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26話『歩くスピーカー』

 水族館の一件から、俺の生活に少しだけ変化があった。


 簡単にいえば――友達が出来た。


「新道君、今日も一緒に食堂に行こう!」


「またか。宮原と行くと騒がしくなるからな……」


「そうかな? じゃあ頑張って騒がないようにするよ!」


「そういう問題じゃないんだけどな」


 騒がしいのは宮原ではなく周りの連中だ。


 そのことを理解していない所が天然と言われる所以なのだろう。


 そうして二人で食堂に向かっている道中、廊下の向こうから走ってくる者がいる。


 坊主頭に眼鏡の男。そう、あいつが騒がしい連中の筆頭だ。


「ちょ、お二方聞いて欲しいでござる! さっき廊下を歩いていたら、拙者見てしまったのでござるよ!」


 走ってくるや否や、武士や忍者みたいな口調で捲し立てる男。


 名前は山田といい、そのお喋りな性格からクラスでの渾名は『歩くスピーカー』である。


「山田君は凄いね、毎日面白いことを見つけて来るんだから!」


「いや~それ程でもないでござるよ~」


「まぁそのほとんどが俺達にとっては下らないことばっかだけどな」


「新道氏は相変わらず酷いでござるよ! それに今回は本当に凄いでござるぞ!」


「そんなにか。なら是非とも聞かせてくれ」


 流石にここまで言われれば気になる。


 何よりも聞くだけならタダだ。


「ふふふ……そこまで言うなら教えるでござる。なんとさっき――」


「「さっき?」」


「九条殿が笑っていたのござるよ!」


「……はい?」「え?」


 勿体ぶった癖に吐かれた言葉は余りにも普通の事だった。


 これには俺も宮原も頭を傾げるしかない。


「なんでござるかその反応は!? あの氷の女王が楽しそうに微笑んでいたのですぞ!?」


「別に普通の事だろ。なぁ宮原?」


「うん、なにか楽しい事があったんだろうね」


「ぬわぁ~~!! これだから天然と朴念仁は嫌なんですぞ~~!!」


「おい」


 どう考えても天然は宮原の事だ。


 そうなるとやはり俺が朴念仁になる。


 どいつもこいつも失礼だ。


「ぐぬぬ……あ、そうでござる! 九条殿の微笑んでいた理由も驚きですぞ!」


「というと?」


「九条殿はスマホを見ていたのござるよ! なんとその画面に映っていたのは……知恵の壺ですぞ!」


「知恵の壺?」


 聞いた事のない単語だったのだろう。宮原はまたも首を傾げている。


 そんな彼を見て、山田はガックリと肩を落とした。


「これだからリア充は……新道氏、説明してやって欲しいですぞ!」


 急な振りに俺は慌てずに答えた。


「知恵の壺というのは、こう……凄く大きな壺にな、その……あれだ、豆知識を書いた紙が沢山入っているやつだ」


「全然違うでござるが!?」


「ふん、だろうな」


「なんで偉そうにしているでござるか!」


 何やら山田が怒っている。カルシウムが足りていないのだろう。


「はぁ……知恵の壺というのは、ネットに存在する電子掲示板で、そこに参加した者同士が知恵や知識を教え合うナレッジコミュニティですぞ」


「ナレッジコミュニティ……つまり?」


「そのサイトで何か質問をすれば、それに対しての答えが返ってくる。そういう質問ができる掲示板がネットにはあるのでござる」


「へぇ~それは凄いね! でも、その知恵の壺というのを、九条さんが使っていることの何がそんなに驚きなのかな?」


 まさしく宮原の言う通りだ。


 知恵の壺は聞いている限りは非常に便利そうなサイトだ。


 俺だってネット環境さえあれば是非とも使ってみたいほど。


「拙者の話を聞いていたでござるか? 九条殿は微笑んでいたのござる! それも自ら知恵の壺へと投稿した質問、その返答を眺めながらですぞ!」


「ふ~ん、確かにあの九条が誰かに教えを乞うのは珍しい。ちなみにその質問の内容は?」


「ふっふっふ、それがなんと――どわぁ!?」


 急に山田が叫んだ。それと同時にその小柄な身体が視界から消えた。


 瞬間移動。そんな言葉が頭を過るが、すぐに現状を理解した。


 数メートル先に転がる山田の骸を見て。


 そして俺のすぐ横、つまり先ほどまで山田が立っていた場所に――モデル顔負けの長く伸びた脚があったから。


「あら、ごめんなさい。足が当たってしまったわ」


 どうでも良さそうな声色で謝罪を口にするのは、白銀の髪を靡かせる少女――九条その人であった。


「お前は通り魔かよ……」


 いきなり背後から現れ、強烈な蹴りをお見舞いする怪物。


 それが九条彩華だ。


「失礼ね。私は意味もなく人を蹴ったりしないわよ」


「え、じゃあ……あの方は?」


 俺は身体をピクピクさせて倒れている瀕死の山田を指差した。


 すると九条はどこまでも冷えた声で言った。


「あれは私のプライバシーを侵害した挙げ句に、それを触れ回ろうとしていた屑よ。馬に蹴られても文句は言えないわ」


「蹴ったのは九条だけどな」


 しかし今回に限っては九条の言い分にも納得だ。


 相変わらずの足癖の悪さには思う所もあるが。


「山田君っ!?」


 遅れて現状を理解した宮原は慌てて山田の方へと駆けていった。


 するとこの場には俺と九条の二人になる。


 だからこそ聞いた。


「ちなみにさっき山田が言っていた事だが、九条はどんな質問を知恵の壺に投稿したんだ?」


 これはただの好奇心だった。


 しかしこの質問が俺の運命の決めた。


「あら、知りたいの? 仕方ないわね、貴方だから特別よ」


「あ、あぁ……ありがとう」


 不機嫌な顔から一転、九条が楽しそうに微笑んだ。


 その変わり身の早さに少しばかりの不安を感じるが、自分から聞いた手前引くことはできない。


「ふふ、内緒よ」


「おい」


「嘘よ、でも今は駄目。今日の放課後に教えてあげるわ。だから放課後は空けておいてね」


 そんな意味深な言葉を口にして、九条は軽い足取りで歩いていった。


「嫌な予感がする……」


 こうして俺は約束の放課後まで不安に怯えて過ごすのだった。

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