050_1410 命短し両手に爆弾Ⅴ~宇宙ステーションと支援技術~
宇宙ステーション補給機『こうのとり』は、秒速約八キロで相対停止する、国際宇宙ステーションのロボットアームに掴まれた。
滞在していた宇宙飛行士たちにとっては、予定に存在しなかった作業だった。
無人補給船が定期的に打ち上げられているため、物資に不足はない状態で、補給船が来るなど、そもそも想定もできない。無人補給船自体が高価なのも当然、ロケットに乗せなければならないため、補給だけでも大規模なプロジェクトとなる。予定にない宇宙船が押しかけてくるなど、議論するまでもなく起こりようがない。
なのに今回、通常考えられない方法で、『こうのとり』が地上からやって来た。国土交通省が飛行通報を承認し、日本の宇宙航空研究開発機構を通じて連絡を受けたが、事後承諾に近い、同意のないキャッチボールのようなものだ。投げられたボールを無視すれば、自分が痛い思いをするから、仕方なく受け止めざるをえない。
とはいえ、モジュールとのドッキングは行われない。対費用効果を考えれば、あまりにも馬鹿馬鹿しい方法だが、テロ行為の想定もできる。国際宇宙ステーションに危険物が持ち込まれる可能性を、クルーや地上管制員たちは考えただろう。
「Don't worry...You may not be able to trust.(ご心配なく……信用できなくて当然だと思いますが)」
対応を迷わせるクルーたちに、やって来た少女が無線で答えた。もちろん『こうのとり』同様、常識的な手段で来た宇宙飛行士ではない。
「I want a foothold. I'm not going to enter the indoor. If the supply goods are not required , please discard later.(私は足場が欲しいだけで、ISS内部に入るつもりはありません。物資が要らないなら、捨ててください)」
投げやりともいえる英語の後、少女は金属色のマントをなびかせるように、ロボットアーム一本で保持された『こうのとり』に近づく。その移動が泳ぐように奇妙で、船外活動用装備の窒素ガススラスターより遥かに機敏だった。
「とっとっと……飛びづらいなぁ」
少女は補給キャリア非与圧部――船外用資材を詰んだ区画に近づき、素手でハッチを開ける。そして内部に侵入してしばし後、物資を載せた暴露パレットをそのまま押し出す。しかも長い棒を持っているため、片手で。
普通ならば、これもロボットアームを使わないと持ち出せない。いくら重力の影響が小さいとはいえ、非常識な搬出だ。
「My baggage is only this. (必要な荷物はこれだけです)」
ソックスとローファーを履いただけの足に、幾何学模様の光る輪を浮かべて、少女は数百キロの荷物を押して運ぶ。途中でいくつか荷物を外してケーブルを接続し、端を最後尾のモジュールに固定すると、パレットはそのまま滑るように流れ、曳航される筏のように浮かぶ。
「ふぅ……」
国際宇宙ステーションは地球の陰に入っている。作業を終えた少女は太陽電池パネルに着地し、スペースブランケットのフードを脱ぎ、《魔法回路》に覆われた顔を覗かせた。
「うわぁ……本当に宇宙まで来ちゃった」
大部分が夜の地球を見上げて、木次樹里は改めて、自分のいる場所の非現実さに、実体のないため息をついた。喉で《魔法》による呼気の二酸化炭素除去を行っているため、本当のため息は出ない。