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32話『九条彩華の後悔』

 九条彩華はふらふらと自室に戻ってきていた。


 そして制服のままベッドに飛び込んだ。


「うわぁぁぁぁ! やっちゃったぁ!!」


 枕に顔を埋めるや否や叫ぶのが止まらない。


「なにが『女の子には性欲がないとでも思っているの?』よ! 自ら欲求不満の淫乱だって宣言しているみたいじゃない!」


 ベッドの上でクルクルと転がる九条、その心にあるのは強い後悔と羞恥だった。


 しかしふとその動きが止まった。


 そして埋めていた枕から顔を上げた。


「でも……ストーカーを庇う彼が悪いのよ。そもそもストーカーと二人きりになるなんて危機管理能力が足りていないわ。私はただ女も危険だって事を教えてあげようとしただけで……」


 そこで言葉が詰まった。


 そして微かに引いた頬の赤みが、一気に顔全体に再度広がった。


「だからといって下着を晒す必要はなかったわよね!? あれじゃ完全に変態じゃない! それにまだ出会って間もない相手に襲いかかるなんて!?」


 後悔先に立たずという言葉が九条の頭に過るが、そこで冷静になれるほど彼女は大人ではなかった。


「そ、それに下着だって! いつもならもっと大人っぽいものなのに! 今日に限って白だなんて……子供っぽいって思われたかも!?」


 九条はベッドから飛び出し、姿見の前に慌てて立つ。


 そして彼を押し倒したあの時のように服の前を開けた。


 反射する自分の姿。大きく膨らんだ胸と白い下着、よく引き締まったお腹に、真っ白な肌。


 見慣れた身体ではあるものの、


「うんうん、我ながら完璧のプロポーションだわ。これなら見られても……いいわけがないじゃない!!」


 己の痴態が再び九条の頭を支配する。


 慌てて服を着直すが、顔から熱が引いてくれない。


 それどころか赤みは増す一方だ。


「で、でもあれね、私から逃げる為とはいえ、彼は最後に……私の身体を抱きしめてくれたわっ」


 思い出すだけで彼女の身体が火照る。


 下着を晒した状態の自分を、彼は逃がさないと言わんばかりに力強く抱きしめた。


 その時の幸福感が今もずっと残っている。


「……って、何を考えているのよ私は!? 彼はただの従者、別に恋人とかじゃないんだからね!」


 自室には自分ただ一人。それなのに大声で言い訳を口にする九条。


 それはまるで自分に言い聞かせているようだった。


「そうよ。彼は友達でもなければ恋人でもない。ただの従者……私だけの……はっ!?」


 九条は頭を振った。思い出したからだ。


 今重要なのは自分の痴態に身を悶えさせるのではなく、迫ってくる危険に対する対処法を知る事だと。


「えっと、ストーカー被害にあった場合の対処法……わっ!?」


 ポケットから取り出したスマホで検索をしようとした時だ。


 ピコンっという音と共に、メッセージアプリから通知が来た。


 それも相手は誰でもない新道広徒その人であった。


「ど、どうしよう……もしも今日の件が原因で……もう従者を辞めるとか言ってきたら!?」


 慌ててスマホを遠ざける九条。最悪な想像のせいで見る勇気が出ない。


 しかしこのまま放置するのも、それもまた怖くて仕方がない。


「大丈夫……もしも辞めると言ってきても……許さなければ辞めれないもの!」


 ブラック企業顔負けの理論を盾に、九条は恐る恐るスマホを見た。


 すると送られてきたメッセージは――


『今日は悪かった。折角九条が相談に乗ってくれたのに、逃げる形になってしまって』


 という内容だった。


 そのメッセージを見た瞬間、九条はベッドに飛び込んだ。


「あぁもう……好きっ! なんていじらしい子なの! 確かに彼の脇の甘さには腹が立ってけど、絶対に私の方が悪かった。それなのに一切私を責めずに謝るなんて!」


 彼のメッセージには辞めるどころか、今後も関係を続けていきたいという気持ちが見て取れた。


 そのことに九条の足はパタパタと交互に揺れている。


 それはまるで犬の尻尾のようにも見えた。


「はぁ……やっぱり彼は私だけの従者。だからこそ絶対に――誰にも渡さないわ」


 気がつけば彼女の顔からは赤みが完全に引いていた。


 その顔には一切の熱を感じない。


 まさに氷の女王と揶揄されるに相応しいものだった。


「絶対……私が貴方を守ってあげるからね」


 そう呟く九条、その碧い目だけは溶けるような熱を宿していた。


 そしてその目が見つめる先には――マップを表示させるスマホがあった。


「あら、買い物かしら?」


 マップをなぞるようにして動く赤い点滅。


 それを見た彼女は急いで着替えを始めるのだった。

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