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【完結】精霊の森と還る風  作者: あめとおと


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第二話 神殿の鐘と、揺らぐ祈り


青角鹿と出会ってから三日後。


王都アステリアは、いつも通りの穏やかさを取り戻していた。

市場には果実が並び、石畳には子どもたちの笑い声が弾んでいる。


だが、精霊の森の出来事は、静かに神殿へと報告されていた。


リディアは父侯爵の命により、王都中央にある大聖堂――

光の神を祀る神殿へ向かっていた。


白い大理石で造られた回廊。

高く伸びる柱。

色硝子の窓から差し込む光が、床に七色の影を落としている。


「ヴァルローズ侯爵令嬢、よくお越しくださいました」


迎えたのは若き神官、ラウレンティウス。

淡金の髪を後ろで束ね、静かな微笑を浮かべている。


「森の件で、少しお話を伺いたく」


「ええ。暴走しかけた青角鹿が、成獣へと落ち着いた件ですね」


ラウレンティウスの声は穏やかだが、その瞳の奥は真剣だった。


「本来、青角鹿は精霊の加護を受けやすい種です。

それが乱れるということは――」


「森の魔力が、揺らいでいる?」


リディアが静かに言うと、神官は頷いた。


「最近、各地で小さな乱れが報告されています。

凶暴化する魔獣、落ち着きを失う精霊……」


セレスが、リディアの肩で小さく震えた。


「ですが、どれも“わずか”なのです。

大事には至らない。

まるで、誰かが試すように……」


神殿の奥で、鐘が小さく鳴った。


祈りの時間だ。


ラウレンティウスは一礼する。


「もしよろしければ、祈りの間へ。

精霊と共に入れるのは、契約者のみです」


リディアは頷いた。


祈りの間は、神殿の最奥にあった。


天井は高く、中央には透明な水晶柱が立っている。

王国創設の折、王家と神殿が共同で築いた“魔力の安定核”だと伝えられている。


リディアが一歩足を踏み入れると、空気が変わった。


澄んでいる。


けれど――


どこか、引っかかる。


セレスが水晶柱の周囲を旋回する。


すると、水晶の奥で、ほんの一瞬、影が揺れた。


「……今のは?」


「何か見えましたか?」


「いえ……ただ、光が、揺らいだような」


ラウレンティウスは柱に手を添え、目を閉じる。


「安定はしています。数値も正常です」


だが、リディアの胸の奥の違和感は消えない。


そのとき。


神殿の外で、小さな悲鳴が上がった。


二人は顔を見合わせ、駆け出す。


中庭で、小さな獣が暴れていた。


灰色の毛並み。

子狼ほどの大きさ。

だが瞳が赤く濁っている。


「森から入り込んだのでしょう!」


神官たちが距離を取り、結界を張る。


「下がってください、令嬢!」


だがリディアは一歩前へ出た。


「この子は、まだ幼いわ」


確かに魔力は乱れている。

けれど、恐怖の匂いが強い。


セレスが風を編み、やわらかな旋律のように空気を揺らす。


リディアは膝をついた。


「大丈夫。怖いだけでしょう?」


狼の魔獣は唸る。

だが、次第に動きが鈍る。


風が、乱れた魔力を包み込む。


赤い瞳が、ゆっくりと本来の琥珀へ戻る。


静寂。


小さな獣は、その場に座り込んだ。


「……また、成獣化」


神官の一人が呟く。


ラウレンティウスは深く息を吐いた。


「あなたの風は、浄化に近い働きを持つようですね」


「浄化なんて、大げさです。

私はただ、整えただけ」


リディアは狼の頭を撫でた。


そのときだった。


遠く、王城の方角から、重い鐘の音が鳴り響いた。


これは祈りの鐘ではない。


王家の緊急召集を告げる鐘だ。


神官たちの顔色が変わる。


「まさか……」


ラウレンティウスが低く呟く。


「王城でも、何かが起きているのかもしれません」


風が、ざわりと揺れた。


セレスが、不安げにリディアの頬を撫でる。


王都は穏やかだ。


けれど、水面下で何かが広がっている。


小さな乱れ。

小さな違和感。


それはまだ、嵐ではない。


だが確実に、王都の中心へと近づいていた。


リディアは立ち上がる。


「エドガーに知らせなくては」


日常は、まだ壊れていない。


だからこそ――守りたい。


風が、王城の方へと流れていく。



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