28話『念願のスマホ』
携帯ショップでの一件から数日後。
俺は無事に契約に必要な書類を一式揃えることができた。
両親はリハビリ中の妹の世話や仕事など忙しいはずだが、それでも最速で書類を郵送してくれたのだ。
俺が電話でスマホを強請った時は、何故か涙ぐむほど喜んでいた。
やっと息子が普通の学生みたいな事を。今まで苦労させてごめんねと。
スマホ一つで大袈裟な話だ。
ちなみに両親は会長からの依頼を知らない。
妹の手術の費用や手配などは、とある慈善団体が手を貸してくれた事になっている。
もしも両親に話していたら困っていただろうから。
妹の今後と俺の高校生活。その二つを天秤に掛けて。
万が一にも断られるわけにはいかなかった。
それになにより――
「スマホの書類が揃ったから、今日にでも契約しに行ってくる」
「え、ホント!? わ、私も一緒に行くからね!」
なんやかんやと楽しい毎日を送っている。
そうして放課後になり、俺と九条はまたも携帯ショップにやってきた。
前回と同じ店だ。対応してくれる店員さんまで変わっていない。
「それでその……必要書類のご準備のほどは……?」
契約するのは俺だと伝えた。
それなのに店員さんの目は九条だけを捉えていた。
前回の来店がトラウマになっているのかもしれない。
「安心して頂戴。今日はキッチリ用意してきたわ」
「本当ですか!? よかったです!」
契約する為に書類を用意するのは普通の事だ。
それなのに店員さんはまるで偉業でも達成したかのように喜んでいる。
本当にうちの主人が申し訳ない。
それから九条のおすすめに従って、スマホやプランを選んでいった。
そのおかげで契約はスムーズに終えられた。
そうしてスマホが手元に来た後、九条の提案で俺の部屋に行くことに。
どうやら初期設定とやらをしなければならないらしい。
「いい? まずはロックよ、これは絶対にしなくては駄目よ」
「なるほど、パスワードを決めるのか」
「パスワードもだけど、フェイスIDも登録しておいたほうがいいわね」
「フェイスID?」
聞いたことのない単語に頭を傾げていると、九条は分かりやすく説明してくれた。
自分の顔を登録することで、パスコードなしでロックを解除できるとのこと。
少し前までは指紋認証というものが流行っていたらしいが、今のスマホは顔認証に切り替わったらしい。
どっちにしても――
「映画並みのハイテクノロジーだな!」
まるで昔に見たSF映画だ。これには俺も興奮が抑えられない。
そんな俺の反応を微笑ましそうにしながらも、九条はスッと俺のスマホを奪った。
そして何故か俺のスマホの画面に九条の顔が映し出されている。
いま俺が登録したばかりの光景に酷似していた。
「あ、あの……もしかして九条の顔も登録していたりする?」
スマホに詳しくないせいで、九条の行動に確信を持てない。
それでも一応聞いてみると、九条はさも当然のように頷いた。
「えぇ、もしも貴方が顔に怪我をして、顔認証が反応しなくなった時のためよ」
「なるほど……ちなみにパスワードで解除はできないのか?」
「できるわ。でもそのパスワードすら忘れたらどうするのよ。ロックを解除できなくなったら大変なんだから」
「確かに……」
「もしもの時の保険って考えればいいわ。それに友達同士で登録しあう人も結構多いらしいわよ」
「そういうものか」
「そういうものよ」
ネットや機械に詳しい九条がそういうならそうなんだろう。
それからも九条の言う通りに設定やアプリを入れていった。
緊急時のためにお互いの位置が分かるらしいアプリや、学生から社会人までの皆が使っているメッセージアプリ。
そのほかにも便利らしいアプリを入れた。
「ありがとう、色々と助かったよ」
「ふふ、気にしないでいいわ。私としても有意義な時間になったわ」
一方的に俺が得しただけなのに、九条は何度も頷いて喜んでいる。
優しい奴だ。これも従者になったからなのだろうか。
「さっきも言ったけど、絶対に充電とGPSは切ったら駄目よ。約束だからね」
電源はわかるのだが、GPSも念押しなのは何か事情があるのだろうか。
しかし理由を聞いても理解できないだろうから頷いておく。
「私からメッセージが来たら最優先で返すこと」
「はい」
「用事がなくてもメッセージを送ってもいいからね」
「はいはい」
「電話は幾らかけても料金は発生しないから、メッセージが面倒だったら電話して」
「はいよ」
「それと――」
それからも九条は多種多様な説明と要望を口にした。
予想以上の数に全てを覚えきれる自信はなかったが、色々と手伝ってもらったので頷くしかなかった。
「じゃあそろそろ帰るわね」
「おぉ、本当に助かった」
お礼を最後に伝えると、九条は満足そうに帰っていった。
そんな彼女を見送りつつ、俺は現代のテクノロジーに追いついたことを確信した。
これでもうおじさんとは言わせない。
「あ、メッセージだ……って、九条か。これは忠犬クロ公のスタンプ?」
起動したメッセージアプリにはクロ公が満面の笑みで『よろしくだワン!』と吠えていた。
そのスタンプに愛くるしさを感じながらも『よろしく』と返しておいた。
「よし、妹に電話して自慢しよう!」
こうして俺はスマホを手に入れた。
しかしこの時は知らなかった。
身に余るテクノロジーによって、恐怖を味わうことになるとは。