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29話『メッセージ』

 俺はスマホの利便性には感動していた。


 連絡手段としての気軽さ。ネットに存在する莫大な量の知恵。


 そして画面をタッチして操作するという未来的な感覚。


 今まで俺が使っていた携帯とは一線を画すほどの代物だ。


 その中でも俺が特に気に入っているのが電子書籍だ。


 スマホの中にデータとして本がダウンロード出来るので、買いに行く必要もなく、スマホさえあればどこででも読める。


 そのおかげで俺は完全に暇つぶしの手段として読書をするようになった。


 新しい趣味といっても過言ではない。


 しかしその読書には天敵が存在するのだ。


「げっ……また来た」


 画面に映し出されている小説の文字、その上部に通知を知らせるバナーが表示された。


 これが意味のない通知なら、設定などで消せば問題ない。


 だが、この通知はメッセージアプリからのもの。


 それも送り主は九条だ。


「良いところなのに……」


 そう、読書の最大の敵は九条なのだ。


 たまにメッセージを送ってくるのはいい。


 元々スマホを手に入れた要因は九条なのだから。


 しかし問題はその頻度の多さだ。


 朝起きれば既に何通か溜まっているし、学校の時だって休み時間はほぼ毎回何か送ってくる。


 そして家に居るときだって例外じゃない。


 ピコンピコンっという甲高い音が数十分、酷いときは数分おきに鳴るのだ。


 それも緊急性のない内容ばかり。


「えっと今回は『タピオカってイモの澱粉からできてるって知ってた?』か……なんだそれ!」


 わざわざメッセージで送ってくることか?


 そもそも緊急性のない事なら、学園で話したらいいじゃないか。


 それにこのメッセージに対して俺が返すべき言葉って何なんだ?


 ふ~んそうなんだ。なんて送ったら、なによその腑抜けた返事はとか怒りそうだし。


 かといって興味の無いことをこれ以上は深掘りしたくない。


「仕方ない。ここはネットで知った必殺技を試そう」


 色々と考えるのは面倒になったので、俺はメッセージアプリを開いた。


 そして送った。忠犬クロ公が驚いたような表情をしたスタンプを。


 ちなみにこの忠犬クロ公のスタンプは九条がギフトとやらで送ってくれた。


「よし、これで続きを読め――」


 ピコン。またメッセージを知らせる音がなった。


 俺はその内容を見ることなく、そっと設定で通知を切った。


「許せ九条、せめてこの一冊を読み終えるまで」


 そうして俺は静かな部屋で小説を読み続けた。


 そしてあと数ページ、まさにクライマックス終盤を読んでいた時だ。


 ピンポンピンポンピンポン! っと、凄まじい速度で呼鈴が連打された。


「…………くそっ!」


 無視しようとした。しかしこの甲高い音が鳴り響く中で集中など出来るはずもなかった。


 このまま折角のクライマックスを消化するわけにはいかず、俺は苛立ちを覚えながらも玄関へ向かう。


 ほぼ確実に九条だ。この連打力には覚えがある。


 どうせメッセージを無視して怒っているのだろう。


 いつもなら俺も謝る。しかし今回はガツンと言ってやる。


 そう意気込んだ俺は勢いよく玄関を開いた。


 すると――


「な、なんでぇ……無視するのっ」


 そこにいたのは弱々しい姿の九条だった。


 いつも勝ち気に吊り上がっている目が、今はウルウルと涙を浮かべて細まっている。


 眉だって八の字を描いており、声だって震えている。


「え、あ、九条……さん?」


 予想外な九条の姿に俺の中の苛立ちは吹き飛んだ。


 それよりもどうして九条がこうも弱っているのか分からず、俺はとりあえず九条を部屋の中に入れた。


「それで……どうしたんだ九条?」


 俺は遠慮気味に問う。ソファーの上で膝を抱える九条に。


 すると顔を膝に埋めたまま、そっと手だけがこっちに伸びてきた。


「……スマホ貸して」


 流石にこの状況で断ることもできず、俺は素直にスマホを渡した。


 すると膝から顔を上げ、さも当然のようにロックを解除された。


 九条の顔も登録しているのだから当然ではあるが。


 しかし人のスマホで何をしているんだろう。


 そう思って近づいた時、九条の目からポロッと涙が零れ落ちた。


「や、やっぱり……なんでぇ? なんで私を……ブロックしたのっ」


 消え入りそうな声と共に九条はスマホの画面を見せてきた。


 メッセージアプリの一部分、個人設定の欄を。


 確かにそこにはブロック中と表示されていた。


「え、まぁ……うん、普通に通知を切りたかっただけだ」


「つ、通知……?」


「今読んでいる小説が良いところでさ。これを読み終えるまで通知を切ろうと思って」


 ここで嘘を言うのは駄目だと判断し、ネットで調べた事をそのまま実践したことを伝えた。


 その結果――


「……馬鹿っ! このブロックっていうのはね! もうこの人とはメッセージをやりとりしたくありませんっていう意思表示なの! だ、だから私はてっきり貴方に嫌われて……ぐすんっ!」


 それから俺は酷く怒られた。鼻を啜りながらの九条に。


 どうやらブロックというのは通知どころか相手からのアクションの全てを拒絶する機能らしい。


 一般的にその機能は完全に縁を切りたい相手に使うとか。


「つまり九条は俺に嫌われたと勘違いしたと?」


 確認としてそう聞くと、九条はソファーに寝転んだままそっぽを向いた。


「知らない」


 完全に拗ねてしまった。


 しかし既に時刻は十一時を回っている。そろそろ寝る準備をする時間だ。


「悪かったよ、まさかブロックという機能がそこまでのものとは知らなかったんだ」


「ふん、どっちにしても私からのメッセージが鬱陶しかったんでしょ……」


「それはちょっと言い方が……ただタイミングが悪いというか、その……頻度の多さというか……」


 そんな事はないと断言できないのが苦しいところだ。


「そんなに私と話すのは……嫌?」


「いやいやそうじゃない。ただ……メッセージが面倒というのが本音だ。しかし別に九条だからとかじゃなくてだな」


 これは本当だ。宮原とかからもメッセージは来るが、俺は結構返すのが面倒で忘れてしまっている時がある。


 急ぎの用事ならすぐに返すが、そうじゃないなら学園で会ったら話せばいいと思ってしまう。


「なら……もうメッセージは送らない方がいい?」


 不安そうな声で聞いてくる九条の目がまたも微かに揺れている。


 そんな事はない。そう言ってやりたい所だが、このまま無理をしても根本的な解決にはならない。


 故に俺は打開策を考えた。


「ちなみに九条がメッセージを連投する理由は、誰かと話したいからだよな?」


「誰かじゃなくて……貴方と話がしたかったの。学園じゃあんまり話せないから……」


「そうか、なら直接話すのはどうだ? 学校から帰ってきたら、俺の部屋に遊びに来たらいい。ここでなら普通に話せるだろ」


「え、いいの……?」


「あぁもちろんだ。ただそうだな、夜九時には解散しよう。お互いに色々あるだろうし」


 これなら九条の話したい欲も満たされ、夜九時からは俺も読書をゆっくりと楽しめる。


 お互いのしたいことを取り入れた提案だ。


 そのことを九条も理解したのだろう。その碧い目はキラキラと輝いていた。


「うん、そうするわ! 明日から毎日来るからね!」


「おう、その変わりにメッセージの送る頻度は減らしてくれよ?」


「わ、わかっているわよ、えぇ……多分ね……」


「そこは自信を持ってくれよ」


 そうして九条は機嫌を直して帰っていった。 


 俺のソファーに温かな染みを残して。

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