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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》の体験入部/十路編
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000_1020 少女の価値Ⅶ ~ABOX10.COM FREE GAME「REX RACER」~


 腕を突き、力の入らない上体を起こす十路(とおじ)のすぐ近くで、鉄が軋んだ。

 観音開きだった、コンテナの扉。その片側に十路が叩きつけられた衝撃が、遅れて届いたかのように、軋みながら開いた。

 十路との交戦だけでなく、貫通した電子ビームのせいもあっただろう。積載されていた荷物が崩れて、扉を押して外に出てきた。


 その中に、十路にも見覚えがあるものがあった。

 子供が電子部品を組み立てたような、コネクタ形状の柄頭。その根元付近の握りには、女の子の持ち物らしく小さなヌイグルミが付けられた、二メートル余の長い棒。

 樹里の《魔法使いの杖(アビスツール)》――《NEWS》だった。空間制御コンテナ(アイテムボックス)は十路を倉庫に呼び出す(おとり)に使われたが、これはやはり必要な理由があったのか、彼女の身柄と一緒に列車に積載されていた。


(…………待て)


 なぜか長杖を見て、十路の思考が冷えた。痛みを熱として感じていた背筋に、寒気が走った。


(なんで俺は、木次(アイツ)を殺す方向で考えてんだよ……?)


 ごく自然に、『敵』と認識していた。

 ごく自然に、殺す手段を考えていた。

 あの異形では無理もないと、頭の隅で考えながらも、己の思考回路に恐怖した。


(俺は、助けるために、ここに乗り込んできたんだろ……?)


 任務の最優先は、誘拐された木次樹里の確保であったにも関わらず。

 譲れるところまでは、支援部の方針に沿うことにしたにも関わらず。


 荒い息を吐きながら、十路は音に振り返った首を動かした。

 異形が棒立ちしていた。黄金に輝いたままの瞳は十路を見据えていた。


(襲って……こない?)


 十路は決定的な隙を作っていた。あと一撃、追い討ちをかけていれば、間違いなく死んでいた。

 しかし異形の存在は、それをしなかった。


「ぐ……」


 十路はうつ伏せから、なんとか両手の間に下半身を入れ、膝を突く姿勢に移る。それだけでむせ返る痛みが走ったが、背骨が折れておらず、下半身不随にもなっていないと、我慢した。


 ライダースジャケットを脱いで、右脇に手をやる。


「グル……」


 HK45T自動拳銃に触れると、異形が唸った。

 それだけ。十路に注目はしているが、行動はしなかった。


(かなり過激だったけど、あれはもしかして、防御行動なのか……?)


 推測の検証に、冷や汗が流れる。もし失敗すれば、命を失う。

 しかし己を使って試すより他なかった。


 ライダースジャケットを脱いで、拳銃を抜くことなく、ゆっくりとショルダーホルスターを外して置く。


「…………」


 やはり異形は動かない。注目したまま鳥のように小首を傾げた程度のこと。その仕草はあの少女にも通じたため、わずかばかりホッとした。


 だがまだ。四肢のベルト(シース)も外して、これも置く。


「グルル……」


 唸り声のたびに肝が冷える。猛獣の檻に放り込まれたような心境だった。

 任務中の食料調達や遭遇戦で、ナイルワニやヒグマやアナコンダと戦った時には、そんな恐怖など覚えなかったのに。


 戦闘装備(BUD)ベルトも外し、最後にブーツナイフもゆっくりと外して、置く。

 完全な丸腰になった。


「悪かったな……木次」


 体を捻り、背後にしていたコンテナから飛び出た、長杖を引っ張り寄せる。体育祭で打ち合った時にも思ったが、手にして改めて重量に驚いた。


「ガァッ!」


 十路が樹里の《魔法使いの杖(アビスツール)》を使えるはずはない。だから抵抗とは見なされず、軽く吼えられただけで済んだ。


「ちょっと……! 行き違いが、あったみたいだ……」


 二メートルの棒を杖にして、腕の力で体を引き上げ、立つ。痛みを我慢し、まだ力の入らない足を動かす。


 一歩。

 背から瞳のない蛇身が生え、鎌首をもたげた。


 二歩。

 蛇身が四本に増えて、警戒レベルを引き上げた。


 三歩。

 六本になり、一斉に大口を開き、舌を震わせて牙を見せつけた。

 《魔法》による電子ビームは、本体の口から吐き出す必要はないはず。蛇頭が砲塔と化して、一斉発射されて倒れ伏すイメージが、十路の脳裏に()ぎった。


「これなら、俺なんて、来る必要なかったな……」


 長杖の石突で床を突き、全体重を預けて、腕の力で体を引きずり、前に進む。

 転がったままの、アタッシェケースも小銃も、構わない。そのままにして歩みを進める。


 もう少し。

 突き出されたクマの手が光を帯びた。キチン質の質感に覆われ、先端が巨大な鉗脚(かんきゃく)へと作り変わった。どう見てもカニのハサミだった。

 振り上げられたオオカミの頭が光を帯びた。こちらもキチン質に、しかしトゲの発達した亜鋏状へと変化する。巨大なカマキリの鎌となった。

 進化において各々の生物たちが得た武器を、人間サイズに巨大化して模倣した様は、凶悪極まりなかった。


「だけどな……俺も……都合があるんだ……」


 十路は、その内側に入り込めた。開かれたハサミに挟まれることもなく、振り上げられたカマが叩きつけられることもなく。警告と警戒以上の働きはないのかもしれないが、それでもいつ気が変わるかを思えば、冷や汗が止まらない。


 手を伸ばさずとも触れることができる至近距離で、足を止めた。十路は片手だけで長杖を握り、体を支える。

 空けた右手を近づけると、どこか不思議そうに金瞳が見返した。実際には警戒しているのだろうが、そんな風に見えた。

 このまま電子ビームを撃たれれば、避けようもない。あるいは舌が変形しながら伸びて、首を締め上げるか。それとも顔そのものも変形して、食らいつくか。

 予想はどれも外れ、腹から新たな足が伸びた。その時の樹里の足、猛禽類のものよりも凶悪な、恐竜――それもディノニクスやヴェロキラプトルといった、獣脚類を連想する巨大な鉤爪を持っていた。

 足で下顎を軽く掴まれ、鉤爪の先端が頬に触れる。否応なく顔が引きつるのが、彼自身わかった。

 最悪の想像ばかりが脳裏を占める。朝もこの距離で少女が立ち、十路の顔を見上げていたが、その時とはなにもかもが全く違う。

 最後の距離を詰めるのが怖かった。


「…………大人しく……助けられてくれ」


 だが結局、それ以上は何事もなく、乱れたミディアムボブに手を乗せ、頭を撫でることに成功した。



 △▼△▼△▼△▼



《状況再確認》

《カテゴリー:右腕 モード:Brachyura》

《カテゴリー:左腕 モード:Mantodea》

《カテゴリー:右脚 モード:Accipitriformes》

《カテゴリー:左脚 モード:Accipitriformes》

《口輪筋 モード:Selachimorpha》

《輪状甲状筋 モード:Electrophorus electricus》

《追加肢01 モード:Serpentes》

《追加肢02 モード:Serpentes》

《追加肢03 モード:Serpentes》

《追加肢04 モード:Serpentes》

《追加肢05 モード:Serpentes》

《追加肢06 モード:Serpentes》

《追加肢07 モード:Crocodilia》

《追加肢08 モード:Dromaeosauridae》


《敵性B――状況再確認》

《システムNo.0540067454――生体コンピュータ無接続》

《他、武装確認不能》

《負傷レベル――中》

《素手での殺傷能力――脅威Dランク》


《『悪かったな』――謝罪》

《『大人しく助けられてくれ』――投降喚起》


《攻撃の意思なしと判断》

《以降、JP-00051を敵性設定から解除》


《未確認反応――なし》

《脅威反応――なし》


《アバター形成万能細胞 通常超過分アポトーシス》

《千匹皮.lilith――終了》


「…………?」


 生体コンピュータが通常稼動を始めて、まずは触覚が復帰した。

 風と一緒に樹里が感じたのは、頭に乗せられたわずかな重み。グローブ越しで、生体コンピュータも感知していないのだが、温もりも感じた気がした。


 続いて聴覚。風の流れる音と、レールの継ぎ目で一定リズムを刻む音で、数秒たってから、列車に乗っていることを思い出した。


 続いて嗅覚。様々な臭気物質を認識するが、一番明確に感じられたのは、汗と、血の匂い。


 味覚は確認のしようがない。


 最後に視覚。目の焦点が合い、ボンヤリしていた像が結ばれる。

 目前に立っていたのは、その日会ったばかりの、見覚えある青年だった。

 服はあちこち穴が空き、見える部位は包帯まで巻いている。怪我の応急処置とは別に、また新たに怪我をし、盛大に口の端から血を垂らしていた。


「…………堤、さん?」


 樹里が半分無自覚に呼びかけると、強張っていた青年の顔が安堵に緩んだ。


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