したが、それでもふたりは一緒に扉をくぐった。
△▼△▼△▼△▼
入るとすぐにまた扉があった。それも金庫を思わせるような分厚い扉が、二枚も。
更にそれを潜ると、サビ止めだけが塗られた金属むき出しの簡素な階段が、地下へと降りていた。
空調の唸り声が打ちっ放しのコンクリートで反響する空間を、途中の階層には目もくれず最下層まで一気に降りつつ、コゼットは気難しい顔を作っていた。
(なんでこのタイミングで堤さんが来るんだっつーの……落ち着いて部室に戻ったら、昨日のことを話そうかと思ってましたのに)
予想外だった十路の出現に、らしくなく動揺したのだろうかと、コゼットは自己分析する。
(あ゛ーも゛ー……なんだっつーの、あの態度は……)
悩んでいるのは十路の態度ではない。コゼット自身が取ってしまった態度だ。
(そりゃ金タライで笑われてムカつけけど――)
そこまで考えた時、いきなり首を絞まった。
「ぐへっ!?」
息が詰まったと同時に弦が鳴り、目前をなにかが走って壁に跳ね返った。
見ると足元に矢が転がっていた。ついでに階段の手すりには、膝の高さに設置された赤外線センサーが。横手の階段裏側には、ボウガンが設置されていた。
(ちょ、フォーさん……!? マジ殺る気ですの……!?)
警告程度だった入り口のものとは違い、今度は殺傷する気マンマンの罠にコゼットは戦慄する。
「なに見え見えのトラップに引っかかってんですか?」
後ろの十路が襟首を掴まなければ、コゼットの横面に矢が突き刺さっていただろう。
彼が言う通り、罠は隠されていたわけではない。堂々とガムテープで固定されている。
考えごとをしていて、ずさんな罠にも気づかなかったコゼットが悪い。
しかし指摘されて反射的に湧き上がったのは、子供じみた反抗心だった。自分が悪いとわかっているからこそ、親に注意されてしまったことで素直に応じる気になれない、そんな反応。
「余計なお世話だっつーの……!」
十路の手を振り払い。
(なにやってんですのよわたくしはーーーー!?)
直後に大後悔する。
(その態度はねーでしょう……! なんで素直に礼を言えませんのよ……!)
咄嗟に強がってしまった自分の性格を恨むが、最早どうしようもない。当然ながら、そんな彼女の心理は、十路に伝わるはずもない。
「あーそーですか。余計なことしてスンマセンでしたね?」
ふて腐れたようにコゼットを追い抜き、先に立って階段を下りていく。
隊列が逆になり、黒髪の後頭部を見ながら、気づかれないようため息をついてしまう。
(堤さんをますます怒らせてしまいましたわね……これで昨日のこと、余計に謝りにくくなりましたわ……)
後ろ姿に怒気を見て、そっと肩を落とした。
△▼△▼△▼△▼
怒気を感じたのは、コゼットの気のせいだ。
(やりにくい……昨日のこと、出会い頭に謝ってしまってたら、後は楽だったのに、タイミング逃した……)
胸の高さに張られたワイヤーをくぐりながら、十路は彼女と同じように頭を悩ませていた。
(トラップを想定してなかったのは、完全に俺の油断なのにな……それを部長に当たるようなマネしたのはマズかった……)
反省すべきは、やはり罠を見抜けなかったこと。
普通の人間は、生活圏内で罠が仕掛けられてるなど、想像すらしない。
しかし十路は違う。現物を発見する索敵能力・分析能力は《魔法使いの杖》と接続した《魔法使い》に遠く及ばないが、仕掛けた者の心理から逆捜査ができるはずの、一応なれど『専門家』だ。
なのに想定していなかったのは、油断に他ならない。
支援部員としての彼の役目は、正にそういう部分だろうに。
(はー……こんなケンカした事なんてないから、どうすりゃいいんだか……)
こういう時に未熟を思い知らされる。《騎士》などと字されていても、まだ一八歳の、大人になりきれていないガキでしかない。床に貼られたシート状の感圧センサーを避けて階段を下りつつ、頭を悩ませる。
自衛官だった時には、単独行動ばかりだった。通常の自衛官のように、隊の連携を高める生活も訓練も行っていない。
良く言えば特別扱い。悪く言えば人間扱いされていない。人間関係の問題が起きようがない。ごく稀に《魔法使い》の実態を理解していない、物見高くてイキのいい新人クンに絡まれるようなこともあったが、拳で対話して外出禁止と腕立て伏せと控え銃走と便所掃除を言い渡されて終わり。その後は向こうから係わり合いを避けるので、後腐れなかった。
だけど今は、そういう解決法が取れない。
(トラブルご免だってのに、自分で問題深めてどうするんだよ……)
軍事兵器であることを求められた今までから離れて、南十星の言う通り変わったのかもしれないと、十路は驚きと共に納得する。
(ま、もうちょっと時間を置いて――)
クールダウンしてから対応すると決めて、踊り場に足を置いた。
見た目には罠はない。しかし捉えたわずかな足音と匂いの変化、訓練と戦場で培われた勘が、悪寒となって十路の背筋を駆け抜けた。
「やばっ――!?」
巧妙に隠されたセンサーを踏んでしまい、飛び退こうとした時には遅かった。建築材の隙間から猛烈な勢いで可燃性ガスや微粒子が噴出した。
それで着火すれば、小規模な燃料気化爆弾に巻き込まれるようなものだ。死なないまでも無事に済むはずはない。
「《シルフおよび霊的媾合についての書/Fairy scroll - Slyph》!」
だが、スイスの医師にして有名な錬金術師パラケルススが残した四精霊に関する著作が、それを阻んだ。間一髪、突風が可燃物を押しやり散らし、爆竹にも劣る爆発で済ませた。
「ったく! 気をつけなさいな! 見え見えの罠がいつまでも続くわけないでしょうが!」
《魔法回路》で構成されたエアコンプレッサーのようなものを従えて、コゼットは怒鳴る。
確かに彼女の指摘通り、下の階へと降りるに従い仕掛けられた罠は、殺傷度合いが上がってる。しかも見え見えの罠を張ることで本命の罠を隠すなど、常套手段に違いない。
また十路は失敗した。
(そりゃ油断していた俺の落ち度だけどな――!)
しかしコゼットの言葉に、子供じみた反抗心が沸きあがる。
「あそこまで巧妙に隠されてたら、俺じゃ見つけるの無理なんですけど? 《杖》を持ってる部長が教えてくれれば済む話じゃありませんか?」
「だったらそれなりの態度っつーもんを見せてもらえません?」
コゼットの声にも一層の険が混じる。
《マナ》を通じて巧妙に隠されたセンサーを察知していたなら、警告が遅れたのは彼女の落ち度だ。
しかしそれを指摘されても、素直に認めることができる性格であろうか。
「這いつくばって靴舐めましょうか?」
火に油を注ぐように、十路は必要以上に卑屈な提案をする。プライドを捨てているのとは真逆で、『子供だから仕方ねーなー』と言わんばかりに小馬鹿にしている。
「「…………」」
険悪な空気を発し、またも睨み合い。
「「ハッ」」
そしてまたも忌々しげに鼻を鳴らし、同時に視線を逸らした。
《魔法》は既存および未来の物品を仮想的に再現できる科学技術でしかない。
心を読むオカルトなど、再現できない。
だから《魔法使い》であったとしても、ふたりが同じようなことを考えているなど、互いに知らない。
すれ違い、溝を深めつつ、階段を下りていく。
不思議と『ひとりで行く』とは考えずに。
△▼△▼△▼△▼
最下層に着いた十路は、降りてきた階段を見上げた。
(学校のサーバーセンターにしては、規模がデカすぎだろ……)
相当山を掘って作り上げられた地下空間。入り口の頑丈な二枚扉。岩盤の厚さも考慮すると、相当のことがない限り、壁向こうのサーバーは無傷だろうと予想する。
あらゆる情報を必要とする軍事機関や、顧客データを守る金融機関並の備えであり、普通の学校で考えられる設備ではないだろう。
しかし修交館学院は収益事業として、学校外部に向けたクラウドサービスを展開している。
簡単に言えばクラウドサービスとは、加入者の電子情報を預かる貸し金庫だ。いくら厳重にしたところで、し過ぎるということはないのだから、まだ納得できなくもない。
(ま、クラウドだけがここの目的じゃないんだろうな……それよりも――)
そんな場所に一ヶ月あまり引きこもっているらしい、四人目の部員についても、改めて疑問が膨らむ。
(どんな部員なんだか……とりあえず味方だと考えちゃいけないヤツとしか思えないんだが……)
ちなみに、やはり改めてそれをコゼットに問う選択肢は、十路の頭にはない。
彼女はムスッとしているから。
(いや、まぁ、罠の殺る気っぷりからすれば、そうなるだろうけど……)
機嫌が悪いのではない。彼女はこれまで以上に警戒している。
視線の先は、細い通路だ。保守用か、工具や資材が詰め込まれた壁一面のラック、その隙間と称していいような狭さだが、一応人は通れる。
二〇メートルほど入った最奥に扉が、目的地なのだろう。見た目変哲ないドアだが、コゼットがそんな雰囲気だから、ボスキャラが待ち構えているような奇妙な緊張感がある。
コゼットは杖を床に突きつつ、慎重に通路に足を踏み始めた。一歩、二歩。カツン、カツンと音を響く。
三歩目でモーター音が発生したため、彼女は足を止める。
同時に資材にまぎれていたラックから、宙に出て来た。
「ドローン……?」
六枚羽根の大型ドローンが八基、大して広くもない通路を塞ぐように空中静止した。
なにごとか理解できないまでも、嫌な予感しかしない。十路は押しのけるようにコゼットの前に立つと、一基のドローンがかすかに動いた。
直後、反射的に突き出した鞄に、麻酔銃で使われるような矢が突き刺さった。
空撮カメラや測量機器を搭載するであろう機体下部に、筒が複数取り付けられている。そこから発射されたものだろう。
一基が反動で姿勢を崩したことと、それらしい発射音がなかったことから、強力なバネで発射したと推測する。注射器の中身は、麻痺か昏睡か死亡か不明だが、無力化させるための薬剤に違いない。
「余計な改造してくれてるな……!」
想像以上の物騒さに、鞄を投げ捨てた手でコゼットの体を掴み、十路は来た道を全力で下がる。
「きゃっ!?」
なにか柔らかいものを掴んだ際、予想外に可愛らしい悲鳴が上がったが、感触も声も気にしていられない。気配なく発射された追撃を、十路は階段の陰に飛び込んでやり過ごす。
身を低くしたまま、携帯電話のカメラ機能を用いて、顔を出すことなく通路奥の様子を確かめる。
八基のドローンは、先ほどと変わらぬ位置に浮遊している。追撃してくる様子はないが、警戒は解いていない。
(八基同時に動いてるとなると、プログラムでの自動制御か……攻撃条件は範囲内の接近。センサーは本体の光学カメラだけか? 注射銃は一基あたり八本装備……さっきので一発ずつぐらいは使わせたか)
分析するなりコゼットに指示を出す。命にも関わる可能性がある現状、さすがに喧嘩を続けて険悪なままではいられない。
「部長が《魔法》で一網打尽ってのが、一番の手段ですけど」
「サーバーを停止させる可能性もありますから、ここで派手に使えませんわ……」
「強引でも俺がやるしかないか……武器を用意してください」
低い姿勢で飛び出し、十路は叫ぶ。
「棒手裏剣!」
「《ピグミーおよび霊的媾合についての書/Fairy scroll - Pygmy》!」
意図を読み取り、即座にコゼットは応じた。
少し削る程度ならばと、分子単位の寸法操作も可能な三次元物質操作で、配管むき出しの天井から尖った棒材が生み出されて落ちる。
一気に、大量にではない。それは丁度、十路の進路に重なる。一歩ごとに一本、受け取り様に次々放てるように。ジグザグに動き、狙い撃ちされないように。
そんな計算がされて棒手裏剣は落ちてくる。
後は考えるよりも早く、無言の気合と共に十路は走りながら、宙にある状態で掴み、続けざまに擲つ。走り、掴み、投げ放ち。走り、掴み、投げ放ち。放たれる注射銃をかわしつつ攻め立てる。
全ての手裏剣を放ち、スニーカーの靴底をこすりながら十路が停止した時には、鉄棒は正確にバッテリーへと突き立てられ全基が機能停止し、ドローンはプラスティックの軽い音と共に、床に跳ね返って地面を転がった。
「「……………………」」
そして、十路とコゼットの間に奇妙な沈黙が宿り、サーバーを冷却する空調の音が大きく聞こえる。
《付与術師》が武器を作り、《騎士》がそれを使って敵を倒す。
それぞれの通称通りの持ち味を生かした連携に、口を開けば険悪になる今のふたりでは、なぜか逆に気まずくなる。
普段空気を読まないくせに、こういう時には空気を読もうとし、十路はなにもできない。
明るくハイタッチでもして、勢いで誤魔化してしまう手段もあるだろうが、そんなことをするコゼットではない。
「……こほん」
咳払いひとつで、全てなかったことにしたらしい。
コゼットはズカズカと奥の扉へ向かい、ヤクザキックを叩き込んだ。ロックはされおらず、あっさり開く。
「フォーさん! 罠の電源くらい切っておきなさいな! 危なくて仕方ないじゃないですの!」
これまでの罠から判断すれば、そこが一番危険ではないかと思うが、危険がないことを確信しているかのような、無防備な突撃っぷりだった。
十路も続くと、中は四畳半ほどの部屋だった。地下なので窓は当然なく、家具といえばパイプベッドとデスクのみ。
ただし生活感は充分にある。発送伝票が貼りついたままダンボール箱が積み上げられている。空箱をゴミ箱にして一応は整理しているのだろう、中身のないペットボトルや栄養補助食品の空き箱が詰め込まれている。
デスクにはパソコンがある。素人目にも高性能・高級そうなマシンが複数、更に複数のモニターが接続されて、机前面の壁を埋め尽くしている。
表示されているのは、多数のグラフと多数の数字の並び。未経験者には理解できない、株のオンライン取引画面だった。
他に目を引くのは、家庭用の冷凍庫と、業務用にしか見えない電話機、隅の床に置かれた赤いランドセルくらいか。
部屋の住人はというと、コゼットが怒鳴り込んでも反応せず、人間工学を計算して作られたオフィスチェアにスッポリ埋まってキーボードを忙しなく叩いていた。
「コラ! 聞いてますの!?」
「んぁ……?」
軽快なアニメソングが鳴り響くヘッドホンを、コゼットに引っぺがされて、ようやく振り返った。
とはいえ顔は視界を侵食するほどボサボサに伸びた赤髪と、全く似合っていない額縁眼鏡で半分隠れている。浅黒い土器色の肌には、ソバカスと思われるものが薄く浮いていて、ステレオタイプな偏見では人種や国籍が特定できない。
ついでにエビ茶色偽ブランドのジャージというファッションセンスも理解できない。俗に言う『芋ジャージ』など、最近では田舎の学校でも採用していない。
「部長? なんか用でありますか?」
部屋の主らしき者は、奇妙な言葉遣いの、怠惰な雰囲気を漂わせる、小学生の少女だった。




