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カナタとの日々を思い描いて

作者: たかはし
掲載日:2026/05/25

「今日は曇りかぁ」


 放課後、クラスの一人が退屈そうに、言葉を発する。その言葉を聞いて、私は窓から見える空に目をやる。


 空は、全体的に灰色掛かっていて、雲全体が空を覆っている。


美咲(みさき)、今日一緒に遊ぼうっ」


 最近、話すことが増えてきた女の子に、誘われる。高校生活が始まって、早一ヶ月。もうクラスでは、ある程度決まったグループが、結成されている。


「ごめん。今日、というか毎日時間ないんだよね」

「この前も誘ったけど、ホントノリ悪いよねー」


 女の子が、周りに聞こえる声量で言う。ああ、これで私ぼっち確定かな。でも、それでも構わない。私には、優先すべき事が有るから。


「ごめんね。それじゃ」


 私はそう言って今日の授業で使った、教科書とノートが入った手提げ鞄を、手に取り立ち上がる。


「美咲、そのままじゃ友達作れないよ?」


 ニヤニヤしながら、女の子が言う。私はそれに答えることなく、教室を後にする。別に友達なんて、今は要らない。ううん、違う。私には()が居るから。それで十分。


「やっと着いた」


 今の通ってる学校からだと、一時間以上乗り換えの影響で、掛かっちゃうんだよな。私がもっと偏差値が良ければ、この近くの学校に入れたかもだけど。


「そんな事、考えても仕方ないよね」


 アイツだったら、笑って()()()()()()()()()って言ってるんだろう。


 私は目の前に聳え立つ、建物を眺める。


 綺麗に補修されているけど、所々古びていて、コケやカビで変色している。


「ここに来るのも、何年になるかな」


 アイツが私を庇って、事故に遭ったのは……そう、四年前の時。あれは夏休みで、彼と一緒に近くの川に、遊びに行ったんだ。


 彼が暗くなるから、帰ろうって言ったのに、私が駄々を捏ねてたんだよね。それで、流れの強い川に足を取られそうになって、それを彼が助けてくれたんだ。


 まさか、それで彼が今も……生死を彷徨う意識不明の重体になるなんて、思わなかった。


「よし」


 私は意を決して、病院の出入り口へと、向かう。センサーが私を察知して、両開きの扉が自動で開く。中は受付ロビーで、三人の受付員が立っていた。


「あら、村山(むらやま)さん。こんにちは」


 その中で、一番見た目若そうな女性が、声を掛けてくる。彼女は、上下黒のスーツで大人っぽい。でも、話し掛けやすいのは彼女が、肩まで伸びた髪を栗色に染めていて、何処となく子供っぽいから。


「こんにちは」


 私は挨拶を返す。このやり取りも、もう四年か。


「今日もあの子の見舞い?」

「はい」

「本当、一途よねぇ。あれから何年だっけ?」

「……四年です」

「そう、四年もずっと想われてるんだから、あの子は幸せ者ねっ」


 その言葉に、チクリと胸が痛む。別に私は、アイツの恋人でもなんでも無い。ただの友達、それ以上でもそれ以下でもない。


 私が、四年も見舞いを続けてるのは、アイツにきちんと、ごめんなさいって、言いたいから。言ってみれば、いつまでも抱えてる罪悪感を、終わらせたい。そんな身勝手な人間なんだ私は。


「じゃあ」

「ええ」


 お互い、短くそれだけ言う。私はこの受付から、そんなに離れてないエレベーターへ、足を運ぶ。視線はなぜか足下へと、向いていた。


 淡い緑色の廊下、ワックスが掛けられているのか、普段よりキラキラして見える。今の私の、心情とは真逆だ。


 エレベーターについて、上昇ボタンを押す。四階に止まっていたエレベーターが、ゆっくりと一階に下降してくる。


 私はその間、周囲に目を向ける。周りには、親子連れの人、高齢の男女がいた。多分、仲良く話してるのは、夫婦の人だ。


 もしも、()が目覚めたら、私はどんな関係を築きたいんだろう? 多分、彼への罪悪感以上に、私はアイツが好きだ。でも――


 そう思ったとき、エレベーターが一階に着いた事を、告げる音が鳴る。エレベーターの扉が開く。私は中へと入り、三階のボタンを押す。


 三階に近付く度に、気分が落ち込む。また今日も、目覚めない酷い有様のアイツを、見なきゃいけないのか、と。


 三階に着いてエレベーターを降り、廊下の中を一人歩く。廊下には、人気が無く静かだ。それは、この階に入院してる患者が、意識不明の人か、身体が動かせない人ばかりだから。


「ふー」


 とある病室の前で、私は足を止め、思い切り息を吐き出す。また心を、乱さないようにする為に。


「……よし」


 私は自分を鼓舞して、扉に添えられている手摺りに、手を掛け横にスライドする。


「おはよう叶汰(カナタ)。ってもう、夕方だから、こんばんは、だね」


 映る視界には、四年間見慣れた、光景。大きいベッドの上に、仰向けに眠らされた男の子……叶汰。


 叶汰の鼻には、チューブが差し込まれている。そのチューブからでしか、今の叶汰は栄養を得られない。栄養だけじゃ無い。水分も、点滴からしか得られない。何度見ても、心が痛む。


「今日は、おじさんとおばさん、来てないの?」


 私は、答えてくれないのを承知で、質問を投げ掛ける。叶汰のご両親とは、最初こうなった時、酷く罵られたな。でも当然だよね。だって、最愛の息子が生死をずっと、彷徨う状態になったんだから。


「叶汰。毎日言ってるけど。あの時、助けてくれてありがとう。それとごめんね」

 

 いつも繰り返している言葉を、また今日も口にする。いつ届くのか……ひょっとしたら、永遠に届かないかも知れない、感謝と謝罪の言葉。


「私、もう高校生になったよ。時が経つの早いね」


 そう、私は成長した。勉強も程々にしたし、運動もそれなりに頑張った。その結果、高校に行けた。でも叶汰は、十一歳から時は止まったままだ。


「叶汰。あの頃より身体、大きくなったね」


 時は止まっていても、身体の成長は止まってない。身長は多分立ったら、私より高いんだろうな。


「叶汰の手、ヒンヤリとしてて気持ち良いね」


 私は無意識に、叶汰の手を握っていた。私の手より、大きくてゴツゴツした手。やっぱり男の子なんだな。


 私は、今も目覚めることのない叶汰へと目を向ける。その表情は、安らかで規則正しい寝息を、立てている。


「今、叶汰はどんな夢を見てるのかな?」


 私と遊んでる夢? それとも、ご両親と一緒に、一家団欒(いっかだんらん)とかしてるのかな?


「叶汰。寂しいよ」


 叶汰が眠りについてから、私の心にぽっかりと、大きな穴が空いた。その時に気付いたんだ。叶汰が私にとって、大切な人で居場所だったんだって。


 いつも、私がワガママ言っても控え目に笑って、許してくれた叶汰。いつもオドオドしてるけど、間違ってるって思った事は、ハッキリと言う叶汰。私はそんな叶汰が……好きだったんだな。


「叶汰、いつになったら……帰ってきてくれるの?」


 気付いたら、私は泣いていた。瞳から次から次へと、涙が出来ては落ちていく。声に嗚咽が混じる。


「私っ……また、叶、汰と一緒にっ、遊び、たいよっ」


 ああ。私は何を言ってるんだろう? 叶汰をこんな風にしたのは、自分のせいなのに。本当私は、自分勝手だ。


「大丈夫だよー、ミサ」

「……っ」


 声が聞こえて、慌てて叶汰の顔を見る。でも、以前と変わりなく眠ったまま。


 今のは、幻聴? でも、私の知ってる叶汰の声じゃなかった。大人っぽい、落ち着いた声。もしかして、夢の中で叶汰、泣いている私を慰めてるの?


「ふふっ」


 今ので、私の気持ちが少し軽くなる。四年間、今のが叶汰の声でも幻聴でも、構わない。今までになかった変化が、起きたのだから。


「叶汰、また来るね」


 私は、涙を拭いて立ち上がる。そして最後にまた、叶汰の顔を見る。変わらず、安らかな顔をしている。でも、苦しい顔じゃなくて良かったなと思う。


 いつか、絶対起きてね。じゃないと許さないんだから。アンタと沢山有るんだからねっ。私は、そう思いながら、部屋を出る。カナタとの日々(未来)を思い描いて――。


感想、ブックマーク、高評価よろしくお願いします。


尚、こちらは僕が執筆している長編ものになります。興味のある方は、どうぞこちらも読んで貰えると嬉しいです。


https://ncode.syosetu.com/n0269lz/

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