050_0530 不本意な誕生日・日常Ⅳ~模型飛行機の科学~
痕跡は記憶以外に残っていないが、一月ほど前、総合生活支援部を殲滅するために、特殊な《使い魔》が修交館学院を強襲した。
その時、十路は銃火に晒された。
いくら《魔法使い》といえど、彼が《騎士》と呼ばれた実績ある特殊隊員といえど、無手で多銃身機関銃の射撃を受ければ、挽き肉と化す。
しかし彼は生きている。謎の物体が五〇口径弾を弾き飛ばし、十路を守ったから。
それが、部室のテーブルに置かれていた。
「《魔法使いの杖》には違いねーんですけど……やっぱ妙なシロモノですわね?」
《付与術士》の作業を行う時に使う、分厚い革表紙の辞書のような彼女のもうひとつの装備 《パノポリスのゾシモス》を閉じて、コゼットは検査した感想を漏らす。
持ち歩いているノートパソコンとケーブルで接続し、ソフトを立ち上げると、ワイヤーフレームで謎の物体が表示され、他の部員たちにも見えるようになる。
「外装一次構造の構成物質は、多結晶立方晶窒化ホウ素に二ホウ化チタン……ダイヤモンド並に固い金属なんて、白兵戦強化型でも使わねーですわよ」
「軍事用というか、戦闘用ですか?」
「でも調べた感じ、そう考えるのも変なんですわよね……容量大き目のメモリーが搭載されてる他は、特別ってワケでもないですし、使用者個人情報を除くシステム設定もほぼデフォルトのまま。しかも通信容量も出力も低そうですし、バッテリー容量も並以下……実用性とは程遠いですわよ」
ディスプレイから視線を外し、コゼットがなんとも判断つかない評価を下した物体を、樹里は直接見下ろす。
一度分解されたが元通りになっている物体は、戦闘機の模型と呼ぶのが近いが、実際に各国の空を守る主力戦闘機の形状とは異なる。軍事にさほど詳しくはない樹里でもそれがわかる。
主翼が後方と機首方向に伸びる、X字型の独特な形状だ。そんなものは制式採用されていないので、あえて戦闘機と称するなら、試作機の風情がある。
更に言えば、ジェット推進で機動するわけではないだろうから、排気口がない。そして宝玉にも見えなくもない発信部の露出を、コクピットの風防と見なすならば、位置がおかしい。機首ではなく機体後方に存在する。
上から見れば、胴体の太いトンボか、奇形のハチにも思える。
「なによりこれ、どう見ても、持って扱う前提じゃないですわよね?」
「そうですけど、脳機能接続のお話ですか?」
「えぇ。この形状じゃ、無線接続で間接的に操作って考えるべきですけど……」
ナージャと会話しながら、コゼットが拳を唇に触れさせる。
《魔法使いの杖》は脳と無線接続で登録使用者を確認した後、《マナ》を利用した擬似ファイバーケーブルで体表面ないし体内に経路を作り、有線接続を形成する。使用者の特性や諸々の事情で様々な形状に作られるが、これは一環していると言ってもいい。
「よっぽどの変人か、変な要求されねー限り、《付与術士》ならそんな仕様で作らねーですわよ」
「なんでまた? 日本のロボットアニメだったら、オールレンジ攻撃って、当たり前みたいにありますけどね」
「意味ねーですわ。大抵の《魔法使い》ならンなもの使わずとも、術式の多重実行で全方位攻撃可能ですもの。クニッペルさんは特殊ですから、無理でしょうですけど」
インターネット回線でも同じように、有線に比べて無線接続は、どうしても通信速度が劣る。そして術式実行に必要な演算は、《魔法使い》の脳で行う。出力装置が手元で有線接続されているのと、無線で遠く離れているのでは、些細な違いあろうとも実行速度に差が出る。
《魔法使い》が戦闘を行う際には、この遅れが致命的にもなりうる。
更には一般的な《魔法使いの杖》でも、敵を取り囲むように《魔法回路》を発生させて、兵士数十人の一斉射撃に匹敵する攻撃が可能だ。なのに無線操縦の砲台のような専用装備は、無駄でしかない。
しかも最大の問題は、《魔法使いの杖》が複数必要になることだ。それをコゼットは目線を変えて確認する。
「ナトセさん。貴女いつも《魔法使いの杖》を二基使ってますけど、どんな気分です?」
「最近は交互で使うのに慣れたけど、使い始めた頃はすっげー大変だった。《マナ》からの取得情報が倍になるから、頭ン中に虫わいたようなキブン」
「わたくしも試したことありますけど、まぁ、そんな感じでしたわね」
《魔法使いの杖》を二基使うのは、両手で二台のパソコンを使うのと変わらない。必要性があるならばともかく、普通はそんなことをしない。仮に二台のパソコンで並列的に別の作業を行う際でも、サブマシンは監視や処理に時間のかかる作業をやらせて放置し、メインマシンを使うだろう。
南十星が二基使うのは、《魔法使いの杖》が比較的小型で出力が低く、バッテリー容量が小さい故の苦肉の策だ。使うには出力装置のメインとサブを切り替えて、継続的に《魔法》を実行し続けている。
「それがどしたん?」
「二基の同時接続なら、できなくもない。これが子機で、親機で無線操作するなら、並列じゃなくて直列の接続ですから、負担はかなり軽いでしょうね」
要は模型のラジオコントロールと変わらない。親機を操縦桿にする以上の操作はシャットダウンし、子機を動かすならば、《マナ》との情報処理を一基に集中できる。
改めて自分で確認するように南十星へ説明し、コゼットはテーブルの戦闘機モドキを指差す。
「でも、わたくしが見た時、同じものが八基ありましたのよ? 親機と合わせて九基の《魔法使いの杖》を、同時に接続する勇気あります?」
「想像しただけでゾッとする」
コツを掴めば二倍の情報量を処理可能でも、九倍になればどうか。
模型の例であっても、同時に八機操縦できる人間などいるはずもない。
どんな使い方をすれば可能となるか、聞いて想像することもできない。
「しかもイノシシが持ってきたっつーことは、どっか山の中にあったっつーことですわよね……」
「墜落でもしたんでしょうか?」
「機能は異常ねーみてーですし、バッテリーも充分残ってますし、考えにくいんですけど……でも、山の中に放置なんつーのは、もっと考えにくいですわよね?」
危険もないと判明し、解析で抱いた疑問を出し終えたのだろう。コゼットは気が抜けたように、普段の憂鬱げな態度になった。
「あとわかったのは、使われてる部品はGV系製品っつーことくらい……わたくしたちの装備もそうですから、欧米国で作られたって判断していいかは、迷うところですけど」
その言葉に、ノートパソコンを眺めていた南十星が、キョトン顔を上げた。
「GVって? なんかアパレル? ギガボルト?」
「《魔法使いの杖》の中枢部品を作ってる会社は、二社だけっつーのは、《魔法使い》なら知ってますわよね?」
「知らね」
「…………アジア圏に展開してるXEANEトータルシステム・インクと、欧米圏に展開してるゲイブルズ・ベトロニクス・コープ。事業規模はジーンが大きいですけど、実績と《使い魔》関係はゲイブルズ・ベトロニクスが上。これくらい覚えとけ――」
《魔法使い》ならば常識と言っていい情報を、眉根を揉みながら呆れ声で出したが、コゼットが動きと口を不自然に止めた。
埋もれていた記憶を掘り出す時間を置いて、樹里に視線を向けてくる。
「前に聞いた時、追求どころじゃない状況で訊けなくて、今まで忘れてましたけど……木次さんのお姉さん、確かゲイブルズ木次ユーアとかっつってませんでしたっけ?」
「………………………………えぇ」
話の流れが読めた樹里は、仕方なく、背に腹は変えられず、やむを得ず、嫌々に、不本意ながら応じた。
「GV社と関係ありますの?」
「お姉ちゃんの旦那さんが創始者でして……今も役員ではあるらしいですけど、実質関わってた期間ってほんと最初だけで、レストランのオーナーシェフやってますけど」
「え……まさか、貴女のお義兄さんって……あのドクター・リヒト・ゲイブルズ?」
「はい……そのリヒト・ゲイブルズです……」
「木次さんの装備は色々ヘンだと思ってましたけど、そりゃぁ納得ですわ……!」
樹里の《魔法使いの杖》は、コゼットが製作したものではない。しかも追加装備と接続することで機能強化を行える、単純な軍事用とも異なる特殊仕様で作られている。
《付与術士》としてずっと抱いていたはずだが、樹里に訊かずにいた疑問なのだろう。
樹里にとっても、触れられたくない話題だったが。他の秘密とは異なる理由で。
「……誰なん?」
「それも知らんのか!?」
やはりキョトン顔から変化ない南十星に、コゼットは声を大にする。
「大脳生理学者にして電子制御工学者! 世界初の《魔法使い》にして《付与術士》ですわよ! まだ二〇代なのに、彼がいなければ《魔法使いの杖》実用化は五〇年遅れてたっって言われてますし、《使い魔》だって開発されてませんわよ!」
コゼットは技術者の卵だ。《魔法使い》だ。《付与術士》だ。だから語りが熱を帯びるのは、理解できなくもない。男性アイドルグループにもイケメン俳優にも興味を持たない彼女でも、自身の先達ともなれば無関心ではいられない。それも今後教科書に載るであろうビッグネームともなれば。
だが対照的に、樹里は冷めていく。
そして頭の中でなぜかオート再生された。先日実家に帰った際の、義兄との会話が。
――また拡張装備が要るだァ!?
――忙しいのにごめんなさい……でも、必要になると思うの。
――そうじゃねェえッ! このくらい作ってやらァ!
――え、と……? じゃあ、なに言いたいの?
――《牙》も《声帯》も《毛皮》も、頼ンでそれっきりだったろォ!
――ごめん。ちょっと意味わかんない。
――進捗状況とか気にならねェのかァ!?
――や、《魔法使いの杖》のこと、わかんないし……
――ちょくちょく帰って催促とかねェのか!?
――や、そこは、義兄さんを信じてるというか……
――信じてくれるのは嬉しいが……でもオネダリとかされたいよォな……
――……話終わったなら、私、マンション帰るよ?
――待てェ! つーか実家帰ってきても店手伝うだけで帰るよなァ!?
――や、だって、お店の手伝い頼まれただけだし……
――泊まってけよォ! どォしてそンな素っ気ねェんだよォ!
――え? その理由を私に訊くの?
――エ? なンでそんな不思議そうな顔?
――前にスキンシップとかって、一緒にお風呂入ろうとしたよね?
――オウ。いつの間にか記憶飛ンで寝てたけどョ。
――同じように、一緒に寝ようってベッドに潜り込んできたことあるよね。
――オウ。いつの間にか記憶飛ンで朝だったけどョ。
――それ、一度じゃないよね? 私が泊まる度にどっちかやるよね?
――オウ! ジュリも年頃だァ。色々あるだろォ? だから話しようとだなァ。
――私が年頃で色々あるから電撃食らわせてるって、わからないの?
――HAHAHA。想定内だァ!
――お互い日本語使ってるはずなのに、会話が成立してる気がしない。
――恥ずかしがるこたァねェンだぜェ、ジュリ?
――私が恥ずかしいというより、義兄さんが恥ずかしい。
――オレのどこが恥ずかしいョ?
――なんで実家に置いてる私の服が、入れ替わったり増えたりしてるの?
――いつジュリが泊まりに来てもいいようにしてるだけサ。
――服だけでも嫌だけど、下着まで勝手に新調するの、本気でやめて。
――イヤだァァァァッ!?
――近所迷惑だから叫ばないで。
――『パンツ一緒に洗わないで』って最後通牒叩きつけられるのイヤだァァァァッ!
――だからって私のパンツ勝手にいじらないで。
「…………部長」
心が凍った。声まで冷えた。
「お願いですから、それ以上はやめてください……他の人から義兄さんの話を聞かされたら、居たたまれなくなるんです……あと、もし少しでも憧れとかあったら、実物に会わないでください……案外話が合う可能性もありますけど」
「……………………」
瞳から光が消えた樹里の無表情を見て、自分が抱く人物像と実物は異なると察したらしい。沈黙したコゼットはしばらく後、飛行機モドキを本と共に空間制御コンテナに片付ける。
「えー……予定外のことで時間取りましたし、なんか昨日『死霊』が出たみたいで、改めて相談しなきゃならねーでしょうけど。フォーさんのバースディ・パーティで集まったんでしたっけ?」
そして気を取り直して、本来の用件を切り出した。彼女は空気を読める強い女だった。ナージャも南十星も空気を読める女であるために、異論なくソファに座りなおして居住まいを正した。
常であればコゼットが取り仕切るが、今回はパーティ、即ち料理が絡むため、元料理研究部員ナージャが仕切る。
「ケーキの土台はわたしの部屋にある材料で作れますけど、他は全然足りません。時間短縮のため、ケーキに使える食材を提供することはできますか?」
それにコゼットと南十星が挙手して発言した。
「サプリメントでよろしければ」
「プロテインでおっけーですかー?」
「はい。買い物、すぐに行きましょう。料理と並行して作ることになるので、献立次第ではケーキは出来合いも考えましょう」
結論は早かった。当然だが。支援部の女性陣は自給率高めなのだが、さすがに生クリームや果物類の常備は期待しすぎというものだ。
ちなみに樹里は、使える食材がないのがわかっていたから、挙手も発言もしていない。
「木次さん。理事長、今日はお休みです?」
「や、お仕事で東京に行きました。夜には帰ってくるそうですけど」
「時間もないですし、買い物が多そうですし、バイクないですから、車を出してもらいたかったんですけど……」
樹里の言葉に、ナージャは長い髪の尻尾を振り回して考えてしばし、笑みを浮かべた。
「仕方ないですから、わたしが車チョロまかして運転しますか」
「やめんかコラァ!」
「大丈夫ですよー。運転できますよー。左ハンドル車線ないド田舎ロードでしか動かしたことないですけど」
「それよか貴女自動車の免許持ってねーでしょーが!」
「ロシアってワイロで免許取れましたから、一般平均レベルの運転技術ですよ?」
「技術は元よりその証明書が大事だっつーの!」
つばめの愛車をチョロまかすこと自体は、コゼット的にOKなのだろうか。
樹里は思いはしたものの、疑問は口にはしなかった。コゼットの感性とおそロシアな交通事情を改めて確かめるのが、なんとなく嫌だったから。
止められなかった上に、ナージャも本気ではなかろうから、二人の会話は話題を変えて続いて行く。
「プレゼント、どうします? 改めて選ぶにしても、時間ありませんよ?」
「そうですわね……フォーさんの生活、女として終わってますからね。与えるにしてもそっち方面ですかしら?」
「女って、まだ小学生ですよ?」
「女児向けオモチャの対象年齢的には、おままごと卒業した大人の真似事セットでしょう。さすがに化粧品なんぞは早すぎですけど、ドレッサーとか本物与えても構やしねーんじゃ? まぁ、それ以前に生活用品って感じですけど。いっつも同じ格好してやがりますし、服とか全然ねーですし。ついでにブラまだですし。あとは無難に菓子とか。あの年頃なら当然でしょうけど、あの子、結構甘いもの好きですわね。アイスクリームが特にお気に入りみたいですけど」
「部長さん、フォーさんのお母さんみたいですね……」
「母親ヅラするなら、もっと小うるさく言って、毎日ウチに連れ帰って、メシ食わせてますわよ」
「ほえ? 部長さん、そんなにフォーさんの世話焼いてたんですか?」
「あの子のメシ、通販で箱買いした栄養調整食品ですもの。さすがにそれはどうかと思いますから、たまに差し入れてますわ」
向かいのソファで行われるそんな会話を他所に、隣に座った南十星が振り向いて口を開く。
「てかさ、じゅりちゃん。兄貴と一緒に出たついでに、フォーちんの頭と格好なんとかする件。大丈夫なん?」
「や、わかんない……」