カナタとの日々を思い描いて
「今日は曇りかぁ」
放課後、クラスの一人が退屈そうに、言葉を発する。その言葉を聞いて、私は窓から見える空に目をやる。
空は、全体的に灰色掛かっていて、雲全体が空を覆っている。
「美咲、今日一緒に遊ぼうっ」
最近、話すことが増えてきた女の子に、誘われる。高校生活が始まって、早一ヶ月。もうクラスでは、ある程度決まったグループが、結成されている。
「ごめん。今日、というか毎日時間ないんだよね」
「この前も誘ったけど、ホントノリ悪いよねー」
女の子が、周りに聞こえる声量で言う。ああ、これで私ぼっち確定かな。でも、それでも構わない。私には、優先すべき事が有るから。
「ごめんね。それじゃ」
私はそう言って今日の授業で使った、教科書とノートが入った手提げ鞄を、手に取り立ち上がる。
「美咲、そのままじゃ友達作れないよ?」
ニヤニヤしながら、女の子が言う。私はそれに答えることなく、教室を後にする。別に友達なんて、今は要らない。ううん、違う。私には彼が居るから。それで十分。
「やっと着いた」
今の通ってる学校からだと、一時間以上乗り換えの影響で、掛かっちゃうんだよな。私がもっと偏差値が良ければ、この近くの学校に入れたかもだけど。
「そんな事、考えても仕方ないよね」
アイツだったら、笑ってそんな事気にするなって言ってるんだろう。
私は目の前に聳え立つ、建物を眺める。
綺麗に補修されているけど、所々古びていて、コケやカビで変色している。
「ここに来るのも、何年になるかな」
アイツが私を庇って、事故に遭ったのは……そう、四年前の時。あれは夏休みで、彼と一緒に近くの川に、遊びに行ったんだ。
彼が暗くなるから、帰ろうって言ったのに、私が駄々を捏ねてたんだよね。それで、流れの強い川に足を取られそうになって、それを彼が助けてくれたんだ。
まさか、それで彼が今も……生死を彷徨う意識不明の重体になるなんて、思わなかった。
「よし」
私は意を決して、病院の出入り口へと、向かう。センサーが私を察知して、両開きの扉が自動で開く。中は受付ロビーで、三人の受付員が立っていた。
「あら、村山さん。こんにちは」
その中で、一番見た目若そうな女性が、声を掛けてくる。彼女は、上下黒のスーツで大人っぽい。でも、話し掛けやすいのは彼女が、肩まで伸びた髪を栗色に染めていて、何処となく子供っぽいから。
「こんにちは」
私は挨拶を返す。このやり取りも、もう四年か。
「今日もあの子の見舞い?」
「はい」
「本当、一途よねぇ。あれから何年だっけ?」
「……四年です」
「そう、四年もずっと想われてるんだから、あの子は幸せ者ねっ」
その言葉に、チクリと胸が痛む。別に私は、アイツの恋人でもなんでも無い。ただの友達、それ以上でもそれ以下でもない。
私が、四年も見舞いを続けてるのは、アイツにきちんと、ごめんなさいって、言いたいから。言ってみれば、いつまでも抱えてる罪悪感を、終わらせたい。そんな身勝手な人間なんだ私は。
「じゃあ」
「ええ」
お互い、短くそれだけ言う。私はこの受付から、そんなに離れてないエレベーターへ、足を運ぶ。視線はなぜか足下へと、向いていた。
淡い緑色の廊下、ワックスが掛けられているのか、普段よりキラキラして見える。今の私の、心情とは真逆だ。
エレベーターについて、上昇ボタンを押す。四階に止まっていたエレベーターが、ゆっくりと一階に下降してくる。
私はその間、周囲に目を向ける。周りには、親子連れの人、高齢の男女がいた。多分、仲良く話してるのは、夫婦の人だ。
もしも、彼が目覚めたら、私はどんな関係を築きたいんだろう? 多分、彼への罪悪感以上に、私はアイツが好きだ。でも――
そう思ったとき、エレベーターが一階に着いた事を、告げる音が鳴る。エレベーターの扉が開く。私は中へと入り、三階のボタンを押す。
三階に近付く度に、気分が落ち込む。また今日も、目覚めない酷い有様のアイツを、見なきゃいけないのか、と。
三階に着いてエレベーターを降り、廊下の中を一人歩く。廊下には、人気が無く静かだ。それは、この階に入院してる患者が、意識不明の人か、身体が動かせない人ばかりだから。
「ふー」
とある病室の前で、私は足を止め、思い切り息を吐き出す。また心を、乱さないようにする為に。
「……よし」
私は自分を鼓舞して、扉に添えられている手摺りに、手を掛け横にスライドする。
「おはよう叶汰。ってもう、夕方だから、こんばんは、だね」
映る視界には、四年間見慣れた、光景。大きいベッドの上に、仰向けに眠らされた男の子……叶汰。
叶汰の鼻には、チューブが差し込まれている。そのチューブからでしか、今の叶汰は栄養を得られない。栄養だけじゃ無い。水分も、点滴からしか得られない。何度見ても、心が痛む。
「今日は、おじさんとおばさん、来てないの?」
私は、答えてくれないのを承知で、質問を投げ掛ける。叶汰のご両親とは、最初こうなった時、酷く罵られたな。でも当然だよね。だって、最愛の息子が生死をずっと、彷徨う状態になったんだから。
「叶汰。毎日言ってるけど。あの時、助けてくれてありがとう。それとごめんね」
いつも繰り返している言葉を、また今日も口にする。いつ届くのか……ひょっとしたら、永遠に届かないかも知れない、感謝と謝罪の言葉。
「私、もう高校生になったよ。時が経つの早いね」
そう、私は成長した。勉強も程々にしたし、運動もそれなりに頑張った。その結果、高校に行けた。でも叶汰は、十一歳から時は止まったままだ。
「叶汰。あの頃より身体、大きくなったね」
時は止まっていても、身体の成長は止まってない。身長は多分立ったら、私より高いんだろうな。
「叶汰の手、ヒンヤリとしてて気持ち良いね」
私は無意識に、叶汰の手を握っていた。私の手より、大きくてゴツゴツした手。やっぱり男の子なんだな。
私は、今も目覚めることのない叶汰へと目を向ける。その表情は、安らかで規則正しい寝息を、立てている。
「今、叶汰はどんな夢を見てるのかな?」
私と遊んでる夢? それとも、ご両親と一緒に、一家団欒とかしてるのかな?
「叶汰。寂しいよ」
叶汰が眠りについてから、私の心にぽっかりと、大きな穴が空いた。その時に気付いたんだ。叶汰が私にとって、大切な人で居場所だったんだって。
いつも、私がワガママ言っても控え目に笑って、許してくれた叶汰。いつもオドオドしてるけど、間違ってるって思った事は、ハッキリと言う叶汰。私はそんな叶汰が……好きだったんだな。
「叶汰、いつになったら……帰ってきてくれるの?」
気付いたら、私は泣いていた。瞳から次から次へと、涙が出来ては落ちていく。声に嗚咽が混じる。
「私っ……また、叶、汰と一緒にっ、遊び、たいよっ」
ああ。私は何を言ってるんだろう? 叶汰をこんな風にしたのは、自分のせいなのに。本当私は、自分勝手だ。
「大丈夫だよー、ミサ」
「……っ」
声が聞こえて、慌てて叶汰の顔を見る。でも、以前と変わりなく眠ったまま。
今のは、幻聴? でも、私の知ってる叶汰の声じゃなかった。大人っぽい、落ち着いた声。もしかして、夢の中で叶汰、泣いている私を慰めてるの?
「ふふっ」
今ので、私の気持ちが少し軽くなる。四年間、今のが叶汰の声でも幻聴でも、構わない。今までになかった変化が、起きたのだから。
「叶汰、また来るね」
私は、涙を拭いて立ち上がる。そして最後にまた、叶汰の顔を見る。変わらず、安らかな顔をしている。でも、苦しい顔じゃなくて良かったなと思う。
いつか、絶対起きてね。じゃないと許さないんだから。アンタと沢山有るんだからねっ。私は、そう思いながら、部屋を出る。カナタとの日々を思い描いて――。
感想、ブックマーク、高評価よろしくお願いします。
尚、こちらは僕が執筆している長編ものになります。興味のある方は、どうぞこちらも読んで貰えると嬉しいです。
https://ncode.syosetu.com/n0269lz/




