5話『不潔系美少女』
積み上がった大量のゴミ袋を見て、俺はそっと扉を閉じた。
「え、ちょっと、なんで閉じるのよ!」
「いや、だって……な?」
「な、って言われても分からないわよ! いったい何があったの?」
「何があるかと聞かれたら……大量のゴミ?」
「……………………あっ」
どうやら九条は忘れていたらしい
自身の玄関先の現状を。
しかし思い出したようだ。
その証拠に彼女の顔は耳まで真っ赤に染まっていた。
「ち、違うのよ! あ、あれはね、違うのよ!?」
「何が違うんだよ……そりゃゴキブリも湧くだろ」
「だから違うの! 私は不潔系美少女じゃないだから!」
「誰も言ってねぇよ……あと自分で美少女とかいうな」
「言い訳をさせなさい!」
「ど、どうぞ……」
真っ赤に染まった頬を膨らまされてはこちらはもう何もいえない。
一度咳払いした九条は優雅に白銀の髪を掻き上げて言った。
「悪いのは全て――分別よ」
「はい?」
「だって可笑しいと思わない? どうしてアイス一つでゴミが二種類も出るの?」
「種類の違う素材を使っているからだろ」
「プラスチックだって段ボールだって発泡スチロールだって燃えるじゃない! じゃあ全部燃えるゴミでいいと思わない!?」
凄まじい熱弁だ。言っている事は暴論だが。
「まぁ……分からない事もないが、リサイクルの観点での分別だからな」
「それに私が腹立たしいのは、地域によって分別内容が変わることよ! 結局どれがどれに分類されるのか分からないの!」
「それに関しては慣れるしかないが、まぁ事情はわかった。九条には九条なりの苦労があったんだな」
ゴミ屋敷になっていった経緯に納得していると、九条は両手を腰に当てて胸を張った。
「そ、そうよ! だから訂正して、私は不潔じゃないって!」
「別に俺は何も言っていないんだが……あぁはい、九条さんは不潔じゃありません」
「それは本心よね?」
「ホンシンダヨ」
「ちょっと! 何で片言なの!?」
「あの光景を見た後じゃちょっと……キツい」
「キツいって……そんな言い方……もう嫌っ……」
そう言って九条は再び膝を抱えて座り込んでしまった。
まるで心が折れたように。
流石に少しだけ罪悪感に苛まれてきたので、慰める気持ちで一つの提案をすることにした。
「わかった、ならこうしよう。どうせゴキブリを退治するんだ、その発生源であるゴミの山も掃除して
やる。そうすれば不潔系美少女から脱却だろ」
「それは非常に助かるのだけど……一発だけ蹴飛ばしてもいいかしら?」
「すみません」
これ以上怒らせるのも本意ではないので、俺は部屋から掃除道具一式を持ってきた。
すると九条が無謀な事を言い出した。
「私も一緒に掃除するわ」
「その心意気は買うが、無謀だと思うぞ? 間違いなくゴキブリはゴミ山のどこかに隠れているから、下手をすれば足ぐらいには頭突きをかましてくるぞ?」
「だだだ大丈夫よ! 私達にはゴキブリスプレーがあるじゃない! それに自分で汚した部屋を全部貴方だけに押し付けるのは流石にね」
「変な所で律儀なんだな」
傲岸不遜なだけじゃないんだなと評価を修正しつつも俺は思った。
ゴキブリの中にはスプレーで即死しない個体がいることを。
しかし九条の心の平穏の為にそっと胸の中に仕舞っておくのだった。
そうして始まった大掃除。といっても、九条が引っ越ししてきたのは一週間前ほどらしく、パッと見たよりかは数も多くない。
ただそれでも引っ越しで出た段ボールなども多く、紐などでキビキビと縛っていく。
それから九条に一つ一つ丁寧に分別の内容と見分けるコツなどを教えながら進めていく。
やはり首席を取るだけあって、地頭は相応いいらしく一度教えた物は的確に分別できている。
この調子ならすぐに終わるだろう、そう思った矢先に事件は起こった。
最初はゴキブリの存在にビクビクしていた九条だが、途中から分別することに思考を割いているおかげか淡々とした様子だった。
それが仇となったわけではないが、九条が新しいゴミ袋を持ち上げた瞬間。
その下から彼女の天敵であるゴキブリが颯爽と現れた。
「――あっ」
あまりにも容認しがたい現実を前に九条は固まってしまった。
それを知ってから知らずかゴキブリは真っ直ぐに九条の足下へと駆けだした。
接近するゴキブリ。停止した脳。絶対に触れられたくないという本能。
その全てが合わさった結果なのだろう。
九条は――跳んだ。
迫るゴキブリから逃れるように真逆の方へと。
しかしそっちは壁。このままでは壁に衝突して落下するのみ。
だが、九条の運動神経を舐めていた。
壁の方に跳んだ九条はなんと――そのまま壁を更に蹴った。
簡単に言えば壁キックだ。
「凄いな……って、なんでこっちに!?」
九条の華麗な動きに感心していると、壁を蹴った九条がなんと俺の方へと跳んできたのだ。
おそらく地面に足を付けたくないという意識からだろう。
近くにある唯一しがみつけそうな俺を目指した結果だ。
俺は迫り来る九条をキャッチするべく腰を深くするのだった。