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旦那様が、奥様とその元恋人?のヨリを戻し、円満離婚しようと奮闘します!

作者: 和島
掲載日:2026/09/20

 ***


 始めまして、皆様。私、パーシー伯爵邸で働くメイドのメイと申します。縁あって田舎から出てきてこちらの屋敷に奉公させていただいてる身でございます。

「メイ、メーイ……忙しいとこごめんね?ちょっといい?」

「は~い旦那様、何の御用でございますでしょうか?」

 狭くはないけど広くもない邸宅内の清掃中、ご当主のダム様がこっそり手招きされております。

 ダム様は、地味な色合いの茶髪茶目、背丈も低め、成人を迎えたにしては顔立ちが幼く、いつまでも若く見られがちなヒョロガリーーゴッホン、細めな中肉中背です。というか、ご当主で雇い主でもっとも偉い方なのですから、使用人には自信もって呼び止めてください。

「これ、いつもの。よろしくね」

 そう言って私に渡されたのは最近、街で有名なお菓子屋の店名ロゴの入った焼き菓子の詰め合わせです。ほんのりと甘い匂いが私のお腹を刺激しますねえ。

「いつものとは……奥さま宛ですか?」

「そ、そうだよ。いつものように、し、【使用人一同】で、お願いね。勿論、君たちも食べていいから。その為に、多めに買ってるから」

 誇らしげに胸を張る旦那様ですが、私の胸に去来する感情と致しましては「またか」一択でございます。いえ、もちろん頂けるのはありがたいんですけど。

「あの、いつものようにと仰ってますが……いい加減、旦那様が奥様に直接お渡しすればよろしいのでは?」

「ダ、ダメだよっ!」

 とんでもない!! と、そこだけ強く否定するダム様。

「ぼ、ぼくは将来、か、カッ、彼女と、り、りり、離婚する予定、なんっ、だから。き、気兼ねなく彼女と別れる為にも、ぼ……ぼぼ、僕はっ、ろ、ろくでもない夫に、ならないと!」

「……」

 メイド相手でも緊張すると滑舌が悪くなるのが旦那様の特徴、もとい欠点といいますか。直そうと頑張ってはいらっしゃるようですが、私のようなメイド相手でこれですから、貴族様連中相手はもはやお察しでございます。

「と、とにかくっ、よろしくね!」

「はあ……」

 そういって箱ごと押し付けた旦那様は、用は済んだとばかりに早々にその場を去ってしまわれました。

 さーて、旦那様の命とあれば、厨房に行って、お茶の支度をして、奥様のお部屋に突撃ですがーーちょっとここで旦那様こと、ダム=パーシー伯爵様と伯爵家について、ご説明しましょう。

 そもそもご当主のダム様ですが、実は三男というお立場故、家を継ぐ予定はございませんでした。それなのに何故、ご当主に?

 実は数年前、国全体でタチの悪い流行り病が発生しまして。当時のご当主様であったダム様のお父上をはじめ、ご長男様、ご次男様が立て続けに亡くなられ、繰り上がりでダム様が問答無用でその座に収まったのでございます。

 そんな経緯で突然、当主になられたダム様ですが、まあ正直、ご三男というお立場以前に……うう~ん、メイドの私がいうのもなんですけれどね?貴族っぽくないというか、地味というか、威厳がないというか、庶民の服を着せた方がしっくりくるというか、とにかく、平凡で、かつ頼りない御方です。

 ……あっ!仮にも貴族様に向って不敬だ!と思われました?

 いえいえいえ!流石に面と向かっては言いませんよ!わたし、ちゃんと空気読める平民ですので!!

 とはいえ、ダム様自身もご自身を客観的によく見られておいでで、家を継いで守れる程の秀でた能力や知識はないとご本人も自覚されておいでです。いや、きちんと勉強はされておいでですが……滑舌の悪さで人とお話しされるのが苦手な上、極度に緊張しやすく、気弱なご性格ですから、到底、社交界という荒波を乗り切れないようで。

 だからでしょう、先々代のご当主であらせられた大旦那様、つまり、ダム様のお爺様ですね。そのお方の一存で、ダム様の代わりといいますか、家を任せられる優秀な女性とのご結婚が決定されました。

 決定事項です。覆せません。貴族同士の結婚は個人の感情云々ではなく家同士の繋がり、いわゆるビジネス的な問題となります。まあダム様に任せたままでは生涯独身になりそうですし、これくらい強制の方がよろしいのではないでしょうか。多分。

 結婚決定を告げられた日のことは、よーく覚えていますよ。何せ、ダム様自身が我々使用人全員を集めて、ハッキリと仰いましたもの。

 あ、ちなみにパーシー伯爵家。伯爵家とはいえ実際の所、領地は小さく、収入も微々たるもの。しかも先代ご当主やご子息様も相次いで亡くなられて……言ってはなんですが、この家もう未来ねえなぁと見切りをつけられたようで、ご親戚の方々が乗っ取るとかの不穏な話もなく、さらに亡くなられたご兄弟の元奥様たちもそれぞれ実家に戻られました。どちらのご夫婦もお子様はいらっしゃらなかったので。その流れで元々いた使用人も結構、離れてしまいました。今は残った使用人の皆さんで最低限、成り立っている状況です。つまり、ごっそり減った分、私の仕事も増えましたよ!ガッデム!

 ……おっと、そんなダム様に、優秀な女性がお嫁様として入られた経緯をご説明しましょう。

 結婚の話題を出された日のことは、よーく覚えています。耳をかっぽじって、よーくお聞きなすってくださいませ。




 ***



「み、皆っ、きき、聞いて、ください!」

 ダム様が先々代様のお屋敷から戻られた直後でございます。使用人一同をホールに集めました。

「大丈夫ですよダム様。慌てないで、ゆっくりでいいんです」

 おっとりと促す女性はメイド頭にして、パーシー家の子供たちを育てたと言っても過言ではない乳母のバーウさんです。肝っ玉母ちゃんで怒らせると怖い筆頭です。この人に逆らっていい事は一つもありません。

「う、うんっ……じ、実は、ぼ、ぼぼ、僕と、け、けっけけけっ、結婚する、女性が、お、おじい様の、で、決まりまちた!」

「やはり、そのお話でしたか。とても喜ばしい事でございます」

 噛んだダム様の発言を華麗にスルーし、吉報に拍手をする老執事のジジーさん。先々代様の代から執事として働いてます。見た目は癒し系おじいですが、怒らせると怖いその二です。

「で、その奇特なお嬢様ってのは、どちらのご令嬢ですか?」

「大旦那様が持ってきたお話でしょ?余程の女傑じゃない?」

 同じタイミングで嬉々として呟くのは、バーウさんの息子で双子の青年クックとコッコです。ダム様よりも年上で、料理人、庭師、その他雑用諸々担当です。あ、二人ともバーウさんに睨まれて口を閉じましたね。

「う、うんっ、き、聞いてほしい……お、女主人として、こ、この家にやってくる女性はっーーな、なんと!れ、歴代の、宰相を務めるっ、ゆ、由緒正しきっ、ふぃ、フィレル公爵家の、次女!ママンッ!」

「「ママン?」」

「アンタたち黙りなっ!」

「「いってぇ!」」

 うっかり口滑ったダム様の発言を綺麗に復唱した双子の頭に、バーウさんの華麗な鉄拳が振り下ろされました。痛そう。

「……じゃない!あ、アマンディーヌ嬢、です……!」

「あの、ジジーさんにご質問です。そんなに凄い方なのですか?」

 何せ私は正真正銘、庶民のメイドですので、この家に全く関連しない、かすりもしないお貴族様の存在は存じ上げないのです。

「ええ。大旦那様も随分、骨を折られたようですね。フィレル公爵家と言えば、旦那様が仰ったように宰相職を筆頭に、要職を務められる方々が多く、王族とも縁ある由緒ある家です。聞くところによれば、御長女様は王太子妃に内定済み。次女のアマンディーヌ様も才女という噂を耳にしております」

「ひぃ……未来の王太子妃の、妹様でございますか……!?」

 つまり、ダム様のお相手はとんでもねえ女性と判明しました。大旦那様、一体どうやってお話を持って来られたのですか?逆を言えば、それくらいの才女でなければダム様では家を潰すと仰ってますよね?

「そっ、そんな……す、すごい、方がっ……こっ、来られる、の、ですねっ?」

 話を聞いてブルブルと震えるのはダム様ではなく、もう一人のメイドのドーイです。この中では最年少です。この子も若干、滑舌が悪く気弱な面が強いので、ある意味ダム様の女性版と言ったところでしょうか。並ぶとダム様と兄妹?とよく間違われます。

「とにかく、非の打ち所がなさすぎる、とんでもない高貴な女性がダム様にお嫁入りという事は分かりました」

「話聞く限り、ダム様とは釣り合わなくね?こういうのって、月とスッポン?っていうんだっけ」

「豚に真珠じゃないか?大旦那様、よっぽどその公爵家のえげつない弱みでも握ったとか?」

「あんたたちっ!?」

 あけすけすぎる双子の言い分に、バーウさんの鉄拳が再び入ろうとしますがーー


「そう!もっ、勿体ないんだ!ぼ、ぼくじゃ……ちゅ、つ、釣り合わ、ないっ!」


「「「「「「…………」」」」」」

 使用人全員が沈黙しました。

 だって、ほんと、誰が聞いても不相応だし、釣り合わないって思っちゃいますよね。

 ここでダム様について、さらに開示しますと、亡くなられたご長男様とご次男様が優秀過ぎまして、凡人なダム様は「ダメな方」として周囲から比較対象にされがちでした。ご本人もそれを自覚しており、直そうとしてもそう簡単に治せたり身につけたら誰も苦労なんてしないわけでして……とりあえず、ダム様は、人よりもご自身を卑下する兆候がお強い方とご認識くださいまし。

「し、しかも……おじい様、どうも、ご、ご存じっ、なかったよう、なんだけどね?……ママ、んんっ、ア、アマンディーヌ様にはっ……こ、こ、こここ、恋人が、いらっしゃった、ようなんだ!」

「過去形ということは、元ですね」

「け、結婚のため、わ、わわ、別れたということですか……?」

 子供ができないご夫婦に第二夫人を迎え入れ得たり、もしくは愛人を囲ったりするなどは珍しくありませんが、「恋人!」と言ったところで、緊張が限界に達したダム様が力無くその場に膝を付きます。ちょっと、床掃除したとはいえ汚れますって。あ、ジジーさんが見かねて起こしました。

「まあ、そんだけ凄い女性なら、恋人くらいいるよな」

「引く手数多だろうに、よりによって結婚相手がダム様か〜」

「こらっ!」

「「いっでぇ!!」」

 バーウさんの愛の鞭入りました~。ほんと双子は歯に物着せない上に学習しませんね。

「ええと、つまり、ダム様のお話を総合しますと……ものすごく由緒あるお家から、頭の良い、才女と呼ばれる女性が、おつきあいしていた恋人と別れさせられ、ダム様の元へ嫁ぐということでよろしいでしょうか?」

「……うわぁ……そ、そ、それって、大丈夫、ですか?こ、この家、う、恨まれませんかっ?」

 プルプル!とドーイの震えがさらに激しくなりました。いくら家、家……この場合は大旦那様?そして、アマンディーヌ様の生家である公爵家が決定したとはいえ大丈夫ですか?元恋人さんに報復されません?

「そ、そう、なんだ……お、お祖父様、い、家のためとはいえ……ぼ、僕みたいな、へ、平凡で、つ、つまらない男と、結婚だなんて……か、可哀そうだ……!」

 いや、結婚するのあなたですよ?と、ツッコミしたいお気持ちはありますが、当のダム様が本気でそう思っていらっしゃるようで、うっすら目尻が光ってます。本気で見たことも話したこともない女性に強く同情しておられますよ。

「いや。決めたの大旦那様やあちらの家の方々でしょ?ダム様の責任じゃないでしょ?」

「そうそう。てか決まったんなら腹括った方がいいんじゃ?むしろ幸運じゃないですか」

 痛みを堪えつつもあっさりした双子の意見ですが、私も同意見です。

 正直、ダム様の能力や性格を顧みるに逆立ち、いえ、人生何周しても到底、結婚出来なさそうな方ですし。ここはラッキー!大旦那様ありがとうございます!と思いましょうよ。

 ですが、それでもダム様の顔色は晴れません。

「…………」

 すると、ダム様は涙を拭って何やら決意した視線で皆を見渡します。

「あの、ね。僕、決めた事が、あるんだ」

「何をです?」

 力強い発言ですが、妙に嫌な予感がするのは何故でしょう。他の皆も私と同じか、妙に身構えています。


「け、結婚は、する!」


「「「「「「おおっ!!」」」」」」


「で、い、一年……いや、そ、その前に、りっ、離婚します!!」


「「「「「「はあ???」」」」」」


 今ほど使用人一同、心を一つにしたことはありませんよ。ダム様相手には穏やかで冷静なバーウさんやジジーさんでさえ「何言ってるの?」と開いた口が塞がってません。

「ダム様。急なお話で戸惑うのは分かりますが、結婚して直ぐ離婚だなんて、嫁いでくださるお嬢様に失礼過ぎます」

「大旦那様は勿論、お話を受けてくださったフィレル公爵家に対しても泥を塗る行為でございます」

「一年で離婚って跡継ぎ産ませないんですか?この家どうするんです?没落っすか?」

「ダム様だけだと家が潰れる未来しか見えませんけど?もう今の段階で不安しかないっす」

「そ…そんな、お、お嫁様が、か、可哀そう、ですっ…!」

「ダム様……何をどうしたらそういう結論になられるのです?」

 呆れしかない皆さんの反応は尤もですが、流石に、流石にダム様も何も考えなく発言したわけではないーーそう信じたいですが、とにかく離婚決意理由を聞かずにはいられません。とはいえ、まだ結婚してませんが。

「お、おじい様の面子を、潰すわけにはいかない。から、け、結婚は、します」

 まあ既に決まったお話を、まるっとなかった事には流石にできませんよね。

「……で、でも、相手の、アマンディーヌ様には、こ、恋人がいて……だ、だから、綺麗なままで、離婚して、改めて、こ、恋人の方と……し、幸せに、なってほしいんだ…!」

 どうやらダム様的に、ご自身の所為で愛し合っている恋人同士を強制的に別れさせるという経緯が、よほど嫌なようですね。

「も、もちろん、伯爵家は、その、跡継ぎは、その……いざとなれば、親戚の子を養子にって……きっと、ぼ、僕より、きちんと家を守ってくれるだろうし……」

 そのご親戚からも割と見切りつけられておりますが。最後に亡くなられたご兄弟のお葬式以来、連絡一つ寄越されませんけど。まあ最悪、親戚でなくとも優秀な子を養子にすれば家自体の存続は可能ですが。

「えーと。ダム様の考えは分かりましたが、そもそも相手の方が離婚に同意されます?」

「万が一ですけど、すっぱり元彼とは縁切って結婚に乗り気だったらどうするんです?」

 双子は何とかダム様の破天荒な考えを改めさせようと指摘してます。確かに、現段階ではお相手のお嬢様がどう考えているのか不明です。

「……皆。"金華の騎士"って、知ってる?」

「!?わ、私っ、し、知ってますっ!」

 ダム様の問いに、答えられます!と、ドーイが大きく手を挙げた。

「た、太陽のような美しい金髪っ、切れ長で美しい青い瞳の……い、色んな武器で、戦う、強くて、かっこいい、最強の騎士様です!そ、その、劇で、題名がそれです!」

「思い出した。何年か前の騎士団の大会か何かで、めちゃくちゃ強い騎士が出たって噂になってたな」

「何かの功績あげたとかで、大通りで凱旋パレードしてなかったか?詳しくは知らんけど」

「あ、確かにそんな題名の劇が流行ってますよね。確か、王女様を娶るため、平民の騎士が功績を上げて迎えにいくみたいな恋愛ものだったような……観てないので分かりませんけど」

「わ、私、観ました!絵姿、出てました!すっごく、お綺麗で、か、かっこいいです!王子様っ、みたいでした!」

「それって本人?役者じゃなくて?」

「役者だとしても、ご本人に似せて演じることもありますから……」

「…………」

 うっかり話が逸れそうな雰囲気ですが、ダム様は何も言いません。

 彼の沈黙に、私たち一同も徐々に沈黙しました。

 まさか、まさかとは思いますがーー

「あの、僭越ながらお尋ねいたしますが……巷で人気の、劇のモデルになるような御方が……その、ご令嬢の恋人でいらっしゃると?」

「……」

 ダム様は、大きく頷きました。横ではありません、縦に大きくです。


「「「「「「……」」」」」」


 私達の周囲には先ほどよりも重すぎる沈黙が流れました。あのバーウさんやジジーさんでさえ頭を抱えて絶句しておられます。ドーイなど驚愕しすぎてさらに目が大きくなってます。

「……優秀な騎士は、王族の覚えもめでたいですし、フィレル公爵家のご令嬢と、知り合う機会は十分にありますね……」

 これはもっと詳細に調べねば。と、ジジーさんが真剣なご様子で呟いてます。

「おいドーイ。俺らその騎士に詳しくねえけど、どんな人物なんだ?」

「え?ええと、その、さっきも言いました、が……え、絵姿は、金髪で、青い目で、か、かっこいい方で、逞しくて、背も高くて、じょ、女性にも慣れてる、あ、甘い口説き文句が素敵な方で……」

「わかった。つまりダム様とは全くの正反対なタイプってことだな」

「強くてイケメンな元彼を捨ててダム様と結婚?俺だったら家出するぜ」

 ドーイの説明で察した双子の容赦ない発言ですが、さすがに私も擁護できません。

「大旦那様、まさか……まさかですよ?公爵家の弱みを握って、無理やり結婚に漕ぎつけたのですか?」

「やべえな。めちゃくちゃ可能性あり得るぞ」

「少なくとも俺が相手の恋人だったら、ふざけんな一択だな」

「……」

 私も実際に"金華の騎士"ご本人様にお会いしたことも見たこともありませんが、劇のモデルになる程の美貌と才能を持ち得たお方というのは理解できました。


「皆……ぼ、僕に、協力して、くれるよね?離婚……」

「「「「「「……」」」」」」


 改めて尋ねるダム様の言葉に、我々は強く否定も肯定もできず、ただ沈黙でお応えしました。




 ***



 そして、例のアマンディーヌ様がパーシー伯爵家へとやってこられました。

 通常、貴族間の婚姻は、すぐ結婚式を挙げるのではなく、まずは婚約期間を設け、その間に諸々の調整を行うのが慣わしですが、何故かその婚約期間をすっ飛ばし、お二人の結婚式まであと一週間という異例すぎる事態に。大旦那様の「絶対逃さない」という鉄の意志をひしひしと感じております。仕事が!?人手が!?と恐怖しましたが、流石にフィレル公爵家からも人手を派遣してくださるそうです。よかった!


「始めまして。アマンディーヌ=エル=ディ=フィレルと申します。式を挙げる前ではありますが、アマンディーヌ=パーシーとして、パーシー伯爵家に骨を埋める所存です。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 応接室にて丁寧にご挨拶されたのは、月の光を凝縮させたような流れる銀髪に、神秘的な青い瞳。シミ一つない白い肌にお人形のような整った造形……間違いなく、絶世の美女であらせられます。

 絵画の女神も裸足で逃げだしそうな美女が、平凡極めて庶民に埋没一歩手前どころか深く入り込んだダム様の、お嫁様に?……う、うーん。

 ちなみに応接間には顔合わせも兼ねているのか、アマンディーヌ様以外は、めちゃくちゃイケオジで威厳たっぷりなフィレル家のご当主様、従者の執事の方、アマンディーヌ様のお付きのこれまた美人さんな侍女様たちという、あちら側の絵面が華やかすぎて、もはや別世界すぎます。対面に座るダム様は後ろに控えたジジーさんのみで、私たち使用人はバーウさん以外、こっそり覗き見て応援中です。

 あ、話の発端である大旦那様は腰痛がひどいようでご欠席です。話まとめた張本人がいない中、ダム様のプレッシャーを思うと頑張れとしか言えません。

「は、ははっ、はひっ、はじ、はじめまちっ、まして!ダ、ダム、ダムですっ!」

 もう一目でわかるくらい緊張マックスな上、相変わらず滑舌が酷いダム様です。流石に成人した男性なのですから、ご挨拶くらいはきちんとしましょう?美女を前に緊張するのは分かりますが!

「あ〜、やっぱり噛んだ。ねえ、あっちの方々、気を悪くしてない?話を受けたの間違いって思ってない?今からでも取り止めにするって言われても納得しかないんだけど」

「ここからじゃよく分からないけど……俺が父親ならこの時点で話を白紙に戻したくなるな」

「ふわぁ……アマンディーヌ様、お、お綺麗な方です……騎士様と並ぶと、本当に、お似合い……」

「でも結婚するのはダム様ですよ。ドーイ」

「……ダム様、悪い方じゃ、ないです……で、でも、今の時点で、もう、お姫様と、その従者にしか見えません……」

「「確かに」」

 ドーイもなかなか容赦ないですが、双子も揃って頷いてます。私も否定しませんが!

 ……ああっ、ダム様が緊張しすぎて顔色が真っ青に!今にも倒れそう!ジジーさん、フォローの見せ所ですよ!




 ***


 ……こうした経緯で、アマンディーヌ様はパーシー家へ嫁がれました。

 ちなみに結婚式ですが、流石に急過ぎたこともあって、ほぼ身内のみのご参加でした。花嫁ドレスのアマンディーヌ様はそれこそ地上に降臨した女神の如き美しさで、誰もが見惚れておりましたよ。

 あ、ダム様ですか?うーん、燕尾服に着せられてる感が強く、式の終始プルプルと生まれたての子鹿状態でした。滑舌の悪さもここぞと発揮され、誓いのキスでは茹でた蛸のように真っ赤になって気絶寸前。何度も倒れそうになるのを我々使用人たちでフォローしましたよ。特別手当請求してもいいですか?

 公爵家令嬢の嫁入りの式ならば王族の方々の参加もあり得ましたが、大旦那様が式を早めてくださったため、ある意味これ以上の恥はかきませんでした。もしや、それを見越して常識破りな日程で組まれた可能性がございますね。なんだかんだ大旦那様も残されたダム様が可愛いのでしょう。


 まあ……気になるのは初夜ですよね?聞きます?聞いちゃいますよね?

 そう、あれは、初夜の翌日のこと……


 ご夫婦のための寝室前の床の上で、ダム様が横になっているのを目にした私の心理状況を二十字以内でご想像ください。


「あ……メイ、おはよう……」

 話を聞くと、ダム様は勇気を振り絞って、「今日はお疲れでしょうし、ぐっすりお休みください」と告げ、さらに「僕は部屋の前にいますから何かあったら呼んでください」と、本当にその通りに一人床の上で雑魚寝されておられたようです。あの、初夜で、新婚さんですよね??

 とはいえ初夜に花嫁を放置とはなかなかやりますねえ!それも含めて離婚推奨計画ですか!?……って言って欲しいんですか?

 でもダム様も自身の部屋に戻らず、その前の廊下で寝るってどんな発想ですか?詰めが甘すぎるんじゃないですか?と、ツッコミ連発の私ですが、ダム様なりに本気でした。


「だ、だって……離婚、しないと……それに、あんなに、綺麗な人。やっぱり、ぼ、僕なんかじゃ、もったいないよ……」


 うーん。普段から気弱なダム様ですが、こうと決めたら頑固なのは先々代様と良い勝負です。


 そのような感じで初夜を回避したダム様ですが、とにかく、妻となったアマンディーヌ様に対して、見当違いな方向で嫌われようと、離婚に向けて早速、奥様から物理的に距離を取り始めました。

 食事も仕事部屋も別々。奥様の予定を聞けば、鉢合わせないよう同じ屋敷内を遠回りする徹底っぷり。夫となる方にここまで距離を取られては、流石にアマンディーヌ様から離婚を言い出したくなるでしょう。

 

 とはいえ、ダム様はダム様でした。


 ある日。庭に咲いている花を見たダム様が……

「綺麗に咲いてる……あ、か、彼女の部屋に、飾ってくれる?え、ええと、メイが、やったことにしてね」

「え?普通にダム様からじゃダメなんですか?」

「だ、ダメだよ。だ、だって、ぼ、僕だよ?その、僕から花なんて……気持ち悪い、でしょ?」

「あの、ダム様が正真正銘の夫ですよ?」



 また、ある日のこと。珍しく街に一人で出かけられたダム様が、妙にやり遂げた顔で袋を抱えて帰宅されました。

「あ、あのね、美味しいって、有名なお菓子、か、買ってきたよ」

「これって最近できた新作ケーキ店のじゃないですか。言ってくれたら俺らで買いに行ったのに」

「朝早くから姿が見えないと思ってたら、これを買いに行ってたんですか?確かに早めに並ばないと即完売するって人気のやつですけど」

「う、うん。だから、その……彼女へ、おやつの時間に、出してもらえる?」

「え?つまり、奥様のために買いに行ったんですか?やるじゃないですか!」

「……し、使用人一同から、いつも、ありがとうって」

「「え?ダム様からじゃなくて?」」

「も、もしくは、買い物に出てた、ドーイからでも、いいよ」

「「……」」



 さらに、ある日のこと。夫婦揃って出席くださいと、お偉い様から夜会の招待が来ました。

「どうしよう……や、夜会、誘われて……お、思い出したけど、ど、ドレスが……僕、彼女に、ドレスの一つも用意、してない……うぅ、こ、こんなだから、気が利かないんだ……いや、反省する前に、デザイナーを呼ぶか、それか、買い物……あっ、お、お祖父様に、その、お祖父様からの、は、計らいってことで、準備しようと思うのだけど……」

「ダム様。そこは普通に、ダム様からの提案でよろしいのでは?ご夫婦揃って意匠や色を揃えるなどご相談された方が……」

「い、いや。でも、彼女一人で、参加なんて……ぼ、ぼく、夜会、苦手だし。僕が相手だと、恥かくし……あっ、そうだ!と、当日、僕が、馬車から思いっきり転んで、その、代わりに、騎士の彼を、パートナーに出てもらうのは、どう?」

「ダム様。その交代案は流石にお体を張り過ぎでございますよ?」



 ……と言った具合で、ダム様の見当違いな離婚計画は、今も継続中でございます。


 ねえ。本当に離婚、するんですか?

 ていうか、本当にできますか??

読んでいただきましてありがとうございます。

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