015_0000 【短編】ワンコのしつけ方(before)
エロ回ではありません。
「では――」
《魔法使い》たちの部活動の代表、総合生活支援部部長コゼット・ドゥ=シャロンジェは、部室の前で腕を組んだまま重々しく口を開いた。
「わたくしたちがいなかった間、なにがあったのか、話して頂けますか?」
今の彼女が発する空気は、普段のズボラでガラの悪いものではない。かと言ってプリンセス・モードの淑やかで清廉なものではない。
その二つが混じったような空気だった。清廉にして勇猛。冷静にして果断。百獣の王と呼ばれるライオンが、威厳を放つ姿勢で草原を見つめているような、そんな雰囲気だった。
「はい……」
そんな彼女の前に立つ少女は、子犬のようにしょんぼりと肩を落としていた。
吠えられる方がまだマシだろう。こうやって静かな迫力を出される方がより恐怖を誘う。しかし逃げるわけにもいかない。
「あれは……いつものように、部室にいた時のことでした――」
だから容疑者Aは、語り始めた。
△▼△▼△▼△▼
それが起こったのは夕方の時間。夏の高い気温もピークは過ぎ、夜に向かって涼しくなり始めた頃だった。
「お邪魔しまーす」
「同じくー」
「あの、先輩方……ご自分の部活、出なくていいんですか?」
容疑者Aだけがいる総合生活支援部の部室に、部外者である高遠和真とナージャ・クニッペルがやって来る、いつもと同じような状況だった。
ただし、今日はほんの少し違い、人ではない客も一緒だった。
羽音を響かせて飛び回る、招かれざる客がやって来ていた。
「お疲れさまですわ」
「あ。部長。お疲れ様です」
「虫が入ってますわね……」
しかしここはガレージ、半分屋外なので、その程度のことは珍しくない。やって来たコゼットも大して気にもせず、容疑者Aに手にしたアタッシェケースを差し出した。
「木次さんの《魔法使いの杖》の整備、終わりましたわよ」
「やっぱり壊れてました……?」
「機能に問題はなかったですけど、外装に相当ストレスかかってましたわ。打ち合った途端に折れても不思議ねーですから、交換しましたわよ」
「あぅ……お手数おかけしました」
以前の部活動で、彼女は走る車を長杖で止めるという荒業を行ったために、備品の管理者であるコゼットの手を煩わせることになった。
「一応ちゃんと動くか、チェックしといてくださいな」
「はぁい……わかりました」
「それから、わたくし他の用事がありますから、席はずしますわね。六時までにはまた来ると思いますけど、なんかあったら連絡してくださいな」
コゼットが部室に来たのは、ひとまずアイテムボックスを返すのを優先したためだった。それだけ言って踵を返すが、その背中にナージャと和真が呼びかける。
「部長さーん。十路くんどこ行ったんですかー?」
「バイクもないし」
「おつかいお願いしてますのよ。一応部活って事になりますのかしら?」
部外者相手には簡単な説明しかせず、コゼットは大学部の校舎へ消えていった。
そして部室の中では会話が消える。和真は二人掛けのソファで寝そべってマンガを読み、ナージャは時折紅茶を飲みながら、タブレット端末でアニメを見て。
容疑者Aはパソコンでメール処理を行う、別段何事もなく、いつも通りの時間が流れていた。
しかし天井付近には、虫が飛んでいた。それは飛びまわって疲れたのか、テーブルの上に着陸する。
羽音の変化に気付いたのだろう、和真は寝たままマンガから視線を動かし、そしてその虫の大きさと形と、オレンジがかった黄色と黒の危険色を示すような体色に声を上げた。
「危ね!? スズメバチじゃないか!!」
和真の声に驚いたのか、テーブルに止まったハチが再度飛び立った。
「ふっ――!」
しかしその瞬間、いつの間にか立ち上がったナージャが、小さな気合いと共にプリーツスカートを翻して回し蹴りを放った。素人とは思えない鋭さでハチを床に叩き落す。
「……ナージャ。普通、飛んでるハチを蹴るか?」
「こーゆー時は率先して男のコが追い払ってくださいよ~……」
「俺が動く前に蹴り落としただろ……」
「だって和真くんが箸でつまもうとしないから」
「どこの剣豪だ!?」
「剣道部でそういう練習してるでしょう?」
「してないしてない!」
和真とナージャの二人がそんな言い合いをしている中、容疑者Aはハチが蹴り飛ばされた方を見やる。
それは地面に叩き落しただけで、死んではいなかった。それどころか先ほど以上に激しく羽を動かし音を立てて、もう一度飛び立った。
「とってもお怒りになられてます!!」
スズメバチは明らかに蹴り飛ばされたことに怒り、部室にいる三人を威嚇して、間合いを計っている。自分の何倍もの大きさを持つ人間が隙を見せたら、すぐさま飛びかかるつもりなのは容易に想像ができた。
「おわ!? こっち来んな!」
「うひゃぁ!」
「うわ! うわ! うわ!」
刺激してはいけないと判っていても、彼らは思わず恐怖で腕を振り回してしまう。
しかしその行為に、スズメバチはヒートアップする。
外に追い出そうとしたものの、彼女たちの焦りが余計にスズメバチを興奮させて、針で刺そうと威嚇する。そんな悪循環が生まれる。
彼女たちの動揺はつのるばかり。
だから容疑者Aは、アイテムボックスを開けて、返って来たばかりのそれを取り出して。
「《雷霆》実行ぉぉぉぉッッ!!」
部室は《魔法》の青白い輝きに満ちた。
△▼△▼△▼△▼
「――というような顛末です……」
容疑者A・木次樹里(一五歳)の自供が、ひとまず終わった。事態の大きさを重々に理解し反省している様子だった。
【トージと外出している間に部室が吹っ飛んでるので、なにがあったかと思えば……】
建物そのものは原型を留めているが、家電製品はいまだプスプスと薄い煙を上げ、焦げた匂いと壮絶なオゾン臭に満ちている。爆弾が爆発したような部室内に、どこか呆然とした声で《使い魔》のAIイクセスが納得した。
「木次が過電流砲を撃って、ナージャも和真もよく無事だったな……」
スズメバチ相手にそんなものを使い、一緒にいたナージャと和真が傷ひとつ負っていないことに、堤十路は安堵すると同時に感心した。
樹里の使った術式《雷霆》は、空気をイオン化させて電気の通り道を作り、超高圧電流を目標に流す指向性高エネルギー攻撃だ。生身の人間が直撃を食らえば感電死はほぼ確定で、通常金属に覆われて電流など受け流してしまう兵器も破壊する力を持っている。
「とっさに部室から逃げましたから……」
「なんか光る大砲みたいなモンが出てきたら逃げるだろ!」
《魔法回路》の発生に危険を感じたために、二人とも無事だったらしい。いまだ腰を抜かしてへたり込む程度には、普段の余裕は出せない様子だが。
「木次さん……?」
自供中は一切口を開かなかったコゼットが、重々しく怒りを秘めた声を出した。今から説教タイムが始まるのは想像にかたくなく、樹里は身をすくませる。
しかし十路が平坦な声で口を挟んだ。止めるつもりではなく、ただ説教よりも優先しないとならない事項があるので。
「部長。先に修理をお願いします」
「……それもそうですわね」
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パソコンやタブレット端末のデータは、校内サーバーにバックアップを記録しているため、その再生に手間取るような問題はなかった。
物が多い部室のため、吹き飛んだ備品の整理にやや手間取ったが、五人がかりでなんとか体裁がつけることができた。
さすがにコゼットの《魔法》でも、電流通過による抵抗熱で焼けてしまったものは修復できないので、捨てるものも少なくないが、落雷事故と比べればはるかに少ない物的被害で済んだ。実情は《魔法》に使用した電気代と、書かなければならない始末書・レポートに割かれる時間と労力に変わっただけだが。
「あぅ~……」
そんな部室の隅で、コンクリートの床にお情けのダンボールを敷いて、樹里は半ベソかきながら正座していた。首にはなぜか『私は破壊活動をしました。もうしません』と書かれたプラカードがかかっている。
彼女の姿を横目に、やや焦げが目立つテーブルを挟んで、コゼットと十路は話し合う。
「木次さんの《魔法》の使い方、どうにかしないといけないですわね……」
「俺も気になってたんですけど、結局放置してましたからね」
十路は以前の『部活』を思い出す。
高速で逃走するスポーツカーを止めるのに、樹里は相当に荒っぽい手段を使い、停車させた。
人的被害はほとんどなく、修復も可能だったために許容範囲内と言えるが、それでも被害は出さないに越したことはない。だから《魔法》の使用に素人臭さを感じる彼女に、実用的な使い方を叩き込もうかとも十路は考えたが、彼のやり方は生半可ではないことを自覚しているため、結局そのようなことはしていなかった。
「キレるたびに無差別破壊されては、たまったもんじゃねーですわよ」
「そういえば部長って、時々木次を破壊神扱いしますけど、そんなにひどいんですか?」
「故意じゃないのはわかってますけど……初対面からそういう場面、見てますからね」
部の設立は今年の四月からのために大差はないが、樹里とコゼットの付き合いは、六月に転入した十路よりは長い。
だからその事を、コゼットは説明した。
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それが彼女たちの初対面だった。
《魔法使い》は普通の生活を送れない。しかしコゼットは普通の生活を望んだために、日本にやって来てこの学校に留学していた。
その普通の生活を送る引き換えとして、総合生活支援部の参加を決意したコゼットは、まだ春休みだった四月に、顧問である長久手つばめに連れられてこの部室にやって来た。
「この学校、こんな場所がありましたのね……」
「裏手の隅っこにあるし、こんな場所に用事ある人いないからね。知らないと思うよ」
「それにしても理事長、どうしてガレージが部室に?」
「ガレージですらないんだけどね。学校でマイクロバスの購入計画があったから建てたんだけど、なんやかんやで結局ポシャッて倉庫になってる」
「……なんつー場所に押し込めますのよ」
「他に空いてる部屋がないの。それに先々考えたら、ここの方が便利いいだろうし」
「ハ?」
「ま、ともかくリフォームの最中だから、コゼットちゃんも手伝って」
「業者がやってんでしょう? だったらくだらねーことに《魔法》使わせんじゃねーですわよ……」
つばめと語りながらコゼットは、きっと中に入っていたのだろう、ダンボール箱や資材が外に出されたガレージ内を覗きこむ。
そして小さく驚いた。コンクリートの床と壁だけがある中には、作業着を着たガタイのいい男がいると思いきや、コゼットの想像とかけ離れた少女だった。
大学生と見るには幼い印象が立つ。だからきっと普段は学生服を着るだろうが、春休みの今はジーンズにパーカーという気軽な格好をしている。ミディアムボブの黒髪は染めもせずパーマもかけず自然。背は高くもなく低くもなく、体格は細身で肉付きは薄いが極端に痩せているわけでもなく、やや丸みを残す顔の輪郭に、目鼻立ちが人懐こそうな雰囲気に並んでいる。
どことなく子犬を連想する日本人の少女。
それ以上の感想を、コゼットは抱くことができなかった。彼女の手にした物体がなければ。
少女は身長よりも長い、先端に電子部品のコネクタのような部品を持つ奇妙な『杖』を手にしていた。
その正体をコゼットはひと目で見破ったが、しばらく様子を見るためになにも言わずにおく。
「もぉ~……つばめ先生、私の《魔法》でリフォームなんて――」
誰かやって来た気配に少女は振り返って文句を言いかけ、そしてつばめだけでなく、初対面の金髪碧眼白皙の女性がいたために口を閉ざし、『誰?』と小首を傾げた。その仕草がまた子犬らしさをより印象づける。
「ジュリちゃん。このコが前に話した総合生活支援部の部長になるコ」
「あ、あぁ~!」
つばめの説明で理解した少女は、納得顔で声を上げる。
少女の正体に見当はついているものの、どう反応するかわからず、コゼットは気さくな笑顔を浮かべたプリンセス・モードで右手を差し出した。
「コゼット・ドゥ=シャロンジェです。わたくしが年長者らしいので部長を任命されましたが……」
「よ、よろしくお願いします」
やや泡食った様子で少女はおどおどと、しかし興奮を感じるやや紅潮した頬で手を握り返した。
彼女の性格もあるのだろう。しかしこのような反応は、コゼットには珍しくなかったため、内心またかと思った。
コゼットの肩書は『公女』で、二一世紀の現代でも西欧小国に存在する、正真正銘のお姫様なのだ。この少女もそれを知っているからこその反応だろうと認識する。
「それで、この子は木次ジュリちゃん、今年度から高等部に入学。想像はついてると思うけど、このコも《魔法使い》で部員になるよ」
続くつばめの説明で、想像通りだったとコゼットは内心思う。
コゼットは《付与術士》と呼ばれる特殊技術者で、少女が持っている『杖』――《魔法使いの杖》については専門家だ。常人にはガラクタのように見えるそれも正体が見破れるし、それに続く連想で少女が《魔法使い》であり、部員になると理解できる。
だからコゼットは樹里の顔をしばし見て、この少女なら大丈夫だろうかと早計な判断し、取り繕ってもバレるのは時間の問題だと諦めもつける。
「早速ですけど、貴女が部員になるなら顔合わせる時間長くなるでしょうし、これだけは言っておきますわ」
「はい?」
直後、コゼットが一変した。優美な微笑を浮かべていた口元が歪み、吊り気味の目を細めていた形のままに眉根に力が入り、顔が凶暴な雰囲気にしかめられる。
獅子が口を開いて鋭い牙を見せたような印象変化だった。
「王女扱いすんな。コンビニじゃねーんですから、看板背負って二四時間営業してられるかっつーの。クソめんどい……」
聡明な印象の清楚な外見からは想像のつかない、王女という肩書からは極地とも言えるドスの効いた濁った声に、樹里がビクッと体を震わせる。
「それから二面性バラすな。わたくしが王女サマだと思いたい人間は思わせときゃいーんですわよ。それで万事解決ですし、その方がわたくしもやりやすいですし」
「…………」
「わかりました?」
「りょ、了解です……」
コゼットの二面性に怯んだようだが、彼女にガン飛ばされて、樹里は錆ついた動きでうなずいた。
そんな部員同士の会話をつばめは微笑ましそうに、他人がこの状況を見ると眼科医を勧めそうな笑顔で眺め、樹里に問う。
「それでジュリちゃん、リフォームの調子は?」
「私の《魔法》だと効率悪いですよ……どうやって水道管を通せっていうんですか」
「水回りを要求したのはキミでしょう?」
「そうですけど、まさか自分で工事するとは思いませんでしたよ」
「ジュリちゃんならプラズマ破砕、できるでしょう?」
「まぁ、できなくはないですし、準備もしましたけど……」
プラズマ破砕とは土木で用いられる破砕工法だ。岩やコンクリートに穴をあけて水を入れ、そこに電極を入れて密閉して高電圧放電を行うと衝撃波が発生し、粉砕される。まだ研究開発段階で一般的に広まってはいないが、重機を用いるのに比べて騒音も振動も一瞬で、爆薬は使わないため安全性も高いため、期待を持たれて研究が行われている。
やはり《魔法》を使ったのか、ガレージ床隅のコンクリートに穴が開けられ、水を汲んだバケツも置かれている。コンクリートを一部破壊して、シンクを置くための配水管を通そうとしているのだろう。
樹里は話しながら穴に水を入れ、そして何気ない様子で長杖を手に《魔法》を実行する。
次の瞬間、想定外の事態が起こった。鈍くて腹に響く音と同時に、コンクリートの床全体にひびが走り、吹き飛び、明らかにプラズマ粉砕の域を超えた大爆発が起こった。
「ぶへぇ!?」
「きゃ!?」
ガレージとしてはそれなりに大きいが、それでも大して広くはない。そして爆発と言っても炎を伴ったものではなく、逆に大量の水を含んでいた。屋内を蹂躙した衝撃波は入口へと逃げ、それに乗って樹里の細見の体は後ろに飛ぶ。離れていたとはいえ、入口前に立つコゼットも尻餅をつく程度の被害は受けた。
ちなみにつばめは偶然なのか察知したのか、ちゃっかりと衝撃波の範囲外に逃げていた。
「いたた……なにが起こったんですか……?」
「水素爆発……?」
吹き飛んで地面に投げ出された樹里のぼやきに、爆音で耳を押さえて顔をしかめるコゼットが応じる。
「あー……この下に古い水道管が通ってたんだね」
粉砕されたコンクリートの床から水が噴き出しているのを見て、つばめが今さらのように言う。
配水管が爆発する。
火の気などあるはずもなく、水を通すだけの金属の管が、そんな事態を起こすなどと言っても、普通は首を傾げるだろう。
しかし稀ではあるが、起こりうるケースだ。配管の金属の腐食が原因で、水が分解され水素が発生して溜まり、解体する時の火花で爆発事故を起こすことがある。
今回も地下に水素が溜まった配水管が埋没し、樹里の電撃はそこまで到達し、爆発したのだ。
とにかく事前調査が雑だったのは予想できた。そして物質形状操作は彼女の得意分野であり、土木工事もお手のものなので、コゼットは静かに樹里に言う。
「……リフォームはわたくしが全部やりますわ」
ウェーブを描く金髪から水が滴るイイ女の姿で。口の端とこめかみが痙攣しているが、そこは愛嬌と見なすべき。
「だから一切手を出すな」
「はい……」
△▼△▼△▼△▼
「停電を起こしたのは堤さんもご存知でしょうけど、他にも、車のバッテリーを充電しようとして、爆破したこともありましたし、偶然ひったくりに遭遇して《雷撃》を発射して、無関係な人に命中させた時もありましたわね……」
連鎖的に思い出した記憶はまだまだあるが、それだけを述べるに留めて、精神的に疲れた様子でコゼットは話を締めくくった。
そして続けて《魔法使い》としての話し合いに移る。数多くの術式を持つコゼットは《魔法》全般に幅広い知識を持ち、実用性については十路が一番詳しいために、このような話し合いを二人ですることも少なくない。
「《魔法》に関して言えば、木次さんは医療関係と電磁気操作に偏ってますけど……」
「だけど《魔法使い》は普通そんなものです。それに木次はどちらかと言えば優秀な部類ですよ」
「そうですの?」
「《治癒術士》の役割以上のこともできますから。《魔法使い》の性能だけで考えたら、上の下か中の上ってトコです」
「性能だけで考えて……ってことは」
「問題なのは精神面……経験と度胸ですね」
十路は弱ったように首筋をかいて、横を見た。
彼の隣には和真が。向かいのコゼットの隣にはナージャが。巻き添えで死にかけた二人がぐったりとソファに体を投げ出していた。
「部長が木次を教育しようとしなかったんですか?」
「できる限りのことはやりましたけど、わたくしじゃ限られてますわよ……」
問われ、コゼットは軽く顔をしかめる。
彼女は軍事経験者ではない。しかも研究職に近い理論派のタイプだ。
ファンタジーな物語でいうと、絶大な破壊力を持つ呪文を知っているが、宮廷魔導師などにはならず、人里離れた塔にこもって研究している魔導師のイメージが近い。
対して樹里は、どちらかと言えば実践派だ。これまた物語で言うなら、町の教会にいる見習い神官戦士といったところか。
《魔法》の理論面はコゼットが教育できるが、他の部分は無理なのだ。樹里が勢い余って物を壊した時に、後始末して叱るのが関の山だ。
(それに――)
口には出せないが、コゼットが部長として樹里を教育していない理由が、他にもある。
(木次さんって、どう接していいのか、困るところがあるんですわよね……)
見た目通りの素直な女子高生であるのは、コゼットも理解しているのだが。
奥底知れないなにが木次樹里にはあると、彼女は感じていた。
しかし、それは口には出さない。
「だからその辺りのこと、堤さんにお願いしたいのですけど」
「俺ですか……? やれってならやりますけど……」
だから十路に押しつける。
それに元軍事経験者で超・実践派の彼の方が、樹里の教育役には適任という理由もある。
「特訓するか……?」
気が進まない様子で、十路はひとりごとのようにこぼす。
「具体的にどうしますのよ?」
「そこなんですよね……」
コゼットに問われ、十路は改めて考えるポーズを取る。
樹里に積ませる経験は、どうしても荒事――戦闘訓練のため、簡単には行えない。
少々のトレーニングではなく、実戦に近い本格的なものをしないと意味がない。しかし破壊的な《魔法》を好き勝手に使うわけにはいかないし、それを行える場所は限られるだろう。
「あ。そういえば……」
十路はなにかを思い出した様子で、スクリーンセイバー起動したパソコンに近づき、マウスを動かす。幾度かクリックしホイールを動かすと、目的の情報を見つけたらしい。
「初っ端からだとハードだけど、手っ取り早く度胸をつける手段はあるにはあるか……明日は休みだし、そう問題もない……」
コゼットが頭に疑問符を浮かべて見守る中、彼はひとりごとを呟いて考えをまとめて、部室の隅で正座する樹里に振り返った。
「木次、今晩時間あるか?」
「特に予定はないですけど……?」
「このままパニくったりキレたりしたら、木次はそのうち誰か殺す気がしてならない。だから特訓したい。一晩寝られないと思え。さぁどうする?」
「あぅ……わかりました。やります……」
つい先ほど、自身の危険性を実証してしまったので、彼女も反論できない。特訓という言葉の響きと、十路が元自衛隊特殊隊員であったことを考え、不穏なものを感じつつも情けない顔でうなずいた。
「イクセスも一晩付き合ってくれ。足以上のことは求めないから」
【仕方ないですね……ジュリに関わることのようですし】
AIはため息まじりのような声で答える。反抗的というわけでもないが、十路に対して慇懃無礼なイクセスにしては珍しく素直だった。
一人と一台の了承を受けて、十路はキーボードを叩き、そのメールに返信を送る。
すると一分もしないうちに返信があり、それを読んで彼は小さく、どこか満足げにうなずいた。
「それじゃ部長。準備もありますから、俺たちはこれで失礼します」
そして樹里をうながして立ち上がらせ、十路は帰り支度を始める。部室に置きっぱなしの制服のジャケットに袖を通して、ヘルメットをかぶる。
そんな彼の背中に、コゼットは呼びかける。
「どこでなにする気ですのよ?」
「夜中の六甲山で特訓です」
その特訓の内容について詳しい説明をしないまま、正座でヨタヨタした樹里をオートバイの後ろに乗せて、十路は偽装の排気音を鳴らして出ていった。
二人と一台が消えたガレージで、コゼットは疑問で眉をひそめる。
「行き先が夜の六甲山……?」
神戸市北部に広がる六甲山地の主峰。多数の観光施設や名所があり、神戸の夜景を見下ろすデートスポットとしても名高く、夜ともなればその展望台には男女二人連れの車がひっきりなしに訪れる。
そしてその道中には、そんな人々を客とする宿泊施設というかご休憩施設も存在する場所でもある。最近はあまりケバケバしいのは好まれないらしいが、回転するベッドが置かれていたり、部屋が鏡張りだったり、バスルームがガラス張りだったりするような。
「十路くん、準備があるとか言ってましたけど……」
ようやく復活し始めたナージャが言及する。
その手の準備にはいくつかあるが、男が取りうるものとすれば。
入浴したり身だしなみを整えたりムダ毛処理したりする。
矛盾しているようだが見せること・脱ぐことを前提とした下着を選ぶ。
薄くてピッタリフィットなゴムを買ってくる。
「それで、木次さんに度胸をつける……?」
「えーと……やはり、その?」
二人は共通する可能性が思いつく。
それをやはり復活し始めた和真が、ポツリと口に出した。
「房中術……?」
中国古来の養生術の一種であるが、気功術などにも登場する、男女和合の術のことだ。
要するにナニである。『家族計画』『合体』などという言い回しもある。そんな遠回しに言わなくとも、生物学的に『交尾』と言ってしまった方がダイレクトに伝わる上に恥も感じずに済むだろうか。
「……えええーーーー!?」
「ちょっと待ってくださいな!? そりゃオカルトの『魔法』は性的なことに結び付けられてるパターンありますけど、現実の《魔法》は関係ないですわよ!?」
外国籍にも関わらず、言葉の意味を正確に理解した留学生二人が驚きの声を上げる。
それに和真は真面目な顔で反論した。
「でもよ、十路と樹里ちゃんって、時々なんかヘンじゃね?」
言われて考え、ナージャは思い出す。『気のせい』で片付けることもできる小さな違和感を。
「……そういえば十路くんって、木次さんのこと、ずいぶんと気にかけてません……?」
言われてコゼットも考える。二人の普段を様子を。
「部活中に気にかけてるとは思いますけど、あれは今回みたいに木次さんが未熟だからと思ってましたが……」
「でも、違うんですか?」
「言われてみたら、妙に通じ合ってる時がありますわね……? 木次さんが目でなにか語りかけて、堤さんが無言で理解してるような……」
「それは恋愛的な?」
「いえ、そんな雰囲気かと訊かれると……?」
「わたしが見ても、そんな感じはないですけど……」
「もっとこう……うまく言えませんけど、別の要素のような気がするのですわよ」
根拠のない女の勘をフル活用しても、コゼットとナージャにはそれが想像できない。
二人は知らない。樹里には秘密があり、それを十路が知っているから、時折そんな奇妙な視線のやり取りがあるのだと。
「意味もなく顔を見てるような、そういう恋愛的な視線じゃねーんですけど……なんか信頼感があるとゆーか?」
「男の経験がなさそうなお姫様にそんなのわかるンすか?」
「ア゛ァン?」
「イエ、ナンデモナイデス」
余計な言葉を挟んだ和真は、コゼットの視線一撃で黙らされた。なにかの視覚効果が発揮したように、彼の体が一回りも二回りも小さくなったようにも見える。
「……まぁ、木次さんと十路くんの関係は、ひとまず置いておきましょう」
やや脱線した話を、気を取り直してナージャが修正する。
問題なのはそこではない。そういう感情がなくても行為に及ぶことは可能なのだ。
「木次さんに度胸をつける今日の『特訓』は……やっぱり?」
「やっぱり……そういうことですの?」
「……どうします?」
「……どうします、と言われても……?」
女性二人、顔を見合わせ無言になって考え込む。
そして白い頬が徐々に桃色に染まる。どうやら二人の頭の中では、その『特訓』の内容が具体的に映像となって繰り広げられているらしい。コゼットは大学生で二〇歳、ナージャは高校三年生一八歳なので許されるような内容を。しかし歳の割には二人とも中学生並のウブさだった。
「しかしそうか……十路も大人の階段を登るのか……」
復活した和真がそんなことをつぶやき遠い目をすると、二対の白けた目が向けられる。
「……なに、その目は? お姫様もナージャも」
「言っていいんですの?」
「ぶっちゃけますと、十路くんよりも、そんな余裕の態度見せてる和真くんの方が、チェリーな匂いがしますよ?」
「がふっ!? 俺のどこが!?」
「女の子に余裕がないところ? わたしだけでなく他のコにも、それっぽい言葉かけてるみたいですし」
「ストイック的に思えて鼻につきますけど、そういう意味では堤さんの方が、女に対する余裕を感じますわよね」
夕暮れの会話は、そんな和真いじりという形で終わり、結論は結局出なかった。




