24話『詰み』
「ねぇ……どうしたら少し目を離しただけで、そこまで仲良くなれるのかしら?」
身が凍るほどの冷たい声だ。そんな相手に背後を取られた。
このままでは何をされるか分からない。
しかし身動きが取れないのが現状だ。
なにせ俺は今――西崎さんに口を塞がれているからだ。
「バッベブベ!!」
俺は両手を挙げながら、待ってくれと叫んだ。
しかし口を塞がれているせいで言葉にならない。
その原因である西崎さんを睨むと、そっと彼女の顔を近づいてきた。
ヤられる! そう確信して目を瞑ると、耳元で囁くような声が聞こえた。
「いきなり口を塞いでごめん。でもさっきの言葉を本人に聞かれたらマズイと思ったから……」
そんな西崎さんの言葉に、俺は自分の吐こうとしていた言葉を思い出した。
『俺が九条を好きだなんてありえない』と、そう言おうとしていた。
そしてそれを口にしようとした時、背後には九条がいた。
確かにそんな言葉を聞かれていたら、九条は不機嫌になるか怒っていたかもしれない。
そこに恋愛感情の有る無しは関係なく、ただ普通に陰口だと思われていただろうから。
つまり西崎さんは俺をヤろうとした訳ではなく、俺を救ってくれたということだ。
「バビバボウ」
ありがとう。そう呟いたが言葉にならない。
それでも西崎さんには伝わったのだろう。俺の口から手を離して解放してくれた。
自由になった事を確認しながら、俺は再び西崎さんにお礼を言おうとした。
しかし――
「あぁもう! なに二人で見つめ合っているの! 離れなさい!」
そんな言葉と共に背後から凄まじい力で引っ張られた。
「あ、ちょ!?」
下がると同時に踵が地面に引っかかった。
そのせいでバランスを崩して倒れる俺だが、いつまでも痛みはない。
それどころか包まれるような暖かさと柔らかさを感じた。
「貴方の目的はあの金髪でしょ。それを人のモノにまでちょっかいをかけるなんて……少し慎ましさに欠けるんじゃない?」
「え、えっと……九条さんは誤解していると思うよ~? 新道君とは普通にお喋りしてただけでぇ~」
「嘘を吐きなさい! これの顔に触れていたじゃない!」
「いや……あれは色々と事情があったりして~」
「ならその事情を聞かせてみなさいよ!」
何やら九条が叫んでいる。それも俺のすぐ頭上で。
つまり九条が受け止めてくれたのだろう。倒れる俺をその身を挺して。
ありがたい。ただそれ以上に――
「これが極楽浄土というものか」
良い匂いがする。俺好みの甘い香りだ。
後頭部には柔らかい何かが当たっている。最高級の枕ですら敵わないであろう心地よさ。
極めつけにはこの暖かさだ。人の温もりとはこうも落ち着くものなのか。
つまり――このまま寝たい。
そうして睡魔と戦闘していると、急に頭を掴まれて強引に上を向かされた。
目の前には俺を見下ろす九条の顔があった。
「貴方も貴方よ! 少しちょっかいかけられたぐらいでデレデレして……約束したでしょ! 私以外には尻尾を振らないって!」
怒っている。それが表情や声色からも分かる。
いつもの俺なら必死に弁解する所だが、今の俺は天国並の居心地のよさのせいで頭が回らない。
それでも九条の怒りを静める必要があるのも分かる。
故に俺はボーッとしたまま本心だけを口にした。
「悪かったよ。ただ一つだけ言わせてくれ」
「な、なによ?」
「正直俺は九条……お前以外に興味がない」
「「――えっ!?」」
何故か九条だけではなく西崎さんの声も聞こえた。
「俺はただ九条に笑っていて欲しいだけだ。高校生活の三年間を悔いなく過ごして、最後に凄く楽しかったと笑って欲しい……それだけが俺の心の願いだ」
嘘偽りのない本音だ。そうして初めて俺の依頼は完遂するのだから。
「え、貴方それって……」
何やら感づいた様子の九条。そんな彼女を見て俺は気づいた。
あれ、今の言ったら駄目じゃね? うん、絶対に駄目な奴だ。
明らかに口にした。バレたら終わりの依頼の内容を。
「あ、いや待て九条! 今のはその……」
「もう遅いわよ。私……気づいてしまったもの」
気づいた。その言葉に俺は一種の諦めを感じた。
もう気づかれたのなら遅い。何をしようとも無意味だ。
だから俺は今から吐かれる言葉を静かに受け止める事にした。
「つまり貴方――」
俺は目を瞑り、次の言葉を待つ。
そして九条は真実を口にした。
「私の事が好きすぎるってことじゃない!」
「……はい?」
「いいのよ、人を好きになるのは自由だもの! 仮にそれが叶わない恋だとしても、無意味なんてことはないはずよ!」
「えっと……うん?」
意味が分からない。真実だと思ったものが、ただの妄言だった。
しかしこれはチャンスかもしれない。
よく分からないが九条が勘違いをしてくれている。
それならここは受け入れる……わけにはいかない!
俺が九条を好き。それが真実になってしまったら、俺は会長に竜宮城へ招待される。
つまりどっちにしても詰みということだ。
「さようなら俺の人生……そしてお休みなさい世界よ……」
こうして俺は考えるのをやめ、心地よい状況を利用して眠るように意識を手放すのだった。




