俺を裏切った幼なじみの真意を知る
【一】
久しぶりに懐かしいレーイライド城まで俺たちは戻って来た。
しかし、城の周辺はオークの兵士に警備されていて簡単に近づけそうにない。
「……どうやって城の中に入る? 正面から殴り込む?」
「アイラス、とりあえず何でも筋肉で解決しようとするのはやめてくれ……」
城の様子を探るために、俺達は城壁の周囲を遠巻きに歩いて回った。
――俺にとっては、懐かしい思い出のある場所が多い。
城壁には子供一人がようやく潜り抜けられる程度の小さな穴が開いていて、幼い頃の俺はよくそこから城を抜け出していたものだ。
物心ついた頃からうっすらと前世の記憶があった俺は、もう一度子供時代を過ごせることがとにかく嬉しかった。
貴重な子供時代を満喫しようと、俺はイードを連れ回してよく城の裏山を駆け回って遊んでいた。
――今にして思えば、子供だけで山に入るとか結構危ないことをしていたものだ。
それでも一度も危険な目に合わなかったのは、多分イードがこっそり守ってくれていたからなんだろうな……、と思う。
周囲を偵察して兵士の巡回経路を把握した俺達は、夜になるのを待って城に侵入することにした。
*****
日が沈み、月が天高く昇っていく。
レーイライド城の近くの茂みに隠れて、俺たちは城の中が寝静まるのを待っていた。
夜が更けて、城の窓の明かりが一つ、また一つと消えていく。
そんな中、一つだけいつまでも煌々と明かりのついた窓があった。
――あの部屋は、王族の執務室だ。
俺に仕事を丸投げされていたイードは、いつもあの部屋にこもって夜遅くまで仕事をしていた。
「アイラス、見えるか? ……あの窓だ」
「うん、分かった……!!」
部屋の位置を確認し、アイラスは頷く。
「リーシャはミアを頼む。……いいか? ミア」
「はいです。……ミアはもう大丈夫です」
俺はアイラスに『身体強化』の魔法を付与する。アイラスは俺の体を抱きかかえて跳躍した。
アイラスは忍者のような身のこなしで城を囲む塀を飛び越え、バルコニーに着地する。リーシャも自分に強化魔法をかけて、ミアを抱き上げてアイラスの後をついて来た。
バルコニーの扉には当然鍵がかかっている。
俺は『消音』の魔法を使った。文字通り、自分達の周囲の音を吸収する魔法だ。そして、アイラスに扉を破壊してもらう。
こうして城の中に侵入した俺達は、そのまま消音魔法で足音を消して執務室へと向かった。
【二】
一度城内に入ってしまうと、執務室までは拍子抜けするほどあっさりと辿り着くことができた。
執務室の扉から、廊下に一筋の明かりが漏れている。
――さて、無事にここまで辿り着いたものの、どうする……? 普通に扉を開けて中に入るか……?
俺が迷っていた、その時だった。
不意に扉の向こうから声をかけられた。
「……どうぞ、入ってきて下さい。もう気づいてますから」
イードの声だった。
俺達は思わず顔を見合わせる。――罠という可能性もあるが、まあその時はその時だ。
意を決して、俺は執務室の扉を開けた。
執務室の大きな机の上には、書類の山が詰み上がっている。その光景は以前と何も変わらない。
変わったのはただ一点、執務室の椅子に座ったイードが魔族の姿をしているという点だけだ。
彼の大きな羽根は、椅子に座るには少し邪魔そうに見えた。
「よう、イード。久しぶりだな」
俺はイードにそう声をかける。
「どうして戻って来たんですか? あの時せっかく逃がしてあげたのに。そんなに殺されたいんですか?」
イードが俺を見る目は冷ややかだ。
彼はリーシャの方をちらりと一瞥して、言った。
「――それとも、もしかして僕を討伐しに来たんですか? 僕を倒して王座を取り戻すと?」
おもむろに立ち上がり、イードは俺たちの方にゆっくりと歩み寄ってきた。
イードの怒気に反応するように、バチバチと音を立てて空気中に黒い火花のようなものが走る。
危険に対して無意識に体が反応したのか、リーシャが剣の柄に手をかけた。
そんなリーシャを片手で制し、あえて挑発するように俺は言い放った。
「ああ、そうだよ。殺せるものなら殺してみろよ、俺を」
「…………っ!!」
イードの周囲に黒い稲妻のようなものが発生し、槍のように収束して俺に向かって襲い掛かってきた。
恐怖心を抑えて、俺はその場を動かなかった。
「や……、やめてえええぇぇ……!!!」
その時、ミアが俺の前に飛び出してきた。
「――――!!」
ハッとしたような顔をして、イードは慌てて魔法をキャンセルする。
黒い稲妻は、ミアに直撃する寸前に霧散するように消えた。
「な……、何を考えてるんですか!! そんな小さい子を盾にするなんて」
自分で攻撃しておきながら、俺を非難するような口調でイードは言った。
「そ、そんなつもりじゃねぇよ……!! ミア、危ないから下がってろ」
俺の言葉に、しかしミアは首を横に振る。
「いやっ……!! ミア、もうパパが死ぬところを見たくない、です……!!」
「ミア……」
泣きながら、ミアは俺の体にしがみついてきた。
「…………」
イードが困惑している様子が伝わってくる。
「どうした? イード。同族は殺したくないか? だったらミアを引きはがして俺を殺してみろよ。お前なら簡単にできるだろ?」
「……っ、それは……」
俺は、泣いているミアを優しくなだめた。
「……大丈夫だ、ミア。怖い思いをさせて悪かったな。……こいつは俺を攻撃しない。というかできない。そうだろ? イード」
「――何を根拠に……?」
「殺すつもりなら最初にやってるはずだ。俺を生かしておくメリットなんてないからな。……それなのに、お前はわざわざ俺を逃がした。城の抜け道のことだって、本当は知ってたんだろ? お前が見逃すわけないもんな」
「…………」
「もういいよ。お前、悪役向いてないって。……人を殺したことないんだろ?」
イードの表情に動揺がよぎる。――図星か。
12年間も兄弟のように育った親友のことを、俺はもう少し信じてやるべきだったんだ。
「俺たちは別に戦いに来たわけじゃない。話をしに来たんだ」
俺は言った。
リーシャも、戦意がないことを示すために剣を鞘ごと外して床に置く。
「――分かりました、話を聞きましょう」
わずかに態度を軟化させて、イードは言った。
「お前がこの国を乗っ取ってまでやろうとしたこと、ようやく分かったよ。行き場のない魔族たちの受け皿となること、――それがお前の目的だったんだな」
イードは、複雑な感情を吐き出すように小さくため息をついた。
「ええ、……その通りですよ」
――この国を掌握し、魔族の国とする。
思えば、最初からイードは答えを言っていた。
「今から百年ほど前、魔族と人間が戦っていた時代がありました。その時代に、たくさんの人間が魔族によって殺されたのは事実です。――ですが、魔族も同じかそれ以上に人間によって殺されています。その事実が、人間の歴史書に記されることはありません」
イードはそう語る。
「敗戦種族の末路、というやつですね……。戦いに敗れた我々に、もう行き場所はありません。このままでは人間に狩りつくされて絶滅するのも時間の問題でしょう。……現在の魔族は、ほとんどが敗戦後に生まれた何の罪もない魔族たちです。僕は彼らと、彼らの未来を守りたい。――それが、元魔王軍幹部の息子として生まれた僕の責任だと思っています」
「……人間のことを恨んではいないのか?」
俺はイードに尋ねた。
「人間というだけでその全てを憎むほど、僕は愚かではありませんよ。……種族同士で憎み合って戦った末路が現在ですからね。僕は先人たちと同じ轍は踏みたくありません。できれば、共存の道を探りたいと思っています」
――魔族と人間が共存できる国を作ること。
それがイードの本当の目的か。……なるほどな。
「分かった……、俺はお前に協力するよ。イード」
俺の言葉に、イードは少しだけ驚いたような顔をした。
「……いいんですか? 王座は返しませんよ?」
「うぅっ……、それは、まあ……」
イードの話を聞いていて、俺は思った。
――美少女とイチャイチャしたいとかハーレムだとか、俺は自分のことしか考えていなかった。
そんな俺は、王になる器ではない。
「俺はさ、自分の目に入る範囲のことしか考えられないんだよ。国の未来とか種族の未来とかそんなことは考えたこともなかった。……だから、これは魔族の未来のためじゃなくて、ミアの未来のためだ。ミアが笑って暮らせる国を作ってほしい」
「……レーンド」
12年間一緒にいて、初めてイードに呼び捨てにされた。
「お前に呼び捨てにされるの、悪くないな」
俺はそう言って笑う。ずっと硬い表情をしていたイードが、ようやく顔をほころばせた。
「……悪いな、アイラス。王妃にしてやれなくて」
「ううん、いいの。私がなりたいのは王妃じゃなくて、レーンドの妻だもの」
そう言って微笑むアイラスの笑顔は、世界一可愛いと思った。
【三】
俺たちは、応接室に移動して座って話をすることにした。
――殺し合うような事態にならなくて良かった。俺は心底安堵していた。
イードが本気を出したら、俺なんて瞬殺されそうだからな……
イードはわざわざティーセットを持ってきてお茶を入れてくれた。
大きな角と羽根を持つ高位魔族の彼がお茶を入れている姿は何となくシュールだ。
「お前、今は国王だろ……。お茶なら俺が入れるって……」
「……あなたにお茶なんて淹れられるんですか?」
「お……!? 俺を自分で茶も入れられない奴だと思ってたのか!? 今ではほとんどの家事を担っている俺を舐めるなよ……!?」
「わ、私だって家事やってるもん。掃除とか……、お皿洗いとか……」
「……アイラスは力加減をミスってちょくちょく物を壊すだろ」
アイラスはドジっ子とかそういうことではなく、普通に握力だけで皿を割る。アイラスが破壊した下宿の備品の費用は、全て彼女のファイトマネーから天引きされていた。
「ち、違うの……、あれは、お皿の方が脆すぎるだけなの……」
謎の言い訳をしながら、アイラスはシュンとしていた。
お茶を飲んで一旦落ち着いたところで、俺はイードに話を切り出した。
「……で、大事な話なんだが。ファリス聖王国がレーイライドの魔族討伐のために派兵するつもりらしい。俺たちはそれを伝えに来たんだ」
「ああ、その件なら知っていますよ。……ファリスから逃れてきた同胞から聞きました」
特に慌てる様子もなく、イードはそう答える。
「何だ、知ってたのか。――俺たちは、これからファリスに行って派兵を止めるように説得しようと思うんだ。レーイライドの魔族と戦う必要はないって……」
俺の言葉に、しかしイードは難しい顔をする。
「それは、無駄でしょうね……。というか、ファリスに行くのはやめた方がいい。最悪の場合、殺されますよ」
「え……!? な、何でだよ……!?」
――アイラスはファリス王家の血を引く姫君で、聖騎士団長ゼノンの妹だぞ……!?
「ファリス聖王国は魔族排除の急先鋒です。そもそも、ファリス聖教は教義で魔族を浄化すべき存在と定めている。魔族は見つけ次第殺すのが正義、……そうでしょう?」
リーシャに視線を向けて、イードは問う。
「あ、ああ……、そうだ……。私もかつてはそう信じていた……」
沈痛な面持ちで、リーシャはそう答えた。
「そんなファリスが、魔族の国などという存在を許すはずがありません。あなた達が説得に向かったところで、『魔族に毒された者』として浄化の対象となる可能性が高い。……この場合の浄化というのは、殺すという意味です」
――そうか、ファリス聖王国は魔族の絶滅こそが世界の浄化だと考えているのか。俺は、アイラスが説得すれば何とかなると思っていた自分の甘さを痛感した。
「じゃあ、どうするつもりなんだ……?」
俺はイードに尋ねる。
「今回の派兵の規模にもよりますが……。やって来るのが普通の人間の軍隊なら、山越えの時点で食い止めます。幸い、この国は地形的に有利ですからね。……ただ、もしも聖騎士団がメタトロンを送り込んでくるつもりなら……」
イードの言葉に、リーシャが反応を示した。
「……メタトロンを知っているのか?」
「はい、ファリス聖王国のことは色々と調べさせて頂きました」
「何だ? そのメタトロンって」
話について行けず、俺は尋ねた。その問いに答えたのは、アイラスだった。
「ファリスが作った巨大な人型の魔道兵器よ。聖騎士団の中でも、王家の血が濃い者しか操れないの。例えば、ゼノンお兄さまとか……」
――え、それってつまり……、巨大ロボ……ってコト!?
次回の更新は(間に合えば)水曜日の予定です。間に合わなかったらすみません…
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