激闘!!アンソニー商店街お料理対決!!
【一】
その日、俺はミアと一緒に商店街を散策しながら買い出しをしていた。
様々な店が並ぶ商店街の様子に、ミアは目を輝かせながらキョロキョロしている。
アイラスの手料理で死にかけて以来、家では俺が飯を作っていた。最初のうちこそ色々と失敗もしたが、慣れてくると料理も案外楽しいもんだ。
最近では前世で食べていた日本の料理の味を再現することにハマっていて、色々と試行錯誤していた。
「ねえパパ。今日はママは一緒じゃないですか?」
歩きながら、ミアが俺に尋ねる。
「……アイラスは、今日はお仕事だよ」
エイヴリング闘技場で人気が出たアイラスは、最近では他の闘技場に出張で試合をしたり、交流試合に参加したりもしている。
今日も他所の闘技場に出向いて戦っているというわけだ。
リングに上がっている時のアイラスはとても生き生きしている。水を得た魚というのはこのことだろう。
応援に行ってやりたいのは山々だが、俺にはアイラスが帰ってくるまでに夕飯を作るという重要な任務があった。
商店街を歩いていると、大きな広場に出た。
センタの街にはこういった広場が所々にある。住民たちの交流の場になったり、時には何かイベントが開催されたりしていた。
「何か、今日は賑わってるな……」
今日も何かイベントでもあるのか、いつにも増して広場には人が集まって混雑している。
『本日はアンソニー商店街お料理対決!! 飛び入り参加も受け付けてま~す!! 優勝賞品は有名店のスイーツビュッフェご招待券で~す!!』
拡声魔法が仕込まれたマイクで、司会らしきお姉さんの声が広場に響いた。
「……パパ、スイーツビュッフェって何ですか?」
ミアが首をかしげる。
「スイーツビュッフェっていうのは、その……、デザートの食べ放題のことだよ。ケーキとか、プリンとか……?」
俺は前世でも今世でもスイーツビュッフェなど行ったことがない。イメージだけで適当に答えた。
「プリン……!?」
その言葉に、ミアが目を輝かせる。
「……好きなのか? プリン」
「はいです。……ほんとのパパがよく作ってくれた、です」
――魔族がプリンなんて作るのか? 何か、イメージと違うな……
「そ、そうか……」
俺は、何と答えてやればいいのか分からなかった。
――スイーツビュッフェか、アイラスも喜ぶかもな。……そういえば、彼女ができたら一度行ってみたいと思ってたんだよな、前世で。
「よし、参加してみるか。料理大会……!!」
商店街のお料理大会なんてどうせ大したことないだろ。――そんな軽い気持ちで、俺は料理大会に飛び入りエントリーすることを決めた。
参加受付をした時に、受付係のおばちゃんに少し気になることを言われた。
「飛び入り参加助かるわ。訳あって、今回は参加者が全然集まらなくてね……」
――訳あって? 何のことだ……?
気にはなったが、この時の俺は特に深く考えなかった。
【二】
『第346回アンソニー商店街お料理対決~~!!! 司会は私エミル=メイ、本業はウエイトレスで~す!!』
司会の女の子が、広場に集まった人々の前で元気に挨拶する。この辺では有名人なのか、観衆の中から「エミルちゃ~ん!!」という声が上がる。
広場には特設ステージが設けられ、簡単な調理場が設置されていた。
ステージを囲むように観客用の椅子が乱雑に並べられており、見物に集まった住民たちが思い思いに座っている。
俺の他に、参加者は二人いた。
黒髪を逆立てたツンツン頭の若い男と、ヨボヨボの爺さんだ。
――何だ、思ったよりも全然少ないな。場違いだったか? 俺……
『それでは、本日の大会参加者をご紹介しま~す!! まずは自称炎の料理人、ゲイリー=マクスウェル!!』
「ハ――――――ッハハハハハハハ!!!!」
司会者に紹介された瞬間、ツンツン頭の男は司会者を上回る音量で高笑いを上げた。そして、襟の立った黒いマントをバサッと派手に広げてポーズをキメる。
その上、自分で炎の魔法を使って背景に派手なエフェクトを入れた。
「あっ……、あちち……」
自分で出した炎がマントに燃え移り、ゲイリーは慌てて足で踏んで消火する。
――こいつ、もしかしてただの馬鹿か……?
『続いては、商店街で食堂を営んでこの道50年の大ベテラン、ゲンジ=レイモン!! 最近の趣味は家庭菜園だそうで~す!!』
ヨボヨボのお爺さんはゲンジという名前らしい。
包丁を持つのもおぼつかない様子だが、本当に大丈夫か……? 何でこんな大会に参加したんだ……?
『最後に、飛び入りでエントリーしてくれたレーンドさんで~す!! 普段はエイヴリング闘技場で雑用係をやっているそうで~す!! 娘さんのために頑張ってくださいね!!』
俺は愛想笑いを浮かべ、観客席に向かって適当に手を振った。
「パパ~!! がんばって~!!」
観客席の最前列で、ミアが俺に向かって元気よく手を振る。その可愛らしさに、観客たちの間にほっこりとした空気が流れた。
『えーと、細かいルールは特にありません!! 制限時間内に各自お料理を作ってくださ~い!! お題は「お鍋を使った料理」!! 最後に観客の皆さんに食べて頂いて、投票で優勝者を決定しま~す!!』
――ずいぶんアバウトだな。鍋さえ使ってれば何でもいいのか?
まあ、商店街のお料理大会なんて、楽しく料理して楽しく食べられればそれでいいんだろう。……などという俺の甘い考えは、開始直後にあっという間に吹き飛ばされた。
大会側が用意した食材テーブルには、高そうな牛肉や魚、色とりどりの野菜がたくさん乗っていた。
しかし、俺がモタモタ考えている間に、ゲイリーが主だった食品をごっそりと持っていく。
「あっ、おい……!?」
「ハッハハハハハハハ!! 甘いな新人!! この大会の過酷さを知らないようだなぁ!! 食材確保の時点から戦いはすでに始まっているんだよ……!!!」
ゲイリーはドヤ顔で哄笑を上げる。
――こ、姑息すぎるだろ……!!
大会参加者が集まらないのはもしかしてこいつのせいか!?
いやいや、落ち着け……。食材が少なくても作れる料理はいくらでもある。
俺はとりあえず米と豚肉、鶏ガラ、そして残っていた野菜を確保した。
魔道コンロを使って弱火で米を炊きながら、鶏ガラを煮込んでダシを取る。
――米は適当に味付けして、あとは野菜スープみたいなものでも作るか……
野菜の皮をむいて下準備をしていると、隣でまたゲイリーが騒ぎ出した。
――う、うるせぇな。静かに料理してくれよ……
「ハーッハハハハハハハハ!! 甘い!! 甘すぎるぜ……!! 俺は魔道コンロなど使わん!! 料理は火力だ!!!!」
ゲイリーは高笑いしながら炎の魔法で鍋を一気に過熱した。
「あっ……、あちちち……」
その炎が自分の髪に引火して、慌てて手でパタパタはたいて消火する。
――こいつ、やっぱり馬鹿だな。
一方、ゲンジさんは無駄に派手なアクションをするゲイリーの傍らでヨボヨボと料理をしていた。
その時、大きく動いたゲイリーがゲンジさんにぶつかり、ゲンジさんは作っていた鍋をぶちまけてしまう。
「おっと、悪いなぁ、爺さん……!! モタモタしてるお前が悪いんだぜ……!?」
ゲイリーは、一切悪びれもせずそう言い放った。
――おいおい、どう見てもわざとだろ、今の……!!
というか、大会側は見て見ぬふりか? 何で誰も注意しないんだ……?
「大丈夫か? 爺さん……」
俺は見かねてゲンジさんに手を貸した。
「うう、すまぬ……」
ゲンジさんは俺の手を借りてヨタヨタと立ち上がる。
――しかし、ぶちまけてしまった鍋はもうどうにもならない。材料も少ないこの状況で、今から作り直すのは難しいだろう。
「何なんだ、あのゲイリーとかいう奴……」
「……あやつは、マクスウェル商会の御曹司なんじゃよ」
ゲンジさんは言った。
マクスウェル商会というのは、センタの街で複数の飲食店を経営している大商人らしい。
――なるほど、奴の傍若無人を誰も注意しないのはそういう理由か。
「連中は商店街に新しい店を出店するために、ワシらのような古い飲食店を追い出そうとしているんじゃ。他の店は、連中の嫌がらせに屈してほとんど出て行ってしもうた。この戦いで負けたら、ワシも出ていかねばならん……」
――な、何だって……!?
商店街お料理大会なんて和やかな大会だと思い込んでいたが、どうやら俺の認識は間違っていたようだ。
「五十年間妻と切り盛りしてきた店を守りたかったが、どうやらワシはもうここまでのようじゃ……」
ぶちまけられた鍋を見ながら、ゲンジさんは悲しそうに呟く。
「諦めるなよ爺さん……!! あんたの仇は俺が取ってやる……!!」
「レーンド君……。わ、ワシのために戦ってくれるのか……?」
「ああ、俺に任せろ……!!」
ゲンジさんの手を力強く握って、俺は頷いた。
「お、おお……!!」
ゲンジさんの目に感動の涙が浮かぶ。
「レーンド君……、ワシの元で修業した君なら大丈夫だ……!! もう、君に教えることは何もない……!!」
「ゲンジさん……!!」
俺の中で、ゲンジさんの元で修業した存在しない記憶が走馬灯のように駆け巡った。
改めて気合を入れ直し、俺は食材を煮込んでいた自分の鍋の前に戻った。
――ん……? 何かおかしい。匂いが変だ。
俺は慌てて自分の鍋のフタを開ける。鍋の中には、いつの間にか大量の唐辛子がぶち込まれていた。――な、なんだこれ……!?
慌てて、俺はゲイリーの方を見た。ゲイリーは俺と目が合うとニヤリと笑う。
――こいつ、ゲンジさんだけでなく俺の料理にも妨害を……!!
「ハッハハハハハハハ……!! どうした新人!? 味付けでも失敗したかぁ……!?」
ゲイリーは勝ち誇ったように笑う。
――まずいな、今から作り直している時間はない。
ゲンジさんの仇を取ると約束した矢先に、なんてこった。
無情にも、制限時間は刻一刻と迫ってくる。
このまま大人しく負けるわけにはいかない。――何か、何か方法はないか? この状態から起死回生できる方法が……!!
――唐辛子……。そうだ、アレがあれば……
俺は一つの方法を思いつく。しかし、大会側が用意した材料では足りない。
万事休すかと思われた、その時だった。
「レーンド~!!」
広場の向こうから、アイラスが走ってきた。
「アイラス……!? 試合はもう終わったのか?」
「ええ、もちろん勝ったわよ」
アイラスはそう言って微笑む。気が付けば、周囲はいつの間にか夕暮れになっていた。
「一旦家に帰ったんだけど、この広場でレーンドがお料理大会に参加してるって聞いて、急いで走ってきたの」
「そ、そうか……」
「それでね、――はいこれ、必要なんじゃないかと思って」
アイラスは、俺にこっそりと紙袋に入った何かを手渡した。
「こ、これは……!!」
紙袋の中には、とある食材の入った瓶が入っていた。それを見て、俺は驚く。
それこそ、俺がいま必要としている物だったからだ。
「ありがとうアイラス!! ……でも、どうしてこれが必要って分かったんだ?」
「何故か、レーンドの声が聞こえた気がしたの……。指輪の魔力かしら?」
――そういえば、絆の力が強ければ「離れていても気持ちが伝わる」みたいな効果もあるってイーリィさんが言ってたっけ。
アイラスと絆が深まってるってことか? ……便利だけど、思考が筒抜けになるのは怖いな。
とにかく、俺はその瓶の中身を鍋にぶち込んだ。
【三】
『制限時間終了で~す!! ゲンジさんは棄権のため、残ったゲイリーさんとレーンドさん、完成したお料理を披露して下さ~い!!』
「ハーーーッハハハハハハハ!!! 見るがいい……!! これが俺の【蒼穹を穿つ神火煉獄の大陸鍋 ~春風を添えて~】だ……!!」
高笑いを上げながら、ゲイリーは自身が作った料理を披露した。
様々な具材をふんだんに使った、見るからに豪華絢爛な鍋料理だ。
高級肉や海鮮、珍しい山の幸が大胆に盛り込まれている。どの辺に春風が添えられているのかはよく分からない。
――まあ、あれだけ大量の食材を独り占めしたんだから、そりゃ美味いものができるだろうよ。
しかし、俺も負けてはいない。
俺が鍋のフタを開けた瞬間、強烈なスパイスの香りがゲイリーの料理の匂いを完全にかき消した。
「なっ、何だそれは……!?」
「ふふ……、これは俺の(前世の)郷土料理、カレーライスだ……!!」
――ん? カレーはインド料理だろうって? まあ気にするな。俺はあくまで日本のカレーが好きなんだよ。
アイラスがわざわざ下宿の台所から持ってきてくれたのは、カレー粉だった。
ただのカレー粉ではない。俺が試行錯誤してスパイスから調合した、「バー〇ントカレーっぽい味のカレー粉」だ。
この世界にもスパイスを使ったカレーのような料理はあるのだが、どうしても前世で食べていた日本のカレーが俺は食べたかったのだ。
「くっ……、そんな余り物を寄せ集めただけの料理が美味いはずが……」
「まあ食ってみろよ。……飛ぶぞ?」
俺は炊きあがった米にカレーをかけて、ゲイリーに差し出した。
いい感じに日も暮れて、時刻はちょうど夕食時。スパイスの香りが否応なく食欲をそそる。
その誘惑に、ゲイリーも抗えなかったようだ。
カレーを口にしたその瞬間、ゲイリーはカッと目を見開いた。
「な……、何だこれはぁ――――――!!!??」
謎のオーバーリアクションと共に、ゲイリーの衣服が弾け飛ぶ。
――何で? どういう世界観?
「辛い……しかし美味い……!! 強烈な辛みと共に鼻に抜けるスパイスの絶妙なハーモニー……!! 更に、鶏ガラと野菜の風味が味に深みを与えているッ……!!」
「おお……、深いようで何か浅い食レポありがとな……」
――今更だけどほんとに料理人なのかなぁ、こいつ……
「まあとにかく、美味いだろ?」
「く、くそっ、俺は認めん、認めんぞォ――――――!!!!」
などと言いつつ、ゲイリーはカレーをがっついていた。――気に入ってもらえたようで何よりだ。
スパイスの香りに誘われた観客たちも、ぞろぞろと俺の鍋の周りに集まってきていた。
アイラスとミアも手伝ってくれて、俺たちは広場に集まった住民たちに順番にカレーを振舞った。
『それでは、投票の結果を発表しま~~す!! 第346回アンソニー商店街お料理対決、勝者はレーンドさん!! おめでとうございま~~す!!』
会場から拍手が巻き起こる。
ゲンジさんは、感涙にむせびながら喜んでくれた。
「フッ……、負けたよ、レーンド。さすがは俺がライバルと認めた男だ……!!」
ゲイリーはそう言って右手を差し出した。
俺の中でゲイリーとライバルとして戦ってきた存在しない記憶が走馬灯のように駆け巡る。
「お前の料理も普通に美味かったぜ、ゲイリー。……あのネーミングはどうかと思うけど」
俺たちは熱い握手を交わした。
「……何だかよく分からないけど、良かったわね。カレー、美味しかったわよ」
アイラスが適当に状況をまとめた。
「ああ、今度また作ってやるよ」
――ありがとう、バー〇ントカレー。ありがとう、ハ〇ス食品。
こうして商店街の平和は守られたのだった。
後日、三人で行ったスイーツビュッフェでアイラスが店の大食い記録を塗り替えるのはまた別の物語。――な、何か、俺が想像してたスイーツビュッフェと違うな……
次回「縦ロールのご令嬢から依頼を受ける(仮)」
次回は、金曜更新が間に合いそうにないため土曜夜の更新を目指します(目標)
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