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牡鶏

作者: 太川るい

 牡鶏(おんどり)の鳴く声で目が覚めた。


 家の中はまだしんとしている。私以外は、誰も今の鳴き声で起きてはいないようだ。


 一旦起きるとなかなか寝付けないたちではあるため、私はベッドから出ることにした。


 寝巻きのままで、ドアの向こうへ進んでいく。


 まだ家全体に、眠ったような静けさがある。私はそのまま外へ出て、朝の空気を胸いっぱいに吸い込む。昨日の夜は雨が降ったらしい。草と土の匂いが、いつもより色濃く鼻に入ってきた。


 右手では、空が明るくなっている。じっと見ていると、光が眼に染みてきた。


 あくびと伸びをしながら、牛舎に向かう。放し飼いの鶏はそこかしこを元気に走りまわっている。それを横目に、私は牛舎のドアを開けた。


 外でも漂っていた牧畜のにおいが一層鼻をつく。私は牛の一匹一匹にあいさつをしていった。


 その中の一匹に、花子という牛がいる。私はこの牛に対して特に愛着を持っていた。もう長年のつきあいで、何となく他の牛よりも一緒に過ごすことが多かった。花子もそれに応じてくれたようで、家族よりも私になついてくれていることが、私にはうれしかった。


 そのことが、その日も花子を柵から出させたのかもしれなかった。私は、牛舎の中のブラシで、花子を手入れしようと思ったのだ。柵を開けて、花子を柵の外に誘導する。彼女はおとなしくそれに従ってくれる。


 毛並みを丁寧にブラッシングしていく。心なしか、花子も満足そうだ。


 私たちは、この朝の時間を楽しんでいた。




 すると、外でけたたましい鶏の鳴き声がしだした。


 一旦ブラシかけを中止して、牛舎の外の様子を見に行く。




 どうやら、どこかの野犬がまぎれ込んだらしい。あたりには鶏の羽がいくらか散らばっている。


 近くを歩いている鶏の羽には血のようなものが少しついている。鶏は落ち着きのない様子だ。


「これはちょっと、ことだぞ」


 私はすぐに父親に知らせなければと思った。そうして家の中へと駆けていった。




 ひとまずの報告を済ませたあと、私は鶏の数を確かめるため、また外へ戻った。放し飼いなので正確な数は分からないが、2~3匹はやられているようだ。


 ため息をつきながら、あたりの簡単な掃除をしていく。散乱した羽は周りの動物たちの精神衛生上いい影響を与えはしないだろう。あらかた片付けたところで、私はふと気が付いた。


「そういえば……」


 嫌な予感がして、私は牛舎へ戻った。


 あたりは高くなりつつある日差しとともに気温も少しずつ上がっていた。




 果たして花子はいなかった。


 あれだけ牛舎を開けていた私だ。扉もなにも、放り出して外に行ってしまっていた。


 それは花子にとって出てくださいと言っているようなものだったろう。私は完全に失敗をしてしまったわけだ。




「ふむ……」


 腕を組んで、少し考え込んだ。出たのは、ここ二十分くらいのことだろう。まだそこまで遠くには行ってないに違いない。


 そしてこれはもう一つ重要なことだが、父親はおそらく機嫌が悪くなっている。理由はもちろん、鶏の襲撃があったからだ。


 そんな不機嫌な父のもとに、花子の脱走のことが知れたらどうなるか。それは普段ぼんやりとしている私にだって想像がつく。


 そんなことを考えているうちに、ふと足元に目がいった。


 昨日は雨だった。そのため地面はいくらかぬかるんでいた。


 私はそのなかに、花子の足跡を発見したのだ。それはけっしてはっきりしたものではなかったが、注意深く追っていけば、あとをたどっていけそうだった。


「よし」


 私の肚は決まった。


 早いところ花子を探して、連れて帰ろうと思った。




 足跡は森の中へと続いていた。花子の名前を呼びながら、奥へと進んでいく。午前中の森は日航が上がってくるのにつれて活気が増してきた。植物さえも、生き生きとしていた。


 花子はどこにいるのだろう。


 木々の間を通りながら、私は周囲を探していた。


 足跡はまだ残っている。時折見失うこともあったが、なんとか見つけてまたたどっていた。


 しかし、歩けども歩けども、一向に花子の気配が感じられない。


 私はだんだんと、不安な気持ちになっていった。

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