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君と繋がる夜

 魔族の集落を離れてオランドの町に戻った頃には、すっかり夜も更けていた。


 ――長い一日だった。


 アイラスに魔力を吸い取られた俺は、もう気力も体力も限界だった。歩くのがやっとという有様だ。

 ミアもさすがに疲れたのだろう、今はアイラスの背中で眠っている。


 『超越強化』という規格外の魔法を使ったにも関わらず、アイラスは元気そうだった。――フィジカル強すぎだろ。


「レオルスとは、いずれ私が決着をつけるよ。何かあったら連絡してくれ」

 そう言って、リーシャはどこかへ去って行った。まあ、多分自分の宿に戻ったんだと思う。


 ――俺達も宿に戻ろう。もう限界だ……


 昨日から泊まっている安宿に戻り、俺はさっさと部屋で眠りに就こうとした。

 しかし、そんな俺の手を不意にアイラスがつかんだ。


「……約束したでしょ。一緒に入ろ、温泉」

「えっ……?」



 ***


「ミアを部屋に寝かせてから行くから、先に入ってて……」

「あ、ああ……」

 アイラスの言葉に、俺は頷く。


 グエインは血の涙を流しながら一人で男湯に行った。

 ――すまんなグエイン、俺は一足先に大人の階段を登らせてもらうぜ。


 ドキドキしながら、俺は貸切風呂に向かった。

 脱衣所で、切り裂かれてボロボロになった服を脱ぐ。衣服には俺自身の血がべったりと付着していた。――今更ながら、よく生きていたと思う。あの時は本当にもう駄目かと思った。


 大浴場と違って、貸切風呂はそれほど広くない。露天のため星が良く見えた。

 生きている実感を噛みしめながら、俺はとりあえず温泉に浸かった。


 ――妙に緊張して変な動悸がする。

 い、いや落ち着け。俺達は婚約者なんだから、これは自然なことなんだ。鼓動よ静まれ……!!


 程なくして、浴室の扉が開いた。

 タオルで前を隠しながら、アイラスが入ってきた。


 彼女の白い肌が目に飛び込んできて、俺は慌てて視線を逸らす。

 ――ど、どうしよう。直視できない……!!


 念願の混浴だったが、いざ実現してみるとどうすればいいか分からない。

 目のやり場が分からず、俺は水面に視線を落とした。


 水音とともに水面が乱れ、アイラスがお湯に入ってきたのが分かった。彼女は、俺のすぐ隣に腰を下ろす。――肌が触れそうなほど近い。


「……ねえ、レーンド」

「はっ……、はい……!!」

 不意に名前を呼ばれて、思わず声が裏返ってしまった。恥ずかしい。


「こっち見て……?」


 ――い、いいのか……?

 俺は意を決してアイラスの方に視線を向けた。至近距離で、アイラスと目が合った。


 視線を落とすと、お湯の中にアイラスの白い肌が見える。

 大きくはないが決して小さくもない、形の良い胸。そして、鍛え上げられた腹筋。引き締まった格闘家の肉体だ。


 一方、アイラスも俺の体をまじまじと見ていた。

 ――彼女の仕上がった肉体と比べると、貧相ですみませんという気持ちになる。やっぱり俺もやるべきか、筋トレ……


「傷跡も全然残ってないのね……」

 おもむろに、アイラスが言った。


「ああ……。アイラスが魔法で治してくれたおかげだよ」

「私が魔法を使ったの……? 本当に……?」


「……覚えてないのか?」

「あの時は必死すぎて、どうやって魔法を使ったのか全然思い出せないの……」


「そうか……」

 あの時、俺とアイラスの魔力回路は指輪を介して繋がった。そのおかげで、アイラスは『聖女』として強力な魔法を使えたのだ。


「でも……、レーンドが無事で本当によかった……」

 泣きそうな顔をして、アイラスは言った。


 ――あの時、指輪を介して俺の意識はアイラスと繋がった。

 アイラスの記憶と感情が俺の中に流れ込んできて、俺は知った。――アイラスの、俺に対する想いの深さを。


「あのさ、アイラス……。何でそんなに俺のこと……、す、好きでいてくれるんだ……?」

「何でそんなこと聞くの……?」


「だって、俺はアイラスと違って弱いし、一人じゃ何もできないだろ」

「……なんだ、そんなこと気にしてたの?」


「そんなことか……?」

「そんなことよ。……私の事を受け入れてくれたのはレーンドが初めてだったし、理想の王子様だと思って好きになったの、最初は」


 ――まあ、理想の王子様っぽく振る舞ってたからな。最初は。


「でも最初だけだろ……? それ……」

 俺の情けないところや駄目なところもたくさん見てきたはずだ。正直、嫌われてもおかしくないとすら思っていた。


「うん……、まあ、レーンドは理想の王子様ではなかったし、私を置いて逃げようとするし、駄目なところもたくさんあるけど……」

 形にできない感情を拾い上げるように、アイラスは言葉を紡ぐ。


「でもね、レーンドはいつも美味しいご飯を作ってくれるし、私の仕事が終わるのを待っててくれるでしょ? 本当に嬉しいんだ、そういうの……。それに、最近は魔法の勉強も頑張ってるし、自分にできることを頑張るって言った約束を守ってくれてる。他にも、色々……、一緒に過ごすうちに、レーンドのことたくさん知って……」


 お湯の中で、アイラスの手が俺の手に触れた。


「最初に会った時より、今の方がずっと好きなの……」


 俺の目を真っ直ぐに見つめて、アイラスは言った。触れ合った肌から、張り裂けそうな心臓の鼓動がアイラスに聞こえてしまいそうだった。


「あの時、――レーンドを失うかもしれないと思った時、本当に怖かった。だから……、後悔しないようにしたかったの……」


 アイラスの気持ちを、俺は受け止める覚悟をした。

 俺はアイラスに顔を寄せ、唇を重ねた。



 ***


「……のぼせた」

 長風呂しすぎて完全にのぼせ上がってしまった俺は、外のベンチで夜風に当たっていた。


「レーンド、大丈夫?」

 俺がぐったりしていると、アイラスが冷たい水を持ってきてくれた。


「ああ、ありがとう……」

 冷たい水が体に染みわたる。


 彼女の記憶を垣間見て、俺は確信していた。――間違いない。アイラスの前世は、俺の幼馴染のみつきだ。


「アイラスの前世ってもしかして、ダイナマイト如月……?」

 俺はアイラスに尋ねる。

 その名前を聞いた瞬間、アイラスは明らかに動揺した顔をした。


「ど、ど、どうして知ってるの……!? 私の前世のリングネーム……!!」


 ――如月みつき。リングネームはダイナマイト如月。

 場外乱闘、反則上等、別名リングの破壊者と呼ばれた悪役レスラーだ。破天荒なキャラで人気を博し、一時は結構テレビにも出ていた。


「すごかったよな、ビール瓶で殴ったり、パイプ椅子投げたり、パフォーマンスが派手でさぁ」

「いやああぁぁぁ!! 忘れてえええぇぇ!! 違うの、あれはキャラ作りでやってただけなの……!!」


「……俺は結構好きだったよ。応援してた」

「そ、そうなの……?」


 前世で果たせなかった約束を、俺は思い出す。

『僕、大きくなったらみっちゃんのこと迎えに行くから』


 もう一つ、俺は大切なことを思い出していた。

 ――それは、前世で俺が自殺した理由。俺の後悔であり、俺の罪だ。



 ***


 引っ越してしまったみつきと、それから結局連絡を取ることはなかった。

 しかし、思わぬ形で俺はみつきと再会することになる。――と言っても、直接会ったわけではない。

 彼女を見たのは、テレビの中でだ。


 みつきは、プロレスラーになっていた。

 テレビの中で見るみつきの姿は、俺の記憶の中にある強くて優しい幼馴染のみつきとはかけ離れたものだった。


 ――正直に言って、俺はみつきの活躍に嫉妬した。


 当時の俺は就活に失敗してどん底の貧乏生活を送っていた。プロレスラーとして華々しく活躍するみつきの姿は、俺には眩しすぎた。

 俺は、彼女の表面的な成功しか見えていなかったのだ。



 ある時、何年も連絡がなかったみつきから突然連絡が来た。


『……ゆうちゃん、久しぶり。元気……? 私のこと、覚えてるかな……?』

「えっ……、ああ……」

 俺は驚いた。てっきり、俺のことなんてもうとっくの昔に忘れていると思っていた。


「な……、何で俺の連絡先知ってるの?」

『ゆうちゃんのお母さんに聞いたら教えてくれた……。今、東京にいるんでしょ?』

「あ、ああ……」

『ねえ、最近何してるの? よかったら――』


「わ、悪いんだけど、その、今忙しいっていうか……。い、いきなり連絡されても困るんだよな」


 せっかく連絡をくれたみつきのことを、俺は拒絶してしまった。

 表舞台で活躍している彼女に比べて、自分の生活はあまりにも惨めだった。そんな惨めな状況を、俺は彼女に知られたくなかった。


『あ……、そうだよね。ごめん……。ちょっと懐かしくて、声を聞いてみたくなっただけなんだ……。ごめんね……』

「い、いや……、別に……」

『ごめんね……』


 それが、彼女の声を聞いた最後だった。



 ――翌日。

 俺の家に警察が来て、俺は如月みつきの訃報を知る。

 どうやら彼女が最後に連絡を取ったのが俺だったらしく、簡単な事情聴取を受けた。結局、事件性はないと判断されて彼女の死は自殺と断定された。


 リングの上では暴君キャラだった彼女も、私生活は上手くいっていなかったようだ。悪役ゆえにアンチも多く、ネットでの誹謗中傷にも悩まされていた。家族とも不仲で、相談できる相手もいなかったらしい。


 ――もしもあの時、俺が彼女の話をちゃんと聞いていれば、彼女の自殺を止めることができたんだろうか……?


 俺みたいな昔の幼馴染に突然連絡をしてきた理由を、もっと考えるべきだった。

 みつきは、きっと藁にもすがるような思いだったに違いない。それを、俺はあっさりと突き放した。自分のちっぽけなプライドが、みつきを死なせた。


 俺は後悔した。

 ――ごめん、みっちゃん。ごめん……

 元から生活が苦しくて精神的にも追い詰められていた俺は、彼女の後を追うように電車に飛び込んで命を絶った。


 転生して再び彼女と巡り合ったのは、きっと偶然ではない。

 みつき。――アイラス。今世ではもう同じ過ちは繰り返さない。


 今度こそ、俺は君の支えになってみせる。



 ***


「これからどうする……?」

 不意に、アイラスは俺に尋ねた。


「……どうって?」

「今までは、魔族を倒してレーイライドを取り戻すことを目標にしてたでしょ? 私……、今回のことで何が正しいのか分からなくなっちゃった……」


 ――それは俺も同じだ。

 イードを倒す。今まで、それを目標にして金を稼いできた。


 でも、倒すっていうのはつまり、殺すってことなんだよな……

 俺は殺せるのか? イードを。


 ――レーイライドという国が魔族を受け入れてくれてるらしい。魔族の青年は、そう言っていた。

 俺は確かめなくてはいけない。イードが今、何をしているのか。

 彼が国を乗っ取った本当の目的を。


「……レーイライドに戻ろう。イードに会って、もう一度話したい」

 俺は答えた。


「うん……、そうだね」

 アイラスも頷く。


「でもその前に、一旦センタの町に戻ろうぜ。……やらなきゃいけないことがあるだろ?」

「え……?」


「ブルックリン公爵をぶん殴りに行こう」

「うん……!!」


 ――ミアを泣かせた連中に、落とし前をつけさせないとな。


次回の更新は土曜日になる予定です(目標)

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