簡単な採掘依頼のはずが大変なことになった
【一】
「え~、ビールいかがっすか~」
その日、俺はエイヴリング闘技場の入口で酒を売っていた。
雑用係の俺の仕事は会場の掃除やら受付係やら日によって色々だ。
――何となく、前世でバイト生活をしていた頃のことを俺は思い出す。何で転生してまでこんなことしてるんだろうな、俺……
その時、闘技場に見知った顔がやって来た。
――グエインだ。彼は、俺の顔を見るなり露骨に嫌そうな顔をした。
「何だ、グエイン。またアイラスの太ももに絞め落とされに来たのか?」
「ち、違う!! 今日は普通に観客として来たんだ!! アイラスさんがここの契約選手になったって聞いて……」
「何だ、やっぱりアイラス目当てじゃないか」
「わ、悪いのか!? というか、お前は一体アイラスさんの何なんだ……!?」
――ああ、そういえばまともに名乗ったことがなかったな。
「俺は……、アイラスの婚約者だよ」
何と言うべきか一瞬迷ったが、正直にそう答えることにした。下手に誤魔化すと逆に面倒なことになりそうだからな……
「なん……だと……?」
それを聞いて、グエインはがっくりと膝から崩れ落ちた。
「婚約者だと……? お前みたいなヒョロい男が……どうして……」
間の悪いことに、その時、ミアが俺の方へ向かって走って来た。
「パパ!! おそうじ終わったです!!」
パパという言葉に、グエインは愕然とした顔をする。
「すでに娘もいる……だと……!?」
「いや違うんだ、ミアは俺の娘では……」
「く、くそっ、許せん……!! どうしてお前みたいな顔だけの男が……!?」
「……話を聞けよ……」
「パパ、このおじちゃんどうしたの?」
グエインの様子を見て、ミアが不思議そうに尋ねた。
「お、俺はおじちゃんじゃない!! まだ18歳だ……!!」
グエインは言った。――えっ、嘘だろ。老け顔だからアラサーくらいかと思ってた。
ミアはビクッとして俺の背後に隠れる。
「こらこら、ミアを怖がらせるんじゃない」
「く、くそ……、覚えてろよ、お前……!!」
「……レーンドだ」
「覚えてろよ、レーンド!! お前みたいな男、アイラスさんには相応しくないって思い知らせてやるからなぁ……!!」
グエインはそんな捨て台詞を吐いて、どこかへ走り去って行った。――試合を見に来たんじゃないのかよ。何しに来たんだ、あいつは……
【二】
ミアを仲間にしたおかげで、冒険者稼業の方は順調だった。
サクサク依頼をこなしてランクアップ――と行きたいところだが、残念ながら俺達が受けられる依頼は簡単な薬草採取や雑魚モンスターの駆除などに限られる。
その日、俺達が受けたのはとある鉱物採掘の依頼だった。
タロートリ光石とかいうその鉱物は、何やら錬金術の素材として使われるらしい。需要が高いため採掘の依頼は頻繁にあり、冒険者たちの小遣い稼ぎとなっていた。
鉱石が採れる洞窟へと向かった俺達は、そこで先客の冒険者と鉢合わせした。
それは、先日会ったばかりの男だった。
「グエイン……」
――何でこいつとしょっちゅう会ってしまうんだろう。腐れ縁でもあるのか?
まあ、似たような依頼を受けた冒険者同士が現地でバッティングするのは別に珍しいことではないが。
グエインと一緒にいるのは、長身の剣士と、ファリス教の僧服を着た女性だった。恐らく、グエインのパーティの仲間だろう。
「おいおい、レーンド。子連れでクエストか? 大変だなぁ」
小馬鹿にするような口調で、グエインは言った。
「ミア、子供じゃないです!! もう12歳です!!」
子供という言葉にミアが反抗を示す。
「えっ……、12歳は嘘だろ。どう見てももっと小さいだろ……」
グエインはミアに疑いの目を向ける。
――おっと、まずいな。ミアが魔族であることがバレるわけにはいかない。
「ミア、小さくないです……!! ミア、おじちゃん嫌い!!」
「だ、だから俺はおじちゃんじゃねぇ……!!」
「ミアは俺のパーティの大事な戦力だよ。子ども扱いするな」
俺はグエインに言った。
何か言い返そうとしたグエインを、彼の仲間がやんわりと止める。
「おい、グエイン。その辺にしとけよ。……悪いね、うちのグエインが絡んじゃって」
彼はボサボサ頭を無造作にバンダナでまとめた、飄々とした雰囲気の剣士だった。
「俺はアレン。こっちはニーナだ」
アレンはそう名乗って、愛想よく笑う。――グエインと違って、この人は良い人そうだな。
ニーナは栗色の長い髪をした、大人しそうな印象の女性だった。
アラサーくらいに見える老け顔のグエインとは違って、アレンとニーナの二人は二十歳前後に見えた。
とりあえず、俺達も簡単に自己紹介をする。
ファリスの僧服を着たニーナの姿を見て、アイラスは少し複雑そうな顔をしていた。
アルネイア共和国にも、ファリス教の信徒は多い。ファリス聖王国から追放された元聖女のアイラスとしては、色々と思うところがあるのだろう。
「君がアイラスさんかぁ!! グエインから聞いてるよ、強いんだって!?」
アレンは興味津々といった様子でアイラスに話しかけた。
「い、いえ……、そんな……」
「グエインが絞め落とされるとこ、俺も見たかったなぁ」
「や、やめろアレン、その話はするな……!!」
グエインは慌ててアレンを止める。
「――とにかく、レーンド……!! いい機会だ、俺と勝負しろ!!」
唐突に、グエインは俺に向かってそう言った。
「え……、嫌だけど……」
俺は普通に断った。しかし、グエインは全く聞いていなかった。
「どっちがタロートリ光石を多く採掘できるか、勝負だ!!」
グエインは一方的にそう言って、ズカズカと洞窟の中へ入って行った。
「だから話を聞けって……!!」
「すまんね、まあ適当に付き合ってやってくれよ」
フォローするように言って、アレンはニーナと共にグエインの後を追う。
――何なんだ、めんどくさいな……
【三】
「……レーンド、本当に勝負するつもりなの?」
アイラスが尋ねる。
「するわけないだろ、めんどくさい……。依頼された分の光石だけ集めてさっさと帰ろうぜ」
俺はそっけなく答えた。グエイン達と勝負したところで、こちらにメリットは何もない。
なるべく距離を取ろうと思い、俺達はグエイン達とは別のルートで洞窟の中を進んだ。
これまでにたくさんの冒険者が好き放題に掘り返して行ったのだろう、洞窟の中はまるで迷路のようになっている。
迷子にならないように、俺は魔法で壁に目印を付けながら先へ進んだ。
一定時間発光する印を付けるだけの、ごく初歩的なマーキング魔法だ。『五歳から始める魔法入門』にも載っている。
タロートリ光石の位置については、探索キットが魔道具店で売っていた。
光石が発している微弱な魔力を感知して、コンパスのように方向を示してくれる便利な道具だ。
道中でたまに雑魚モンスターと遭遇することもあったが、全てミアに焼き払ってもらう。
――うーん、つくづく便利な子だ。
そうやって順調に洞窟を進むことしばし。
全く別のルートを歩いて来たにも関わらず、俺達は再びグエイン達のパーティと鉢合わせした。
「「…………」」
微妙に気まずい空気が俺達の間に流れる。
――まあ、考えてみればグエイン達だって同じ探索キットを使っているのだろう。コンパスが示す方向に進めば、同じ場所に出るのは当然と言えば当然か……
その場所は、開けた地下空洞だった。
壁にはいくつも穴が開いており、それぞれが別の通路に繋がっているのだろう。
「フ、フン……、勝負はこれからだ……!!」
グエインは言った。
「だから、勝負なんてしないって言ってるだろ……」
グエインの言葉を適当に聞き流しつつ、俺は周囲を見回した。――探索キットが示しているのはこの場所だが、一体どの辺を掘ればいいんだ? 地道に掘って調べるしかないのか?
その時、ミアが俺の服の裾を引っ張った。
「……パパ」
「どうした? ミア」
俺が屈んでミアと視線を合わせると、ミアはこっそりと俺に耳打ちする。
「ミア、魔力の流れが見える、……です」
「え……? 魔族ってそうなの……?」
ミアはこくりと頷く。
「じゃあ、タロートリ光石の埋まっている場所も分かるのか?」
「はい、だいたい分かる、……です」
「ミア……!! お前は本当に良い子だなぁ……!!」
「えへへ……」
俺に頭を撫でまわされて、ミアは嬉しそうな顔をする。――よし、光石の場所さえ分かればこっちのもんだ……!!
「アイラス、頼んだ!!」
「ええ、まかせて……!!」
俺はアイラスに『攻撃力強化』の魔法をかける。
アイラスが装備しているグローブは、鉄製の金具で補強されていた。――彼女のパワーなら岩も容易に砕けるはずだ。
「オルアアアアアァァァァァ!!!!」
地竜とも互角に渡り合ったアイラスの剛腕が岩の壁を抉る。
飛び散った岩石の破片の中に、うっすらと白い輝きを放つ鉱石があった。
――あったぞ、これがタロートリ光石か……!!
アイラスが岩を砕くかたわら、俺とミアは光石の欠片をせっせと拾い集める。
「ふふん、どうやら勝負は俺達の勝ちみたいだな……!!」
俺はグエインに言った。
意味のない勝負など受ける気はさらさらなかったが、こちらが有利となると乗ってみたくなる俺だった。
「く、くそっ……!!」
「へぇ~、なかなかやるもんだね」
悔しがるグエインに対して、アレンは感心したように言う。
「それじゃ、俺達もやろうか。……ニーナ、頼んだよ」
「分かってるわ」
アレンの言葉に、ニーナは頷く。
「……ファリスの加護よ……」
ニーナが祈りの言葉を唱えると、彼女の周囲に白く光る魔法陣が浮かび上がる。
――あれは、探索魔法なんだろうか?
彼女の魔法に呼応して、洞窟の壁の一部が白い輝きを放った。
「よし、あの辺だな……!!」
ニーナが探索した場所に、グエインはツルハシを振り下ろす。――地道にツルハシで掘るつもりか? と思ったが、どうやらそうではないようだ。
グエインがツルハシである程度穴を開けると、アレンはそこに何かを詰め込んだ。
「君達も危ないから離れていた方がいいよ」
俺達に向かって、アレンは言う。
「え……」
――もしかして爆薬か? あれ……!!
俺達が慌てて距離を取ったのを確認してから、アレンは魔法で小さな火球を生成する。その火球を飛ばし、爆薬に点火した。
次の瞬間、大きな爆音とともに洞窟の壁が爆破され、大穴が開く。
「乱暴だな……、光石ごと吹き飛んだらどうするんだ?」
俺はアレンに尋ねる。
「火薬の量は調整してあるから大丈夫だよ。光石の採掘はもう何度もやっているからね。……というか、拳で岩を破壊するって君たちの発想の方がおかしいと思うよ……?」
アレンはそう言った。
――うっ、確かに……。そう言われるとぐぅの音も出ない。
アレン達が爆破した岩石の破片の中には、かなりの量のタロートリ光石が含まれていた。
「はっはははは……!! 勝負は俺達の勝ちのようだな……!!」
グエインが勝ち誇ったように笑う。
「う、うるせぇ……!! というか、初心者に勝負ふっかけてんじゃねーよ……!!」
負け惜しみのように、俺は言った。
「でも、これだとまだ依頼された量には足りないなぁ。もう一発爆破しとくか?」
俺達の言い争いはスルーして、アレンはマイペースに言う。
――そんなに何度も爆破して大丈夫か?
俺は一抹の不安を覚えた。そもそも、この洞窟は光石採掘のためにすでに散々掘り返されている。あんまり無茶な爆破をして、崩落が起きたりしないか……?
残念なことに、その嫌な予感は現実になった。
アレン達が二度目の爆破を行った、その時だった。
俺達の足元に大きなひびが入ったかと思うと、唐突に地面が崩れた。――というより、床が抜けたという表現の方が正しいだろう。足元の地面が崩れ、その下には暗い奈落が口を開けていた。
――う、嘘だろ……!?
何が起こったのか理解できないまま、俺達は吸い込まれるように奈落へと落ちていった。
次回「古代のダンジョンからの脱出を目指す」
次回の更新は金曜日の予定です。
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