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27話『契約』

 放課後になった。


 九条が知恵の壺に投稿した質問。


 その内容を教えてもらう為に俺は今――最寄りの携帯ショップに来ていた。


 放課後になると、九条が相変わらずコソコソと命令してきたからだ。


「私達のマンションの近くにある携帯ショップで集合ね?」


 なんで携帯ショップ? 


 そう思いながらも行かないわけにはいかず、俺は重い足取りで向かった。


 そして到着したのが現在。


 店に入ると同時に九条の声が聞こえてきた。


「どうしてよ!?」


 驚きと怒りが混じった声だ。それが店の中から聞こえる。


 そしてその相手は勿論俺ではなく、困ったように微笑む店員さんだった。


「で、ですから先ほど説明しました通り、未成年だけの契約には幾つかの書類を用意して頂く必要がありますので……」


「だからその面倒な手続きを省略をしてって言っているでしょ! お金だって本来の十倍を払ってもいいわ!」


「そういう問題ではなくてですね……」


「もうっこの分からず屋!」


 入店早々これだ。同級生の痴態など見たくなかった。


 しかしこのまま放置は許されない。


 主人を教育するのも従者の役目、それに何より店員さんが可哀想だ。


「九条、その辺にしておけ」


 俺がそう後ろから声を掛けると、九条は凄まじい速度で振り返った。


 そしてその顔には焦りが滲んでいた。


「え、もう来ちゃったの!? まだ何も用意出来ていないのに!」


「いや、早く来て正解だった。これ以上お店に迷惑を掛けなくて済むからな」


「彼氏さん……」


 俺の言葉に店員さんは涙ぐんだ。吐いた言葉は見当違いだが。


「だ、誰が彼氏さんよ!? こ、これは彼氏ではなくて……その、私の従者よ!」


「あぁ……そういうプレイの最中ですか?」


「違うわよ! それより早くスマホを――わっ!?」


 憤慨する九条を止めるために、俺は少し強引な行動に出た。


 背後から九条の肩を掴み、強引に後ろへと引っ張る。


 当然九条の身体は倒れそうになるが、俺はそれをキャッチした。


 背中と膝裏に腕を差し込み、そのまま勢いよく持ち上げた。


「え、あ、ちょっと、この体勢って!?」


 寝転ぶような体勢のまま抱きかかえられた九条、その顔は驚きのせいか真っ赤に染まった。


「はいはい、もう帰りますよお姫様。店員さんも本当にすみません……」


「い、いえ……お幸せに!」


 またも見当違いな言葉を吐く店員さんだったが、ツッコむのも面倒だったのでスルー。


 それから俺は九条をお姫様だっこしたまま、家に帰るのだった。


 そうして俺の部屋に着くと、妙に大人しかった九条の頬が大きく膨らんでいる事に気がついた。


「えっと……リスみたいで可愛いな」


 子供っぽい怒り方ではあるが、怒っているのに変わりはない。


 だからこそ少しでも機嫌を取るために褒めたのだが、その膨らんだ頬は萎むどころか更に膨らんだ。


 頬の一部を少しだけ紅く染めながら。


「悪かった。でもあれは退散すべきだった」


 無茶ないちゃもんを叫んでいたせいで、他の客からの視線が非常に痛かった。


 だから少し強引でも俺の行動は許されるはずだ。


「むぅ……あと少しで契約出来たのに」


「どこがだよ……完全に無茶を言う厄介な客だったぞ」


「し、仕方ないじゃない! どうしても契約したかったの!」


 どうやら九条にも事情があるらしい。


 詳しく話を聞くために、俺は抱っこしていた九条をソファーに降ろす。


「あっ……」


 何やら降ろす瞬間に九条から声が漏れた気もするが気のせいだろう。


「で、どうしてそこまで契約を? スマホは持ってるだろ?」


「……私のじゃない」


「え?」


「だから……私のじゃなくて、貴方のスマホを契約しようとしていたの!」


「勝手に!?」


 これには俺も戦慄すら覚える。


 だってそうだろ。俺の知らない所で俺の名を使って契約されたスマホが存在したかもしれないのだから。


「サプライズのつもりだったの! 貴方が来たときには無事に契約を済まして、それを渡して驚かせたかったの!」


「えぇ……驚かせるために契約しようとしたのか?」


「違うわよ! 貴方とその……もっと仲良くなりたくて……だから、家でも外でもずっとメッセージを送り合えたらいいなって……」


「あぁそういう……」


 つまり九条はスマホを持っていない俺にプレゼントをして、それで四六時中メッセージで会話をしたかったと。


 うん……滅茶苦茶可愛い理由だな。


「え、でもそれならメールで良くないか? それなら俺の携帯でも――」


「駄目なの! メールはレスポンスが遅くて、会話ツールとしては落第なんだから!」


「な、なるほど……」


「知恵の壺の人が言ってたわ! メッセージアプリなら普通に話しているくらいレスポンスが早いって。それなら貴方ともっと仲良くなれるって!」


 メッセージアプリの良さを力説する九条、しかしその言葉の節々に可愛い本音が漏れている。


 どうやら九条は日々の寂しさをそのメッセージアプリで埋めたいらしい。


 光栄な事にその相手として俺が選ばれたということだ。


 まぁ九条には友達がいないから、従者の俺が選ばれるのは当然ではあるが。


 しかし主人にここまで求められたら応えないのは許されない。


「わかった。今日にでも親に聞いてみるよ。スマホを契約してもいいか」


「え、本当!? もしも金銭的問題なら幾らでも出すからね!」


 可愛い反応だ。その内容は全く可愛くないが。


 それにしても――


「九条が知恵の壺に投稿した質問って……」


「ふふ、そうよ! 貴方ともっと仲良くなれる方法を聞いていたの!」


 これには俺も天を仰ぐしかなかった。


 なにせあの九条が人に教えを乞うてまで知りたかったもの。


 それがこんなにも無垢なるものだったとは。


「絶対にスマホを契約して、沢山メッセージを送り合おうな」


「うん!」


 九条のその満面に笑みに、俺は天に召されるのだった。

誤字報告助かっておりますm(_ _)m

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