33話『隠された本音』
ストーカーの件を相談してから数日が経った。
あの日から九条はことあるごとに助言をしてくるようになった。
「ストーカーとは絶対に二人きりにならないこと。それを許してしまったら、あっちは自分に好意があるって勘違いするらしいわ」
「過剰に怯えたり怒ったりするのも駄目よ。誤解を解こうとする焦りが、どこかで怒り変わる可能性もあるわ」
「だからといって優しく接するのは駄目だからね? 調子づいて更なる接触を求めてくるから」
など、九条なりに色々と調べてくれたらしい。
本当にありがたい。心の底から感謝しかない。
だから俺は九条を家に招いた。
お礼として晩ご飯をご馳走したいと考えて。
「それにしても、またカレーでよかったのか?」
「えぇ、前に食べたカレーは絶品だったもの」
「そうか、それは作り甲斐があるな」
俺は期待に応えるために気合いを入れて料理を始めた。
ソファーに寝転んで、スマホを弄っている九条を眺めながら。
「あ、そういえば、前に九条が教えてくれた事なんだが……」
俺はカレーを煮詰めつつ、ずっと聞きたかった事を思い出した。
「前? それってどれのこと?」
九条はスマホを弄るのを辞め、ソファーに座り直しながらこっちを見た。
「ほら、ストーカーの厄介な所みたいな」
「あぁ……本人には自覚ないってやつよね。それがどうしたの?」
「仮にそれが事実だとすれば、ストーカーされた側って詰みなのか? だって自覚のない相手に何を言っても納得してくれないだろ」
色々と考えた末に辿り着いた答えだった。
しかし九条は首を横に振った。
「それは違うわ。自覚がないなら、まずは自覚させる事から始めればいいのよ」
「自覚させるか……」
「貴方が直接言ってあげるのよ。迷惑だからやめてって。それはストーカーに準ずる行為だって」
「そんなにハッキリ言ってもいいのか?」
「真剣に伝えたらいいの、そうすれば相手も本気で受け止めてくれるわ」
「そうか」
ずっと悩んでいた。ストーカーへの対応を。
しかしこれで勇気が出た。
だから俺はカレーの火を止め、ソファーに座る九条の所に向かった。
「な、なによ……」
無言で近づく俺に警戒心を見せる九条。
碧い目で見上げてくる彼女に俺は言った。
「ストーカーするのをやめてくれないか」
「はい?」
「常に誰かに見られているという状況は思ったよりもキツい。迷惑だからやめてくれ」
「何を言っているの……?」
本当だ。九条の言葉は正しかったらしい。
ストーカーにはストーカーしているという自覚がないらしい。
しかしこうも言っていた。真剣に言えば伝わるとも。
「最近、俺がどこかに出かける度に後をつけているよな?」
「え……」
「学園の時だってそうだ。昼休みから小休憩、トイレに行くときまで尾行しているだろ」
「び、尾行だなんて……」
「していないって言えるか? あれだけ後をつけてきておいて?」
「…………」
沈黙。九条はばつが悪そうに目を反らした。
「そうか、認めたくないか。それなら俺にも考えがある」
俺はそう言ってスマホを取り出した。
そして画面を突きつけた。決定的な証拠を提示するために。
「これはどう説明するんだ?」
俺のスマホに表示されているのはアプリだ。
位置情報共有という。
「え、なんで!? アイコンは消していたのに!」
驚いたように人のスマホを奪う九条、しかしその反応は自らの罪を認めているようなものだった。
「おかしいと思ったんだ。学校だけならまだしも、夜の急な外出まで尾行されていたから」
だからネットで調べた。自分の位置がバレる原因を。
すぐに出てきた。その手口が、そして位置情報共有アプリという存在が。
「スマホを買った時だろ。設定をしてくれた時、勝手にこのアプリを――って、え、ちょ!?」
俺の口から動揺した声が漏れる。
蹴られたわけでも、押し倒れたわけでもない。
ただ九条の目が僅かに潤んでいた。
「ごめんなさい……でも私は貴方を傷つけたかったわけじゃないの……」
「え、あ、はい」
「ただ貴方を守りたかった。純粋な貴方を、にじり寄ってくる悪意から」
「う、うんうん、そうだよなっ」
「でも……いつの間にか私自身がその悪意になっていたのね……ごめんなさい」
急なしおらしい態度と共に九条の頬を小さな雫が通り落ちていく。
泣いている。自分の罪を自覚して。
予想外だ。まさかここまでの反応を見せるとは。
「あ、謝らなくても大丈夫だぞ。俺もそこまで気にしていないし……」
「嘘よ。人のスマホにアプリを勝手に入れて、ずっと位置を監視してくるような女は怖いでしょ?」
「こ、怖くはない。やめてほしいな……とは思うけど」
「最近なんて盗聴器を設置しようか悩んでいたのよ?」
「えぇ……盗聴……まぁうん、でもまだ未遂だから大丈夫」
「ちなみに貴方の私物を何個か盗んでいるわ」
「まさかTシャツか! 最近明らかに減ってきたなとは思っていたんだ!」
これには俺も我慢できずに叫んでしまった。
そのせいで九条は悲しげに笑った。
「もう私達の関係も終わりね。私みたいストーカーとは一緒には居たくないでしょ」
そう言って九条は立ち上がり、フラフラと危なげな足取りで玄関の方へと向かおうとする。
しかしこのまま帰すわけにはいかない。
ここで帰してしまったら、俺達の関係が本当に終わる気がする。
だから俺は覚悟を決めた。
「待ってくれ、話はまだ終わっていない」
俺は万が一にも逃がさない為に、彼女の腕を掴んだ。
「は、離してよ……これ以上貴方に嫌われたくないのっ」
腕を必死に振り払おうとするが、俺は絶対に離さない。
おそらく九条は自己嫌悪に陥っている。
この状況で俺が何を言おうと九条は帰ろうとするだろう。
つまり言葉じゃ足らない。
その事を理解した瞬間、俺は行動していた。
九条を後ろから抱きしめることに躊躇はなかった。
「九条、前にも言ったよな。俺が望むのは九条が笑っていられる未来だって」
「え……あ、うんっ……」
九条の身体がビクリと震えた。
急な俺の行動に驚いたのだろう。
それでも逃がすつもりない。
「九条が笑っていられるなら……ストーカー行為も許す! なんなら他の私物も持って帰ってもいい!」
俺はそう言い切った。
「ほ、本当……?」
嘘だ、正直に言えばやめてほしい。
だが、俺は会長に言った。高校生活を捨ててもいいと。
だからストーカーの一人や二人に臆してなど居られない。
「あぁもちろんだ」
「こ、こんな私を……受け入れてくれるの?」
九条の声が震えている。しかし微かにだが期待するような声色が混じった気がする。
故にここが攻め時なのだと理解した。
「受け入れるさ。俺にとって九条はそれだけ大きな存在だから」
「わ、私って結構独占欲が強いのよ……そのことで貴方に迷惑を掛けちゃうかも知れないわ」
「大切な主人に迷惑を掛けられてこその従者だろ」
「実は私って貴方が幻滅するくらい甘えん坊なの!」
「新しい一面が見られるのは大歓迎だ」
「し、下着だって持って帰っちゃうかも!」
「うぅ……うん、全然問題ない!」
「あ、それにね――」
それから九条は全てを吐き出した。
今まで我慢していたのであろう本音と、隠してきた一面を。
俺はその全てを肯定した。中には受け入れがたいものもあったが。
しかしそのおかげで九条の顔に笑顔が咲いた。
「流石は私だけの従者ね! 大好きっ!」
感極まったのだろう。
いつもクール系美少女を名乗る彼女が、飛びつく勢いで抱きついてきた。
ここまで真っ直ぐな好意は始めてだ。
「あ、明日から学園でも話してもいい?」
九条は抱きついたままそう口にした。
これには俺も驚きながらも全力で頷いた。
「もちろんだ! 俺もずっと九条と学園で話したかったんだ!」
「ふふ、そうなの? つまり両想いってことね!」
そんなこんなで話は決着した。
途中はどうなるのかとヒヤヒヤしたが、終わってみれば万々歳な結果だ。
ただ――
「どう報告しよう……」
ストーカー行為に私物の横領、抱きついたり抱きつかれたり。
今日のこれれらを会長に正直話すのはどうかと思う。
しかし九条は言った。学園でも話したいと。
これはまさに依頼の進展だ、これを報告しない訳にもいかない。
「やっぱり美味しい! また作ってくれる?」
「九条が望むならいつでも」
「やったぁ!!」
ただ今だけは全てを忘れよう。
九条の無邪気な笑顔だけを見ていたいから。




