3話『暴言の真意』
現代の人斬り、その称号に相応しいのはまさしく彼女だろう。
それほどまでに九条彩華の言葉は鋭いものだった。
「あ、あの九条さん!」
「喋りかけないで」
「九条さんって好きなものとかあるの?」
「好きはともかく貴方は嫌いね」
「お昼ご飯一緒に――」
「貴方と食べるくらいなら一人で便所飯の方がまだマシよ」
「「「……………………」」」
口が悪い。人を傷つける事に特化した怪物だ。
それでも彼女に話しかける者は後を絶たないのだから不思議だ。
優れすぎた容姿とはそれだけで人を魅了するらしい。
「……はぁ」
疲れたような溜息が隣から聞こえてきた。
どうやら人斬りも斬り続けるのには体力を要するらしい。
それなら無視すればいいとも思うのだが、おそらくあれは初日故のアピールなのだろう。
自分に話しかけたら傷つくぞという。
「美しい花にも棘はある……か」
これほどまでに彼女に相応しいことわざがあるとは。
そんな事に感心していると、ふと九条の視線がこちらに向いた。
それも人一人を殺せるほど鋭い視線だ。
「えっと……なんだ?」
「それはこちらの台詞よ。さっきから私の方を見てブツブツと……気持ち悪いわね」
あまりにも酷い言われようだが、独り言を言っていたのも事実。
それにこの程度の暴言など俺からすれば可愛いものだ。
根暗ロボットの方がまだダメージはでかい。
「それは悪かったな。ただ一つだけアンタに対して疑問があってな」
「あらそう、興味ないわね」
キッパリとそう言った彼女はそのまま手元の本に目を落とす。
そんな彼女の姿を見て俺は言った。
「そうそれだ、アンタは何をそこまで――怯えているんだ?」
「……何ですって?」
俺の言葉が気に入らなかったのだろう。
無視を決め込もうとしていたはずの九条が、如何にも不服そうに碧い目を鋭くさせた。
「基本的に高圧的な態度を取る者は、自信が無い故に自分を大きく見せる傾向にあるという。しかしアンタほどのハイスペックで自信がないとも思えない」
絶対的な容姿と魅惑的なまでのスタイル。そして、入学式では首席の挨拶をしていた事から勉強もできる。
会長から貰った資料にも、身体自体はそこまで強くないが運動神経は抜群だと書かれていた。
つまりは文句の付けようもないほどのハイスペックというわけだ。
「何が言いたいの?」
「自信はあるのに高圧的な態度を取るのは何故か。それは――他人と深く関わるのが怖いからだろ?」
これは決して今日の彼女だけを観察して得た答えではない。
あの分厚い資料に載っていたからだ。
彼女が他人と関わるのを避けるようになった事件が。
だから今の言葉はただの辻褄合わせだ。
しかしそのことを知るよしもない九条は、信じられない者を見るように目を見開いている。
「な、なんで……」
「他者と関わるのが嫌なだけなら無視すればいいだけだ。無視され続けてまで話しかけてくる者なんてそうはいない」
「いるわよ……ゾンビみたいなタフな輩も」
「そういう相手こそ暴言で撃退すればいい。誰彼関係なく撃退するのはコスパが悪い、そんな事くらい頭のいいアンタが分からないはずもないだろうに」
「…………」
無言。眉間が深く寄っている。
相当怒っている証拠だ。
「貴方、名前は?」
「新道広徒だ」
「そう、私は九条彩華、そして――貴方の敵よ」
「え、あぁ……うん、よろしくな」
仲良くなろうとした結果、何故か敵認定された。
しかしこれもまた俺の狙い通りだった。
前に読んだ本によれば、好きの反対は嫌いではなく無関心らしい。
無関心の状態はまさしく眼中にはないが、嫌いというのは好き以上に意識しているということ。
つまりその他の人間に分類されるくらいなら、嫌いな人間と認定された方がまだマシという訳だ。
だからといって――
「敵はないだろ……」
予想以上の嫌われ方に俺は頭を抱えるしかないのだった。