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ドラゴンを倒したけど、人間の方が悪質だった

 【一】


「魔法使いを仲間にしたい……」


 ぼやくように、俺は言った。

 ――まさかスライムごときにあんなに手こずるとは思わなかった。攻撃魔法を使える魔道士がいれば、あんなの一瞬だっただろうに。

 もちろん、俺が攻撃魔法を習得できれば一番いいのだが、残念ながら俺には属性魔法の適正がない。


 攻撃魔法はそのほとんどが属性魔法に含まれる。例えば、火焔や爆破系の魔法なんかは分かりやすく火属性だし、氷結の魔法は水属性だ。

 俺が使える無属性の魔法というのは、『魔力効果付与』のように基本的には補助魔法ばかりだった。


「そうね……、でも、私たちの仲間になってくれるような魔道士なんているかしら……」

 冷静に、アイラスは答える。

「うっ……」


 俺も少しだけ魔法を勉強してみて分かったことがある。

 魔道士という連中は高学歴のエリートだ。


 アルネイア共和国には魔導学校がある。適性の高い子供は魔導学校に入り、幼い頃から魔法を勉強するのだ。

 卒業後は国や貴族のお抱え魔道士になったり、各種研究機関や魔道具の開発など、就職先は多岐に渡る。わざわざ収入が不安定な冒険者になる者は少ないらしい。

 優秀な魔法使いともなれば、高ランクのパーティーに引く手あまただ。


 ――そんなエリート様が俺達のような最低ランクの見習い冒険者の仲間になってくれるかというと……、まあ、難しいだろうな……


「……俺達だけで地道にやるしかないか」

「そうね……」



 【二】


 その日、俺達はとある護衛の依頼を受けることにした。

 商人の馬車を目的地まで護衛するだけの簡単なお仕事――と、思っていた。


 その商人は態度の悪い小太りの中年男性で、名前をダリル=デルクスといった。


「お前らが護衛の冒険者か……? 本当に戦えるのか?」

 俺達の顔を見るなり、ダリルは挨拶もなくそう言った。

 ――文句があるならもっと金を積んで高ランクの冒険者を雇えよな!! と思ったが、口には出さないでおいた。一応、お客様だからな。


「ご心配なく。(俺はともかく)アイラスはオークを素手で倒せるくらい強いですから」

「本当か……?」

 ダリルは露骨に胡散臭そうな目で俺達をジロジロ見た挙句、吐き捨てるように言った。

「まあいい。どうせお前らの戦力には大して期待しておらんよ」


 ――く、くそっ……、ムカつくおっさんだな……!!



 馬車にはすでに荷物が積み込まれていた。

 積荷は、大きな木箱だった。子供一人くらいなら余裕で入れそうな大きさだ。


「これ、何が入ってるんですか?」

 俺が何気なく尋ねると、ダリルは怒りの表情を浮かべた。

「お前らが知る必要はない!!」

 ――そ、そんなに怒ることか? 何か妙なものでも入ってるんじゃないだろうな。


 馬車は前方に人間が乗るための椅子が付いたスペースがあり、後方が荷台となっていた。俺達は当然のように荷台の方に押し込まれる。

「いいか、絶対に積荷には触るんじゃないぞ……!!」


「わ、分かりましたよ……」

 仕方なく、俺は頷く。

 謎の積荷を乗せて、俺達を乗せた馬車は走り出した。



 【三】


 目的地は郊外にある金持ちの別邸らしい。首都センタから馬車で半日程度の道のりだ。

 しばらく何事もなく馬車に揺られていた俺達だったが、とある山道に差し掛かったところで事件は発生した。


 荷台から風景を眺めていたアイラスが、不意に険しい顔をする。

「……気を付けて、何か来るわ」

「えっ……?」

 ウトウトしていた俺は慌てて飛び起きた。


 耳を澄ますと、確かに何かの足音が近づいて来ていた。木の枝をバキバキと折る音も聞こえる。

 ――足音からして大きな生物だ。


 次の瞬間、森の中から何かが飛び出してきた。馬車の真後ろ、俺達の目と鼻の先だ。

 土色の硬い鱗に覆われた大型の爬虫類が、強靭な後ろ足で地面を蹴って追いかけてくる。


 それは、翼の退化したドラゴン、――地竜だった。

 ドラゴン族の中では小型の方だが、それでも馬より一回り以上はでかい。


 ――こんな魔物が出るなんて聞いてないが!?


「お、おい……!! ドラゴンが出たぞ……!!」

 俺は思わず叫んだ。


「何のためにお前らを雇ったと思っている!? 戦って追い払え!!」

 前方の席に座ったダリルが怒声を上げる。


「む、無茶言うな……!!」

 ――ふざけるなよ!? 自慢じゃないがこちとらスライムに苦戦するレベルなんだぞ!!

 ビビり散らす俺に向かって、アイラスが言った。


「レーンド、私に強化魔法をかけて」

「え……!? あれと戦うつもりか……!?」


「ええ、早く!! このままじゃ追い付かれちゃう……!!」

「わ……、分かった……!!」

 俺は急いで『五歳から始める魔法入門』のページをめくり、『防御力強化』と『攻撃力強化』の魔法をアイラスにかける。


「き、気を付けろよ……!?」

「ありがとう、行ってくる!!」

 そう言って、アイラスは勢いよく馬車から飛び出した。


「オルアアアアァァァァァ!!!」


 飛び出した勢いのまま、アイラスは地竜の顔面に拳を入れる。不意を突かれたせいか、地竜の体がぐらりと傾いだ。

 ――い、意外に効いてる……!?


 だが、その程度の攻撃で地竜は倒れなかった。

 すぐに体勢を立て直し、怒り狂ってアイラスに襲い掛かる。アイラスは地竜の牙を避けながら、地竜の視界に入りにくい下段から腹部を狙って拳を繰り出す。


 『攻撃力強化』の魔法が効いているのか、アイラスの攻撃は地竜にしっかりとダメージを与えていた。

 ――す、すごいな。このまま行けば倒せるかも……!?


 だが、その時だった。

 一人で戦っているアイラスを置いて、こともあろうに馬車が走り出したのだ。


「お、おい待てよ!! まだアイラスが戦ってるだろ!!」

 俺はダリルに向かって抗議した。


「フン、馬鹿が……!! 最初からお前らの戦力など当てにしていないと言っただろう!? お前らなどただの囮よ。相方が心配ならお前もここで降りろ!!」

 吐き捨てるように、ダリルはそう言い放った。


 ――こ、こいつ……!!

 最初からここにドラゴンが出ることを知っていて、自分達が逃げるための囮として俺達を雇ったのか。

 どうして大事な積荷を守るのに俺達のような低ランクの冒険者を雇うのか疑問に思っていたが、合点がいった。――最初から、俺達を捨て駒にするつもりだったのだ。


 さすがに腹が立った俺は、咄嗟に荷台の木箱にしがみついた。


「おい、この馬鹿……!! 積荷には触るなと言っただろう……!!」

 ダリルが喚いているのを無視して、俺は心の中で強く念じた。


 ――俺はこのままアイラスを置いて一人で逃げる……!!!

 俺のその考えに反応して、「愛の指輪」の魔力が発動した。俺の体は、強い力でアイラスの方へと引っ張られる。


「うおぉ……!?」

 積荷の木箱を抱えたまま、俺の体は馬車の外へと放り出された。そして、木箱ごと地面に叩きつけられる。


 それを見て、ダリルは慌てて馬車を止めさせた。

 ――ふん、大事な積荷を置いては逃げられないだろ。


「いてて……」

 痛みを堪えて、俺は立ち上がろうとした。――その時だった。

 地面に叩きつけられた際に壊れたのだろう、木箱が破損して蓋が開いていた。


 その箱の中身を、俺は見てしまった。


 木箱の中に入れられていたのは、まだ幼い少女だった。

 長い黒髪はボサボサに乱れ、首輪を付けられて鎖で木箱に繋がれている。両手足を縄で縛られ、口にはさるぐつわを噛まされてぐったりしていた。


 ダリルが散々「積荷に触るな」と言っていた理由を、俺は理解した。同時に、嫌悪感で吐き気を覚える。

 慌てて馬車から降りてきたダリルが、こちらに向かって走ってくるのが見えた。


「おい、積荷を返せ!!」

「ふざけるなよ!! これって人身売買じゃねーか……!!」

 アルネイア共和国ではとっくの昔に奴隷制度は廃止されている。人身売買は重罪のはずだ。


「フン、それは人間の話だろう!! 魔族の子供なら売っても罪にならんわ……!!」

 ダリルは言った。


 ――――魔族?

 木箱の中の少女をよく見ると、確かに乱れた黒髪から小さな角がのぞいていた。背中にも小さな黒い翼がある。


「さあ、早く積荷を返さんか!! お前らの依頼主は俺だぞ!?」

「黙れ!! 俺達を囮にして逃げるつもりだったくせに、何が依頼主だ……!!」

 俺は木箱の前に立ちふさがって、ダリルと睨み合った。――その時だった。


「ふっざけんじゃねえええええええぇぇぇぇ!!!!!」


 アイラスの怒声と共に、俺達の目の前にドラゴンの巨体が降ってきた。――アイラスが地竜を投げ飛ばしたのだ。地面に叩きつけられた地竜は完全に失神していた。

 どうやら、彼女も木箱の中身を見てしまったようだ。


「ひっ、ひえぇ……!?」

 あまりの事態に、ダリルは腰を抜かした。


「おいテメェ!!! これは一体どういうことだ!!? あぁ!!!???」

 怒髪天を衝くとはこういうことだろうか。怒り狂ったアイラスが物凄い勢いで走ってきて、ダリルの襟首を掴み上げる。


「で、で、ですからその、魔族に人間の法律は適用されないので、別にこれは罪には問われな……」

「法律の話をしてるんじゃねぇ!!!! 道徳の話をしてんだよ!!!! テメェに人の心はねぇのかぁ!!!!??」

「ひっ……、ひいぃ……!! お、お助けを……!!」

 アイラスの剣幕に、ダリルは小便を漏らさんばかりに震え上がっていた。


「……『積荷』を置いて行けよ。そうすれば、命だけは助けてやる」

 俺は言った。ダリルはガクガクと首を縦に振る。


「チッ……」

 アイラスはまだ何か言い足りないようだったが、仕方なくダリルから手を離した。

 その瞬間、ダリルは脱兎のごとく馬車の方へと逃げて行く。


「ふ、ふざけるなよお前ら!! この件はギルドに報告してやるからな……!!」

 捨て台詞のようにそう言って、ダリルは馬車に乗って走り去って行った。


「あーあ……、今回はタダ働きだな……」

 走り去っていく馬車を眺めながら、俺はぼやく。


「……人身売買の片棒を担ぐよりはマシだわ」

 アイラスは言った。

「まあ、それはそうだな……」



 【四】


 俺は木箱に入れられていた女の子のさるぐつわを外し、手足の縄を短剣で切った。

「……この首輪、どうする?」

 さすがに鉄製の首輪は剣では切れないし、鍵もない。


「まかせて」

 アイラスはそう言うやいなや首輪を両手でつかみ、気合の掛け声とともに両側に引っ張った。

「ウルアアァァ!!!」

 バキンと音がして留め金が破壊され、首輪はあっけなく外れた。


 ――う、うん。『攻撃力強化』の魔法の効果だよな? ……そうだよな?


 アイラスは女の子の体を抱き起し、先ほどまでとは別人かと思うほど優しく声をかける。

「ねえ、あなた。大丈夫……?」

 ぐったりとしていた少女は、ようやくうっすらと目を開いた。かすれた声で、何かを訴えようとしている。アイラスは耳を近づけて、少女の声を聞き取った。

「……お水がほしいの?」


 俺は、自分の水筒の水を少女に飲ませた。少女は、時折せき込みながら貪るように水を飲む。

 ――可哀想に。水もまともに与えられていなかったのか。


「あ……、ありがとう……ございます……」

 ようやく喋れるようになった少女は、蚊の鳴くような声でそう言った。


「大丈夫……? あなた、お名前は……?」

 少女を安心させるように、アイラスは優しく尋ねる。

「ミア……」

 小さな声で、少女はそう名乗った。


「どこからさらわれて来たんだ? 帰る場所は分かるか……?」

 俺はミアに尋ねた。保護した以上放り出すわけにもいかないし、帰る場所があるなら連れて行ってあげたい。

 しかし、その質問に、ミアの瞳から涙がこぼれた。

「お、おうちはもうない、です……。パパが人間に殺されて、それで……」


 俺はアイラスと顔を見合わせる。

 ――ミアの父親も魔族だろう。人間に「討伐」されたのか……? そして残されたミアは人間に捕まって、売り飛ばされたのか。


「そうか……」

 何と言うべきか、俺には分からなかった。


 しん……とした空気が流れた、その時だった。


 急にアイラスが何かに気づいて立ち上がる。俺が慌てて振り返ると、ついさっきまで失神して伸びていた地竜が起き上がっていた。

 ――しまった、まだとどめを刺してなかった……!!


 地竜は、油断していた俺達に向かって牙を剥いた。

 地竜の牙が目の前に迫り、俺は一瞬死を覚悟した。――しかし、


「だ……、ダークブレイズぅ……!!」

 幼い声が魔法を唱えた。


 次の瞬間、地竜の体は黒い炎に包まれていた。

 断末魔の叫びを上げて、地竜の体はこんがり焼き上がってその場に倒れる。


「ミア……、今の魔法、お前……か?」

「あっ、はい……。ミア、魔族なので魔法使える、です……」


「魔法が使えるのに、どうして商人から逃げられなかったの?」

 不思議そうに、アイラスが尋ねた。


「さっきの首輪、魔力の封印道具、でした……」

「なるほど……」

 その封印をアイラスが腕力で引き千切ったのか。


 ――ふむ。魔法使い、か……

 少し考えた末に、俺は言った。


「ミア、……もし行く所がないなら、俺達の仲間にならないか?」

「えっ……?」

 ミアは驚いた顔をする。


「実は、魔法使いを仲間にしたいと思ってたんだよな。――アイラスはどう思う?」

「うーん……、小さい子だけど、大丈夫……?」

 アイラスは心配そうに言う。


「ミア、もう12歳、です……!! 小さくない、です……!!」

 ――え、12歳……? 外見的にはもっと小さく見えるけど……


「本当に12歳か? 嘘ついてないか……?」

「魔族、人間より成長遅いです……。ミア、本当に12歳……です」

 ミアは悲しそうな顔をする。

「そ、そうなのか。疑って悪かったな……」


「で、でも……、いいんですか……? ミア、魔族なのに……」

 不安げな顔で、ミアは尋ねた。


 ――確かに、ミアは魔族だ。魔王が倒された今も、魔族は人間の敵である。成長する前に殺すのが正解なのかもしれない。

 でも、俺にはそれが正しいことだとはどうしても思えなかった。


「まあ、無害そうだし……」

「そうね……」

 アイラスも言った。


「――よろしくね、ミアちゃん」

 アイラスは優しく微笑んで、ミアに向かって右手を差し出した。

 顔をほころばせて、ミアはその手を握る。


「はい、ミアがんばるです!! よろしくおねがいします、です……!!」

 こうして、魔族の幼女ミアが仲間になった。


 ――なお、こんがり焼けたドラゴン肉は俺達が美味しくいただきました。


次回「魔族の幼女のパパになった」

次回の更新は月曜日の予定です。


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