010_1100 《魔法使い》たちの学生生活Ⅳ~帰宅後~
高校三年生なので、一応は受験生だ。
なので帰宅した十路が参考書で勉強していると、携帯電話が鳴った。
表示された名前を見て一瞬嫌な顔をして、でも電源を切るのはまずかろうと電話に出て、いつも以上に無機質な声を発する。
「ただいま留守にしております」
『そこまでわたしと話したくないのか!!』
つばめが今日はなにを言ってくるかと、十路が警戒心を全開にしているのは、当然と思うべきか不本意と考えるべきか。
ともかく面倒なので、彼は先じて釘を刺す。
「課題があるから、理事長の酒の相手できませんから」
『今日は違うってば。ジュリちゃんが実家帰ってるの、知ってるよね? そのお迎え、お願いできないかな?』
「木次、今日中に帰ってくるんですか?」
時計を見ると、九時を過ぎたところ。女子高生の門限ならばそろそろという時間だが、生真面目な樹里が出歩くとは思えない。
加えて寮生活を行っていた十路の感覚からすると、実家に戻れば一泊するだろうと考えていたので、意外に思った。
『あ、トージくんは知らないんだっけ? ジュリちゃんのおうちって、レストランやってるの。今日は予約入って忙しいからって、手伝いしに帰っただけ』
「バイトだと考えたほうがいいわけですね」
『そんなとこ。そしたらバスもなくなるし、あのコもったいないからって、タクシー使わないんだよね』
「木次なら飛んで帰ることもできるはずですけど?」
『緊急の時以外、飛ぶの嫌がるんだよ』
「法的に微妙だからですか?」
《魔法》で飛ぶと、航空機と見なすべきか鳥と同じ扱いにするべきか、現行の航空法では定義が曖昧なので。二一世紀の《魔法使い》は、下手に空を飛ぶと国土交通省に文句を言われる。世知辛い。
『うぅん。パンツ見られるから』
「それは木次が意地張らなきゃいいだけです」
スカートの下に何かはけば済む話だが、女の子には譲れないものがあるらしい。
『向こうの家から『送ってあげられないから頼む』って連絡が来たんだけど、わたし、いま家にいないんだよ』
「どこにいるんですか?」
『理事長のお仕事中でーす。お偉いさんとお酒飲んでまーす』
「それ、仕事ですか?」
『わたしの仕事は基本的に、学校の外との交渉ゴト。接待するのもされるのも、立派にお仕事なのだよ』
「家にもいないし、車運転できないから、代わりに俺ですか?」
『うん。イクセスちゃん使っていいからさ、お願いっ』
そういう用件なら仕方がない。自主的な受験勉強なので、いつでも切り上げられる。
今日の放課後、樹里の胸への執念を見せられてドン引きした。しかしそれは偶然ではあるが、十路が裸を見てしまったのが原因のような気がしなくもないので、きちんと謝った方ほういいだろう。時間が経ったから結構気まずいが。
そういう用件なら仕方がない。十路は参考書を閉じて立ち上がった。
「わかりました」
『頼んだね。もしあのコが痴漢にでも会ったら――』
「そいつの命が危険ですね」
樹里のキレっぷりを知っていると、女の子の夜歩きとは違う心配をしてしまう。
△▼△▼△▼△▼
つばめは廊下で連絡を終えると、スマートフォンの電源まで落として席に戻る。
ここはつばめが仕事で使う中でも最高ランクの料亭で。客室でされた話は、外部に漏れることがないよう、従業員は徹底的に教育されている。秘匿するべき案件を話し合う時、この店を利用している。
その一室の襖を、つばめは廊下に座して開いた。
「失礼しました」
純和室、八畳の客間には、不機嫌そうな顔で外国人男性が座っている。
「家のことで連絡しないといけない事がありまして。ですけどこれで、もう大丈夫です」
普段とは違う、にこやかながらも真面目な微笑で、つばめは下座の座布団に座り直す。
向かい合う男の名は、ヴィゴ・ラクルスという。
コゼットが理事長室で聞いた名前の人物で、世界最速超高級車のオーナーとして、十路とイクセスが学校の駐車場で見かけた男性だった。
△▼△▼△▼△▼
【……それで。また私が引っ張り出されたわけですか】
一〇時前になり、ジョギング気分で学院まで走り、部室からオートバイに出し、逆に通学路の坂道を下る。
またも不機嫌な声を発するオートバイを、学生服に着替えてジャケットを着た十路が駆っていた。
【昼間のピザの件といい、どうもトージは私を便利な足として使いますね……】
「バイクを足に使うのは当然だろ」
【私はトージの所有物ではないのですが……まぁ、今回は仕方ありませんか】
いつもならグダグダ言いそうなイクセスだが、それ以上は言わない。大人しく十路の運転に従って、明るい夜の神戸を法定速度で走る。
「そういえば、木次の実家ってどこだ?」
【それも知らなかったんですか?】
「乗ってから聞いてないことを思い出した……」
【……はぁ】
「最近のAIはため息も標準装備なのか」
【吐きたくもなります……】
普段はデジタル表示のスピード等を示しているインストルメント・ディスプレイに、地図と道順が表示された。
その指示通りに十路は走り、ビルが立ち並ぶ大通りから外れようとして。
【あ】
「うぉっ!?」
オートバイが操作を無視し、勝手に曲がって急停止した。
予想していなかった動作。慣性の法則で乗っている人間は前に引っ張られる。シートの前にはタンク部がある。
そんな要素が絡まると、どうなるか。
「おぅふ――っ!?」
男の急所を強打することになる。
「~~~~ッ!」
【トージ? なにやってるんですか?】
「お前には理解できんだろうな……! これメチャクチャ痛いんだぞ……!」
悶絶したいのを耐えつつ、十路は確認と批難半々で、小声で怒鳴る。
「いきなりコントロール奪ってなんだ……!?」
【ジュリが中にいるんですよ】
止まったのは、コンビニの駐車場だった。その店内に、確かに学生服姿の少女がいる。
運転中なので前しか見ていなかったのだから、そこに樹里がいたことに、十路が気づくはずもない。
ちなみにヘルメットの無線を使い、しかも偽装のエンジン音を響かせているので、コンビニ前でオートバイと会話していても、アブない人扱いされる危険はない。
「だったら教えろ……!」
【自分で動いたほうが早かったので】
「危ないな……!?」
【《使い魔》乗りなら、これくらい合わせて当然でしょう?】
そんなことを話している間に、樹里が会計を終えて出てきた。
すぐにパック牛乳の封を開きストローを挿し、ゴミをゴミ箱に捨て、振り返ったところで。
「……あ゛」
見憶えのあるオートバイと、それに跨って前かがみになっている青年を見て、固まった。
△▼△▼△▼△▼
「協力できない、と?」
眉根を寄せつつ、ヴィゴ・ラクルスは念を入れる。
「えぇ」
座卓越しに座るつばめは、涼しい顔で肯定――いま一度拒否する。
ヴィゴ・ラクルスにとって、長久手つばめが用意した食事の席は、とても満足のできるものではなかった。
まず、ハンバーガーとステーキを食べて育った彼には、魚介類を多く使う薄味で淡白な和食は口に合わない。
酒は水のような透明な液体で、小さな杯で供される。酒とは小金色で泡立ち、ジョッキで豪快に飲むものだろうと。
なによりも苛立つのは、箸という食器の扱いにくさ。
最近は文化遺産となった和食は世界的ブームとなっているが、当然接することもなく、親しまない人間も数多い。
「料理はお口に合いませんでしたか?」
『わたしの最大限の歓迎が気に入らないか?』と言外に言い、悠然とした微笑を浮かべ、つばめは戸惑う彼に構わず上品に食事する。
彼女の態度に彼は確信した。これは自分を苛立たせるために用意された席だと。
「……いや」
しかし、それは口に出さない。出せない。
「それよりも、《魔法使い》の協力が無理という理由を、聞かせてもらえないだろうか」
彼は一応、彼女に『お願い』をしている立場なので、この場が気に入らなくても、強く出ることができない。
それを理解しているのか、つばめは笑顔を浮かべる。
「学生たちが行っているのは、民間主導による《魔法使い》の社会実験。運営資金は企業に協力してもらい、その見返りとして《魔法使い》にしかできない技術提供などを行っています」
「そういうことを行っているのなら、なぜ我が社はダメだと?」
「端的にいえば、信用できません」
「……!?」
普通ならば濁す言葉だろう。ハッキリと口に出され、ヴィゴ・ラクルスは色めき立つ。
「これまで一度の関わりも連絡もなく、あなたはアポイントメントなく急に学校に押しかけて、協力を迫ってきた。切羽詰った裏事情があると予想するのは当然であり、それに巻き込まる危険を考えるのもまた、当然ではありませんか?」
つばめの口角が上がる。
「腹を割って話しましょう、ミスター・ラクルス?」
それは支援部の部員たちが眉をひそめる、悪魔を連想する邪悪な笑みだった。
「なにが目的で、わたし共に近づいたのですか?」
部員たちの知らないところで、彼らにまつわる戦いを顧問は行っていた。
△▼△▼△▼△▼
「…………」
十路は基本、必要以外は口を開かない性分だから。
「…………」
なんと話しかけようか、樹里は困る。
【…………】
ちなみに多くはないが、すれ違う人もいるので、面倒を避けるためにイクセスは黙っている。
十路はヘルメットをハンドルに引っ掛けて、オートバイを押して歩いているので、並ぶようにして樹里は歩く。
(うわぁ……まさか堤先輩が迎えに来るとなんて……なんか気まずい……)
逃げるわけにもいかず、十路と二人乗りするにも微妙な雰囲気のため、樹里は左手にアタッシェケースをぶら提げて、気まずい気分でストローを咥えて牛乳を吸い込んで。
「木次」
「ぷふ――!?」
そのタイミングで話しかけられて、むせた。乙女の根性で、鼻から逆流するだけは辛うじて堪える。
「なにやってんだ?」
ケホケホ咳きこむ樹里を、十路は心配もしてくれない。いや、もしかしたら、それが気遣っての言葉かもしれないが。
「ばい……ぞれで、どうじましたか……?」
「どこまで行くんだ?」
「はい?」
「いや、木次が行こうとしてる方向へ、ついて行ってるつもりなんだが」
ビルに挟まれた細い道を抜けると、大きな通り――国道二号線に出た。更に向こう側には、夜の海がある。帰る方向とは真反対だ。
「え……と」
樹里としては、なにも考えずに足を動かしていただけ。むしろ十路について行ってるつもりだったので、問われても困る。
「このまま少し散歩するか?」
「そうですね……」
そうして無言のまま二人がやって来たのは、複数ある神戸港のひとつ、中突堤という場所だ。メリケンパークと呼んだほうが一般的かもしれない。
きっと誰もが見たことがある。神戸市の代表的な景観で、海側から特徴的な赤いタワー、船の帆のようなものと重なる高層ビル、半円状の巨大な建物が立ち並ぶ風景を見たことがないだろうか。
あの建物たちが建っているのが、ふたりが立っている場所だ。夜も明るくライトアップされ、この時間も人が少なくない。
「この時間、ここはこういう場所なのか……?」
オートバイを駐車場に置いた十路が、辺りを見回す。
そこかしこに歩いている人々は、大抵は若い男女ふたり組だった。
「えぇ、まぁ……デートスポットですからね」
樹里は苦笑いで応じて、十路に並んで立つ。
挟む距離は人ひとりの肩幅より少し狭い程度。恋人としては広すぎて、他人と思うには狭すぎる、微妙な距離。
「…………」
「…………」
会話はない。
昼間ならばきっと多く人で賑やかだろう。しかしいま聞こえるのは、穏やかな波がちゃぷちゃぷという音と、離れた道路で車が行き交う音だけ。
この静かな場にいる恋人たちは寄り添い、互いの体温を感じ、同じ夜の海を眺めて、同じ夜風を感じ、間接的に感覚を共有している。むしろ言葉など不要だろう。
十路も樹里も、言葉を必要としない。きっと既に同じ思いを持っているだろうから。
(場所のチョイス間違えた……!)
ただの部活仲間なのだから、ふたりの間に甘い雰囲気などない。なのにデートスポットなどに足を踏み入れてしまい、変な空気が流れる。
樹里は気持ちをごまかすように、牛乳パックを空にする。
「あー……なぁ。その牛乳って、やっぱりそういうことなのか?」
「ふぁい?」
やはり気まずそうな十路の問いかけに、樹里はストローを加えたまま返事する。
「いや……バスト八〇未満Cカップを気にして、牛乳飲んでるのか?」
「ぷふ――!?」
パックの中身が空になってなかったら、今度は乙女の根性では耐えられず噴き出していたかもしれない。十路の顔面に。
「なんで私のサイズ知ってるんですか!?」
「自分で言ってただろ」
十路は『無意識だったのか』と呆れている。樹里は『なに口走ってるんだろ……』と己にヘコむ。
それで会話が途切れそうなものだが、十路が気を取り直して言葉を続ける。
「ん、まぁ……偶然だけど、すごい格好を見て、悪かったな。それと、そのあと逃げて……」
「ふぇ? あれ、逃げたんですか?」
あの時の十路は、いつもの態度と同じとしか思えなかったので、意外な言葉だった。
「あんなことに慣れてないからな……」
「あんなことに慣れてるのは、銭湯の番台さんか、カメラマンか、覗きの常習犯くらいだと思うんですけど……」
「そうじゃなくて、俺が知ってる女って、男並みに開けっぴろげだったからな……同じ場所で寝起きするし、目の前で平気で着替えるし……」
「それは……なんと言いますか、豪快な人ですね」
「そんな相手なら意識しなくて済むんだけど、『普通の女の子』がどう反応するか、よくわからないし……」
十路は手は決まり悪そうに、首筋を忙しなく撫でている。夜ではよくわからないが、もしかしたら頬が赤くなっているかもしれない。
「だからまぁ……その、悪かったな」
「――ぷっ」
普段の十路からは考えられない姿に、樹里は噴き出した。
「笑うなよ……」
「ややややや。すみません……堤先輩も、そんな顔するんですね」
「どうせ鉄面皮で愛想がないとか思ってたんだろ?」
「や、まぁ、否定はできませんけど……」
完全に噛み殺せないが、それでも努力して笑いを引っ込める。
「飄々としてるっていうか、あんまり動じない人だと思ってましたから……アレで困るとは思ってなくて」
『私の裸を見たくらいで』などとは、とても自分では言えないが、とにかく意外に思う。
これまでの大して長くもない付き合いで、十路が他人の気持ち――特に乙女心など頓着する人間だとは思っていなかった。精神構造が違うとすら予想していた。
それが。
今までの気まずさが嘘のように軽くなる。
「あれは事故ですから、お互い忘れましょう。私も不注意でしたし、顔合わせるたびに気まずくなると、やりにくいですから」
「木次がいいなら、そうしよう……」
十路は海ばかり見ている。樹里の顔を見て話そうとしないのは、気恥ずかしいからか。案外あの時のことを思い出してしまうからなのか。ぶっきらぼうな物言いも、もしかすれば。
思春期の、『男の子』の反応だった。
年上の先輩に抱くものではない感想に、クスクス笑ってしまう。
(よかったー……って思うところなの? 私の体見ても、スルーしてたわけじゃないのは――)
「あー、木次、それからな」
そんな事を彼女が考えていたら、十路がまだ話を続ける。
「胸のサイズ、気にするほどでもないと思うぞ? 結構スタイルよかったし」
「……そう……です、か?」
「あぁ、まぁ」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
ふたりの間に嫌な空気が流れる。その気もないのにデートスポットに足を踏み入れた気まずさとは違う。ただただ今まで以上にバツが悪い。
そんなフォローは双方にとって余計だった。
(空気読んでくださぁぁぁぁいっ!! なんで蒸し返すんですかぁぁぁぁっ!?)
樹里が抱いていた『堤先輩って空気読めるかビミョーかも?』疑惑に答えが出た。
十路もさすがに後悔しているらしく、気まずそうに首筋に手をやっている。この空気を無視できるほど、彼は図太くも無神経でもないらしい。
「ゴホッ――! ゴホゴホッ!」
そんな空気を割ったのは、思いのほか近くから聞こえてきた咳だった。
音に釣られて振り返った先には、柵にもたれて倒れかけている、まだ子供だろう、小さな人影がいた。
六月だからまだ寒くはないだろうに、なぜか厚着をし、夜にも関わらず顔を隠すように帽子を目深に被っている。
「大丈夫?」
慌てて樹里が近づき、その小さな背中を撫でる。
「ゲホッ、ゲホッ……!」
「ぜんそく? アレルギーがある? しゃがんで。それで大きく息を吸うの」
「は゛い゛……!」
嫌な咳と苦しげな呼吸音が止まらない子供の腕を取り、樹里はゆっくりとその場にしゃがませる。
十路も応急処置くらい知っていても不思議はないが、十路は着ていたジャケットを少年の背中にかけただけで、口を挟まない。
「気管支拡張剤持ってる?」
樹里の質問に、子供は荒い呼吸をしながら首を振る。
ぜんそくの症状を緩和させるものがない。となれば、このまま発作が収まるまで、苦しみに耐えさせる以外にない。
(どうしよっかな……病院に連れてくしかないか)
《魔法》を使えば気管の緊張を緩めて、呼吸を楽にすることはできるが、軽々しく行うべきではないと知っているから迷う。
「先輩、なにか――」
とにかく飲み物で多少は楽になるだろうと思い、十路に買ってくるよう頼みかけたが。
「木次ッ!」
当の本人が先じて鋭い声を発した。
直後、大きな体が地面に倒れたので、驚いて樹里は立ち上がる。
周囲には、倒れた者も含めて、四人の男がいた。共通して体が鍛えられて筋肉質で、スーツを着込んで身なりを整えている。それに全員がアジア人ではない。日系人とも判断できない白色人種の特徴を持つ。
その前に立ちはだかるように――なのに構えもせず、十路が突っ立っている。
「ここで動かないで」
いまだ苦しげな子供に囁いて、樹里は空間制御コンテナを手にして十路に並ぶ。
「先輩。この人たちは?」
「わからない。いきなり殴りかかってきやがった」
十路は無礼に無礼で応じただけだろうが、敵対行為として認識されるには充分すぎる。男のひとりが警戒心たっぷりに話かける。
「Who the hell are you? (なんだ、お前たち?)」
「Right back at you. (同じセリフ、そっくりそのまま返してやる)」
「Fuck off.(失せろ)」
「Screw you.(いきなり殴りかかってその態度か?)」
スラング英語の応酬で、交渉決裂と判断された。倒れていた男も立ち上がり、改めて身構えて取り囲んでくる。
「なんか知らないけど、面倒くさいな……」
十路は右手をブラブラ揺らし、拳を握る。
「《NEWS》解凍」
樹里は空間制御コンテナから《魔法使いの杖》を取り出す。
入るはずがないアタッシェケースから、人の身長よりも長い棒が出てきた異様な光景に、男たちは驚愕を浮かべた。そんなものは知ったことではないと、樹里はケースを地面に投げ捨てて構える。
「誘拐ですか?」
子犬の鳴りを潜めさせ、樹里は猟犬の気配を発する。
「さぁな」
十路は相も変わらず、怠惰な野良犬の風情のまま。
「大事になるから、《魔法》は使うな」
「了解です」
地面に座り込む子供を背後に、ふたりは身構えた。




