古代のダンジョンから脱出を目指す
【一】
「レーンドさん、大丈夫ですか……!?」
聞きなじみのない女性の声で、俺は目を覚ました。栗色の長い髪の女の人が、俺の顔を覗き込んでいる。
「……ニーナさん」
それは、グエインのパーティの僧侶ニーナだった。
「よかった、気がついて……。回復魔法をかけたので、怪我は大丈夫だと思いますけど……、どこか痛いところはありませんか?」
「だ、大丈夫です。ありがとうございます……」
俺はニーナに礼を言った。
――そうだ。洞窟の床が抜けて、俺たち全員落っこちたんだっけ……
「パパぁ……!!」
ミアが駆け寄ってきて俺の体に抱き着いた。
「よかった、無事だったんだな、ミア。……怪我はなかったか?」
ミアはこくりと頷く。
「ママが守ってくれた、です……」
「……アイラスか。アイラスも無事か……?」
「大丈夫、私は頑丈だもの」
アイラスは俺のすぐ近くに座っていた。――よかった、元気そうだな。
「アレンとグエインは?」
「あの二人は付近を見回りに行っています」
俺の問いにニーナが答える。なんだ、ずっと気絶してたのは俺だけか……
見上げると、俺たちが落ちてきた穴ははるか頭上に見えた。ここをよじ登るのは難しそうだ。
「……というか、この高さから落ちてよく全員無事だったな」
「落ちる瞬間、全員に防御魔法をかけました」
ニーナはさらりとそう言った。
――な、なるほど。さすが、冒険者歴が長いと咄嗟の判断力が違うな……
ニーナが使った光の魔法で、周囲は明るく照らし出されている。
俺たちがいる場所は、どう見ても自然の洞窟ではなかった。人工的な石壁で覆われた四角い部屋の中だ。
「ここは……?」
「恐らく、ダンジョンではないかと……」
「え……」
――ダンジョン。
その存在は俺も知っていた。何でも、昔はダンジョンマイスターという専門職が存在していたらしい。彼らは当時の権力者に依頼され、王墓や財宝を守るための迷宮を作成したと言われている。
そんな彼らによって作られたダンジョンが、今でも世界各地に残っているのだ。
ここも、その一つというわけか。
まさか洞窟の下に未発見のダンジョンが眠っていたなんてな……
「おっ、良かった。気がついたんだな」
その時、見回りに行っていたアレンとグエインが戻ってきた。
「……どうだった?」
アレンに駆け寄って、ニーナが尋ねる。
「やっぱり、迷宮になってるみたいだ。こりゃ脱出は一苦労だぞ……」
アレンはそう答えた。
「ほんと、すまないね。こっちのミスで巻き込んじゃってさ」
申し訳なさそうに、アレンは俺達に言う。
「いいよ……、今更言っても仕方ないし。こうなったら全員で脱出を目指そうぜ」
俺はそう言った。今更アレン達を責めても仕方がない。
――ここがダンジョンなら、必ずどこかに出口はあるはずだ。
【二】
俺たちは小まめにマッピングしながら、地道にダンジョンの通路を進んでいった。面倒だが、行き止まりを一つずつ潰していくしかない。
「ダークブレイズぅ……!!」
ミアの放った黒い炎が、通路に巣食っていた大量のコウモリを一気に焼き尽くす。
「……ミアちゃん、強いんですね」
驚いたように、ニーナが言った。
「て、天才少女なんだよ」
俺は適当にごまかした。ミアの魔法は強力だが、体が幼いゆえに体力がない。
「ミア、大丈夫か?」
「は、はいパパ……。ミア、大丈夫です……」
ミアは健気にもそう答えるが、明らかに疲労の色が見える。――あんまり無理をさせるわけにはいかないな。肝心な時に魔法が使えなくなったら大変だ。
「無理すんな。……ほら、おんぶしてやる」
「うん……」
俺はミアの体を背負って歩き出す。
「……大丈夫? 私がおんぶしようか?」
心配そうにアイラスが言った。
「アイラスは、モンスターが出た時にすぐ動けるようにしとかないと駄目だろ」
「それは……そうだけど……」
「疲れたら俺が代わってやるよ、パパ」
茶化すような口調で、グエインが言う。
「……おじちゃんはイヤ……」
ミアに本気で拒絶されて、グエインはショックを受けた顔をした。――フン、いい気味だ。
いつしか俺たちは、前衛にグエインとアイラス、その後ろにニーナ、そしてミアを背負った俺、最後尾にアレンという陣形を組んで進んでいた。
しばらく歩くと、広いホールのような空間に出た。
「何だ? ここ……」
先頭を歩くグエインが、いぶかしげに言った。
明らかに怪しい雰囲気の漂うその空間に、俺たちは恐る恐る足を踏み入れる。
「何もないな……」
誰にともなく言った俺のその声が反響する。
だだっ広い空間に何もないのが不気味だった。何か起こる前にさっさと通り抜けてしまおうと、俺たちは警戒しつつも足早に歩みを進めた。
全員がホールの中ほどまで来た、その時だった。
急にガコン……と何かが作動するような大きな音がした。
――や、やっぱり罠か!?
身構えた時にはもう遅かった。俺の足元の床に一本線が入ったかと思うと、あっという間に目の前の床がせり上がっていく。反対に、俺の足元の床は沈降していた。
ちょうど俺とニーナの間で、パーティが分断される形になってしまった。
「レーンド……!!」
慌てて駆け寄ってきたアイラスが手を伸ばすが、間に合わなかった。
アイラスとニーナ、グエインの乗った床はどんどん上に登っていく。そして、俺とミア、アレンを乗せた床はどんどん下へと降りていく。
部屋全体の床が立体パズルのように移動し、複雑に組み変わっていた。下手に動くと床に挟まれて潰される危険がある。
「アイラス!! 別々に進んで後で合流しよう……!!」
俺は叫んだ。――現状、そうするしか方法はなさそうだ。
「わ、分かったわ。気を付けて……!!」
アイラスは答える。
「グエイン!! そっちは頼んだぞ!!」
アレンもグエインに向けて言った。
「分かった……!! 任せておけ……!!」
――まあ、グエインはともかく、防御も回復もできるニーナがいるから向こうは大丈夫だろう。
むしろ問題は俺達の方だ。正直、この中で俺が一番役立たずだからな……
【三】
しばらくして、俺達を乗せた床はようやく下降を止めた。その先には、また別の通路が続いている。
俺は光の魔法で暗い通路の先を照らした。――やはり、迷路になっているようだ。どんだけ広いんだ、このダンジョンは。
うんざりした顔をする俺に、ミアが小声で耳打ちした。
「……パパ、大丈夫です。ミア、ママのいる方向分かる、……です」
「え、本当か……?」
ミアはこくんと頷く。
「パパの指輪、魔力でママの指輪と繋がってるです。その魔力を辿って行けば、ママのいる場所にたどり着ける、です」
――なるほど。そういえば、魔力の流れが見えるって言ってたな。
「アイラス達のいる方向はミアが分かるみたいだから、とりあえず合流目指して進もうぜ」
俺はアレンに言った。
「へえ、ミアちゃんはもう探索魔法も使えるのかい?」
「ま、まあ、そんなとこだ……」
アレンが先行して、俺たちは通路を進んで行った。
時折でかいネズミやスライムなどの雑魚モンスターに遭遇することもあったが、アレンがほとんど倒してくれた。
冒険者ランクが高いだけあって、アレンは普通に強かった。剣術だけでなく、火属性の攻撃魔法も多少は使えるらしい。
――くっ、いいな。羨ましい……
ある程度進んだところで、俺達は飲めそうな水場を見つけた。壁のひび割れから地下水が流れ出している。――水分が補給できるのはありがたい。このダンジョンからいつ出られるか分からないからな。
水筒に水を貯めながら、俺達は腰を下ろしてしばらく休憩をする。
「……実はさ、今回のクエストを最後に、冒険者を引退する予定だったんだ」
何気なく雑談をしていると、アレンが不意にそんな話を始めた。
「えっ、……もったいないな、そんなに強いのに。何で辞めるんだ?」
俺は尋ねた。
「結婚するんだ。ニーナと」
「お、おお……。そうなのか、おめでとう」
苦楽を共にする冒険者のパーティにおいて、信頼関係が恋愛に発展するケースは珍しくない。
パーティ内でカップルとなり、そのまま結婚するのはよくある話である。
「その話って、グエインは……?」
「もちろん知ってるよ。祝福もしてくれてる。……だからさ、今回は三人での最後の仕事だったんだ。それがまさかこんなことになるとはなぁ」
苦笑しながら、アレンは言った。
「……グエインとは、何年くらいパーティ組んでるんだ?」
「三年くらいになるかな。あいつとは幼馴染でさ、ガキの頃からずっとつるんでるんだ」
――幼馴染、か。
俺は何となくイードのことを思い出して複雑な気分になる。
「君は、アイラスとはもう結婚してるんじゃないのかい?」
唐突に、アレンは俺にそう話を振ってきた。
「えっ、あ……、アイラスとはいちおう婚約者だけど、結婚はまだ……」
どもりながら、俺は答えた。
――そういえば、プロポーズ直後に魔族の襲撃を受けたから、完全にうやむやになっていたな……。アイラスはどう思っているんだ……?
というか、俺はどうしたいんだ? 指輪の呪いを解いて自由になりたいのか……?
改めて考えてみると、自分の気持ちがよく分からなかった。
――まあ、今はそれどころじゃないしな。うん。
俺は考えるのをやめた。
【四】
相変わらずアレンに先行してもらいながら、俺たちはいつ終わるとも知れない迷宮の中を延々と歩き続けていた。
疲労によって、警戒心や注意力は徐々に低下していく。アレンや俺ですらそうなのだ、幼いミアはなおさらだった。
ミアはいつしか俺の背中でウトウトしていた。
――まあ、無理もないか。そう思って、俺はミアをそっとしていた。
しかしその時、ミアが急に声を上げた。
「パパ、そっちに行っちゃダメ……!!」
「えっ……!?」
不審な魔力の流れが、ミアには見えたのだろう。俺は慌てて足を止めた。
――だが、先行していたアレンは間に合わなかった。
唐突に足元の床が消え失せ、深い奈落が口を開く。
それは、幻覚魔法で偽装された巧妙な落とし穴だった。
「アレン……!!」
俺は咄嗟に手を伸ばして、何とかアレンの腕をつかんだ。
成人男性一名+装備分の重みが俺の片腕にかかる。――お、重い……!!
アレンが奈落に落下するのは防げたものの、俺一人の力で彼を引き上げるのは不可能だった。
それどころか、じわじわと俺の体まで奈落の方へ引っ張られていく。
――くそっ、アイラスと一緒に筋トレしとくべきだったな……!! ど、どうする……!?
「……手を放してくれ、レーンド。このままじゃ君も落ちる」
アレンは言った。
「ふ、ふざけんなよ!! あんな話を聞いた後で見殺しにできるか!! ニーナに何て言えばいいんだよ……!!」
「こんな仕事をしてるんだ、いつでも死ぬ覚悟はできてるさ。ニーナもそれは分かってる」
――くそっ、諦めがいいこと言ってんじゃねぇ……!!
「パパ……!!」
ミアは泣きそうな顔でこちらを見ている。
俺はふと思い出した。……そうだ、まだ手はある。
全身全霊を込めて、俺は叫んだ。
「好きです!!!! イーリィさ――――――――――ん!!!!!!」
俺の声がダンジョン内にこだまする。
同時に、俺の浮気心に反応して「愛の指輪」の魔力が発動した。指輪の引力が、アイラスがいると思われる方向に俺の体をすごい勢いで引っ張った。
その力で、アレンの体も落とし穴から引っ張り上げられる。
勢い余って、俺の体はダンジョンの壁に激突してようやく止まった。
「いってぇ……!!」
「い……、今の力は……!?」
アレンが驚いて尋ねる。
「火事場の馬鹿力ってやつだよ……」
説明するのが面倒だったので、俺は適当にそう答えた。――使いようによっては呪いの指輪も役に立つな……!!
しかし、その時だった。
「…………レーンド?」
別のルートから歩いてきたアイラス達の姿が、そこにあった。
ヒュッ……と、俺の血の気が引く。
――き、聞かれてたか……? 今の……
「レーンド……、さっきのはどういう意味か、説明して……?」
にっこりと微笑みながら、アイラスは俺に言った。顔は笑っているが、目が笑っていない。
――あっ、俺、死んだかも。
「せ、説明する……!! 説明するから命だけは……!!」
俺は全力で懇願した。
やっぱり「愛の指輪」は呪いの指輪だった。
次回「脳筋聖女はダンジョンでも無双する」
次回の更新は月曜日の予定です。
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