050_2020 巨兵Ⅸ~弾幕 最強のシューティングゲームを作る!~
(当たれ当たれ当たれ当たれ……!)
野依崎は連動したジョイスティックのボタンを押し続け、高出力レーザーを放ち続ける。
いくら《魔法》とはいえ、容易に当てられるものではない。
天空から落下してくる戦略兵器はいまだ遠く、《魔法》で強化したセンサーでもほとんど反応がない。つばめがどこかから送信している宇宙観測データから、標的の位置を推察するしかない
目標が小さい。落下してくるのが建物並みの巨体でも、垂直落下している棒なのだ。真下から観測できるのは頂点とその周辺、わずか数メートルでしかない。
発射姿勢を固定できない。雲の上に出ているため、影響は受けにくいが、風は完全無風ではない。
目標がまだ遠い。発射前にはたった一ミリの誤差でも、直線上では数百メートル離れる巨大なずれになる。
実体弾兵器に置き換えれば、レーザーとは純粋な徹甲弾となる。榴弾のように至近距離爆発で影響を与えられるものではないため、直撃させないと意味はない。
ならばもう、レーザーを乱射するしか手はない。コンマ一秒刻みにエネルギーの増幅と照射を繰り返す。
他の攻撃手段を使うには、目標はまだ遠い。近づくのを待って対処するには、落下物が複数ある現状では、あまりにも危険すぎる。
『目標が大気圏に突入する!』
つばめからの無線が入ったのとほぼ同時、艦外カメラが複数の光点を捉えた。高速の運動エネルギーが大気をプラズマ化している光だ。
(これなら――!)
目標が見えず、当てずっぽうで撃つに比べて、誰がどう考えても命中率は格段に変わる。野依崎は修正しながら砲撃を続ける。
途端に光点のひとつが分裂した。高出力レーザーが穴を空けたため、空力加熱に耐えられる落下姿勢を維持できずに、遥か上空で爆散したに違いない。
大気圏内に突入してから時間を経ても、光点は減らない。どうやらダミーバルーンは存在せず、全て質量を持っている落下物らしい。野依崎は狙いを移動させて、次々と破壊する。時折大きな破片と思われるものも生まれるが、更に攻撃をくわて小さくしていく。そうすれば空気抵抗でバラバラになり、空力加熱で収縮し、地表に落下する頃には小さな隕石と化している。それが人間に直撃する可能性は、天文学的低確率なのだから、無視できる。
しかしひとつだけ。光点にいくら攻撃を加えても変化がない。これだけ撃てば当たっていないはずはない。なのに破壊した様子が見られない。
(どういうこと――っ!?)
それについて考える間もない。《ヘーゼルナッツ》に照準レーザーが照射されたのを確認した。
だが、反応が見られない。外に防衛しているはずの十路が、動いた様子が見られない。爆弾庫の開口を指示して以降、無線からの声もない。
(十路の身になにか起こった……!?)
艦外カメラをチェックする間もない。十路が防御できないということは、自分で動くしかない。
照準レーザーがそのまま出力を上げる。艦が自律行動し、起動させた《マナ》が仮想の光熱変換素子を形成し、エネルギーを減衰しているが、このままでは耐え切れず艦に穴が空く。
幸いにも射線は、真下から後部を貫く形ではない。ややずれて斜めに走り、電磁投射砲ゴンドラのレールを横切っている。
「ARMS Release!(空間リレー反射鏡システム展開!)
野依崎は右手でジョイスティックのボタンを押したまま、左手で仮想の操作盤をいじる。
Evolutionary Air and Space Global Laser Engagement(発展型航空宇宙広域レーザー網)――略称EAGLE。数あるミサイル防衛計画のひとつだ。直撃させられない位置にある地上・空中・宇宙から発射したレーザーを、高高度飛行船に積載した反射鏡で曲げて、ミサイルだけでなく低軌道の衛星や宇宙船を破壊するという、少々荒唐無稽な内容も含まれている。
しかしSFでは終わらず、本当に実験が行われている。《ヘーゼルナッツ》はその実験実証機として、反射鏡が電磁投射砲ゴンドラに積載されたままになっている。
プロペラを片方だけ稼動させ、艦全体を少しだけ回転させ、被弾箇所をずらして貫通までの時間を稼ぐと同時に、高さを微調整する。
即座に弾体が装填されたままの電磁投射砲を旋回させる。ほぼ垂直となっている状況とはいえ、前から後に変えるのは容易だった。だがレール終端に接触している、ゴンドラそのものを動かすことはできない。
だから威力を調整して、真下に砲撃する。発射反動でゴンドラそのものを動かし、一瞬制止する位置で、照射されるレーザーに反射鏡を割り込ませる。
途端、雲も大気も切り裂いて届いたエネルギーの奔流を、下方向へと反射した。刹那の後に反射鏡が破壊された。
いまだ試作実験段階であるし、いくら鏡を磨こうと、反射率一〇〇パーセントにはできない。反射し切れなかったエネルギーだけでも、破壊するには充分だ。
だが一瞬とはいえ、確かにレーザー光線を跳ね返した。しかも艦に穴を開けるのに充分な出力を、照射途中に反射鏡を割り込ませて。
雲に隠れて見えずともわかる。高エネルギーが海上に線を描き、小規模な水蒸気爆発は発生した。しかも狙ってはいないとはいえ、一発だけ砲撃した。思わぬ反撃に《男爵》は泡を食っただろう。再攻撃まで多少は時間が稼げたと野依崎は判断する。
そして艦外カメラを確認する。上空の戦略兵器も対処しなければならず、並列的にレーザーを照射し続けているが、十路たちの安否を優先させた。
構造物が多いため、視覚の妨げになるものを多いが、彼らが足場にしている武装コンテナの先端は目立つ場所だ。
「え……」
捉えた十路の姿に、野依崎は絶句した。
へしゃげたオートバイの側に血の人型を作りながら、左腕を失った彼は、突撃銃を手放して倒れ伏している。
命の灯火が消えようとしている姿だけでも大問題だが、それは些細な問題だった。
失われた左腕の切断面に《魔法回路》が点っている。
しかし《魔法》で治癒しているのではない。別の現象が起こっていることを、各種センサーが捉えていた。