9話『爽やかイケメン』
学園生活のサポート。
それの意味する所はつまり、九条に誰もが想像するような普通の学園生活を送ってもらうということ。
そして普通の学園生活には友達が必須だ。
しかし――
「なぁ九条、友達って素敵だと思わないか?」
「思わないわね、絶対に」
「断言しやがった……」
これだ。当の本人に友達を作る気が一切ない。
そんな彼女に友達などできる訳もなく、俺は教室の端で頭を抱えるしかない。
九条が友達を欲しくなる。そんなきっかけがあればいいのだが、そんな都合の良いことなど起きることもないだろう。
改めて普通の学園生活への道のりは険しいことを再認識していると、なにやら教室がザワザワと騒がしくなり出した。
それも女子ばかりが。
「え、イケメン! なんでうちのクラスに!?」
「昨日は居なかったよね? まさか転校生!」
「いやいや、二日目で転校生はないでしょ」
「じゃあ誰なのよっあのイケメンは!」
凄まじい剣幕で話す女子達。その視線の先には確かにイケメンがいた。
注目されていることに自覚があるのか、困ったように笑うその顔はまさに爽やかフェイスそのもの。
そして彼の存在感を強調しているのは、あの黄金に輝く髪だろう。
まさに金髪爽やかイケメン。
あんな特徴的な人間を昨日今日で忘れることはない。
つまり昨日はいなかった。しかしこの教室に入ってきたということは――
「みんな初めまして、僕は宮原明人。昨日は家の都合で出席できなかったけど、今日から同じクラスの仲間としてよろしくね!」
爽やかでありながら堂々とした良い挨拶だ。
皆が知りたがっていた訳もしっかりと説明してくれた。
「あ、どうりで見たことない訳だ! 昨日は欠席していたんだ!」
「はは、そうなんだ。色々とトラブルが重なってしまってね」
「えぇ~もうそのトラブルは大丈夫なの~?」
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫、トラブルは全部昨日のうちに片づいたから」
「それじゃあ今日から新たな学園生活の始まりだね!」
「みんなと楽しい学園生活を送りたいから、是非とも仲良くしてくれると嬉しいな」
凄い。一瞬にして宮原はクラスの皆に囲まれてしまった。
普通なら初日を逃した者は多少なりともアウェイな空気を感じるものだが、彼はもう既にクラスの中心にいる。
まさに外見だけではなく中身までイケメンだ。
そんな彼を見ていた俺の視線は自然と隣の席の九条に向いた。
騒がしくしている彼らに目もくれることもなく、ただ黙って手元の小説を読んでいる美少女。
おそらく俺の視線に気づいたのだろう。
不服そうな目で俺を睨んだ。
「なに? 私に言いたいことでもあるの?」
「ん……あるにはあるが、言ったら怒るだろ」
「怒らないわよ。貴方には貸しがあるもの」
「そうか、なら言わせてもらうが、なんで同じ美形なのにここまで性格に差が――アイタっ」
最後まで言葉を吐く前に、九条の美脚が俺の机の足を捉えた。
机の上に肘を立て、その上に顎を乗せていた俺は、その衝撃で机の上に顔面を強打。
痛い。そんな当然の感想と共に顔を上げると、盛り上がっていたはずのクラスメイト達が全員こちらを見ていた。
俺の声が妙に教室に響いたせいだろう。
しかしすぐに興味を無くしたように皆の視線は再び宮原へと戻った。
「どうしてくれるんだ、九条のせいで変な目で見られたぞ」
「貴方が馬鹿な事を言ったせいでしょ」
「怒らないって言ったはずだ」
「今のは怒りからの行動じゃなくて、失礼な物言いをした貴方を矯正してあげようとした私なりの優しさからよ」
「あ、そうですか……」
本人がそういうならそうなんだろう。
そのわりには凄まじく鋭い蹴りだったが。
「ま、あそこまで外見に釣り合った完璧な性格になれとは思わないが、それでも少しは他者への寛容さをだな」
「なにを言っているの? どこからどう見ても私は完璧美少女でしょ」
言い切った。それも冗談だとかではなく、本気で言ってそうなのが怖い。
「完璧ね……ゴキブリにビビっていたのに?」
「分かっていないわね。美少女はね、どんな状況どんな反応をしようとも――美少女なのよ」
「頭に虫でも湧いてんのか?」
「蹴飛ばすわよ」
「ごめんなさい」
すぐに暴力に訴えかける野蛮な彼女が完璧美少女とは到底思えないが、それを指摘したら本当に蹴られそうなので口を閉じる。
これが恐怖政治というものか。
それから何か大きなイベントがあることもなく時間は進み、気がつけば放課後になっていた。
九条の普通の学園生活への進展は何もなかった。
流石に一日何も進展がないのは会長に申し訳が立たない。
故に俺はそそくさと帰ろうとする九条に何か仕掛けようかと考えていると、俺よりも先に話しかける者が現れた。
「あ、九条さん……だよね? ちょっといいかな?」
なんと九条に恐れることなく話し掛けたのは、金髪爽やかイケメンこと宮原だった。
これには九条も乙女らしく対応するのかと少しは期待したのだが、現実はどこまでも残酷だった。
「邪魔、退いて」
「あ、いきなり話しかけられて困るよね。でも、少しだけ話を聞いて欲しいだけなんだけど……」
「興味ないわ」
取り付く島もないとはこのことだ。
これには宮原も苦笑いを浮かべるしかないのだった。