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31話『ストーカー』

「貴方それって……ストーカーなんじゃないの?」


 旧校舎での一件があった日の夕方。


 俺は遊びに来た九条に相談した。


 色々と考えたが、黒井さんが俺をつけてきた理由が分からないからだ。


 それにしても――


「ストーカーって、それはまた大袈裟な」


 これで俺が女なら理解も出来る。


 しかし俺は男で、黒井さんが女の子だ。


 ストーカーするなら逆であるべきだ。


「ちなみにその相手は女なのよね?」


「まぁ……」


「名前は分かっているの? 旧校舎にいたのだから流石に同じ学園の子よね?」


「…………」


「あら、どうして黙るの? 私はただ今回の件を纏めているだけよ」


 九条の言葉に嘘はないだろう。


 これが九条の方から気づいての尋問ならまだしも、今回は俺から相談した結果の話し合いだ。


 俺の相談に親身になって応えようとしてくれているだけのはず。


 なのだが――


「名前は言えない」


「どうして?」


「だってその……九条が怖い」


 俺と九条は今、同じソファーに肩をぶつけながら座っている。


 つまりお互いに手が届くほど距離が近いことになる。


 それはいい。まさに親身になるを行動でも示してくれているようだ。


 ただ問題は掴まれた腕だ。


「私が怖い? こんなにも可愛い私が?」


「九条が可愛いのは認めるが、腕の方を解放してくれると安心なんだが……」


 俺の腕は今、九条に抱かれるようにして拘束されている。


 それだけならまだいい。彼氏に甘える彼女みたいな可愛げさがあるから。


 しかし九条の場合は違う。


 右腕で俺の腕を抱くようにして拘束し、更に残った左腕は俺の手首へと伸びている。


 まるで脈拍を測っているみたいに、細く伸びた指が優しく当てられている。


「解放は難しいわね。これは全て貴方の安全を考慮した結果なの」


「顔を物凄く近いのも?」


「えぇ、貴方の瞬きの回数と、瞳の動きを見ているのよ」


「……怖い」


 だから喋れば息が当たるほどの距離にまで顔を迫ってきていたのか。


 あまりにも近づいてくるので、キスでもされるのかと思った。


「それよりもストーカーの話よ。その女……誰なの?」


 俺の腕を拘束する力が更に増す。


 そのせいで痛みも増すが、それ以上に九条の胸の柔らかさを感じる。


 恐怖と痛み、そして至高の感触。俺の脳が完全にこの状況に混乱している。


「……言えない」


 それでも俺は黒井さんの名前は出さない。


「どうして? ストーカーは立派な犯罪よ。そんな犯罪者を貴方は庇うの?」


「だから九条は大袈裟なんだって。彼女はただ俺の後をつけただけだ。明確な被害は――ぬおっ!?」


 腕を拘束する力が増した。それも肘を、まるで関節を極めるように。


 俺の身体は自然と動いた。極められそうになる感覚から逃げるように。


 その結果、俺はソファーの上に寝転ばされていた。


 まるで合気道だ。単純な力ではなく、技術で男一人を投げたのだ。


 ただただ凄い。いきなりソファーに投げられた驚きよりも、その技への関心が勝ってしまった。


 そのせいもあった。俺は九条の行動に対応できなかった。


「あ、ちょ、おい! 人の上に乗るな!」


 九条の技について考えていた隙に、九条は俺の腹の上に跨がってきた。


 そして反撃を許さないように腕まで掴んでソファーへと押し付けてきた。


 そのせいで顔がまたも近い。


 まるで押し倒されたような状況だ。


「前から思っていたのだけれど、貴方って脇が甘いわよね」


「いや、今のは九条の技術が凄いだけだろ」


 少なくとも力だけなら負けていないはずなのだから。


「そういうことじゃないわ。私が言っているのは心、つまりは考え方の話よ」


「考え方?」


「貴方はこう考えている。相手は女で自分は男。だから大した危険に繋がらないと」


「おぉ~」


 これには俺も感心するしかない。


 まさに考えていたことを言い当てられた。


 しかしそんな俺の反応に、九条からの腕の拘束が強まった。


「だからその考え方が駄目なの! 今この状況はどう? 女である私に男である貴方が押し倒されているのよ?」


「た、確かに……あ、でも、女の子が男を押し倒してもな……」


 押し倒されたからって大して意味はないのだから。


 それくらいの理屈を九条だって分かるはず。


 そう思っての俺の発言に、九条は拘束していた腕を放してくれた。


 どうやら納得してくれたようだ。


 そう考えた矢先――


「もしかして貴方、女の子には性欲がないとでも思っているの?」


 そう言って九条はブレザーを脱いだ。


「え……何をしているんだ?」


 急にブラウス一枚になった九条に俺の脳が追いつかない。


「男が女を襲う。その逆もあることをその身に教えてあげるわ」


「じ、冗談だよな……?」


 そんな俺の言葉に九条は妖艶な笑みを浮かべた。


 そして真っ白なブラウスのボタンを上から順に外していく。


「ま、待ってくれ! わかった、分かったから!!」


 俺は慌てて九条の腕を掴む。これ以上ボタンを外せないように。


「本当に? それならその子の名前を教えて」


「え、いや……それはちょっと話が違うというか……」


「そう、なら駄目ね」


 九条は俺の腕を振り払った。そして流れるように全てのボタンを外しきった。


 その瞬間、大きく膨らんだ果実に反発するように、ブラウスの前が完全に開いてしまった。


 当然、その隙間からは真っ白な下着が垣間見えた。


「ちょ!?」


 俺は焦って手を伸ばそうとしたが、下手に掴むことも出来ずに宙を彷徨うだけになった。


 しかしこのまま凝視などするわけにもいかない。


 誰もが認める美少女のあられもない姿、それを見たくないと言えば嘘だ。


 ただそれ以上に恐怖が勝った。


 頭に過ったからだ。亀の背に乗る俺の姿が。


「私はね、奪われるくらいなら――きゃっ!?」


 九条が何かを言っていたが今はどうでもいい。


 俺は九条の腕を掴んで、そのまま強引に引き寄せた。


 そして逃がさないとばかりに抱きしめた。


「なっ、え、ちょっと!?」


 これでもう九条の下着は見えない。


 それに何より九条は動揺し、完璧なマウンティングポジションを失った。


「許せ……九条!」


 俺は彼女を抱きしめたまま身体を捻った。


 そして入れ替わるように九条をソファーに放り投げた。


「どうだ九条、これが男の力だ!」


 俺は勝利宣言と共に、地面に転がっていたブレザーを九条に投げた。


 そのまますぐに走って自分の部屋に逃げ込んだ。


「この……意気地なし~~~!!」


 遙か遠くからそんな声が聞こえたが、俺が静かに自室の鍵をしっかりと閉めるのだった。



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