34話『ギャルと朴念仁』
九条は言った。学園でも話してもいいかと。
凄い進歩だ。俺と話す光景を見れば、周りの者達も九条に話かけるかもしれない。
そんな期待と共に学園に着いてから――数時間が経った。
「……もう昼なんだけど」
お昼休みになった。しかし九条はいまだに話しかけてこない。
隣の席からチラチラとこちらを見てきてはいる。
授業中も小休憩の時も、そして食堂で飯を食べている今もだ。
「えっと……言いたくなかったらいいんだけど、新道君、もしかして九条さんと喧嘩でもした?」
一緒のテーブルに座る宮原が急にそんな事を言い出した。
おそらく九条の視線に気づいたのだろう。
鋭い奴だ。隣の坊主はそうではないらしいが。
「新道殿が九条様と喧嘩? 相変わらず宮原殿は荒唐無稽なことを仰るでござるな」
「え、そんなに可笑しい事を言ったかな?」
「喧嘩というのはある程度の仲でないと起こらないものですぞ。つまり接点のないお二方が喧嘩をするなどありえないでござる」
「あれ、接点ならあるよね? 前だって水族館に――」
俺は慌てて椅子から立ち上がり、宮原の口を塞ごうとした。
忘れていたからだ。水族館の一件の口止めを。
しかしその必要はなかった。
「あれ~宮っちと新道君じゃん! 奇遇~!」
宮原の言葉に重なるように話しかけてきたのは、金髪ギャルとその仲間達。
つまりは西崎さん率いる隣のクラスのギャルグループだ。
「あ、西崎さん! 奇遇だね!」
「全生徒が使う食堂なんだから奇遇ではないだろ……」
「あ~新道君はすぐにそうやっておじさんみたいなことを言う!」
「ま、また俺をおじさんと……」
「え、何々! なんでおじさんなの?」
「それがね~」
急に始まった公開処刑。
当然のように同じテーブルに座った西崎さん達は、俺のおじさん話で盛り上がっている。
「確かにおじさんっぽいね! あ、でも~新道君って結構格好良くない?」
「え~絵里って新道君みたいなのがタイプなの~?」
「だって~クールっぽいのに、ノリは良さそうじゃん! 面白クール系みたいな?」
「面白クール系……悪くない響きだな」
新たな称号に俺の気分は急上昇。
しかしすぐにたたき落とされる。
「あ、新道君のこれはねクールとかじゃなんだよ? ただ朴念仁なだけだよ~」
「おい、失礼だぞ。謝れ、俺に」
「なんで倒置法なの? ウケるんだけど~」
「全然ウケない!」
おじさんだの朴念仁だのと失礼な奴だ。
西崎さん本人はエセギャルの癖に。
「あ、でもね、新道君は朴念仁だけど優しいんだよ。ね、宮っち?」
「そうだね、新道君は凄く優しいよ! 初対面の僕を彼は迷わずに助けてくれたからね!」
「へぇ~新道君って優しいんだ~朴念仁系なのに?」
「朴念仁っていうのも違うんじゃないかな。ただ新道君はそこまでお喋りではなくて、人よりも笑うことが少ないだけだよ!」
「宮原、ありがとう。でもな……それを一般的に朴念仁って言うんだ……」
「そうなの!?」
ここでも相変わらずの天然炸裂。これには俺も心にダメージを負う。
「あ~確かに新道君って笑わないよね。そのせいで朴念仁って思うのかも~」
「お、俺だって笑うことはある」
「たとえばどんな時?」
「妹と居るときだ」
「え、新道君って妹がいるの!?」
何故か一番驚いたのは宮原だった。
そんなに意外だろうか。
「え~写真とかないの?」
「私もみたいかも!」
「アタシもアタシも!」
急に群がりだすギャル達、その中に宮原もしっかりといた。
ただ一人、ずっと下を向いて飯を食べている山田以外の全員だ。
「どうした山田? お前は見ないのか?」
「せ、拙者は……その、大丈夫です……」
何やら緊張している様子だ。その証拠に語尾が普通に戻っている。
ギャルが苦手なのだろうか。
「ふっふ、とうとう来たか。俺の天使フォルダを開く時――」
「ねぇ、ちょっといいかしら?」
俺が意気揚々とスマホを取り出そうとした時だ。
聞き覚えのある声がギャル達の向こうから聞こえた。
「え、九条さん?」
「なんで……孤高の氷姫が!?」
「ていうか……なんか怒ってない?」
予想外な人物の登場に、ギャル達は慌てて散らばった。
そのせいで九条の鋭い目が俺を捉えた。
「貴方に少し話があるのだけど」
やはり目的は俺らしい。何か急な用事だろうか。
「悪い、まだ食べている途中だから、ちょっと待ってくれ」
「「「――え!?」」」
何故かギャル達が驚いたような声を漏らす。当然の事を言っただけなのに。
「そう、ここで待っているからいいわ」
九条はそう言ってテーブルの端で俺を見下ろしている。
人に見られながらは少し食べづらいが仕方ない。
「あ、あの女王を待たせるなんて……新道君、恐ろしい人っ」
「流石は朴念仁……空気を読むってことができないんだね」
「ていうか……普通に待ってくれる九条さんも意外に優しいかも?」
隣でギャル達がコソコソと話している。
その内容も悪いものだけではなかった。
そこで閃いた。ここで九条と普通に会話をすれば、ギャル達も理解してくれるのではないかと。
九条だって同じ人間だということを。
故に俺はうどんを啜る合間に、九条へと話を振った。
「九条ってうどんの中なら何が好き?」
パッと良い話題が思いつかなかったので、今食べているものを話題にした。
その結果、何故かギャル達がまた騒ぎ出した。
「なにその質問!?」
「触れるもの全てを粉砕するあの破壊者にする質問がそれ!?」
「これが……朴念仁レベル100!?」
流石はギャル達だ。騒がしい。
しかしそんなものを気にする九条ではなく、相変わらず俺を見下ろしながら言った。
「そうね、しいていうならかき揚げうどんかしら」
「ははん、やっぱりな。九条って意外に濃い味付けが好きだよな」
「そういう貴方はどうせきつねうどんでしょ」
「その心は?」
「甘いから、でしょ」
迷いのない九条の発言に、俺は無言で拍手を送った。
すると九条のピンク色の唇が微かに上がった。
正解できて嬉しかったようだ。
「え、なにこの二人……お互いの味の好みを把握しているなんて……」
「まさか二人って仲がいいとか? でも話している所とか見たことないし……」
「じゃあ、もしかして……話してみれば意外に普通とか!」
一人のギャルの発言に俺は心の中でガッツポーズをする。
狙い通りだ。これで誰かが勇気を出してくればいける。
そう願った時だった。勇者が現れた。
天然という武器を装備したイケメン勇者がその刃を抜いたのだ。
「あ、僕もきつねうどんが好きだよ! 今度一緒におすすめのうどん屋さんに行かないかな?」
話を広げつつのお誘いだ。
この流れなら九条も誘って行ける。
予想以上の展開に俺は喜んで頷こうとした瞬間――
「急に話に入ってこないで。私は今、これと二人で会話しているの」
「あ、ごめんね……」
「……」
「…………」
「………………」
「うどんって……温かくて落ち着くよな。うん、本当に……」
こうして俺はお通夜みたいな空気の中でうどんを完食するのだった。




