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第02話:奇妙な装いの奇妙な彼女

夜になったことで風が収まったのか大気中の塵は減り、どこまでも見渡せそうなくらい空気は静まり返っていた。

明かり一つない真っ暗な大地を朧げな月明かりが照らし、開けた場所を散歩する程度なら支障はないほどに明るかった。


しっとりと夜露を含んだ空気が肌を撫で、心なしか手足から昼間の疲労を奪ってくれているように感じる。

ついでに温かい飲み物でもあれば最高に過ごしやすい夜になっただろうが、さすがにそれは高望みか。


あれから数時間後。俺は謎の爆発の中心に倒れていた女を担いで、休める場所を探してこの橋の下に辿り着いた。

以前何者かがここを使っていたのか、ぼろぼろのマットレスと錆びだらけの小さなキャビネットが地面に置いてあったが、生活の痕跡が一切見られなかっためおそらく所有者はもういないのだろう。


良い寝床が見つかったことに安堵しながらも、眠っているのか意識のない女をマットレスに寝かせた俺は最低限の粗末な食事を取っていた。辺りは非常に静かだし、この様子なら特に危険は迫っていないと言って良いだろう。今夜は比較的気を抜いて眠れそうだ。


「………。」


することもないのでなんとなく横たえた女の姿を眺める。彼女は未だ目を閉じたままだが、どうやら死んではいないらしい。

しかしこいつは見れば見るほど奇妙な奴だ。


まずはその顔立ちだろうか。肌はシミ一つなくなめらかで、みずみずしい桜色の唇に、時折ぴくりと動く長い睫毛。そして艶やかに流れる黒髪。

まあまず間違えることなく女性だろう。

整った顔立ちであり、昼間のならず者たちが見たらよほどの上玉だ、とか言ってテンション上げそうだ。

…というか顔の造形以前に肌がほぼ汚れていないのがおかしい。どんな暮らしをしたらこんな健康的な肌になるのか、少なくともそこらの街に住んでいる一般人には見えない。


次に目に入るのはその奇妙な服だろう…というか、惜しげもなく晒された素肌か。

圧倒的に布面積が少ない服装はシルクとレザーとその他の装飾で構成されており、下着姿をベースにしたような、まるで略奪者の不良女が身に付ける露出度の高いアーマーのようだが、それにしてはトゲトゲ肩パッドや金属板が付いておらず攻撃的な雰囲気はないし、どこか異国情緒を感じさせる。

大胆に晒された肌はきめ細かくなめらかで、略奪者達の直射日光や雨風に長く晒された、赤黒く灼けて煤けた肌とは比べ物にならない。


さらに言えることとして、こいつは何も持っていないようだ。旅をする道具もなければ、身を守る道具もない。水筒すら持ち歩いていないこいつは何を考えてあんなところに倒れていたんだろうか。


そして極め付きは、こいつの頭部と臀部のそれぞれから突き出る、ねじくれた角と長い爬虫類のような尻尾、それからデカい蝙蝠の羽のようなものだろう。尻尾の方はたまにピクリと動いている気がするし、やけに艶めかしくて実体感があるが…まさか本当に尻尾が生えてるってのか?


「……。」


本当になんなんだこいつは?

あまりの奇天烈具合にツッコむ言葉も出ないが、それ以上に今日遭遇した出来事にショックを受けている。

この女が倒れていた場所はまるで球体状に切り取ったかの如く周囲の物がなくなっていて、その際に放出されたらしい何らかのエネルギーが辺りに熱と風をもたらして煙が立ち上っていた。

あの運の悪い略奪者も含め、球体の範囲内にあった者は例外なく、蒸発したのか、分解したのか…跡形もなくさっぱりと消えていた。それだってのに、この女は無傷でその場所の中心に倒れていた。


いままでこんな現象は噂にだって聞いたことがないし、正直関わり合いになりたくはなかった。またあの現象が発生したら俺にも害を及ぼすかもしれない。

だが、自分の命を救ってくれたのかもしれない彼女を、瓦礫の上で無防備に眠るこの女を置いたままにすることはできなかった。自分でも馬鹿だと思いつつも、気づけばこうして連れてきてしまったわけだ。


「…はぁ…。」


疲れたように溜息をつく。

もしかしたらとんでもない厄介事を連れてきちまったかもしれない。

一つしかないマットレスを占拠している女を見てそんなことを想いながら、俺は硬い地面に適当に横になった。




◇ ◇ ◇




世界は闇の帳に包まれている。

文明が滅びた今、太陽が沈んだ後に地表に明かりを灯すものはいない。ただ黒い宇宙を背景に黒い地平線が広がっているだけだ。


そんな中、男たちが影を縫うように移動する。

彼らはかつて地下を走る鉄道のために作られた通用口から地下深くへ通りていく。

彼らが進む長いトンネルには、瓦礫や放棄された鉄道車両のほかに、道中に仕掛けられたトラップ、見せしめのように飾られる無残な死体、退屈しのぎにバラバラにされた人骨といったものが散乱している。


男たちがさらに進むと、次第に闇の向こうに明るく揺らめくオレンジ色の光が見え、そこには松明を掲げた見張りの男が立っていた。

男たちは見張りと2、3の会話を交わし、さらに奥へ進んでいく。


重厚な金属製のメンテナンスドアを開けた先は、かつて地下鉄駅のターミナルだった広い空間となっていた。


かつて地上が滅びた際に瓦礫で埋まった地下施設は沢山あったが、ここのように原型を保っている場所もまた多く、それらの大半は終末後の人々によって別の用途で利用されている。

どうやらここは彼らの基地―もとい居住地であるらしい。

床や壁のあちこちがひび割れた構内を木の板やトタンなどの廃材で補強して居住性を向上させており、地上から持ち込んだテーブルや椅子、マットレスやソファといった家具が置かれている。


この場所が一般的な居住スペースと異なるのは、ベッドの横やテーブルの上に当たり前のように血が染み込んだ鋭利な鈍器や、とげ付きの金属製アーマーのパーツ、悪趣味なオブジェに改造された頭蓋骨といったものが置いてある点だろうか。

彼らは地上から奪い集めた様々な物資を利用してこの場所を作り上げ、幾人もの無法者がここで生活しているのだ。


善人には善人の、そして悪人には悪人のコミュニティが形成されるものだ。そしてそこには必ず場を取り仕切る者が存在する。この『基地』も例外ではなく、また少し奥へ進んだところにある、骸骨や生首といった悪趣味な戦利品で飾られたオフィスの中にその男はいた。


その男の身体は一際大きい筋骨隆々としたもので、人間の限界すら超えてまるで小さな山のようであった。

暗闇に立つその男の姿は、一見して人間のそれには見えない。巨大な体躯に、2本の大きな角を携えているのだ。だが、彼が少し歩き明かりが届く所まで来ると、その全貌を見ることができる。


彼の素顔は鉄くずを溶接して作ったようなフルフェイスの兜に覆われている。

後面は長く白い毛のようなものを垂らし後頭部を覆い、側面には大きな二本の角…それは前面に顔を覆い隠すように据え付けられた大きな頭骨から生えている。

その骨は巨大なヘラジカの頭骨のように見えるが、角や眼窩の形状が異なり、我々の知るものの骨ではない。頭部から、長く、禍々しく伸びる、象徴的な角だ。


首元や背面には身体を覆うように毛皮を纏い、前面は彼の肉体を誇示するかのように、あるいは何かの意味合いを持たせるかのように、上半身の肌に直接金属や革の防具が付けられ、分厚く屈強な皮膚が晒されている。

だが手元や足元は確実に、大きな力を籠められるよう革製の丈夫な装備を身に着けている。


そしてその男の前には、今しがた地上から逃げ帰ってきた男たちが並んでいる。いずれも巨躯の彼を前に委縮した様子で何かを話す。

それを聞き入れた彼は、白い凶悪な頭骨の隙間、その向こうにある分厚い金属板の合間から、ギラリと青い目で男たちを睨みつける。

彼は一歩進み、その衣装に巻き付けられた鎖が分厚い装甲と触れ合って空気を揺らした。目の前に並ぶ男たちは怯えるように身体を縮こませるが、この部屋に控える護衛たちに阻まれて逃げることさえ叶わない。


そうして跪く男に対し、彼は大きく頑強な手を差し伸べ、その頬を撫でた。

頬を撫でる流れるような動きのまま、その手は男の頭部を掴み、凄まじい力でゴキリと男の首をへし折った。

その場にいる他の男たちは目の前で行われる処刑をただ畏怖のまなざしで見つめていた。


哀れな男の死体を投げ捨て、彼はその場で立ち尽くしていた他の男たちに指示を出して部屋を出ていく。

彼の指示により男たちが慌ただしく基地中を走って叫び、その声を聞いて、お手製のアーマーを手に取る者、クロスボウを装填する者、薬物を自身に投与する者…次第に基地全体が次なる襲撃を始めるための攻撃的な雰囲気に包まれる。


そんな無法者たちの様子を、その空間を見下ろすかつて駅員室だった部屋から注視しながら、彼は胸の内で呟く。


――この地を支配するのが何者なのか、より広く、より遠くまで知らしめる必要がある――


そのための算段をつけながら、目下の無法者たちに檄を飛ばすべく彼は古いスピーカーに繋げられたマイクを手に取った。




◇ ◇ ◇




あまりの喉の渇きに耐えきれなくなったのか目を覚ました。

呼吸のしづらさと睡眠を中断されたという二重の苦しみに苛まれる。喉どころか鼻腔までカラカラに乾いているような気がする。

声にならない声でせき込みながら、未だぼんやりする頭をゆっくりと起こし、次いで身体も起こす。


―――やっぱり最適な睡眠というには飲み物が一杯足りなかったみたいだな。


尤もそんなものがあれば食料のために売っていたかもしれないが。ここらじゃ綺麗な水は貴重で、どんな価格にだって吊り上げることができる。

昨日のうちにセットしておいた小さなボロボロの鍋と厚手のビニール布を確認すると、少しだけ夜露が溜まって液体になっているようだった。

これも出来れば水筒に詰めるつもりだったが、あまりにしつこい喉の不快感をどうにかするためについ鍋を傾けて中身を飲んでしまう。


不快感は完全にはぬぐえないが大分マシになった。さっきと比べれば天と地ほどの差がある。

わずかな液体を一滴残らず摂取すると、そこでふと、昨日マットレスに寝かせたはずの女性が居ないことに気づく。


―――まさか、極限状態に陥った自分が見た幻覚だった、なんてオチはないよな?


あの女が幻覚だったというなら、俺は幻覚のためにマットレスを諦めて硬い地面で寝たのだろうか。

そんな馬鹿げた考えに思い至った辺りで、突然物陰からニュッと昨日の女の顔が飛び出してきた。


「あら、起きたのね。」


「………。」


少し高めだが聞き取りやすく通った声。鈴を鳴らしたような美声に思わず聞き入ってしまいたくなるが、それよりもいろいろと確認することがある。だが声が出ない。昨日の疲労が全然抜けきっていないのだろうか、喋る気力も起きない。


「おはよう♪」


「………。」


「無口なのね。それとも寝起きだからかしら?まあいいわ。それよりも、私を助けてくれたのよね。ありがと♪」


「…いや、……。」


「昨日はごめんなさいね、私のために地面で寝たんでしょう?身体が痛いでしょ。何かお礼ができないかと思ってちょっと外を歩いてみたんだけど、ここってなにもないのね。随分変わったところだけど、あなたここに住んでるの?」


「…まさか。こんなところに住みたい奴なんて砂か石ころくらいだろう。とてもじゃないが御免被りたいね。」


俺たちがいるのは橋の下だが、この場所に水があったのは遠い昔の話だ。いまはカラカラに干上がって踏み均した道のようになっている。ここでは長く生活はできない。

ぎこちない動きで喉を動かして何とか返答すると、なにが嬉しいのか彼女は一度微笑んでからまた口を開いた。


「よかった。言葉が通じて。もしかしたら…と思ったけど。杞憂だったわ。」


「…俺だって喋ることくらいはできる。」


「そうじゃないわ。そうじゃなくて、ええっと、なんていうか…。」


「………。」


少なくとも言葉の通じる相手であったことはこっちも安心した。

だが、俺の目の前で困ったように眉を寄せ何やら唸っている彼女には昨日見た角や尻尾がしっかりと付いて動いているし、戦前の美術品の如く整いすぎた顔が生き生きと喋る様も相まって現実感がない。

特に何も考えずにただ彼女の言葉を聞き流していると、ぎゅるると腹が唸った。もちろん空腹だが、ちょっと気を抜きすぎていたらしい。


その音を聞いた彼女はこちらに向き直り、俺のほうに手を差し出してくる。その手の上には手のひら大の果物のようなものがあった。

あれ、今どっから出したんだ?


「やっぱりおなか空いているのね。こんなところに住んでいるし、あんまり食べていないようだったから。良ければこれ、食べて?」


「…いいのか?」


「いいわよ。助けてくれたんだもの。これくらい。」


ぷっくりとみずみずしいピンク色の果実を受け取る。見たことのない果物だ。

小ぶりとはいえとても美味そうで、ここらでは採れそうにない、値の張るものではないだろうか?

それを惜しげもなく渡してくる彼女にいささか不信感を覚えるが、彼女の表情に嘘や欺瞞といったものは微塵も感じられない。


…まあ、いいか。


意を決して果実にかぶりつくと、どろりと濃密な、それでいてさっぱりとした甘い果汁が溢れだした。

慌てて手で拭いながら、果汁をこぼさぬよう再度歯を立てると、これまた上品な、柔らかくも楽しさを覚える歯ごたえ。

さらによほど栄養価が高いのか、一口齧り、啜るごとに身体に活力が満ちていくような気がする。

つまりどういうことかっていうと、この果物は最高に美味いってことだ。


濃厚な味わいに高い満足感を得ながらも、次の一口が待ちきれずどんどんかぶりついてしまい、あっというまに俺は果物を平らげた。

たった一つ小さな果物を食べただけっていうのに、ずいぶん満たされてしまった。


「ふふっ、そんなにがっつかなくても果物は逃げないわよ?」


「…ああ。美味かった。ありがとよ。」


思わず手についた果汁まで舐めとりながら礼を言う。始めて見る果物だったが、相当な高級品だったんじゃないだろうか?


ここ最近で一番美味い朝食を取ったためか、俺の身体は万全の状態で動きだす。深く呼吸して肺の空気を入れ替えると、寝床代わりに地面に敷いていた上着を羽織り、そこらへんの石の陰に隠していた銃と背嚢を取り出す。ついでにブーツの紐を締めなおし、しっかりとした動きで立ち上がる。


「?…どこかへ行くの?」


「何度も言うが、俺はこんなところに住んでいるわけじゃない。次の街へ移動する最中なんだ。」


「あら、そうだったのね!たしかに旅人のような恰好をしているし、冒険者さんだったかしら?」


冒険者、というのが何を指すかわからなかったので適当に相づちを返す。

目の前の女の脇をすり抜け、影となっているこの場所から明るい外を見渡してみる。


相変わらず空気は塵まみれの上、休むことなく降り注ぐ太陽の光があるものの、周囲は比較的静かで無法者や野生動物の気配は感じられない。

崩れた建物の影を通るようにしていけばそこまで消耗せずに大きく距離を稼げるだろう。もしかしたら今日のうちに着いてしまうかもしれない。


「なにを見てるの?」


「敵がいないか見てるんだよ。まあ、お前さんが出歩いても何も引き連れて来てないってことは多分今は安全なんだろうけどな。それじゃあな。果物ありがとよ。」


せっかく身体の調子が良いんだし、この機を逃さずすぐに出発するべきだろう。

そうと決まれば早く出発だ、こんなところに1秒だって居る理由はない。


大きく1歩を踏み出そうとしたところで、ぎゅっと袖が何かに引っ掛かる。なんだ?

まったく思いもよらなかった足止めに純粋な疑問が浮かんだ。振り返ると、なぜか潤んだ眼をした女が上目遣いで俺の袖を掴んでいた。


「あの、もし良ければ……私も一緒に行っていいかしら?」


どうやら最高級の果物の代金はこの女のお守りってことらしい。まあ、やっぱりタダ食いとは行くワケがないか。




◇ ◇ ◇




「ねぇ、だからなんていうのー?」


「………。」


「聞こえてるー?ねぇってば~??」


「……はぁ。」


黒っぽい瓦礫でいっぱいのひび割れたアスファルトを歩きながら、思わず溜息をつく。

周囲は建物が少なくなり、梁や片側の壁だけになった建築物の成れの果てがぼつぼつと点在するくらいで、比較的見通しがよい場所を俺たちは歩いていた。

一応警戒しつつ静かに歩く俺とは対照的に、駄々っ子のような声をあげる後ろの女。ここら辺は危険地帯ではなさそうだがむやみやたらに叫ぶのは止めてほしい。


「ね、いいじゃん?教えてよ、アナタの"名前"!」


そう、こいつはさっきからしつこく俺の名前を聞いてくる。

最初はこいつと深く関わる気なんてなかったので適当にはぐらかしていたんだが、やかましさに耐えかねて「コナー」だとか「スカイウォーカー」などと適当な名を名乗ったところなぜだか一瞬で嘘だとバレた。なんでだ。


「ねぇ、なんでそんなに頑なに教えてくれないのー?」


「…逆に聞くが、そんなに名前が重要か?」


「そりゃそうよ!名前がわからなかったら呼ぶこともできないじゃない!」


「呼ぶだけなら"運び屋"で十分だとさっき言ったろ?"漁り屋"でもいいぞ。」


「そんなの名前じゃないじゃない!ぶ~。」


「………はぁ。」


二度目の溜息。

厄介なものを連れてきたと思っていたが、想像以上だったみたいだ。

今のところあまり騒いでも害はないが、場所が場所だったら敵に囲まれてるところだったぞ。


「じゃあわかったわ!名前がダメなら他のこと聞くわ!その1:好きな食べ物はなんですか!」


「噛めるものなら何でも。」


「その2:好きな音楽はなんですか!」


「音楽は聞かない。」


「3、趣味は何ですか!」


「趣味で腹が膨れるならなんでもやる。」


「4!好きな娘のタイプはなんですか!」


「なぁ、いつまで続けるんだ?このやり取り。」


「だって!さっきからなにもないじゃない!好きなものも、嫌いなものも、普段何やってるとか、そういうこと全然教えてくれないじゃない!アナタの事全然わからないわ!なんで教えてくれないの!?」


「教えてるだろ、別に隠してるわけじゃ……はぁ。」


まったく、本当に厄介だ。

この女が特別やかましいというのもあるかもしれないが、こいつに何を言えば喜ぶか、どんな回答をすれば納得してくれるかなんて分かる訳もない。結局適当に返事をしたらそれじゃだめだと言われる始末。俺に何を求めてるんだ?


「そうは言っても、これじゃあどんなアプローチしたらいいかわからないじゃない……。」


「なぁ、そんなに言うなら自分はどうなんだ?」


「え?私?」


「そうだよ。お前のことを聞いてもいいか?いくつか気になることがあるんだ。」


「うん、いいわよ。なんでも聞・い・て♪」


ちょうどいい、今まで流れに身を任せていて聞けずじまいだったことをここで聞いてしまおう。

そうだな、まず…。


「なんでお前はそんなにやかましいんだ?」


「ちょっと!レディに対して最初に聞くことがそれ!?信じられない!それに私がずっと喋ってるのはあなたが喋ってくれないからでしょ?」


「いや、だって俺が喋る前にお前が喋るから」


「10分間も何も言わずにただただ無言で歩き続けるなんてある!?普通何か話すでしょ!」


「それくらい普通じゃないのか?」


「普通じゃないわよ!普通はもっとこう、世間話とか、そうじゃなくてもお互いの考えてることを話したり……とにかく、もっと話すでしょ!」


どうやら俺の普通と彼女の普通は違うらしい。まぁ、俺は一人でいることが多いから彼女の言い分の方が正しいのかもしれないが。


「わかったわかった、じゃあ次行くな。お前の名前は?」


「ちょっ…! ………"さっきゅん"よ!」


「本名か?」


「あなたが名前を教えてくれるまで私の名前も教えないわ!」


「じゃ、呼びづらいから"サキ"って呼ぶぞ。」


「ちょっと!自分だけずるいわ!」


「ずるいってなんだよ。」


「ずるいわよ!自分だけそんなニックネームみたいなので呼ぶなんて!私もあなたのこと呼びたいわ!」


「じゃあ自分で適当に考えてみたらどうだ?」


「…………。」


適当に突っぱねるようなことを言うと彼女は腕を組んで考え込んでしまった。

おかしい、『女性と話すときはその女性自身のことを聞いておけば勝手に話が盛り上がる』なんて言ったのは誰だ?

全然会話が進まないんだが。

自分の対話能力の低さを呪いつつも、俺は意識を前方へ向ける。


べらべらと話をするうちにいつの間にか大分進んでいたようだ。足元はコンクリートの瓦礫より土の割合が多くなり、丘の向こうにはボロボロに崩落した"高速道路"とか呼ばれていたらしいものが見える。その中には、大戦争時に街から逃げようとしたと思しき車がみっちりと詰まっている。どれももう動くことはないのだろう。


先日"運び"の仕事を請け負った際に依頼人が言ってたことが正しければ、ここまで来れば道のりはあと半分、といったところらしい。それでもあと数日かかる見込みだが。

今夜はここらで一晩明かすのが良いかもしれない。少し無理すれば距離は稼げるだろうが、へとへとになってまで歩き続けた際のリスクを考えると、早めに寝床を確保してついでにスカベンジング(戦前の廃墟のガラクタ漁り)でもすれば、明日体力に余裕を持って出発出来ることに加え、もしかしたら掘り出し物が見つかるかもしれない。


先々のプランを組み立てつつ今日の寝床をどうするか考えていると、後ろの彼女が口を開く。どうやら俺の名前のことらしい。まだ諦めてなかったのか。


「…わかったわ。私はあなたのこと"はこびん"って呼ぶわ!」


「…………………………それ、語呂悪くないか?」


「じゃあどうすればいいのよ~~~?」


「……はぁ。」




◇ ◇ ◇




あれからしばらく歩き続けて、俺たちは小さな小屋にたどり着いていた。

小屋はほとんど枯れたような川の近くに建っており、朽ちかけた戦前の建物を何者かが廃材で補修したらしい…小屋というよりあばら家といった見た目だが、見る限り長い間誰も使用していない様子。今日はここを寝床とすることにしよう。


小屋の中を簡単に調べ終えて外に出ると、その女は小屋から少し離れたところに立っていて、なにやら遠くのほうを見つめているようだった。彼女の視線の先を追ってみると、はるか遠くに立ち並ぶ戦前の廃墟以外にはなにも見当たらない。特に面白味のない光景だが、彼女の目には新鮮に映るのだろうか。


ここに来るまでの道中もそうだったが、なんというか、彼女―"サキ"―には常識がない。

俺とともに歩いている間ずっときょろきょろ辺りを見回し、目に入ったものは何でも質問してきた。倒れた街灯を見てこれはいったいどんな種類の樹木だの、道路脇で停車したままの錆びた自動車を見て随分変な形の馬車だの、挙句の果てにはゴミ箱から擦り傷だらけの哺乳瓶を拾ってきて一体これはなんの道具か!?となぜかハイテンションで聞いてくる始末。見りゃわかるだろ、ゴミだよ。


まるで黙っている時間がもったいないとでも言うかのように次々と言葉を発する彼女に対し、俺はげんなりと回答するばかりであった。


途中、一から十まで説明することがどれくらい面倒か懇切丁寧(当社比)に教えてやったのだが、悲し気に押し黙った彼女は一旦無言になったものの、その後気づいたら今にも破裂しそうな錆びだらけの消火器を抱えて左右に揺れていたためやむなくおしゃべりを解禁した。

ちなみに消火器は壁の向こうにぶん投げたらシャンパンもかくやと言わんばかりに見事な噴水を上げ、それを見たサキが感嘆の息を漏らしていたがそれそういう使い方じゃないからな。


薄々気づいていたが、今日は予定していたほど進めてなさそうだ。俺の後ろに引っ付いてくるサキが瓦礫の上を歩きなれてないのか、やたらこけそうになったりふらついたりと移動速度が遅かった上に、前述のとおり道端に落ちているゴミとか道路標識とかを見てははしゃいでとちょろちょろ跳ね回ってたためにペースは過去最低に遅かった。


「…ねぇ、今朝から思っていたんだけど、この辺りって人が住んでる家はないの?」


「家?見ての通りだろ。」


「見てのとおりって……打ち捨てられたような廃墟と瓦礫しかないように見えるけど…?」


「だからその通りだよ。ここらには誰も住んでないんだろ。道中のサルベージできそうな場所は殆どすっからかんだったしな。それに住んでたら廃材で補修してたりとか、もうちょっと痕跡があるはずだ。」


「ん…んん?そうなのね…?えっと、じゃあ人はどこに住んでるの?」


「どこ、と言われてもな…。屋根があって、外敵がいない場所じゃないか?ついでに狩場や水場が近けりゃ良いし、というか、ほとんどの奴は町に住んでるんじゃないのか?」


「町?あっちの方に高い建物がたくさん並んでるのは町じゃないの?」


「ありゃ戦前の廃墟だよ。…もしかして初めて見るのか?」


「ええ、あんなに高い石造りの建物が隙間なく並んでいるのは初めてみたわ。戦前の…で、今は誰も住んでない…ってことは遺跡かなにかってこと?」


彼女が何を見ているのかと思えば遠くの廃墟そのものを見ていたようだ。確かに、かつての大戦争で人類がほとんど死に絶えてから使う者もいなけりゃ直す者もいない。遺跡という物言いもあながち間違いではないかもしれない。


「遺跡…まあ、遺跡といえば遺跡だな。まあいずれ行って見れば良いさ。今日はもうここまでにしておこう。」


「ここまで?」


「ああ、今から歩き始めてもロクに距離を稼げず日が沈むだろうから、ここらで移動するのは止めにしたほうが良いだろ。丁度いい寝床も見つかったしな。ついでに余った時間で近所をスカベンジングできる。」


「なるほど?うん、そういうことね。じゃ、行きましょ?」


一瞬スカベンジングという言葉に首を傾げた彼女だが、すぐに了承して小屋に向かっていった。その姿を見ながらこの後のことを考える。


この民家は屋根があり、風も凌げる場所としては十分に役目を果たしてくれる。近くの古い川には少しだけ水が残って池のようになっているところがあり、どうも何らかのクリーチャーや野生動物が根付いてそうな雰囲気を感じるが…まあ騒がずに一晩小屋で眠るくらいなら大丈夫だろう。ここに不必要な荷物を置いて、近くの廃墟になにか有用な物資が残ってないか調べに行くのが良いだろうか。


「どうしたの?行かないの?」


「…いや、少し考えてただけだよ。行くか。」


そういうわけで、俺らは順調すぎる一日の締めくくりに向けて歩き始めた。

ただまあ、やっぱりというか、こんな常識外れの女が引っ付いてるからには、そう物事は単純に終わりはしないってことを後に思い知るハメになるのだが。







物語の舞台は文明崩壊後のアメリカですが、文明崩壊前もそもそも私たちの知るアメリカとは別の歴史を歩んだ、いわばファンタジーアメリカと思っていただければ幸いです。

ちなみに1話でター○ネーター式で切り取られたレイダーの上半身はもう一つの世界とスワップしてます。今頃異世界がお祭り騒ぎ(悪い意味で)。

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