050_1000 炭火に語りてⅠ~おんなのこの正体~
かつてマスコミに『世界最悪の変人』『世紀の詐欺師』と言わしめた、アレイスター・クロウリーという人物が、二〇世紀に実在した。
彼は登山家であり、作家だった。
しかし彼の名に聞き覚えがある者は、きっと別の職業を口にするだろう。
魔術師。
科学が全盛となる時代に、秘密結社を作り迷信を研究し続けた、正真正銘のオカルティストとされている。
作家としての彼の著作には、『ムーンチャイルド』という物語が存在する。昨今のライトノベルの先駆けとも言えるような、『魔法使い』たちの戦いを描いたファンタジー小説だ。
戦いの発端となったのは、主人公の若き天才魔法使いが作ろうとした、月の魔力を持つ子供――タイトルの『ムーンチャイルド』となっている。
つまり、魔術・錬金術が出るフィクションでは当然のように登場する、人工生命体をモチーフにしている。
「人工の……《魔法使い》?」
野依崎雫を名乗る少女の告白に、コゼット・ドゥ=シャロンジェは、懐疑的に金色の柳眉を顰める。
堤十路の内心に、驚きはない。ただ以前に聞いた話に納得する。
(ウソついてるってことはないだろう。だったら確かに木次より、一時的でも価値が上回るかもな……)
かつて木次樹里が、野依崎の失踪に際して語っていた言葉を思い出した。
正体不明の異能を持つ樹里よりも、現実的な存在だ。暗部を抱える組織が二人の存在を同時に知れば、模倣、あるいはアメリカ軍に損害を与えられそうな野依崎を先に選び、捕獲か殺害を目論むだろう。
とはいえ納得はせいぜい七割、残り三割は不審といった具合だ。人工の《魔法使い》など、きっと技術者のコゼットが抱いたろう懐疑とは異なり、軍事経験者として信じがたい話だ。
二人の態度を、野依崎は気にする様子もない。振り向きもしない。
「せっかく服を選んでくれたのに、申し訳ないであります……」
背を向けたままコゼットに謝罪をこぼし、しゃがんで落下した《ピクシィ》を拾い上げていく。
いつもと同じマイペースさを発揮しているように思う。行動だけを見れば。
だが十路には、なぜか暗がりで切なげに鳴く子猫のように見えた。
「まさか、このまま消える気じゃないだろうな?」
「アイツが現れた以上、ここは危険でありますから、自分が消えるのが一番であります」
十路の確認に野依崎は、振り向かないまま逆に問う。三基拾い上げただけで小さな体では抱えられず、到底このまま持って消えることはできないのに。
「まさか止める気でありますか?」
「あぁ」
「前と言ってることが違うでありますよ」
確かに退部の意思を漏らした彼女に、十路は送り出す言葉を返した。
だが、事情が変わった。たった数時間しか経っていないのに。
「カッコつけて消えるなら、全部説明してからにしろ。アイツ不吉なこと言い残しやがったし、それくらいの責任は果たせ」
すると彼女は口癖になっている言葉を、心底そう思っている風に漏らす。
「…………面倒であります」
でもどこか、安堵が伺えたような気がした。
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ひとまずでも事態が終息し、支援部員たちが役目を終えた頃には、すっかり夜も更けた。
『――本日のコメンテーターは、ジャーナリストの巌正宜さんです』
『よろしくお願いします』
『早速ですが、先ほど特集を組んでお伝えしている、本日起こった神戸の事件について、お話をお伺いしたいと思いますが……』
神戸でまたも発生した《魔法使い》による人定災害は、大阪湾沿岸にすさまじい被害を出した。建物破壊はもちろんのこと、海上交通の要衝たる大阪湾内で転覆した船も数隻存在する。
もちろん原因の大本は違うのだが、やはり野依崎が放った荷電粒子ビームは、一般市民への被害を出した。
『《魔法使い》――この呼び方も正式なものではありませんが、今回の事件で私が気になるのは、先頃からメディアでも取り上げられるようになった、学生《魔法使い》たちですね』
しかし支援部への批難は、ごく小さいものだった。
まず事態が、支援部とは関わりのない少女の《魔法使い》と、《死霊》によるものが発端なのは、多くの目撃証言がある。合わせて支援部の《魔法使い》たちが一般市民を守るために、《魔法》を行使したことも。
《死霊》や、衝撃波で破壊された建物の破片やガラスで、傷ついた人達は多く存在するが、《治癒術士》と呼ばれる少女が治療を行った。転覆した船に乗っていた者たちも、海を渡った少女二人に救助された。
なにかが少し違えば、壊滅的被害を出たであろう事態にも関わらず、死者は存在しない。
『以前にも同様の、《魔法》による事件が神戸で発生しました。それがこう立て続け
に起こるとなると、なにか原因であると思えて仕方ないでしょう』
『しかし今回、学生《魔法使い》が、多くの人たちを守ろうとしていたと、目撃証言がありますが』
『『それはそれ』です。勿論人々を守ろうとしたことは評価されるべきでしょうが、こうなった原因を考えると、とても無視できないことでしょう? 彼らがいることで事件が起こった。それは違うと誰が言えますか?』
『えー、巌さん。大事なご意見ですが、今は事件についてですが』
もちろん批難は皆無ではない。ネット上で飛び交う意見を拾えば、おおよそ世論は支援部を支持しているが、否定意見も存在している。なぜ一度ならず《魔法使い》による人的被害を起こったかを考えると、国家に管理されていない《魔法使い》が神戸にいるからという、当然の帰結だ。存在するだけで厄介事が起こるから『邪術士』と呼ばれる理由が、またも取り沙汰される。
『画面に映っておりますのは……元々一般の方が混乱の中撮影された映像である上に、更にモザイクをかけておりますが……事件を起こしたのは、子供という証言が多数寄せられています』
『それが《魔法使い》の恐ろしいところです。見た目には本当に普通の子供でも、兵器のような力を発揮するのですが』
『まだなにも確定しておりませんので、本当に子供なのかもハッキリしておりません。ただ、誰がなんのために、このような事件を起こしたか、というのはいかがでしょう?』
今回の真相は、今のところ表明されていない。警察による事情聴取には、正体不明の《魔法使い》に突如襲撃されたため、正当防衛および民間人への被害を考え、緊急事態として応戦。敵勢力の痕跡は発見できなかったため、詳細は不明としている。
『未だ発表はありませんし、今の政情を見れば、どの国が関係しているなどと、迂闊には申し上げられませんが……』
『テロ組織ということは考えられないのでしょうか?』
『《魔法使い》に関することは、政府発表でも差し障りない内容に留まり、時折議論が起こることですが――』
対応した警察官たちも、自分たちで解決できる事態ではないと理解したため、追求はなかった。軍事としては防衛省、国外の勢力とすれば外務省の管轄となる。それに《魔法》による治療で人的被害は帳消し。大規模な物的被害の修復は、さすがに今日のことにはならないが、支援部が請け負うことになったこともある。賠償問題で被害者との調停役としても、さほど警察の出番はない。
「ここで支援部顧問が番組に電話かけて、公式発表されてないこと全部バラしたら、どうなるかな?」
「「やめてください」」
東京から戻った途端、総合生活支援部顧問として動いた長久手つばめの不穏な発言に、部員たちは一斉に突っ込んだ
本気ではないだろうから、アッサリと緊急特番を放送していたタブレット端末を消して、顧問らしく重要話題の口火を切った。
「んじゃまぁ、わたしがいない間に大事になったみたいだけど、どこから情報整理しようか?」
野依崎の誕生日を祝うどころではない。部室前の広場には、準備されていたバーベキューを夕食にしながら、情報交換を行うことになった。だからつばめはスーツ姿のままだし、関係あるのか酒は飲まずにコーラを口にしている。




