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追放聖女が隣国の王子に溺愛される話かと思ったら違った(上)

 それからしばらくは、毎日が夢のようだった。美少女と恋愛できるのが楽しすぎて、俺は周りが何も見えていなかった。


 その夜、俺はアイラスと二人で城のバルコニーにいた。

 煌めく満点の星々が空から降ってきそうな夜だった。

 そんな星空の下で見るアイラスは、いつにも増して綺麗だった。彼女の銀髪が星の光を浴びて輝いているように見えた。


「アイラス、……これを、受け取ってくれないか?」

 意を決して、俺はそれをアイラスに差し出した。


 小さな箱に納められたそれは、赤い宝石が輝く指輪だった。

 ただの指輪ではない。レーイライド王家に古くから伝わる家宝で、『愛の指輪』と呼ばれている。


 強力な魔法が込められており、その指輪を交換したカップルは永遠に離れられない運命で結ばれると言われている。

 恋の熱に脳をやられた俺は、アイラスと一生一緒に居たいと本気で思っていた。

 ――この時は。


「レーンド様……、これは……」

「周りが勝手に決めた婚約だけど、俺……、いや、私から改めてプロポーズさせてほしい。……結婚しよう、アイラス」

 俺からの本気の告白を受けて、アイラスの頬が赤く染まっていくのが夜でも分かった。


「嬉しい……。もちろんです、レーンド様。私と、結婚して下さい……」

 うっとりとした表情で、アイラスは頷く。

 俺は、彼女の左手の薬指に『愛の指輪』をそっと嵌めた。魔法の力で、指輪は彼女の指のサイズにぴったりとフィットする。


 『愛の指輪』は二つで一つ。

 片割れとなるもう一つの指輪をアイラスは手に取り、俺の左手の薬指に嵌めた。

 指輪の交換を済ませて、俺達は正式に婚約者となった。


 ――結婚式の日取りは後でちゃんと決めないとな。ファリスの人達も招待した方がいいんだろうか?

 のんきにも、俺はそんなことを考えていた。


 思えば、この時が幸せの絶頂だった。俺は完全に舞い上がっていた。

 俺はアイラスの体をそっと抱き寄せ、その唇に口づけを――しようとした。


 その時だった。


「……あれは何かしら?」

 ふと何かに気づいたように、アイラスが言った。


「えっ……?」

 俺はアイラスの視線の先を追う。


 バルコニーからは城下町の様子が見下ろせる。

 そこに、点々と赤い篝火のようなものが見えた。

 篝火の数はあっという間に増えていく。それは城の城壁を包囲し、更には城の中にまで入り込んでいた。


 ――何だ、これ……

 嫌な予感に俺の心臓が跳ね上がる。同時に、城の見張り台からけたたましい鐘の音が鳴った。


「て……、敵襲!! 敵襲だ――――!!」

 見張りをしていた兵士が声を張り上げて叫ぶ。


 ――て、敵襲だって……!? 馬鹿な、一体どこの国が攻めてきたっていうんだ……!?

 というより、こんなに接近されるまでどうして誰も気づかなかった……!?


 バルコニーの扉が開いて、近衛兵が駆け込んできた。

「レーンド様、こんな所におられましたか……!!」


「な、何だ!? 一体何が起こっている!?」

 パニックになりそうな気持を押さえながら、俺は兵士に尋ねた。


「ま、魔族です……!! 魔族の軍勢が攻めて来たんです!! す、すでに城は包囲されており、一部は城内に……」

 そこまで言って、兵士は急に糸が切れたようにその場に倒れた。

 攻撃を受けた様子はないし、血も流れていない。魔法で気絶させられたのか……?


 気絶した兵士の背後から、一人の青年が姿を現わす。

 彼の姿を見て、俺は安堵した。


「イード、……良かった、無事だったんだな」

「ええ、レーンド様もよくぞご無事で」

 イードはそう言った。まるでいつもと同じような表情で。


「い、一体何が起こってるんだ……? 急に魔族が攻めて来たって……」

 俺はイードに尋ねる。


 ――魔族。

 かつて人間と戦っていた魔族の軍勢は、今から百年ほど前に勇者が魔王を討伐したことによって壊滅した。しかし、その残党は今でも世界の各地に潜伏していると聞く。

 その魔族の残党が攻めてきたって言うのか? どうしてよりによってこんな小国に……?


「見えますか? レーンド様。あの松明の一つ一つが全て武装した魔物達です。……地理的な安全性に甘えてろくに訓練もしていないこの国の兵士では、まともに戦うこともできないでしょうね」


 淡々とした口調でそう言って、イードはバルコニーから地上を見下ろす。

 城は、無数の松明によって完全に包囲されていた。


「あ……、あんな数……、一体いつの間に……?」

 俺は呟いた。

 ――どう考えてもおかしい。あんな数の軍勢がいつの間にか城を包囲しているなんて。誰か、内部に手引きする人間でもいない限りは……


「少しずつ国の内部に潜伏させておいたんですよ。全く気付かなかったでしょう? いつでも一斉蜂起できるように、時間をかけて準備していたんです」

「イード……? お前、何を言って……」


「僕が少しずつ国の防衛関係費を削っていたことも、警備の穴をあえて放置していたことも、あなたは気づかなかったでしょう? ――本当に愚かですね、レーンド様。これ以上僕を失望させないで下さい」


 イードはおもむろに、いつも結んでいる長い黒髪をほどいた。

 同時に、彼の姿が変貌する。背中には大きな黒い羽根、そして、頭の両側にねじれた羊のような角。

 その姿は人間ではなく、魔族のそれだった。


「お前……、魔族……だったのか……?」

 絞り出すような声で、俺は言った。


「ええ、僕は元魔王軍幹部の息子です。この国の家臣の家に暗示をかけて息子として潜り込み、ずっと、人間のふりをしてこの国に潜伏していました。――この国を掌握し、魔族の国とするために」


 イードのその姿を見ても、俺はまだ信じられなかった。

 ――五歳の頃から一緒に育ってきたのに。……親友だと思っていたのに。


「お、俺のことをずっと騙していたのか……!?」

「そうですよ。――あなたが愚かで本当に助かりました。こんな簡単に作戦が成功したんですから」

 そう言って、イードは唇を歪めて嗤う。

 幼少期からずっと一緒に過ごしてきて、イードのそんな表情を見るのは初めてだった。


「イード……」

 ショックで俺の頭の中は真っ白になった。


「……十二年間ともに育ってきた最後のよしみです。一度だけ見逃してあげますよ。それとも、ここで大人しく僕に殺されてくれますか?」

 イードの周囲に黒い魔法陣が浮かび上がる。強い闇の魔力を感じて、俺は背筋が凍りついた。


 俺が固まっていると、誰かが俺の腕を強く引っ張った。

 ――アイラスだった。


「逃げましょう、レーンド様……!!」

 強い口調で、アイラスはそう言った。


「あ、ああ……」

 アイラスに手を引かれて、俺はその場から逃げ出した。


 イードは追いかけてこなかった。



 ***


 ――どうしてこんなことになったんだ……?

 現実感が湧かなくて、俺は何となくぼんやりしていた。


「レーンド様……!! しっかりなさって下さい……!!」

 俺の手を引きながら、アイラスがもう一度強い口調で言う。


「あ……、ああ……。済まない……」

 ――そうだ、ぼんやりしている場合ではない。アイラスのことだけでも守らないと……

 俺は無理やり自分を奮い立たせる。


「こっちだ、アイラス。――王族しか知らない隠し通路があるんだ。多分、安全に城の外まで逃げられる」

 俺は言った。

 しかし、アイラスは少しだけ躊躇する素振りを見せた。


「でも……、私達だけ逃げてしまって、お城の皆さんはどうするんですか? 城下町の人達だって……」

「それは……」

 俺は口ごもる。――バルコニーから見たところ、城は既に完全に包囲されていた。全員を逃がすのはもう不可能だ。


「……残念だけど、今は自分達の命を最優先に考えよう。俺は、君だけでも守りたいんだ」

「レーンド様……。わ、分かりました……」

 アイラスは頷く。

 今度は俺がアイラスの手を引いて、隠し通路へと走った。



 隠し通路の入口は、城の書庫にある本棚の裏に隠されている。扉の向こうには、地の底へと続いているような真っ暗な階段があった。

 この通路は城の地下にある天然の洞窟へと繋がっている。その洞窟を経由して、城壁の外の森の中へと抜けられるはずだった。


 俺は、光の呪文で隠し通路の中を照らした。小さな光球が俺の手の平の上に浮かび上がる。


「……レーンド様は、魔法が使えるんですね」

 俺の後について階段を下りながら、アイラスが言った。


「ああ、少しだけどね……」

 ――残念ながら、俺が使える魔法などたかが知れている。光の魔法は魔力の発現が早い者なら三歳児でも使える初歩中の初歩だ。


「すみません……、私に浄化の力があれば、魔族の軍勢も追い返せたかもしれないのに」

「君が謝る必要なんてないよ、アイラス。……悪いのは全部イードだ」


 ――そう、悪いのは全部あいつだ。親友のふりをしてずっと俺のことを騙していやがった。

 ショックから立ち直った俺は、徐々に怒りが込み上げてきていた。


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