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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》の体験入部/十路編
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000_0200 始まりは有無を言わさずⅠ ~ノーズダイブ~

 ――春とはいえ、ふとした時には肌寒さを感じる、ゴールデンウィークも過ぎた五月中旬の早朝。

 陸上自衛隊非公式特殊隊員・(つつみ)十路(とおじ)三等陸曹は、本拠地と所属を置く陸上自衛隊富士駐屯地から、始発新幹線で新神戸駅に降り立った。

 Tシャツにジーンズ、ライダースジャケットにタクティカルブーツという服装は、ややミリタリーに傾向している気がしなくもないが、その程度のこと。やる気なさげな態度で短髪頭をかきながら、高校生の身分では高価な多機能サバイバルウォッチを覗く彼は、さして珍しい人物像ではない。


(詳しい話は現地でって、珍しいパターンじゃないけど……今度の任務はなんだよ……?)


 目を惹くとすれば、彼が持っている黒いケースだろうか。釣具を入れるタックルボックスや、工具箱にも見えるかもしれないが、硬質な印象を放っていた。

 なにをすればこうなるのか、首を傾げたくなるほどに、傷だらけだった。ただのケースではないと知らない者ならば、買い替えを薦めるに違いない。


(指定された装備はクラスⅩだけじゃないし、前の任務とほぼ変わらないぞ……? 日本国内でなにやらせる気だ?)


 防弾装備の性能をランク付けするNIJ規格に対し、それを打ち破る武器性能を示すのだが、通常クラスⅣまでしか存在しない。なのに存在するクラスⅩとは、戦略攻撃を可能とする個人携行装備――《魔法使いの杖(アビスツール)》を示す。

 持つこと自体は珍しいことではない。彼は《魔法使い(ソーサラー)》と呼ばれる人類なのだから。

 ただし専用開発された十路のそれは、《八九式自動小銃・特殊作戦要員型》という名前が示すとおり、軍用突撃銃(アサルトライフル)そのままの姿を持っている。一般市民の銃器所持が認められている国でも目を惹くだろうに、日本国内では出すだけでも問題になる装備だ。


 しかもそれだけではない。各種手榴弾を複数、〇六式小銃擲弾、一一〇ミリ個人携帯対戦車弾、虎の子の〇一式軽対戦車誘導弾まで、対応する弾薬ももちろんのこと。制式装備だけでもこれだけ持っているのに、彼の場合、過去の任務で鹵獲(ろかく)した兵器まで所有している。制式装備だけでは補えない火力の補強であるため、暗黙の了解は得ているが、表沙汰するには色々と問題がある。

 ついでに迷彩服三型に戦闘雨具、八八式鉄帽、戦闘防弾チョッキといった戦闘装着セットも一式入っている。

 前の任務――外務省から退避勧告が発令された紛争地域に(おもむ)いて、邦人の安全確保を行った時のように、『ひとりで戦争して来い』と言われても不思議ない重装備だった。傍目にはそんな風に見えはしないが。


(偽造の身分証明書も発行されていないし……『堤十路』として現地協力者と会えってのも()せないが……)


 上層部はなにを考えているのか、わからない。

 いや、使い潰したいのかもしれない、とは予想する。ただでさえ《魔法使い(ソーサラー)》という、政治的にも軍事的にも扱いを間違えれば大火傷する人種なのに、十路は更に扱いにくい人間だろう。

 彼が表沙汰にできない立場でいるのは、同じ《魔法使い(ソーサラー)》である義妹の生活が保障されているからだ。逆を言えば、それが保障されなければ、十路は反抗を起こす。実際過去に実例を作っている。

 上層部の総意とは思わないが、彼を危険視し、排除したいと考える者がいても不思議はない。実績を挙げており、今のところは大人しく従っているため、強権をもってして排除することは難しいだろうが、過酷な任務を連戦させて使い潰すことはできる。

 今回の任務も、そういうものかもしれない。だとしても、十路は生き延びて任務完遂し、舌打ちを受けながら帰還するだけだ。正直嫌気が差すが、何度も繰り返してきたことだ。

 とにかく十路は、ミネラルウォーターのペットボトルを時折傾けて、接触してくる人物を待つしかない。


「止まって止まって~~!?」


 すると、嫌でも目に付いた。坂を上ってくる一台のオートバイに。

 新神戸駅のロータリーは、一階はバスの停留所、二階はタクシーや乗用車の乗降場と、分類されている。十路は早朝で車も少ない、二階ロータリー端に立っていた。

 乗っているのは、ブラウスにベストを重ねて、チェック柄のミニスカートをはく少女だった。ジェットタイプのヘルメットを被っているので顔は確認できないが、その恰好で年配男性という勘違いはありえない。

 どう見ても普通の女子学生ルックだ。スクーターならまだありえるが、彼女の身長では少々車高が合わない、大型スポーツバイクに乗る恰好ではない。

 とはいえ現実に乗っている少女は、十路が『止まれってならブレーキかけろよ』などと考える間に、ほとんど減速せずに坂を駆け上り、わずかにジャンプして。


「んべ!?」


 舌を噛んだのか、乙女らしくない短い悲鳴が聞こえた。着地の衝撃で体が浮き、ハンドルから手が離れた。


「は?」


 その姿を目で追っていた十路は、固まった。

 彼の正体から考えれば、ありえないだろう。幼い頃から厳しい戦闘訓練を受けて、高校生の年齢ながら幾多の実戦を行っている、本物の兵士だ。しかも彼は《魔法使い(ソーサラー)》だ。先読み前提だが、銃弾どころかレーザー光線すら回避して戦う超人類だ。

 しかしオレンジのボーダー柄パンツをはいている少女が、投げ出され、縦に回転しながら落ちてくるなど、いくつも常識外の経験をした彼でも見たことない光景だった。避けることも忘れて固まってしまった。


「の゛っ!?」


 だから視界いっぱいのパステルカラーに直撃され、少女もろとも吹っ飛んだ。


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