縦ロールのご令嬢から依頼を受ける
【一】
「あなた、私の婚約者になりなさい……!!」
縦ロールのご令嬢は、唐突に俺にそう言い放った。
「は……、はぁ……!?」
何がどうしてそうなったのか、時間を少し巻き戻す。
***
――せっかくランクアップしたのだから、もう少し報酬の良い仕事がしたい。
そう思って、俺達はギルドのロビーで仕事の依頼を物色していた。
ついでに、ロビーに置いてある宝玉で魔力を測定してみる。
「おお……!?」
相変わらず光の色はくすんだ灰色だが、前回測った時よりも明らかに光が強くなっていた。
――魔力量増えてるじゃん、俺……!!
地道に魔法を使っていれば魔力回路が強化されるというイーリィさんの言葉を俺は思い出す。
そろそろ『五歳から始める魔法入門』を卒業して、もう少し高度な教科書を買ってみてもいいかもなぁ。
「パパ、ミアも宝玉触ってみたい、です」
俺の様子を見ていたミアが言った。
「……ミアはやめておけ」
魔族であるミアの魔力は強力だ。宝玉なんかに触ったら目立ってしまう。正体がバレたりしたら大変だ。
その時、ふとロビーにいる冒険者たちの雑談が耳に入った。
「なあ、聞いたか? あの話……」
「ああ、レーイライドだろ? 魔族の襲撃を受けて国王が追放されたっていう……」
最近、冒険者ギルドでレーイライドの噂を耳にするようになった。
レーイライドは、今では魔族の支配下にあるらしい。その噂は、魔族に対する漠然とした恐怖とともにアルネイア国内に広まっていた。――魔王の復活を目論んでいるだかとか、レーイライドを足掛かりとして世界征服を企んでいるだとか、人々は勝手な憶測で噂に尾鰭を付けていた。
――実際のところ、イードの目的は何なんだろう。あいつは国を乗っ取って何をしているんだ……?
正確な情報がなくて、俺には何も分からなかった。
とにかく、今の俺達にできるのは金を稼ぐことだ。高ランクの冒険者に魔族退治を依頼するには、まだ全然金が足りない。
このままのんびり金を稼いでいては、いつまで経ってもレーイライドに戻れない。
――何か手っ取り早く金を稼ぐ方法はないか……?
そんなことを考えていた時だった。
何やらギルドの入口の方でザワめくような声が聞こえた。
野次馬根性で見に行くと、何やら冒険者ギルドの入口に一台の馬車が止まっている。庶民が乗るような安い乗合馬車ではない。美しく装飾されたその馬車は、明らかに貴族か金持ちのものだった。
やがて、馬車からいかにも執事といった風体の老紳士が降りてきた。彼は、うやうやしく馬車のドアを開ける。
現れたのは、むさ苦しい冒険者ギルドには似つかわしくないご令嬢だった。
裾の長いドレスに、髪型は金髪縦ロール。絵にかいたようなお嬢様だ。顔は美人だが、つり上がった目尻に気の強さが滲み出している。
「……ここで人を雇えるって聞いたのですけど?」
縦ロールのお嬢様は、ギルドのロビーに入って来るなり高飛車な態度で言った。
「あ、あの……、ご依頼でしたら窓口でお伺い致します……」
慌てて出てきたギルドの事務職員がそう言ったが、彼女の耳には入っていないようだった。
「不細工な連中ばかりですわね……」
ご令嬢は扇を口元に当て、ロビーにたむろす冒険者たちをジロジロと眺める。
――変な女だな。面倒くさそうだから関わらないでおこう……
そう思った矢先、彼女の視線が俺の方を向いた。がっつり目が合ってしまい、俺は慌てて視線を逸らす。
だが、その時にはもう遅かった。
「あら……、あらあら」
ご令嬢は、ヒールの踵をカツカツと鳴らして俺の方へ近寄って来た。
「なっ……、何だよ……」
「あなた、顔をお見せなさい?」
彼女は持っていた扇を俺の顎に当て、まるで値踏みでもするように俺の顔をじっくりと眺める。
傍若無人なその態度に、俺の側にいたアイラスがにわかに殺気立つ。
――お、落ち着いてくれアイラス。こんな所で騒ぎは起こさないでくれ。
「悪くないですわね。……うん、あなたでいいですわ」
一方的に、ご令嬢はそう言った。
「な、何が……?」
全く意味が分からず、俺は尋ねる。
「あなた、私の婚約者になりなさい……!!」
「は……、はぁ……!?」
彼女は、いきなりとんでもないことを言い出した。
――まずい、アイラスがブチギレそうだ。血を見る前に何とかしないと……!!
「ま、待ってくれ。全く話が見えん……!! ちゃんと説明してくれ……!!」
俺は慌ててそう言った。
「……それでは、私からご説明いたします」
彼女の代わりに、執事の老紳士が事情を説明してくれた。
要約すると、近々開かれる貴族の舞踏会に、彼女の婚約者のふりをして参加してほしい――ということだった。
「そんなの他を当たってくれよ……」
アイラスの殺気が怖いので、俺はその話を断ろうとした。……しかし。
「もちろん、報酬は弾みますわよ」
ご令嬢に促されて、執事が依頼書に書かれた報酬金額を提示する。
その金額は、俺達がこれまで地道にこなしてきた薬草採取やら雑魚敵討伐の報酬と比べ、余裕でゼロが一桁多かった。
「やります!!!!」
報酬に目がくらみ、俺は思わず首を縦に振っていた。
「――決まりですわね。私はマリエラ=ロイマール。由緒あるロイマール侯爵家の末裔ですのよ」
縦ロールのご令嬢は、そう名乗った。
【二】
翌日。
俺は一人でロイマール家のお屋敷まで来ていた。
センタの街から少し離れた郊外にある、広々とした庭園付きの豪邸だ。庭園には大きな噴水まであり、花壇は美しく手入れされている。
――な、なんか、レーイライドの王城よりも豪華なのでは……?
「この私の婚約者のふりをするのだから、あなたにはまず貴族としての礼儀作法を完璧に覚えて頂きますわ!!」
俺が屋敷に到着するなり、マリエラお嬢様は居丈高に言い放った。
「あ~、多分大丈夫だと思うよ、そういうの……」
――俺、こう見えても元は王族だぞ……?
父親のハラルドが厳しい人だったから、礼儀作法の類は幼少期からしっかりと叩き込まれている。
「はぁ? 薄汚い冒険者風情が何を言っておりますの? 先生をお呼びしていますから、きっちりお勉強なさいませ……!!」
しかし、マリエラは俺の話など一切聞く耳を持たず、露骨に眉をひそめてそう言った。
――くそっ、ムカつく女だな……!! だが落ち着け俺、これも全ては高額報酬のため……!!
仕方なく、俺は貴族のマナー講習を受講してやった。
食事の作法から立ち居振る舞い、淑女のエスコートの仕方。そして社交ダンス。
俺はそれらの礼儀作法をほぼ完璧にこなしてみせた。
俺を庶民だと思って舐め切っていたマナー講師の表情が変わる。
――ふふん、どうだ見たか? 俺の王子力の高さを……!!
「ど……、どうして……? あなた、冒険者ではありませんの……?」
最初は半信半疑という様子だったマリエラも、ようやく俺がただの庶民ではないということを理解したようだ。
「俺はこう見えて元は高貴な生まれなんだよ」
「そ……、そうでしたの……。没落貴族の息子といったところかしら……?」
心なしか、俺に対するマリエラの態度が変わる。
「……まあ、そんなとこだ」
面倒なので本当の出自は隠しておく。――さすがにもう心配ないとは思うけど、一応逃亡中の身だからな。
「……ところでさ、何で婚約者のふりをさせるのに俺みたいな冒険者を雇ったんだ? それこそ貴族の知り合いにでも頼めばよかったんじゃないのか?」
気になっていたことを、俺は尋ねてみた。
「そ、そんなみっともないこと頼めるわけないじゃない……!! 万が一噂にでもなったらどうしますの!?」
マリエラは言った。
――まあ、確かにそうだな。こんなこと、同じ貴族には頼めないか……
「そもそも、何で婚約者のふりなんて……?」
「そっ……、それは……」
少し言いにくそうにしながら、マリエラは答える。
「わ、私にだって婚約者がおりましたのよ!? でもあの男、よ、よりによって、他の女と浮気しておりましたの!! 許せませんわ……!! だから、今度の舞踏会で見返してやりたいんですの!!」
「はあ……、なるほど……」
――思ったより下らない理由だったな。まあ、俺は報酬さえもらえれば何でもいいけど。
【三】
一通りのマナー講習と当日の打ち合わせを終えて、俺は一旦下宿へと戻った。
エイブリング闘技場に、何故かグエインが来ているのを見つける。
「よお、レーンド」
グエインは、俺の姿を見つけて手を振った。
「……何だグエイン、今日はアイラスの試合の日じゃないぞ?」
「き、今日はそういう目的で来たんじゃねーよ!! 報酬の良い依頼を見つけたから、わざわざ持ってきてやったんだ……!!」
「依頼……?」
とりあえず下宿のリビングに上がってもらって、話を聞いてやることにする。
グエインが持ってきた依頼は、とある貴族の屋敷の警備だった。
「……へぇ、そんな傭兵まがいの仕事もあるんだな」
「ああ、何でも怪盗ルノワールから犯行予告が届いたらしいぜ?」
「怪盗ルノワール……?」
――なんだそれ。喫茶店みたいな名前だな。
「おいおい、知らないのか? 貴族や金持ちの屋敷を狙って高価な美術品を盗み出してる盗賊でさ、今度、ブルックリン家で開かれる舞踏会の日に犯行を行うらしいぜ」
――ん? 舞踏会……?
嫌な予感がして、俺は慌てて依頼書の詳細を確認した。
怪盗ルノワールが犯行予告を行った舞踏会の場所、そして日時は、俺がマリエラお嬢様に婚約者のふりを頼まれたまさにその舞踏会だった。
「その、残念だけど俺はその日は別件が……」
俺がその話を断ろうとした、その時だった。
「やるわよ、その依頼」
リビングに入って来るなり、アイラスがそう言った。
「い、いや、だからその、俺はその日は別件が……」
「知ってるわ。だから、その依頼は私とグエインで受ける。……レーンドは、しっかりと自分の依頼をこなして?」
にっこり微笑んで、アイラスは言う。――その笑顔が少し怖い。
「あっ、はい……」
俺は頷くしかなかった。
――何てこった。ただの舞踏会では終わりそうにないな……
次回「対決・怪盗ルノワール!!波乱の舞踏会!!(仮)」
次回は、間に合えば月曜日に更新します(目標)
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