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近ごろの魔法使い  作者: 風待月
《魔法使い》と次世代軍事学事情/フォー編
208/640

050_0100 野良猫、消えたⅠ~必ず知っておきたい! 若い教師のための職員室ルール~


 この世界には、《魔法使いの杖》を手に、《マナ》を操り《魔法》を扱う《魔法使い》が存在する。


 しかし秘術ではない。

 誤解と偏見があったとしても、その存在は広く知られたもの。

 そして(いにしえ)よりのものではない。

 たった三〇年前に発見され、未だそのあり方を模索している新技術。

 なによりもオカルトではない。

 その仕組みの詳細は明確になっていないものの、証明が可能な理論と法則。


 《魔法使いの杖》とは、思考で操作可能なインターフェースデバイス。

 《マナ》とは、力学制御を行う万能のナノテクノロジー。

 《魔法使い》とは、大脳の一部が生体コンピューターと化した人間。

 《魔法》とは、エネルギーと物質を操作する科学技術。


 それがこの世界に存在するもの。知識と経験から作られる異能力。

 その在り方は一般的でありながら、普通の人々が考える存在とは異なる。


 政治家にとっての《魔法使い》とは、外交・内政の駆け引きの手札。

 企業人にとっての《魔法使い》とは、新たな可能性を持つ金の成る木。

 軍事家にとっての《魔法使い》とは、自然発生した生体兵器。


 国家に管理されて、誰かの道具となるべき、社会に混乱を招く異物。

 (ゆえ)に二一世紀の《魔法使い》とされる彼らは、『邪術師(ソーサラー)』と呼ばれる。


 しかし、そんな国の管理を離れたワケありの人材が、神戸にある一貫校・修交館学院に学生として生活し、とある部活動に参加している。

 ()()()()()()()魔法使い(ソーサラー)》の社会的影響実証実験チーム。学校内でのなんでも屋を行うことで、一般社会の中に特殊な人材である彼らを溶け込ませ、その影響を調査する。

 そして有事の際には警察・消防・自衛隊などに協力し事態の解決を図る、国家に管理されていない準軍事組織。

 《魔法使い(ソーサラー)》は特殊な生まれ(ゆえ)に、普通の生活など送ることは叶わない。そんな彼らが、普通の生活を送るための交換条件として用意された場。

 それがこの、総合生活支援部の正体だった。



 △▼△▼△▼△▼



 ボールが飛んできた。


(あー……やっぱやりやがった)


 修交館学院は、大学部だけでなく全教育課程で、前後期制を取っている。

 そして本日、高等部の場合は一週間余り、半日授業で行われ続けた前期期末テストが終了した。

 まだまだ夏の終わりを実感できない九月末の昼下がり。半日授業であるだけでなく、明日は休日のため、多くは授業終了と共に帰宅する。しかし部活動や各々(おのおの)の事情で、午後も学校に残る者もいる。

 その一部であろう、健康的にドッジボールで遊んでいる小学生たちを、窓からボーッと眺めていたら――正確にはその『ふり』をしていたら、顔面に向けてボールが飛んできた。

 条件反射で反応してしまうほどの速さはない。だから(つつみ)十路(とおじ)は刹那の間だけ、どう対応しようか考えて。


(これが一番か……)


 避けずに顔面で受け止めることにした。

 鈍い音が発せられ、部屋の窓枠に並べられたキャビネットの天板にボールが跳ねる。十路が知るドッジボールとは硬いボールだが、最近使われるのは軟球なので、せいぜい枕を押し付けられたくらいの衝撃しかなかった。

 しかし遊んでいた小学生たちは、動きを固めた。子供たちから見れば、五歳以上の年上は充分大人の範疇(はんちゅう)に入る。しかもいつも怠惰(たいだ)そうに目を細めて、お世辞にも人相がいいとは言えない高等部三年男子ともなれば、どんな報復があるか予想に恐怖するだろう。


「気をつけて遊べ……」


 そんな誰もしていない期待に応えることなく、十路はやる気ない態度で軽くボールを投げ返した。

 すると安堵で解凍された小学生たちは、間延びした謝罪を残して離れていく。


「あの兄ちゃん、本当に《魔法使い》かよ……?」


 その際に聞こえてきた、故意にボールを投げてきた悪ガキ気質の少年の声に、十路は小さくため息を吐いた。

 遊んでいた子供たちが十路を見つけ、コソコソ話していたのは気づいていた。

 無用に恐れられるよりはいいかもしれない。だがそもそも有名になどなりたくもない。しかも望まない方面で有名になり、挑まれるのも好ましくない。ついでに付け加えれば、子供は遠慮がない上にやり返すと社会的制裁があるので、勘弁してもらいたい。

 だから十路は相手にしないために、わざと顔面でボールを受けた。あの程度も避けられないと、(あなど)りたければ侮ればいい。

 というより、本気になって相手しなければならない挑戦者など、勘弁してもらいたいのが彼の本音だった。一月ほど前、夏休みの真っ最中にあったのだから。


 史上最強の生体万能戦略兵器《魔法使い(ソーサラー)》たちの部活動・総合生活支援部は、本物の特殊部隊の襲撃を受けて、退(しりぞ)けた。

 この戦いは対象国だけでなく、黙認と隠蔽(いんぺい)という形で、日本政府も関与していた。

 だから一般人がなにかあればそうするだろう、通報という形で事後処理を()()()()、雲の上の話など全く知らない兵庫県警の警察官たちを大混乱させた。しかも秘密保護法を適用するまでもなく、戦場となった学院をしばらく修復しなかったので、事態は(いや)が応でも一般人の知るところとなった。


 そのため表向き、近畿圏全域に被害があるとも言われた大混乱の中、テロリストの犯行を阻止したということになっていた。

 更には、今までこうならなかったのが不思議な出来事だが、盗撮された部員の顔写真がメディアで広まった。今や検索エンジンを使えば、部だけではなく部員の個人情報までかなり出回ってしまっている。

 公式発表は一切していない。しかし本来国家に管理されて民間人が関わることはない《魔法使い(ソーサラー)》たちは、街を守るヒーローという位置づけで有名人になってしまっていた。


 そして面倒が増えた。

 まずは生活しているマンションや学校周辺で、マスコミ関係者らしき人物を見かける。出入りは用心し、時には全力ダッシュで引き離すため、掴まって直接取材を受ける事態には未だなっていない。


 更には、総合生活支援部は普段、送られてきた依頼をこなすという、なんでも屋のようなことをしているが、その依頼の質がやたら挑戦的になったように感じる。《魔法使い(ソーサラー)》という人種がどの程度のものか、どこまでの事ができるのか、どれほど強いのか、自らの目で見極めようと。

 具体的には、運動系部活動で対決させられるのは最早当然。数学同好会からは懸賞金(ミレニアム)問題の解答を求められたり、化学同好会からは新物質の発見など『自分でやれ。なんのための部活動だ』と言いたくなるというか実際オブラートに包んで断る依頼が続出した。《魔法使い(ソーサラー)》のことを一般人は、不思議な力でなんでもできると思ってるかもしれない。しかし軽音楽部が求めたエレギギターの早弾きや、株式投資研究会が求めた今後上がる株予測など、できない《魔法使い(ソーサラー)》の方がどう考えても多いことを求められても無理がある。


 なによりも、ものまねや一発芸と同じ感覚で、一般人がなかなか目にできない《魔法》使用を求められるのが一番困る。現代の《魔法》を使うには、莫大な電力を消費するのだから、電気代を考えればおいそれと使えない。

 一般人と《魔法使い(ソーサラー)》を一緒に生活させて、どういう反応があるか調査する社会実験チームとしては、成功の結果なのかもしれない。

 しかし十路は時折、自分が元陸上自衛隊非公式特殊隊員であり、核よりも危険な人間兵器であると知らしめたくなる欲求に駆られる。要するにイラつく。《魔法》を使って暴れれば大問題なので、精神衛生のためにも適当にいなしているが。


 十路が送りたいのは普通の学生生活なのだ。《魔法》や銃弾やミサイルはもちろんのこと、球技大会と節分以外で物をぶつけられたくない。冬は苦手なので雪合戦もお断りしたい。

 現状に辟易(へきえき)した倦怠(けんたい)感を全身から(ただよ)わせ、十路は野良犬のように首筋を撫でながら、体の向きを一八〇度変える。


「?」


 すると背後の音と声に振り返ったらしい、なにが起きたか理解していない様子の少女と目が合った。

 本来の使用者が不在のオフィスチェアに座り、黒目がちのどんぐり(まなこ)を向け、黒髪のミディアムボブを揺らして小首を傾げて見上げる様は、お座りした和犬の子犬を連想する。

 高等部一年生、木次(きすき)樹里(じゅり)。彼女もまた十路同様、総合生活支援部に所属している《魔法使い(ソーサラー)》だ。しかしブラウスの上に紺色のスクールベスト、少し丈を詰めたプリーツスカートという学生服を着ている今、どこかにいそうな普通の女子高生にしか見えない。


 視線で異変を問う後輩の少女に、なんでもないと十路が手を振ると、理解できずとも流すことにしたようだ。


「失礼しました」


 樹里は顔の向きを変えて、話を再開した。

 話していた相手は、まだ若い女性教師だった。

 そして二人がいるのは、一三号館――初等部校舎にある教員室だった。普通の学校ならば『職員室』と呼ばれる部屋で、通称も同様だが、修交館学院の場合は少々異なる。教員と職員は完全に分離されていて、教務以外の事務仕事は、専門の学校事務職員が存在して処理している。そのため教員一同の机が存在する部屋は、教員室と名付けられている。

 高校生である二人がここに来たのは、初等部五年一組の担任教師から、部のメールアドレスに連絡が届いたからだった。


「それで、お話を戻しますけど……私たちも知らないんですよ」

「そうなの……」


 中途半端になっていたらしい樹里の話に、まだ新人らしさが抜けていない女性教師は、落胆したように息を吐く。


「理事長に時間作って頂いて直接お話したけど、やっぱり要領得なくて、それであなたたちに連絡したんだけど……」

「お役に立てなくて申し訳ないですけど、私たちもどうしようもなくて……」

「家に直接……と言っても、あの子の家、あなたたちと同じところよね?」

「まぁ……部屋にいないのは確かです。私たちも何度も確かめましたから」


 女性教師の問いに、樹里は言葉を選んで曖昧(あいまい)に返す。

 総合生活支援部の関係者は、同じマンションで生活しているが、話の目的である人物の現住所も同様なのは、いま初めて知った。

 『彼女』は普段、学校内で生活している。学校で生活しているのは問題あるため、書類上はそうしているのだろう。


「親御さんに連絡……っと言っても、保護者は理事長なのよね……」

「一応はそういうことに……本当のご両親については知りませんけど、理事長もご存知ない様子で、困ってまして」


 いつも通りの特定二人称を使わず、樹里は返す。

 支援部の顧問でもある学院理事長は、仕事が忙しいのか、あまり部室に顔を出さないので、十路も詳しくはない。樹里は彼女と同居しているために、もう少し詳しいかとも思ったが、あまり違いはないらしい。


「警察とか児童相談所に連絡……」

「というわけにもいかないでしょう……普通の子なら正しい対応だと思いますけど、私たち《魔法使い》の場合は……」


 人知れぬ死亡や誘拐の可能性もありうる。むしろ『彼女』もワケあり《魔法使い(ソーサラー)》なのだから、可能性としては一番高いはず。

 しかし十路は、一番最後として考えている。それに『彼女』の戸籍は偽造であるため、捜査機関に相談するのは危険だ。


「困ったなぁ……どうすればいいんだろ……」


 女性教師がヘコんだ。

 いい教師なのだろうと、十路は思う。少子高齢化で一クラス二〇人程度になったとはいえ、児童多数を一人で相手にしなければならない立場なのに、一人の児童のことを考えようとしているのだから。

 ただ結果が(ともな)わないと評価されないのが、残念ながら世間の冷たい一般論だ。

 そして今回の場合、問題児の問題は群を抜いているため、女性教師は困り果てているに違いない。


「『なんでも相談して』って言っても、あの子、なにも言わないし……」

「でしょうね」


 樹里ばかりに話を任せておくのもどうかと思ったため、十路も口を挟む。


「あの子、いつも一人でいるし……」

「予想通りですね」

「声かけようとした女の子がいたけど、冷たい態度で泣いちゃったし……」

「悪気なく口が悪いですから、それも予想通りですね」

「ちょっかいかけようとした男の子がいたけど、次の日から異様にあの子を怖がって……」

「具体的な方法はわかりませんが、反撃したのは予想通りです」

「班分けとか工夫しても、あまり学校に来ないから、意味ないし……」

「どんな班に押し込んでも、マイペースに一人で過ごしてる絵しか思い浮かばないです」

「委員を頼もうとしても『面倒であります』って断られたし……」

「口癖ですから、気にしない方がいいですよ。あと一歩踏み込めば、文句言いながらでも引き受けてくれますし」

「あのままじゃ将来困ると思うんだけど……」

「それは同感ですけど、本人に改善する気が皆無ですからね」

「もうちょっと小奇麗にしてくれれば、周りの反応も変わると思うんだけど……」

「芋ジャージ・ダサ眼鏡・頭跳ね放題以外の格好は、俺たちも見たことありません」


 女性教師が愚痴をこぼす問題児ぶりは、普段の『彼女』を見ていれば想定できることばかりのため、十路は反応を変えない。

 関わらずにいれば人畜無害だが、関わろうとすれば痛い目を見ることになる。

 『彼女』はまるで野良猫だった。懐かせようと舌を鳴らして手を伸ばすと、爪で引っかかれる。

 それだけならば、保健所に連絡し、世間から排除してしまえばいい。

 けれども『彼女』の場合、猫ではなく人間であるのは勿論(もちろん)、なまじ能力があるのが問題だった。


「算数の時間には、教えてない方程式で問題解いちゃうし……」

「それはアレに解かせるのが間違いとしか。というかかなりマシだと思います。俺たち《魔法使い》は大学レベルの高等数学を当たり前に使いますけど、一般人は意味不明な数式を使ってないんですから」

「理科のテストの文章問題で、理解できない説明が書いてあるし……」

「それも解かせるのが間違いです。《魔法使い》の専門分野なんですから、下手に議論ふっかけると反撃食らいますし、アイツが小学生レベルに合わせて説明すると思えませんし」

「総合学習でパソコン使ったら、三分で課題を終わらせて、オンライン株取引始めるし……」

「出席して課題やって授業の邪魔しないなら、問題ないと考えましょう」


 日本ではあまり浸透していないが、ギフテッドという言葉がある。先天的に平均を遥かに凌駕(りょうが)する能力――つまり神から贈り物(ギフト)をもらったと、並外れた素質とその持ち主を呼ぶ。

 訳すならば天才とするしかないが、知能指数(IQ)だけを取り上げられてしまうため、正確とは言いがたい。言語的、論理数学的、音楽的、空間的、身体運動的、博物的、対人的、内省的。それらで高い潜在能力を示す者を呼ぶため、一概(いちがい)に知能とは結びつかない。スポーツで天才と呼ばれる人たちは、誰もが知能指数(IQ)が高いとは考えないだろう。

 ただ優秀なのではなく、単純に優劣を競うのが難しい、型にはめられない存在なのだ。その発想と行動が、常人に広く受け入れられるならば、彼ら、彼女らは天才と呼ばれる。しかしあまりに独創性が強すぎ、常人の理解を超越してしまえば、世間からは見向きもされない。

 馬鹿と天才紙一重を地で行く。それがギフテッドだ。

 そして『彼女』がそれだと称しても、異論ないだろう。


 だが日本の義務教育では、ギフテッドの素質を伸ばす英才教育は存在しない。平等に扱わないとならない基本方針が存在するために。

 群を抜いて優秀すぎるのは、異端と呼ばれる。常人が努力でなれる秀才は歓迎されるが、根本から違う天才は邪魔者になってしまう。


 加えて当人に、素直さや協調性が欠けている。社交的と言えない十路ですらどうかと思う社会不適合者だ。

 なので目の前の教師は、苦労を()いられているに違いない。それを証明するように、彼女は陰鬱(いんうつ)なため息を吐く。


「うぅ……どうしたらいいんだろ……」


 悩める若き女性教師は、頭を抱えて突っ伏した。児童の前では見せてはならない苦悩だが、ここにいるのは高校生だからいいと判断したか。きっと今夜は酒が進むだろう。彼女に飲酒の習慣がある確証はなにもないが。

 『彼女』の生活態度も今の事態も、十路たちにはどうしようもできない。樹里に視線を送っても、彼女も同情で眉根を寄せ、困惑したように首を動しただけだ。


 修交館学院初等部五年一組に籍を置き、総合生活支援部に所属する、野依崎(のいざき)(しずく)を名乗る少女が姿を消して、一月近く経過した。

 依然、その消息は不明のままだった。


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