表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/39

22話『水族館』

 チケット売り場までは別れて行動していた俺達だが、流石に入場時は四人全員が揃っていた。


 しかし入場すると、またも宮原と西崎さんが先頭とズンズンと進んでいく。


 そこに俺と九条も付いていけばいいのだが、今の俺にそんな余裕はない。


 俺の意識はずっと――手に握った大人用のチケットに向けられていた。


「だから……さっきのは冗談だって言ったでしょう。貴方はおじさんじゃないわよ」


 落ち込む俺の背中を九条はそっと叩いてくれた。


 元気づけようとしてくれているのだろう。


「気にしないでくれ、俺はおじさんだからちょっと疲れただけだ……」


「あぁもう……分かったわ。後でアイスを買ってあげる」


「俺は子供か」


「そう、子供よ。少なくとも甘い物で釣れる程度には子供だと私は思っているわ」


「子供……若い! つまりおじさんじゃない!?」


 確かにアイス一つで釣れるのは子供だけ。


 それなら俺は全力で子供を遂行する!


「アイス欲しい、あとで絶対に買ってくれ」


「ふふ、いいわ。でも……若いって褒められて喜ぶのはおじさん……ううん、なんでもないわ!」


 九条は何かを言いかけた後、慌てた様子で魚を指さした。


「そ、それよりもほら、凄まじい量の魚が泳いでいるわよ!」


「まぁ水族館だしな……」


「そんな事を言うからおじさんって言われるの……あっ!?」


「おじさん……」


「あぁもう面倒ね!」


 俺達がそんな風に騒いでいる横で、宮原達は水族館を正しく楽しんでいた。


「ねぇ宮っち! この青い魚綺麗だよ~」


「確かに綺麗だね! でも僕はこの一際目立つサメを推すよ!」


「意外と男の子だね~」


 そんな二人の会話を聞いて、俺も慌てて九条に会話を振った。


 おじさんと言われないために学生らしくする為に。


「なぁ九条、あの青い魚はどんな味がすると思う」


「まずあの魚は食べられるの?」


「さぁ、三枚に卸せばいけるんじゃないか? さっき見たオオグソクムシも食べられるらしいしな」


「嘘でしょ……。仮に食べられるとして普通食べる? あんな気色の悪い生き物」


「おいおい、気色悪いとは聞き捨てならないな。今見た中では一番可愛かっただろ」


「うわぁ……趣味悪いのね貴方……」


 出来た。まさに学生らしい会話だ。


 それに満足した俺はその後も似たような会話で楽しんだ。


 そうして奥まで結構進んだところで、九条の足がピタッと止まった。


「どうした九条……あぁなるほど」


 足を止めた九条を見ると、その碧い目がキラキラと輝いていた。


 そしてその視線の先には――アザラシのショーの案内板があった。


「可愛い……はっ!?」


 明らかに心の声が漏れている。しかしすぐに首を横に振り、澄ました顔で周りを見た。


 どうやらまた面倒なプライドが邪魔をしているらしい。


 九条は可愛いものが好きらしい。ただそのことをキャラじゃないと隠している。


「仕方ない」


 俺は少し前を歩く宮原達に駆け寄り、アザラシのショーが見たいことを伝えた。


 すると宮原は間髪入れずに頷いてくれた。


「勿論! でも新道君ってこういうのに興味あったんだね!」


「実は可愛いものに目がなくてな。是非ともアザラシが頑張っている所を見たい」


 息を吐くようについた嘘だ。それを純粋に信じてくれた宮原には申し訳ない。


 しかしこれも従者の役目だ。


「あ、あの……ありがとう。私の為に言ってくれたのでしょう?」


「気にするな。俺はただ九条が楽しんでいる姿を見たかっただけだからな」


「なっ!?」


 本心を伝えた。ただそれだけなのに、何故か九条が驚いたように仰け反った。


 それも顔を真っ赤に染めて。


「お~い新道君~早くしないと始まるよ~」


「あぁ今行く! ほら、九条も行くぞ?」


「う、うん……」


 何故か急にモジモジしだした九条を引っ張って、俺達はアザラシのショーの会場に向かった。


 そうして始まったアザラシのショー。


 跳ねるようにお腹を揺らして進むアザラシ、その姿に興味のない俺ですら魅了された。


 しかしアザラシは可愛いだけじゃなかった。


 自らの鼻の上にボールを乗っけたまま器用に進んだり、飛んでくる輪っかを正確に頭でキャッチしたりしていた。


 あんな真ん丸な身体からは想像もつかない芸を披露してくれた。


「アザラシさん……凄い奴だったな」


 ショーを終えた俺の感想がそれだった。


「確かに凄かったね! まさかあんなに器用だとは思わなかったよ!」


「うんうん、あの丸いフォルムも相まって最高~って感じだったね~」


 盛り上がる会話。しかし相変わらず九条は参加しない。


 それでも九条が楽しんでいたのは確かだ。


 その証拠に――


「ね、ねぇ……早くお土産コーナーにいかない? 急がないとゴマみちゃんのぬいぐるみが売り切れちゃうっ」


 そう言って九条は急かすように俺の服を引っ張っている。


「わかったから落ち着け」


 俺は九条にそう伝え、宮原達に少し休憩にしようと提案した。


「じゃあ二十分後にまたここに集合しよう!」


 そうして俺は九条に腕を引っ張られながら、お土産コーナーに連行された。 


「あったっ! 見てみて! ゴマみちゃんよ!」


「そうだな、よかったな」


「うんっ!」


 相変わらず可愛いものには素直な九条。


 そんな彼女の姿を見て、俺は素直に来てよかったと思うのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ