第03話:初めての廃品漁り
目の前に見える廃墟群は戦争前には小さな町として機能していたことだろう。
崩れたり風化したりで瓦礫まみれだが民家と思しき建物がいくつもあり、3階建ての小さなビルすらある。
おそらく、それらは200年前の核爆弾の爆風でガラスやタイル等が吹き飛び、建物の基礎は残ったもののその後のフォールアウト(核放射性降下物)により生活できる場所では無くなり放棄されたのだろう。
こういう場所には、戦前の物資が放置されたままの可能性がある。
放射性物質の半減期の都合、200年以上経過した今ならば立ち入っても放射線で身体が壊れることはない…はずだ。
「で、これからやるのが"スカベンジング"だ。」
「すかべんじんぐ?」
「そうだよ。"廃品漁り"でも、"サルベージ"でも、呼び方はなんでもいい。つまりあの廃墟から有用な物資を探すんだ。やったことないのか?」
「あら、あの建物も廃墟だったのね。でも、"スカベンジング"だっけ?やったことないわ。ダンジョン探索みたいなものなのかしら?」
「ダンジョン…?まあ、役立ちそうなもの拾うだけだから別にやったことなくても大丈夫だ。」
「うふふ♪任せて!私にかかればあっという間に……」
遠目に見る感じでは町に人の気配はない。尤も、いま人が居ないということは既に物資が漁り尽くされているかもしれず、安心できそうな一方成果は期待できないが。
とはいえ、人の気配がしないといっても100%居ないとは断言できない。人間以外にも危険な野生動物が潜んでいる可能性もある。
さて、気張っていくか。
ベルトに差した銃がきちんといつもの場所に収まっていることを確認しつつ、未だ何かを自信満々につぶやいている蝙蝠女を尻目に廃墟の町へ向かった。
「あっ、もう!置いてかなくてもいいじゃない!行くなら行くって一言…あ、でも夕陽に照らされながら男の人に駆け寄るのって、なんだかロマンチック…♡」
「……。」
不安だ。
◇ ◇ ◇
残念ながらこの3階建ての建物には何もなかった。
既に日が傾いていることもあり、俺達はまず一番成果が見込めそうな所の探索を優先したが、実際来てみるとビルは半分程度崩壊しており、先ほど見ていた面の壁がかろうじて残ってるだけ、といった有様だった。階段もところどころしか残っておらず登りようがない。
中は火災にでもあったのか、そして雨風で流されてしまったのか、コンクリートの構造物と不燃性の事務机とかそういうものしかなかった。
「ここ、ひどく崩れてるわね。きっと火事でもあったのかしら?壁が黒くなってるところが多いわ。」
「………。」
勝手に寄せていた期待を裏切られた鬱憤を晴らすように、大火を生き延びた事務机の引き出しを乱暴に開ける。次々と引き出してはガシャンと音を立てて地面に散らばっていくが、中に目立ったものはない。風化しかけた鉛筆やペンが何本かあったり、浸水と風化でガビガビになったメモ帳の成れの果てとか、そんなところだ。
最後に投げやりに引き出したところは落下して一際大きな音を立て、後ろの同行者がビクリとして小さな悲鳴を上げる。が気にする理由はない。そして転がっていく内容物にタバコの箱があった!…と思って掴むも中身は空。ゴミくらい捨ててから文明崩壊しろってんだ。
「…ねえ、このドア、なんだろう?取っ手が見当たらないわ。」
「あん?」
溜息をつきながら鉛筆だけ拾い集めて立ち上がると、同行者――"サキ"が少し離れたところで壁の隅を見ていた。いや、気づかなかったがその位置にはぴったりと閉じられた2つの金属板…おそらくエレベーターの扉があった。
「横に何かある…4つの丸…と…記号…。ルーンで作動して自動で開く扉…?」
「…それはたぶんエレベーターだ。電気の力で作動して、人間や重いものとかを上下に運べる。」
「へぇ、そうなんだ!じゃあ……。」
本当に理解したのかわからないが、大きく頷いた彼女は上を見上げながら後ずさり――瓦礫に足元を取られて転びかけながら、数歩後ろからエレベーターの全体を見渡す。
つられて俺も見るが、重いエレベーターと動作機構を収める為にこの箇所は丈夫に作られたのだろうか、ここだけ構造物が残って建物の壁から張り出す塔のようにも見える。
「ねえ、じゃあさ、この建物は1、2、3…3階建てよね?なのにドアの横の案内石は4つある…つまり、もしかしてだけど、この足元にもう一つ部屋があったりする?」
その指摘に、彼女が指し示す案内…エレベーター横の階数表示のボタンを見る。たしかに、3階建てなのに4つボタンがあるってことはそう言うことだ。一番下のボタンには「B1」と記載がある。
「ああ、そうだな…そうかもな。瓦礫で埋もれてなけりゃ地下に何かあるかもな。」
「やった!そうでしょ?じゃあ…どう開ければいいか、ってハナシか…。」
サキの言葉は尤もで、どうせ機構が死んでるだろうからなんとかしてこじ開けなければいけない。
そこらへんの地面から適当な鉄片を見つけて拾い、エレベーターの扉に貼りつくとその隙間に鉄片にぐりぐりと無理矢理ねじ込む。手頃な瓦礫をハンマー代わりにゴンゴンと鉄片を深く差し込んでいき、そして全体重をかけて一息に鉄片に力を掛ける。
そして、てこの原理で扉が開く…前に鉄片があっけなくボキリと折れた。扉はぴっちりと閉ざされたままだ。サキがいたたまれなさそうな表情でこちらを見るのを尻目に、虚無感と共に瓦礫を投げ捨てる。
「まともな道具がないとここはダメだ。もういい、他の廃墟を漁りに行こう」
「…ええ、そうね。まあ、もし空いたとしても良いものがあるかもわからないしね!次に行く?」
「ああ。…ここまで大声で話していても何もないんだ、たぶんこの町に敵はいない。手分けして探索しよう。ああ、もう消火器は拾ってくるなよ。」
「ええ、わかったわ!じゃあ、私はあっちの方を見て来る…でいいかしら?」
といっても、期待したものがあるとも限らない。もしかしたら下手に探索するよりとっとと先ほどの小屋に帰った方が消耗を防げるのかもしれない。手短に済ませよう。
◇ ◇ ◇
世界は広い。黄ばんだ世界を背景に広大な北アメリカ大陸が描かれ、そこには一つしか国境線がない。
物事の動きがわかりやすいように大きな矢印が描かれ、それには大きな見出しで文字が並んでいる。
経年劣化して黄色くなった紙…いや、もとからこの色味だったのかもしれない。200年も昔の"新聞"の元の姿なんて知りようもない。
何気なく手に取ったそれは1面にその時代の情勢が描かれていた。
『テキサス、カリフォルニアを筆頭に西部諸州で独立の機運が高まっている。連邦政府からのここ数年の各種規制に反発があった中、半年前のカナダ併合により本来は西部諸州各々で地消したはずの多く税金が北部の支援・整備に使われている現状に市民感情が頂点に達し…』
『大都市圏に大規模核シェルターの配備が進む中、デトロイトではそれに代わるものとして地下型未来都市構想の法案が市議会を通過。しかし現地産業を軽視する議会の姿勢に労働者の反発が…』
『先週のサンフランシスコの爆発事件について、CIAが社会主義一派の一団が犯人と告発したが、中華連邦はこの集団への関与を否定…』
新聞は直射日光が当たらなかったことで状態が良く今でも読むことができたが、こんなものを今さら読んでも全く意味がない。
なにせここに書かれている国や都市はどうせ今では全部滅んでいる。…仮に残存していたとしても、世界の情勢図はまるきり異なるものになっているから、やはり無意味だ。
忘れ去られた過去をそのまま埋め戻すかのように静かに新聞束をテーブルの上に戻し、意識を遠く想像もつかない過去から目の前の狭く暗いキッチンに目を移す。
それは何の変哲もない戦前式のキッチンで、おそらく水も電気も止まってから200年経っている。
ここでの今日の探索は数軒目だが、どの民家も同じような作りで同じような様子だった。これまで大した収穫はなかったが、この一軒はどうだろうか。……いや、同じく成果は期待できそうにないか。
さっきの新聞は全く手つかずで放置されていたものの、この家はそうではない。
室内はあちこち荒れているし、そもそも目張りされていたはずの裏口ドアが無理矢理こじ開けられていた。おそらく核戦争に際して汚染物質が少しでも入り込まないようあらゆるドアや窓が目張りされたのだろうが…その住人か、それとも戦争後の漁り屋によってか剥がされてしまったのだろう。
「……。」
浪費してしまった時間を取り戻すように、迷いなく冷蔵庫のドアを開ける。
まず探すべきは食料だ。200年も経っているが、戦前の食品の中にはとても長い年月を保存できるように処理された食料がいくつも存在する。以前シリアルの箱に"賞味期限・・・永久になし"と書かれているのを見たことがある。
だが、冷蔵庫の中はなにも無かった。本当になにも入っていなかった。漁り屋が中身を持ち出したにしても、不要なごみが残されるものだが…。
ふと、開けたドアの手元には"LEAD LINED"…「鉛板裏張り仕様」という記述があった。そういうことか。
鉛は放射線の一部を防ぐ。その性質をどこの家庭にも必ずあった冷蔵庫と組み合わせ、個人シェルターが買えない人間の有事の際の避難場所…として使われていたらしい。
今まで冷蔵庫に入り込んでいる謎の白骨遺体を何度か見たことがあり意味不明だったが…どうやら当時はそういうデマが流行っていたらしく、備えあれば憂いなしと鉛入り冷蔵庫のセールスは好調だったようだ。
「…ちっ。」
こんなもので核攻撃が防げりゃあ文明は滅んでないんだよ。
エネルギー不足により苛立つ活力すらもなく、力なく適当に冷蔵庫のドアをバタリと閉める。が、その反動で動くものがあった。冷蔵庫の上に木箱がある。なにか入ってそうな揺れ方に見えた。
その木箱を床に引き摺り下ろすと、中に個体がいくつか入っている。手に取ると、円筒形の金属、直方体の紙箱、薄く平たいザラザラ音がする紙箱。
色褪せしたラベルには「ベイクドビーンズ」、「即席マッシュポテト - 粉末タイプ」、「シュガー・リング・モーニングシリアル」などと書かれていた。
缶は錆が浮き塵埃まみれだが擦ると綺麗な金属の光沢が見え、ポテトやシリアルの箱は開けると中の銀の包装に損傷はなくずっしりと中身を感じさせる。これは食べれるかもしれない、間違いなしに収穫だ。
「……。」
一切カロリー補給していないにも関わらず、どこか身体が軽くなったような感覚を覚える。食料を見つけ身体が安心したのだろうか。それらを背嚢の奥にしまいこみながら、キッチンに他にめぼしいものがないか目で探る。
一番役に立ちそうな刃物…やフライパン、鍋…といったものは見当たらない。棚の隅に金属のフォークやスプーンといったものが数本残されていたので、かき集めて荷物に加える。大した役には立たないものだが、次に訪れる街で交易ができれば二束三文にはなるだろう。
ほかには陶器の皿が何十枚も無傷で放置されていたが、これは重いわりに壊れやすいから持っていかない。バッグ一杯に詰め込んだとしても、次の街に着く前に割れてしまったらただの重しだ。きっと以前ここを訪れた漁り屋も同じ考えだったのだろう。
「……ふぅ…。」
深く息を吸って肺の空気を入れ替える。いや、まだ気を抜くには早い。
最低限の動きで成果を背嚢に詰め込んで背負う。まだ未探索の部屋がある。何の気なしにそのドアを開け…おそらく寝室かなにかの内装が見え始める。
そして――その向こうに何者かの脚が見えた。
「…っ…!」
一瞬で危機感のスイッチが入り、意識が覚醒する。押し開けたドアはひとりでにそのまま動き続け、そいつの全貌を露わにする。
そいつは砂にまみれたブーツと、目立たない色の丈夫そうな布地の服を身に着け、それとは別に黒い小物入れのポーチをいくつか備え付けたベルトを別に着けていた。
上着はアウトドア向けの大きなポケットがあるもので、何かしらの小物が入っていそうだが、その上に同じくポーチを備えたベルトをハーネスの如く斜めに身に着け、細々した道具が差し込まれている。
そしてそれらの上から長いダスターコートを身に纏い、軍用品と思しき深緑色の背嚢を肩にかけている。
そいつは放置され伸びたクルーカットの上に日射し避けの鍔の広い帽子をかぶっているが、それにしては目は少し落ちくぼみ、こけた頬には無精ひげを生やしている。
どう見ても薄汚れた廃品漁りの男だ。それか、無理矢理良く言っても旅慣れた浮浪者って感じだろうか。
その男は帽子の鍔の裏からギラリと血走った眼差しをこちらへ向け、左手はコートの裾を押しのけ腰元の銃に手を掛けていた。つまり、俺と全く同じポーズを取っていた。俺が硬直するのに合わせ、そいつも寸分違わず同じタイミングで硬直する。
「……ちっ」
…銃を抜きかけた腕から力を抜く。何のことはない、部屋に大きな鏡…姿見が置いてあったようだ。
その鏡は長年放置された割にほとんどくすみがなく、それで間抜けにも自分の姿を別人かと勘違いしたわけだ。
大きく無傷なその鏡は価値があるものだが、こんなデカいものを歩いては持っていけない。他に探れるものがあるか確認すべく、部屋に歩み入る。
だが。
『きゃあああああっ!!!』
「!?…今のは…」
今度は屋外から声が聞こえた。女のつんざくような悲鳴で、そう遠くはない。おそらくは、先ほどサキが入って行った隣家あたりから…一体何があった?
先ほどの危機感が再燃するかのように、アドレナリンによって体が強制的に目覚めさせられるのを感じながら、俺は寝室を飛び出した。
◇ ◇ ◇
今度は間違いなく銃を抜き放ち隣家に突入する。開けっ放しにされたドアから、迅速に、しかし極力物音は立てない足取りで。
室内に入るとすぐに床に尻もちをついているサキを見つけた。彼女は敷居の先を見つめており、その視線の先にははたして何があるのか。
サキはこちらに気づき困ったような顔で振り向くが、そんなことを気に掛けるよりも、敵害者に気取られるよりも素早くその前に躍り出て銃を向けた。
「……。」
銃を向けた先には何もいない。そこは狭いクローゼットの中であり、散乱するガラクタのほかには何もない…いやよく見ると、押し込められたマットレスの合間にこぶし大のローチが何匹も動き回っていた。
節くれだった肢体が、滑らかすぎて異常さすら感じる動きでカサカサと動き、そいつらは蠢いたり、羽を広げてこちらを威嚇していたりといった様子だ。色味が黄色っぽいというか、緑っぽいような薄い黒色で、見た目が多少キモイ以外には全く脅威を感じない。
辺りはこいつらのカサカサ音とキーッといった小さな威嚇音以外は何も聞こえない。他の部屋にも屋外にも、敵や略奪者、あるいはクリーチャーじみた危険な野生動物の気配は感じない。
「………。」
状況がよくわからず、思わずサキの方を見る。
未だ座り込んでいるサキは俺に縋りつくように脚にすり寄ってきているが、その視線は未だ前方にある……こいつが一点に視線を向けているのは、どうやらこのローチどものようだ。
次の行動を決めあぐねていると、俺の視線に気づいたサキが恥ずかしそうな、申し訳なさそうな様子で喋る。
「あ、えっと、驚かせてごめんなさいね…?いきなりこんな、しかもこんな大きい虫がいたから…駆けつけてくれてありがとう♪」
「………。」
その言葉を聞き入れて、多少は苛立ちが湧いた俺は鬱憤を晴らすように足で適当な家具をクローゼットの中に蹴り込んでローチどもに攻撃を加える。たまらずそいつらはガサガサと素早すぎる動きでクローゼット中を動き回り……そうしてクローゼットから出てきて室内をぞろぞろぞろと移動する姿をみてサキがまた悲鳴を上げる。
「きゃああっ!?ちょっ、や、…」
それを無視して部屋の閉ざされた窓を乱暴に壊し開ける。今までは木製の板のようなもので塞がれていたが、外の夕陽と新鮮な空気が室内に流れ込んでくる。
それにたまらず、暗さと静けさを好むローチ共はたっぷりと足音を響かせながら屋外へ逃げて行った。
「……………あ…ふ、ふーっ、びっくりしたぁ…。」
「…必要のないところで大げさな悲鳴を上げるのは止めてくれないか?」
「え、あ、ごめ…ごめんなさいね…?」
「てっきり略奪者かクリーチャーでもいるのかと思ったぞ。ああ、ローチも取り逃がしちまったが…まあ今日の分の食料は手に入ったから良いだろう。」
そう肩の力を抜きながら銃をベルトに戻す。
まあ敵の気配を見逃していた、っていう最悪のケースじゃなかったことは良かった。無駄に焦らされたってのはあるが、まあ大して疲弊してもないから良いだろう。
未だへたり込んで呆けているサキに手を差し出して掴むのを待つ。が、彼女はその手を掴もうとしない。
「おい、どうした?」
「…いま、聞き間違いじゃなければ、アレを食料にする的なこと言った…?」
「いいや、別に。あんなもんなるべく食いたくはないだろ。味は酷いし、あいつらなんでも喰うから何かの死体喰ったりして変な菌持ってるリスクもあるしな。」
差し出した手をほれと揺らして催促すると、「え、ええ…うん…」とか言いながら俺の手を掴んで立ち上がった。やけにショックを受けたような様子だが、まさかゴキブリ見たってだけでこんな慌てているってワケないよな?なにせ奴らはどこにでもいるのだから。
……いや、前にも思ったが彼女は常識がない。だったら、汚染ローチを見たことがないってのもありえるのか?
ローチが去って行ったドアを呆然と見るサキに対し、この場での探索を締めくくろうと口を開く。もうそろそろ太陽も限界で、あと十数分もすれば暗くなってしまうだろう。
「…で、ここはどれだけ探索したんだ?キッチン見たか?」
「え、うん…あ、いや、キッチンはまだ見てないわ。書斎とか見て、さっきこの寝室に入ったばっかりで。」
「じゃあ行くぞ。もっと食料が見つけられればなお良い。」
大きく迷いなく歩を進めキッチンらしき部屋に移動する。後ろから慌てた様子のサキの足取りを感じるが、特に気にすることなくキッチンの冷蔵庫を開ける。
…ここは内容物があったようだが、内装がどす黒く汚れていたりして、食べれそうな保存食は見当たらない。
他の戸棚も開けたり、棚の上や下にある木箱を除いたりするが、あまり成果はなさそうだった。価値が見出せそうにないならと手早くあちこちを見ていく。
するとラックに並ぶ変色した液体で満ちた瓶たちの横に、見慣れた円筒形の物を見つけた。手に取るとクリーム色のスープ系の缶詰のようだった。当たりだな、などとぼやきつつ荷物の中に入れていく。
「…ねえ、いまやっていることって…食べ物探し、で合ってる?」
「合ってるぞ。別に食べ物に限らないが、役に立つものを探してる。」
「あの、今更だけどお店で買う…とかできないの?そもそも街がどこにあるのか全然わからないけど…。」
「そりゃあ街で買えたら買うだろ。単に、足りなくなったからこうして探してるだけだ。」
「…それじゃあ、森や泉があればそこで食材を採ったり、とかは…。」
「森ぃ?」
あまりにも突飛な発言に手を止めてサキの方を見てしまった。気まずそうながらも疑問でいっぱいの表情だが、一体なにを思っての発言なのか全く意図が掴めない。
「…ここらで森なんかあるかよ。どこまでも瓦礫と荒地ばっかりだ。もっと山脈の方に行けばそういう場所もあるだろうが…大体はデカくて危険な野生動物の根城になってるだろ。もしくは、略奪者が住み着いているかもな。まあ、十分な装備があれば潜って見ても良いかもな。」
「そうなんだ…じゃあ、そういうところに行くのは危険だから、こうして古い街の保存食を探してるってことね?」
「…まあ、それもあるが、単に道なりに見つけた町を漁ってるだけだよ。なんでいちいちそんなこと聞くんだ?お前の居た所じゃ違うのか?」
「ええ、それはもう、全然違う…かも。普通は食べ物は市場で買ってたり、そもそも料理店でごはん食べたりしていたわ。そういう所に食べ物を売ってくれる業者さんだって、辿って行けば畑で農作していたり、森の狩場に出て猟をしたり、あとは海で漁をしたり…こんな風に古い遺跡から食べ物を見つけ出すなんて考えたこともなかったわ。」
「そうか。じゃあいい経験になったな。そんな贅沢ができるのは今までだけだったってことかもしれないぞ。」
話が逸れてきたような気がしてきたので適当な相槌で会話を打ち切る。
それはその通りで、理想を言えば安全な土地で汚染の無い食料を育て、それを管理する者と、それを享受する代わりに他の仕事に当たる者、そう分けられれば文句はない。
だが、それを実現するのがどれだけ難しいことか。
実際、そんなことが成り立っている場所には街や居住地として人々が定着し生活している…が、日々どこからか流れて来る余所者にまで供給するほどの量はないことが多い。少なくとも、物々交換等の対価は必須だ。
「っていうか、お前が探索した家にはそういうものはなかったのか?そのバッグもいつの間にか背負ってたけど…中に成果があるんだろ?」
「あ、うん、これね…さっきの見つけたのよ。でも、あなたが探してる食料らしきものは無かったわ。中身は…」
「いや、ここではいい。後でまとめて見せてくれ。一旦外に出よう。」
◇ ◇ ◇
「…もうすっかり太陽が見えなくなってしまったわね。」
「そうだな。まだぎりぎり明るいが…あと数分で暗くなるだろうな。すぐにあの小屋まで帰りたいが、余分なものを持っていく訳にもいかない。お前が拾ったものを見せてみろ。」
一通り探索をして切り上げた俺たちは、とりあえず適当なベンチの上に荷物を広げ成果を確認していた。俺の方はともかく、サキの方がいつぞやの消火器のような危険物を拾ってきていないかの心配もしなければいけない。
「ねえねえ、見てこれ!どんな武器かよくわからなかったけど、どう?役に立つかしら?」
「それはモンキーレンチだな。まあ持っていて損はないだろう。」
「やった!ほかにも見つけたのよ、これとか――」
サキは廃墟から調達したダッフルバッグの中から収集品を次々と見せて来る。楽しそうにはしゃぎながらのその姿はまるでデカい子供だ。
そうして俺は見せつけられる品物に対し手早く要・不要を仕分けていく。
「ねね、それでこれは?」
「それは…なんかのネジだな。それだけあっても役に立たないな。」
「あら、そうなのね…。残念。そうだ、これは?なにかのスクロールでしょ!」
謎の単語を発しながらサキが取り出したのはデカく薄い厚紙のようなものだった。黒っぽい表紙には何かの神秘的なイラストが描かれ、裏面にはびっしりと細かい文字が並んでいる。
「…なんだ?…あれか、"レコード"とかいうやつのパッケージだな。ゴミだよ。」
「えっ…そうなの?でも、これだけ緻密に文字が並んでいるし、光にかざすとキラキラ光るのよ?」
「ただ意味のない歌詞が並んでいるだけだろ。光るのはラメ加工だ。戦前の紙製品じゃそんなの当たり前だぞ。むしろそれのせいで燃やしずらいから燃料にすらならん。」
無機質に真実を伝える俺の言葉にサキが落胆した表情になった。さながら大人に夢を壊される子供のようだが、勝手にゴミに期待したコイツが悪い。
「そう…それじゃあ、これは?」
サキが差し出したのは煙草のパックだった。その手からもぎ取ってみるがくしゃりと手の中でつぶれる。空だ。適当にそこらに放る。
「ゴミだな。中身があれば価値ありだったが。」
「…そう。でもこれ、すごくいい匂いがするのよ。香木入れだったんじゃないかしら?」
そういってサキは俺がぐしゃぐしゃにして捨てた紙クズを拾い上げた。粗雑に吐き捨てられたものを丁寧に扱い広げ直す様に罪悪感めいたものを感じそうになり、彼女の動向を見る。
彼女はパッケージのシワを両手で伸ばし広げ、目を細めて匂いを嗅いでいる。
火をつける前の煙草の匂いなんて気にしたこともなかった。
「すんすん…ほら、いい匂い…。ねえ、これなんて書いてあるの?」
「…パッケージに書かれている文字か?"タートイズ・クラシック"…そういう銘柄らしいな」
「なるほど!…たーといず………くら…c-la-…ssi-c…そういう感じね!そういう名前で…植物系の香料かしら?」
「…そんなことはいい。結局価値は無いだろう。これで終わりか?」
そこで彼女はピタリと動きをとめ、そしてあちらこちらに目線を彷徨わせながらバッグに手を入れる。が、いつまでもその手を外に出さない。何をもたもたしてるんだ?
ネタ切れという様子ではない、どこか切り出しづらそうにモジモジとしている。その様子を怪訝な思いで見ていると、チラチラと上目遣いでこちらを見ながら何かを取り出して見せてきた。
「……こ、こんなものも見つけたんだけど…っ」
「………。」
どうやら彼女はそれを古い民家のベッドの下から見つけたらしい。黒色のゴム製?で、手に握れるくらいの大きさの棒。武器にしては短いし強度が足りなさそうだ。なぜか赤面したサキにどんな用途か聞かれてもさっぱり答えられない。
おもちゃの蛇だとは思うが、まさか…。
「まあ、よくわからないし捨てていいんじゃないか。」
「そう!な、なら私が持っていくわ。」
「………。」
「いや、ほら、何かの役に立つかもしれないし?もしかしたら他に欲しい人がいるかもしれないし??べ、別にいいでしょ!?持ってくだけなら損ないし!?なによ!!」
「いや、何も言ってないぞ。好きにしたらいいんじゃないか。」
サキはどうやらその黒いおもちゃを持っていくことにしたらしい。
◇ ◇ ◇
そんな感じで仕分けのほとんどはつつがなく完了した。
荷物を背負いなおし、後は迅速に帰るだけ…というところでサキが両手をブラブラと振りながらいつまでもバッグを持たない。
「ねえ、ちょっと見つけられなかったんだけど…この町、井戸はどこにあるの?」
確かに、言われてみればずっと休憩なしで作業を続けていたかもしれない。
その言葉に、腰元に据え付けた水筒を無言でサキに差し出す。が、彼女は少し困ったような顔でそれを受け取らない。喉が渇いているわけじゃないのか?
「…それには及ばないわ。井戸まで歩いていくから大丈夫。ちょっと手を洗いたくて…」
「手?怪我でもしたのか?」
「怪我?いいえ、別にしてないわよ?ほら、結構この家々の中が砂っぽかったから結構手も汚れちゃって…。」
「…………………この町は戦前の町で、すべての家庭に水道が引かれている。…そして、さっき試したが、もう圧力ポンプが死んでるみたいだ。たぶん、そうなるよりずっと前に住民は移動していったはずだ。」
「???…えっと…つまり…?」
「…つまり、この町に井戸なんてない。水道も動かない。この町の中に水はこのキャンティーン以外にない。」
色々言いたいことはあったが、いちいち探るのも面倒で、端的に事実だけを並べていく。
するとサキはびっくりしたような、少し絶望したような顔になった。が、いまいちよくわかっていないのかすぐに朗らかな調子に戻る。
「そう、なら仕方ないわ。…あ!さっきの小屋の近くに水場があったから、そこで手を洗うから大丈夫♪」
「…あそこは止めとけ。野生動物が居そうな感じがした。それに綺麗な水かわからんしな。わざわざ危ういものに近づくような真似はしなくていいだろう。」
「え…んー…?そうなの?まあ、わかったわ。」
無理矢理納得した様子のサキは仕方なく両手をぱっぱっとはたいて、自分の成果物を詰めたバッグを持ち上げた。
「それにしても、今日は宝さがしみたいで楽しかったわ!ありがとうね♪」
さながらレクリエーション気分で能天気に礼を述べる彼女。
にこやかに笑うその顔は夕陽に照らされて、彼女の纏う元気と合わさり輝くような存在感を放っていた。
……事実上大した成果もなく、水も満足に得られず、殆ど意味の見いだせない労働をする羽目になったっていうのに、こいつはなんでそんな表情ができるんだろうか。意味がわからん。
そんなどうでも良い疑問がもんもんと頭を離れず、無言で意識を空にやるしかなかった。
サキが周囲をはしゃぎまわる中、俺は一夜限りの拠点に戻るのだった。
1月中に10話くらい進めるつもりが2月になってました。2025年は時の進みが早いな…