020_0101 ある日、野良犬VS獅子Ⅰ~Dos attck~
説明してから間があいているので、世界観やキャラを改めて説明。
この世界には、《魔法使いの杖》を手に、《マナ》を操り《魔法》を扱う《魔法使い》が存在する。
しかし秘術ではない。
誤解と偏見があったとしても、その存在は広く知られたもの。
そして古よりのものではない。
たった三〇年前に発見され、未だそのあり方を模索している新技術。
なによりもオカルトではない。
その仕組みの詳細は明確になっていないものの、証明が可能な理論と法則。
《魔法使いの杖》とは、思考で操作可能なインターフェースデバイス。
《マナ》とは、力学制御を行う万能のナノテクノロジー。
《魔法使い》とは、大脳の一部が生体コンピューターと化した人間。
《魔法》とは、エネルギーと物質を操作する科学技術。
それがこの世界に存在するもの。知識と経験から作られる異能力。
そのあり方は一般的でありながら、普通の人々が考える存在とは違う。
政治家にとっての《魔法使い》とは、外交・内政の駆け引きの手札。
企業人にとっての《魔法使い》とは、新たな可能性を持つ金の成る木。
軍事家にとっての《魔法使い》とは、自然発生した生体兵器。
国家に管理されて、誰かの道具となるべき、社会に混乱を招く異物。
故に、二一世紀の《魔法使い》とされる彼らは、『邪術師』と呼ばれる。
しかし、そんな国の管理を離れたワケありの人材が、神戸にある一貫校・修交館学院に学生として生活し、とある部活動に参加している。
民間主導による《魔法使い》の社会的影響実証実験チーム。学校内でのなんでも屋を行うことで、一般社会の中に特殊な人材である彼らを溶け込ませ、その影響を調査する。
そして有事の際には警察・消防・自衛隊などに協力し事態の解決を図る、国家に管理されていない準軍事組織。
《魔法使い》は特殊な生まれ故に、普通の生活など送ることは叶わない。そんな彼らが、普通の生活を送るための交換条件として用意された場。
それがこの、総合生活支援部の正体だった。
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電動シャッターの動きと共に、備品が多く雑多なガレージの中に、六月の朝の光が差した。
その中でも真っ先に光を受けたのは、黒と赤で彩られた車体だった。『ストリートファイター』と呼ばれる軽量ハイパワーバイクに見えるが、そう見えるのは偽装で、実際にはオートバイと呼ぶのも語弊がある。科学技術の粋が集まった《使い魔》と呼ばれるロボット・ビークルで、車体につけられた名前は《バーゲスト》という。
【ぅん……?】
その制御AIイクセスは、光と音で目を覚まし、センサー機能以外はスリープ状態だった自身のシステムを、通常レベルまで稼働率を上げた。
体内時計では午前七時五八分。朝の時間にこの部室に来る者は珍しい。誰が来たのかと思い、逆光に浮かぶシルエットを、彼女は補正した眼で確認する。
ある程度に開いたシャッターをくぐり、ノソッとした挙動で入ってきたのは、学生服姿の男子高校生だった。
身なりは普通。ワイシャツの裾を外に出しているわけでもない。臙脂色のネクタイの結びがいい加減なわけでもない。スラックスを着崩してるわけでもない。硬めの質感の短髪は、手を加えず無造作だが、寝癖まで放置しているわけでもない。しかしなぜか怠惰な雰囲気が漂っている。
【トージ?】
「よぉ、イクセス。はよ」
修交館学院高等部三年生、《魔法使い》たちの部活動・総合生活支援部のメンバーの中で、一番の新入りとなった転入生であり。
《使い魔》であるイクセスの主役であり、《騎士》と渾名される、不可能を可能にした元陸上自衛隊特殊隊員だった。
そんな苛烈な経歴の持ち主だが、感情の起伏の少なさと、気の抜けた表情が多いせいで、無気力そうな今時の若者にしか見えない。
普段は寝てばかりで人畜無害だが、牙を剥けば熊もかみ殺す野良犬。
それが彼――堤十路に抱く、イクセスの印象だった。
【おはようございます……トージが朝から部室に来るなんて、珍しいですね?】
「教科書取りに来ただけだ」
【部室に置き勉ですか?】
「昨日ここで出して忘れたんだよ」
イクセスが記憶を検索すると、昨日十路は読んだマンガと一緒に、本棚へ片付けていた。
彼もそう見当をつけたのだろう。ほどなく世界史の教科書を見つける。
「でだ」
用事は終わった。なので気になっていたであろうことを十路は訊いた。
「なんで部長、ここで寝てるんだ?」
ガレージを部室として使用するため、家具を置いて居住性を作っている。そのひとつの二人がけのソファで、頭から毛布に被り丸くなっている人物がいた。
顔は見えなくても、この部室で寝ている上、はみ出している見事な金髪から、該当人物はひとりしかいない。
総合生活支援部部長、コゼット・ドゥ=シャロンジェ。今なお王室が残る西欧小国の王族にして、大学理工学科二回生だ。
【コゼットでしたら、今朝方まで《魔法使いの杖》のメンテナンスをしていたため、マンションまで戻るのが面倒で、ここで仮眠することにしたようです】
「よくこんな場所で寝れるな……この人、本当に王女サマなのか?」
【どこでも寝られる王女がいても、別に不思議はないと思いますが?】
「いや、そうかもしれないけど……」
コゼットは《付与術師》と呼ばれる《魔法》の特殊技術者なので、部においては代表であると同時に、部員の装備の保守整備責任者でもある。
彼女の夜更かしの成果であろう、今はいない一年生の部員の《魔法使いの杖》である電子部品の塊ような長杖――《NEWS》と、彼女自身の装備である宗教儀礼的な装飾杖――《ヘルメス・トリスメギストス》が、壁に立てかけられていた。
テーブルの上には、《魔法使いの杖》のものであろう部品と、彼女のアタッシェケース型空間制御コンテナ、内容不明の分厚い皮表紙の本も転がり、片付けもそこそこに寝てしまった様子が窺える。
【今日は朝から講義があるから、八時になったら起こせと頼まれましたが】
「だったら時間だな」
イクセスの言葉に十路は、毛布越しに肩と思える場所を軽く揺すって声をかける。
「部長ー?」
「ん……?」
「朝ですよー?」
「んんー……」
「起きてますかー?」
「んんん~……」
くぐもった返事はあるが、確実に寝ぼけてる。きっと本人は返事をしている自覚もない。
「部長」
強めに揺すられると、毛布のミノムシがモソモソ動き、ようやく顔を出した。
「うぅ~……? 堤ひゃん……?」
普段は波打って流れる髪はボサボサ。眩しそうに目を細める顔に、優雅な王女然とした仮面の表情も、ズボラでガラの悪い地も出さないまま、子供のように目をショボショボとこする。
その姿は寝起きの獅子。普段は近寄りがたい存在感を放っていても、今は無防備でどこか愛嬌があり、微笑ましさすら沸き起こる。
普通の男ならば、年上の女性――しかも金髪碧眼白皙の、とびきりの美形の寝姿に、ドキマギするかもしれない。しかし十路の平坦な性格と、コゼットの地の性格が合わされば、ただ『部長が寝てる』という事実のみを認識し、淡々と用件を述べる以上のことはない。
「八時です。起きた方がいいんじゃないです?」
「まだ寝れるじゃないですのぉ……」
あくび混じりにぐずり、コゼットは毛布を頭から被ろうとする。しかし十路が端を掴んで阻む。
「八時になったら起こせって、イクセスに言ったでしょう?」
「八時半でも間に合いますわよぅ……」
「この調子じゃ、起きられると思えないんですけど? それに準備もあるでしょう?」
「う゛ー……」
「自主休講するか、プリンセス・モードOFFにして講義を受けるつもりなら、放っときますけど?」
「わかりまひたわよぉ……起きまふわよぅ……」
コゼットはそう言うが、このまま放置しておけば、二度寝するのは想像に難くない。
だからイクセスは提案する。
【轢いて起こしましょうか?】
「下手すれば永眠する……」
日頃コゼットと口喧嘩の多いこのオートバイならば、本気でやりかねない危険を感じたか。十路は機械と人間の摩擦が大きくなる前に、毛布を無理矢理ひっぺがした。
「ほら、部長! 起きてください!」
その際、レース仕立ての布がこぼれ落ちたのを見た時には、もう遅かった。
「…………」
バサッと毛布を取り上げた瞬間、隠されていた部分を見て、さすがに感情の起伏が乏しい十路でも固まった。
「……ん?」
頭が本格稼動していない様子ながらも、固まる彼の視線をたどり、コゼットは自分の体を見る。
【あ……】
なんとも言えない空気に、イクセスが思わず声をこぼした直後に。
「――!?」
コゼットの悲鳴、ではなく。
「ぎゃああぁぁぁぁっ!! 目が!? 目がああぁぁぁぁっ!?」
十路の絶叫が響き渡った。
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時間は過ぎて、その日の放課後。
「お疲れ……さ……ま、です?」
ガレージハウスに入った途端、学生服姿の少女がたじろいだ。
総合生活支援部の三人目の部員である、高等部一年生。その名を木次樹里という。
背は高くも低くもない。特別伸ばしもせず染めてもいない黒髪のミディアムボブには、取り立てて美人ではないが、純朴さと人懐こさが魅力として表れた顔が収まっている。細身ではあるが、ガリガリというほど痩せているわけでもない。重ね着したブラウスとベストは学校指定のもの。動きやすくするためプリーツスカートは丈を詰めているが、膝を出す程度で極端な短さでもない。
目立つ容姿をしていたり、性格が一筋縄ではなかったり、特技が壮絶だったり、生物ですらなく機械だったりする、この部室に関わる個性的な面々の中で、一番普通で地味な――ある意味一番異常で危険な、《治癒術師》と呼ばれる《魔法使い》の少女だった。
そんな彼女が怯んだ理由は、半屋内の空気が悪いから。
原因の片割れは、OAデスクで頬杖を突いているコゼットだった。
今日のファッションは、薄茶色のタンクトップと白のスキニーカーゴパンツ、足元は革のブーツサンダル。その装いは、昨日も着ている。
シースルーのブラウスから、今日はストールを巻いて印象を変えているが、暑苦しい雰囲気はなく、すっきりとしたもの。しかし着ている本人が、ダークな不機嫌オーラを放っているので台無しだった。
もう一人の原因は、ソファの肘掛けを使って頬杖を突き、こちらも不機嫌そうにしている十路だった。
見慣れた学生服はいいのだが、顔面が見慣れない。大量のバンソウコウやガーゼが貼り付けられている。
先じて部室に来ていた二人が不機嫌なために、ガレージ内の空気が煙って見えそうなほど悪い。
「あの……?」
顔を訝しげに歪めて、樹里は声をかけたのだが。
「「ア゛ァン?」」
「すみませんでしたぁ!?」
なまじ顔が整っているから、コゼットが凄むと迫力がある。十路は普段から目つきがよくない。そんな両名からダブルでガン飛ばされ、樹里は反射的にすくみ上がった。
それは八つ当たりだと、ふたりもすぐに気づいて顔色を変える。
「ごめんなさい、木次さん……今のは失言でしたわ」
「すまん、木次……悪気があったわけじゃないんだが」
「いえ……」
ビクつく子犬オーラを発しつつ、樹里は恐る恐る、もう一度問いかける。
「一体どうしたんですか……? なんだかおふたりとも、お機嫌イマイチみたいですけど……」
「「……!」」
再燃させてしまった。触発されたように、ふたりが軽く互いをにらみ合う。
「……なにか言うことはありませんの?」
ポツリとコゼットが口を開いた。
「朝あれだけしといて、まだ文句が……?」
十路も不機嫌全開で返す。
「貴方、全っ然反省してませんわね……?」
「いいえ。確かに俺も不注意だったと、反省する点はありますよ?」
「だったら――」
「でもですね? 部長も不注意すぎるんじゃないかと思いますけどね?」
「ぐっ……」
「毛布ひっぺがしたらバーン! ……俺の方が困りますよ?」
「えぇそうですわねぇ……! 確かに不注意でしたわ……! ごもっともですけどねぇ……!!」
ふたりの感情は徐々にヒートアップする。プリンセス・モードOFF時のコゼットはともかく、あまり顔色を変えない十路が、ここまで感情を剥き出しなのは珍しい。しかも事が起きたのは今朝で、時間がたっても感情が煮えたぎっているならば、相当なことが起こったのだろうと樹里は思う。
「あの――」
理解できないながらも、あまり熱くならないよう、樹里が割って入ろうとしたら、コゼットが決定的な言葉を吐いた。
「裸を見たことへの謝罪を受けてませんけどねぇ!?」
十路も決定的な言葉を連ねる。
「だから部長が不注意すぎるっつってんですよ! 部室で全裸で寝てるって、どんな神経ですか!?」
樹里にも事情がわかった。理解はしたが、ありえなさには反応に困る。
(部室でハダカで寝てるってどんな状況? あと堤先輩、私に続いて部長のハダカまで?)
そんな樹里の感想はさておいて、ふたりは更に加熱する。
「寝てる間に脱いだなんて知るわけないっつーの!」
「寝相の悪さまで俺のせいにされるの理不尽!」
「そんなの男が悪いに決まってるでしょうが!」
「はぁ!? アンタどんだけ理不尽なんだ!?」
そこで十路は大きく息を吸い、肺活量をフル活用する。
「目潰しカマされてのた打ち回って背中向けたらリバーブロー更に倒れたところマウント取って五七発もボコりまくってストンピングで踏みまくること四二回オマケに七発も金的食らわしといて俺がストップ呼びかけても無視ぶっこいて鼻血噴こうが口の中切ろうが止まらず好き勝手やっといて謝れだと!?」
「細かい男ですわねぇ!? だから貴方は嫌いなんですわよ!」
「ふざけんな! あんだけ鉄拳制裁しといてまだ求めるか!? あと全裸でマウント取る大胆さは男でも引くぞ!? アンタ本当に女か!?」
「全部見ておいてその言い草なんですの!?」
「無理矢理見せといて? なに言ってんだか」
「~~~~ッ! Imbecile! Prevers!(バカ! 変態!)」
「わかる言葉使え! なに言ってるのかサッパリわからん!」
「だったら万国共通・肉体言語で語るかコルァ!?」
「やったろうじゃないかオラァ!!」
メンチ切る十路とコゼットの背後には、歴戦の野良犬と王者たる獅子が威嚇し合う影が見える。
「イクセスぅ……! どうしよぉ……!?」
【触れない方がいいかと……口を出したら、ジュリに噛みついてきますよ……?】
そんな猛獣たちの間に割って入ろうなど、子犬には過酷すぎる。悟って関わる気のない魔犬の陰に隠れてガタガタと震えた。




