脳筋聖女は闘技場で無双する
【一】
それから、俺達は冒険者ギルドへ行ってみた。
特に提出書類が必要なわけでもなく、台帳に名前を書くだけで簡単に登録だけはできた。
しかし、何の実績もない俺達は当然ながら最低のEランク――通称「見習い」からのスタートだ。
ギルドに持ち込まれる依頼はランクごとに振り分けられるらしく、最低ランクの冒険者においしい仕事は回ってこない。
雑用のような仕事で日銭を稼ぐのがせいぜいのようだった。
――くそ、誤算だったな。もっと簡単に稼げると思っていたのに……
落胆した俺達は、暗くなりかけた街をトボトボと歩いていた。
「今日は飯抜きか……」
食事どころか宿代すらギリギリだ。
その時、アイラスがふとある場所を指差した。
「見て、レーンド。あれ……!!」
彼女の視線の先にあるのは、怪しげな雰囲気の店が並ぶ一角だった。
酒場やカジノ、そして、お姉さん達と大人の遊びができるお店などが並んでいる。――つまりは歓楽街だ。
「私、ちょっと行ってくる……!!」
「ま、待て……!! いくら手っ取り早く金を稼ぎたいからって早まるな……!!」
さすがに俺は慌ててアイラスを引き止める。
「何言ってるの? ――あの建物よ」
「え……?」
アイラスが指差しているのは、歓楽街の中にあるとある建物だった。
その看板には、「エイヴリング闘技場・飛び入り大歓迎!!」と書かれていた。
【二】
賭博闘技はこの国では人気の賭け事の一つだ。
歓楽街の一角に位置するその闘技場にも夜な夜な腕自慢の武闘家たちが集まり、己の腕を競い合っていた。
金網で仕切られたリングの上で、男同士が殴り合っている。
それを観戦している観客もほとんど男ばかりだ。――むさ苦しい場所だな……
「ほ、本当にいいのか? アイラス……」
「ええ、大丈夫。やらせて」
心配する俺に対して、アイラスはきっぱりと言い放つ。彼女は、迷うことなく飛び入り参加受付の方へ歩いて行った。
「フフ……、拳がうずくぜ……」
彼女がボソッとそう呟いたのを、俺は聞き逃さなかった。
――な、何でそんなノリノリなんだ? 怖い……
***
男ばかりだったリングの上に突如として現れた銀髪の美少女に、観客たちはざわめいた。
対戦相手の選手もポカンとしている。司会進行役のバニー姿のお姉さんが、拡声魔法の仕込まれたマイクを使ってアイラスの紹介をした。
『今晩の飛び入り選手は何と何と、可憐な美少女アイラスちゃんで~す!! 本当に戦えるのか~!?』
観客席からは、嘲笑交じりの下品なヤジが飛ぶ。
店側が用意した余興とでも思ったのだろう、観客の男達は皆、美少女が衣服をひん剥かれるのを期待していた。客席から「脱がせ」コールが巻き起こる。
誰一人彼女がまともに戦えることを期待しない中、俺はわずかな持ち金を全てアイラスに賭けていた。
――がんばってくれ、アイラス!! 俺達の今日の飯代がかかってる……!!
対戦相手の選手もアイラスのことを舐め切っていた。
「怪我して泣くなよ、お嬢ちゃん……!!」
試合開始のゴングが鳴ると同時に、男は拳を繰り出した。
――だが、加減して放ったぬるいパンチがアイラスに当たるわけがない。アイラスは男の拳を避けると同時に前に踏み込む。
「ウルアアアアァァァァァ!!!!!」
気合の雄叫びと共に、ガラ空きになった男の脇腹にアイラスの拳がめり込んだ。
「ぐはあぁっ……!?」
脇腹は筋肉が薄く、内臓に直接ダメージが入る人体の急所である。
激痛で男の体勢が崩れた。狙いすましたように、アイラスの容赦ないアッパーが男の顎を的確に捉える。
男の体はそのまま後ろに倒れ、完全にダウンした。
――だ、大丈夫か? あれ、顎の骨砕けてないか……?
「チッ……、ぬるいパンチ打ってんじゃねぇぞ……!!」
倒れた男に対して、アイラスは忌々し気に吐き捨てた。どうやら手加減されたことにお怒りのようだ。
――なんでスイッチが入るとそんなにガラが悪くなるんだろう。怖い……
前世はプロレスラーだったらしいが、きっとヒールだったに違いない。
『い、一発KO~~!! まさかの番狂わせ!! アイラスちゃん強いぞ~~!!』
バニーさんのマイクが、静まり返った会場にアイラスの勝利を告げる。
次の瞬間、ドッと歓声が沸き起こる。歓声の中にはブーイングもかなり混じっていた。――きっと、今の試合で大損した者がたくさんいるのだろう。
一方の俺は大儲けだ。
――やったなアイラス、焼き肉が食えるぞ……!!
だが、スイッチが入ったアイラスは止まらなかった。
「次の奴来いやオラァ!! ビビってんのかぁ!!?」
金網を殴りつけて観客席を挑発する。
――え、まだやる気なのか……?
アイラスの挑発を受けて、腕に自信のある男が飛び入りで彼女に挑んだ。
だが、多少腕に自信がある程度ではアイラスには敵わない。
さすがは元プロレスラー、彼女は闘いの魅せ方を知っていた。
わざと隙を作って相手の攻撃を誘い込み、カウンターでとどめを刺す。あるいは関節技で極める。時には大技を出して観客を沸かせた。
アイラスが一勝するごとに掛け金はつり上がっていく。
俺は手に汗を握りながら彼女の戦いを応援していた。
――同時に、俺は何か遠い記憶が呼び起されるような感覚を味わっていた。彼女の戦いを、俺はどこかで見たことがあるような気がする。……一体どこで?
『あ……、アイラス選手、怒涛の五人抜き~~!!! 一体何者なのか!? 誰か彼女を倒せる男はいないのか~~!?』
バニーのお姉さんの実況が会場内に響き渡る。
「……次は俺が相手だ!!」
その時、観客席から立ち上がった男がいた。飛び入り選手として、彼はリングの上に上がる。
ガタイの良いその男は、二の腕の筋肉を見せつけるように腕まくりをした。
「グエインだ。よろしくな、アイラスちゃん」
男はそう名乗って、アイラスに右手を差し出した。
「……ええ、よろしく」
にこやかに微笑んで、アイラスはグエインの右手を握って握手をする。
その瞬間、グエインの表情が苦痛に歪んだ。――俺は知っている。アイラスの握力の強さはゴリラ並だ。
試合開始のゴングが鳴った次の瞬間、グエインはアイラスに向かってタックルをかけた。
――なるほど、打撃技では勝てないと見て、体格差を利用して寝技でアイラスを抑え込むつもりか。そして、あわよくばアイラスの体に触りまくるつもりだな。下心が透けて見えるぜ。
だが、グエインがタックルをかけたその場所にもうアイラスの姿はない。
「なっ……!?」
グエインの目線では、一瞬、アイラスの姿が消えたように見えたはずだ。
アイラスは、上に跳躍していた。
一旦金網に足を付いて方向転換し、グエインに向かって両足で蹴りかかる。
「ウラアアアァァァァァァァ!!!!」
アイラスのドロップキックがグエインの顔面に炸裂した。
その大技に、観客席から歓声が上がる。
鼻血を吹きながら、まるでスローモーションのようにグエインの体がリングの床に倒れる。
「ぐ……、く、くそっ……」
だが、グエインはまだダウンしていなかった。
しかし、起き上がろうとするグエインの首に、アイラスの太ももが絡みついた。
グエインの腕をつかんで引っ張り、彼自身の肩で頸動脈を締め上げながら、もう片側の頸動脈を内腿で締め上げる。あざやかな後ろ三角絞めだった。
「ぐっ……、ぐえぇ……」
アイラスの剥き出しの太ももに挟まれて、何故か幸せそうな表情でグエインは昇天した。
――何のために出てきたんだ? こいつ……
その日の闘技場は、六連勝を収めたアイラスの一人勝ちで幕を閉じた。
俺は、……いや、俺達は、あぶく銭を手に入れた。
「やったなアイラス!! これでしばらく金には困らないぞ……!!」
観客席を駆け下りて、俺はリング脇までアイラスを迎えに行った。
アイラスは汗だくのまま何故か恍惚とした表情を浮かべていた。
「……あ、あのー、アイラスさん……?」
「た……、楽しかった……。ボディを抉るあの感覚……、関節を極める興奮……、観客席との一体感……」
何やらブツブツ言いながら、彼女は目を輝かせている。
「ああ……、そ、そうか……、君が楽しかったなら何よりだよ……」
俺は引きつった笑顔を浮かべた。――やっぱりこの人こわい……
その時だった。
「ねえ、あなた強いのね……!!」
司会進行をしていたバニーのお姉さんがアイラスに話しかけてきた。
バニーさんは長い金髪をカールして、派手目な化粧をしたお姉さんだった。そして、バニー衣装の胸元からあふれそうなほど胸が大きい。俺は目のやり場に困った。
「えっ……、はい……、ありがとうございます……」
まだどこか夢見心地な様子で、アイラスは答える。
「普段は何をしているの? どこかの闘技場の契約選手だったりするのかしら?」
「い、いえ、……実はその、先日この街に来たばかりで……。まだ住む場所も決まってなくて……」
アイラスの返答に、バニーさんは顔を輝かせた。
「それじゃあ、もしよかったらうちで働かない!? アイラスちゃんならきっと花形選手になれると思うの!! 住み込みでも構わないわよ」
俺とアイラスは思わず顔を見合わせた。――住み込みなら、宿代が節約できる。
「ぜ、是非お願いします……!!」
二つ返事で、アイラスは頷いた。
「決まりね……!! 私はエリーゼ。こう見えてここの女主人なのよ」
そう名乗って、エリーゼさんはウインクする。
エリーゼさんのフルネームは、エリーゼ=エイヴリングと言った。
エイヴリング闘技場はもともと彼女の父親が経営していたらしいが、父親の隠居後はエリーゼさんが経営を引き継いだのだという。彼女はただのバニーガールではなかったのだ。
こうして、俺達はエイヴリング闘技場で下宿させてもらうことになった。
***
闘技場の上階はエリーゼさんの自宅となっていた。
「父が隠居して引っ越してから部屋が余ってるのよ。自由に使ってちょうだい」
エリーゼさんはそう言ってくれた。
「いいんですか……? ありがとうございます……!!」
住み心地の良さそうな部屋をもらって、アイラスは喜んでいる。
アイラスが所属選手として雇ってもらうついでに、俺も雑用係として雇ってもらえることになった。
――まあ、さすがにタダ飯を食うわけにはいかないしな。
「申し訳ないんだけど、レーンド君はこっちね」
なお、俺にあてがわれたのは物置のような部屋だった。……というより、多分物置だったのだと思う。
「十分ですよ……。ありがとうございます」
俺はアイラスのついでに居候させてもらうようなものなので文句は言えない。個室がもらえるだけで十分だ。
何にせよ、宿代の心配をしなくて済むようになったのはありがたい。これで毎日ベッドで眠れる。
***
その夜、俺は夢を見た。
――これは、前世の記憶だ。
幼い頃、家の近所に同い年くらいの女の子が住んでいた。
「みっちゃん……!!」
――そうだ、確か名前はみつきといった。
当時の俺は気弱で体も小さくて、よくいじめられていた。みつきは、いじめられている俺のことをいつも庇ってくれた。
俺はみつきのことを「みっちゃん」と呼んで、姉のように慕っていた。
俺は彼女のことが好きだった。
淡い初恋の思い出だ。
それから、彼女とはどうなったんだっけ……?
どうして思い出せないんだろう。
――どうして、今になってこんな夢を見るんだろう。
次回、「脳筋聖女に愛を試される」
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