表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/39

33話『隠された本音』

 ストーカーの件を相談してから数日が経った。


 あの日から九条はことあるごとに助言をしてくるようになった。


「ストーカーとは絶対に二人きりにならないこと。それを許してしまったら、あっちは自分に好意があるって勘違いするらしいわ」


「過剰に怯えたり怒ったりするのも駄目よ。誤解を解こうとする焦りが、どこかで怒り変わる可能性もあるわ」


「だからといって優しく接するのは駄目だからね? 調子づいて更なる接触を求めてくるから」


 など、九条なりに色々と調べてくれたらしい。


 本当にありがたい。心の底から感謝しかない。


 だから俺は九条を家に招いた。


 お礼として晩ご飯をご馳走したいと考えて。


「それにしても、またカレーでよかったのか?」


「えぇ、前に食べたカレーは絶品だったもの」


「そうか、それは作り甲斐があるな」


 俺は期待に応えるために気合いを入れて料理を始めた。


 ソファーに寝転んで、スマホを弄っている九条を眺めながら。


「あ、そういえば、前に九条が教えてくれた事なんだが……」


 俺はカレーを煮詰めつつ、ずっと聞きたかった事を思い出した。


「前? それってどれのこと?」


 九条はスマホを弄るのを辞め、ソファーに座り直しながらこっちを見た。


「ほら、ストーカーの厄介な所みたいな」


「あぁ……本人には自覚ないってやつよね。それがどうしたの?」


「仮にそれが事実だとすれば、ストーカーされた側って詰みなのか? だって自覚のない相手に何を言っても納得してくれないだろ」


 色々と考えた末に辿り着いた答えだった。


 しかし九条は首を横に振った。


「それは違うわ。自覚がないなら、まずは自覚させる事から始めればいいのよ」


「自覚させるか……」


「貴方が直接言ってあげるのよ。迷惑だからやめてって。それはストーカーに準ずる行為だって」


「そんなにハッキリ言ってもいいのか?」


「真剣に伝えたらいいの、そうすれば相手も本気で受け止めてくれるわ」


「そうか」


 ずっと悩んでいた。ストーカーへの対応を。


 しかしこれで勇気が出た。


 だから俺はカレーの火を止め、ソファーに座る九条の所に向かった。


「な、なによ……」


 無言で近づく俺に警戒心を見せる九条。


 碧い目で見上げてくる彼女に俺は言った。


「ストーカーするのをやめてくれないか」


「はい?」


「常に誰かに見られているという状況は思ったよりもキツい。迷惑だからやめてくれ」


「何を言っているの……?」


 本当だ。九条の言葉は正しかったらしい。


 ストーカーにはストーカーしているという自覚がないらしい。


 しかしこうも言っていた。真剣に言えば伝わるとも。


「最近、俺がどこかに出かける度に後をつけているよな?」


「え……」


「学園の時だってそうだ。昼休みから小休憩、トイレに行くときまで尾行しているだろ」


「び、尾行だなんて……」


「していないって言えるか? あれだけ後をつけてきておいて?」


「…………」


 沈黙。九条はばつが悪そうに目を反らした。


「そうか、認めたくないか。それなら俺にも考えがある」


 俺はそう言ってスマホを取り出した。


 そして画面を突きつけた。決定的な証拠を提示するために。


「これはどう説明するんだ?」


 俺のスマホに表示されているのはアプリだ。


 位置情報共有という。


「え、なんで!? アイコンは消していたのに!」


 驚いたように人のスマホを奪う九条、しかしその反応は自らの罪を認めているようなものだった。


「おかしいと思ったんだ。学校だけならまだしも、夜の急な外出まで尾行されていたから」


 だからネットで調べた。自分の位置がバレる原因を。


 すぐに出てきた。その手口が、そして位置情報共有アプリという存在が。


「スマホを買った時だろ。設定をしてくれた時、勝手にこのアプリを――って、え、ちょ!?」


 俺の口から動揺した声が漏れる。


 蹴られたわけでも、押し倒れたわけでもない。


 ただ九条の目が僅かに潤んでいた。


「ごめんなさい……でも私は貴方を傷つけたかったわけじゃないの……」


「え、あ、はい」


「ただ貴方を守りたかった。純粋な貴方を、にじり寄ってくる悪意から」


「う、うんうん、そうだよなっ」


「でも……いつの間にか私自身がその悪意になっていたのね……ごめんなさい」


 急なしおらしい態度と共に九条の頬を小さな雫が通り落ちていく。


 泣いている。自分の罪を自覚して。


 予想外だ。まさかここまでの反応を見せるとは。


「あ、謝らなくても大丈夫だぞ。俺もそこまで気にしていないし……」


「嘘よ。人のスマホにアプリを勝手に入れて、ずっと位置を監視してくるような女は怖いでしょ?」


「こ、怖くはない。やめてほしいな……とは思うけど」


「最近なんて盗聴器を設置しようか悩んでいたのよ?」


「えぇ……盗聴……まぁうん、でもまだ未遂だから大丈夫」


「ちなみに貴方の私物を何個か盗んでいるわ」


「まさかTシャツか! 最近明らかに減ってきたなとは思っていたんだ!」


 これには俺も我慢できずに叫んでしまった。


 そのせいで九条は悲しげに笑った。


「もう私達の関係も終わりね。私みたいストーカーとは一緒には居たくないでしょ」


 そう言って九条は立ち上がり、フラフラと危なげな足取りで玄関の方へと向かおうとする。


 しかしこのまま帰すわけにはいかない。


 ここで帰してしまったら、俺達の関係が本当に終わる気がする。


 だから俺は覚悟を決めた。


「待ってくれ、話はまだ終わっていない」


 俺は万が一にも逃がさない為に、彼女の腕を掴んだ。


「は、離してよ……これ以上貴方に嫌われたくないのっ」


 腕を必死に振り払おうとするが、俺は絶対に離さない。


 おそらく九条は自己嫌悪に陥っている。


 この状況で俺が何を言おうと九条は帰ろうとするだろう。


 つまり言葉じゃ足らない。


 その事を理解した瞬間、俺は行動していた。


 九条を後ろから抱きしめることに躊躇はなかった。


「九条、前にも言ったよな。俺が望むのは九条が笑っていられる未来だって」


「え……あ、うんっ……」


 九条の身体がビクリと震えた。


 急な俺の行動に驚いたのだろう。


 それでも逃がすつもりない。


「九条が笑っていられるなら……ストーカー行為も許す! なんなら他の私物も持って帰ってもいい!」


 俺はそう言い切った。


「ほ、本当……?」


 嘘だ、正直に言えばやめてほしい。


 だが、俺は会長に言った。高校生活を捨ててもいいと。


 だからストーカーの一人や二人に臆してなど居られない。


「あぁもちろんだ」


「こ、こんな私を……受け入れてくれるの?」


 九条の声が震えている。しかし微かにだが期待するような声色が混じった気がする。


 故にここが攻め時なのだと理解した。


「受け入れるさ。俺にとって九条はそれだけ大きな存在だから」


「わ、私って結構独占欲が強いのよ……そのことで貴方に迷惑を掛けちゃうかも知れないわ」


「大切な主人に迷惑を掛けられてこその従者だろ」


「実は私って貴方が幻滅するくらい甘えん坊なの!」


「新しい一面が見られるのは大歓迎だ」


「し、下着だって持って帰っちゃうかも!」


「うぅ……うん、全然問題ない!」


「あ、それにね――」


 それから九条は全てを吐き出した。


 今まで我慢していたのであろう本音と、隠してきた一面を。


 俺はその全てを肯定した。中には受け入れがたいものもあったが。


 しかしそのおかげで九条の顔に笑顔が咲いた。


「流石は私だけの従者ね! 大好きっ!」


 感極まったのだろう。


 いつもクール系美少女を名乗る彼女が、飛びつく勢いで抱きついてきた。


 ここまで真っ直ぐな好意は始めてだ。


「あ、明日から学園でも話してもいい?」


 九条は抱きついたままそう口にした。


 これには俺も驚きながらも全力で頷いた。


「もちろんだ! 俺もずっと九条と学園で話したかったんだ!」


「ふふ、そうなの? つまり両想いってことね!」


 そんなこんなで話は決着した。


 途中はどうなるのかとヒヤヒヤしたが、終わってみれば万々歳な結果だ。


 ただ――


「どう報告しよう……」


 ストーカー行為に私物の横領、抱きついたり抱きつかれたり。


 今日のこれれらを会長に正直話すのはどうかと思う。


 しかし九条は言った。学園でも話したいと。


 これはまさに依頼の進展だ、これを報告しない訳にもいかない。


「やっぱり美味しい! また作ってくれる?」


「九条が望むならいつでも」


「やったぁ!!」


 ただ今だけは全てを忘れよう。


 九条の無邪気な笑顔だけを見ていたいから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ