転生王子と追放聖女(上)
【一】
俺には前世の記憶がある。
前世の俺は、どうやらろくでもない人生を送っていたようだ。
大学受験に失敗し、就活にも失敗した。無職の俺を養ってくれるだけの金はうちにはなく、しばらくはバイトで食い繋いでいたがすぐに生活は厳しくなった。
そんな俺が世を儚んで電車に飛び込んでも、仕方のないことだって思うだろ?
――しかし実際のところ、自殺した直接の原因はよく思い出せない。
何か、胸を刺すような後悔の念だけが残っている。……まあ、自殺の理由なんて思い出せない方がいいだろう。
転生した俺は王子様だった。
サラサラの金髪に深い緑色の瞳、整った顔立ち。出自も外見も申し分ない。
――これは転生ガチャ大成功では?
俺が生まれたのは、レーイライドと言う名の小国だった。
山脈に囲まれた地形のため周囲の大国から攻め込まれる危険性も低く、国民のほとんどが農業と牧畜で生計を立てているのどかで平和な国だ。
つまり、ド田舎である。
――だがまあ、田舎も決して悪くない。大国の王家に生まれてハードな人生を送るよりは、田舎の小国でのんびりスローライフを送る方が気楽でいいだろう。
俺は、思いがけず手に入れたこの第二の人生を満喫しようと決めた。
「レーンド様……!!」
家庭教師が俺を探し回っている声が聞こえる。
レーンド=ウィル=エスト=レーイライド。それが今世での俺の名前だ。
七歳になった俺は、やんちゃな子供に育っていた。
残念ながら、城での生活は思ったより窮屈なものだった。
父親は厳格な人で、簡単に外に出してはもらえなかった。幼い頃から読み書きや礼儀作法を勉強させられ、うんざりした俺はしょっちゅう勉強を投げ出しては城を抜け出すようになっていた。
――せっかく子供時代をもう一度過ごせるんだ。もっと遊びたいじゃないか。
城の城壁には、子供がギリギリ通れる程度の小さな穴が開いていた。その日も、俺は家庭教師の目を盗んで抜け穴からこっそりと城の外に出た。
「……レーンド様!!」
「うわぁ……!!」
その時、突然背後から声をかけられた。
そこにいたのは、長い黒髪を無造作に一括りにした少年だった。
「なんだ、イードか……。脅かすなよ……」
イードは、代々レーイライド王家に仕える家臣の家に生まれた子供だ。
彼と初めて引き合わされたのは五歳の頃。それから、俺の遊び相手として兄弟のように一緒に育っている。
「また勝手に抜け出したりして、見つかったら怒られますよ?」
俺のお目付け役のつもりなのか、イードはよく俺に小言を言ってくる。実際、イードは年の割にしっかりした子供だった。
「文句を言うならついて来なくていいんだぜ」
「そういうわけにはいきません。レーンド様に何かあったら怒られるのは僕なんですよ」
何だかんだ言って、イードはいつも俺について来てくれる。
周りに年の近い子供が他にいなかったため、イードは俺の唯一の友人だった。俺は、親友だと思っていた。
「二人の時は様付けしなくていいって言ってるだろ」
「……そういうわけにはいきません」
何度言っても、イードはあくまで敬語を崩そうとしなかった。――俺としては何となく距離を感じて嫌だったのだが、まあ立場上仕方がないのかもしれない。
それから十年。
俺が十七歳になった頃、父親のハラルド王が流行り病で急逝した。
何の覚悟も実感もないまま、俺はレーイライドの王座を継ぐことになった。
【二】
白い柱が林立した大聖堂。
唯一神ファリスの石像の前には、大きな宝玉が安置されていた。
一族が静かに見守る中、少女は恐る恐る宝玉に手を触れる。
美しい少女だった。ゆるく波打つ銀髪に、水面のような碧い瞳。
――お願い、反応を示して。
祈るような気持ちで、少女は宝玉に手を触れる。
その宝玉は、手を触れた者の魔力に反応して輝きを示す。光の色は魔力の属性を、輝きの強さは魔力の大きさを現わしていた。
しかし、少女が触れても宝玉は一切の反応を示さなかった。
ただの冷たい石のままだ。
少女の顔が絶望に引きつった。
――彼女には、魔力が無いのだ。それは、少女にとっては死刑宣告にも等しいものだった。見守っていた親族から失望のため息が漏れる。
その時、親族の中から一人の青年がつかつかと少女に歩み寄った。そして、おもむろに少女の頬を叩く。乾いた音が大聖堂の中に響き渡った。
「アイラス……、ファリス聖王国に生まれた聖女でありながら魔力を持たないとは。アルフィール家の面汚しめ」
青年は吐き捨てるように言って、蔑んだ目で少女を睨んだ。
「申し訳ございません、お兄さま……」
少女は目を伏せる。彼女の名はアイラス=アルフィール。
青年は彼女の兄だった。妹と同じ銀髪に碧い瞳をしている。名前はゼノン=アルフィール。真面目で厳格な性格が顔つきに現れており、どこか他人を寄せ付けない雰囲気があった。
ファリス聖王国は、唯一神ファリスを崇める宗教国家である。
王家の血を引く女子は強い魔力を有し、その浄化の力で国を守る「聖女」と呼ばれていた。アルフィール家は直系でこそないものの王家の血筋に連なる名門であり、王位継承権も有している。
アイラスの兄、ゼノンは若くして剣術にも魔法の才能にも優れ、ファリス聖騎士団の団長を務めるエリートだった。
その反面、妹のアイラスは名門アルフィール家に生まれながら一切の魔力を持たなかった。
魔力の発現には個人差があり、幼少期から魔法を使える者もいれば、ある程度成長してから魔力に目覚める者もいる。だが、遅くとも十五歳くらいまでには魔力が開花するのが一般的であった。
アイラスは今年で十七歳になる。
それなのに、一向に魔力が開花する気配がなかった。
名門家系に生まれながら魔法が使えないなど、一族の面汚しでしかない。両親は、すでにアイラスを見限っていた。
昔はアイラスのことを庇ってくれていた兄ですら、今では彼女に冷たく当たるようになった。
アルフィール家には、もうアイラスの居場所はなかった。
「魔力のない者を『聖女』などと呼ぶわけにはいかない。アイラス、お前にはこの国を出て行ってもらう」
冷酷にも、ゼノンはそう言い放った。
「えっ……」
アイラスは愕然とする。
「お前は隣国レーイライドの王族と結婚してもらうことが決まった。『聖女』として役に立てないなら、せめて女として役に立ってみろ」
――つまり、政略結婚の道具になれという意味だ。
それは、彼女が知らないうちにすでに親族会議で決定されていた。
レーイライド王国は、ファリス聖王国に隣接する小国である。実際のところ、ファリス聖王国にとってそれほど重要な国ではない。だが、身内を送り込んで繋がりを作っておけば、後々役に立つこともあるだろう――その程度の存在だった。
アルフィール家にとっては、体のいい厄介払いというわけだ。
「わ……、分かりました……」
アイラスは頷いた。彼女に選択権などあるはずもなかった。
――レーイライド王国。一体どんな国なのかしら。……そこになら、私の居場所があるのかしら。