22話『水族館』
チケット売り場までは別れて行動していた俺達だが、流石に入場時は四人全員が揃っていた。
しかし入場すると、またも宮原と西崎さんが先頭とズンズンと進んでいく。
そこに俺と九条も付いていけばいいのだが、今の俺にそんな余裕はない。
俺の意識はずっと――手に握った大人用のチケットに向けられていた。
「だから……さっきのは冗談だって言ったでしょう。貴方はおじさんじゃないわよ」
落ち込む俺の背中を九条はそっと叩いてくれた。
元気づけようとしてくれているのだろう。
「気にしないでくれ、俺はおじさんだからちょっと疲れただけだ……」
「あぁもう……分かったわ。後でアイスを買ってあげる」
「俺は子供か」
「そう、子供よ。少なくとも甘い物で釣れる程度には子供だと私は思っているわ」
「子供……若い! つまりおじさんじゃない!?」
確かにアイス一つで釣れるのは子供だけ。
それなら俺は全力で子供を遂行する!
「アイス欲しい、あとで絶対に買ってくれ」
「ふふ、いいわ。でも……若いって褒められて喜ぶのはおじさん……ううん、なんでもないわ!」
九条は何かを言いかけた後、慌てた様子で魚を指さした。
「そ、それよりもほら、凄まじい量の魚が泳いでいるわよ!」
「まぁ水族館だしな……」
「そんな事を言うからおじさんって言われるの……あっ!?」
「おじさん……」
「あぁもう面倒ね!」
俺達がそんな風に騒いでいる横で、宮原達は水族館を正しく楽しんでいた。
「ねぇ宮っち! この青い魚綺麗だよ~」
「確かに綺麗だね! でも僕はこの一際目立つサメを推すよ!」
「意外と男の子だね~」
そんな二人の会話を聞いて、俺も慌てて九条に会話を振った。
おじさんと言われないために学生らしくする為に。
「なぁ九条、あの青い魚はどんな味がすると思う」
「まずあの魚は食べられるの?」
「さぁ、三枚に卸せばいけるんじゃないか? さっき見たオオグソクムシも食べられるらしいしな」
「嘘でしょ……。仮に食べられるとして普通食べる? あんな気色の悪い生き物」
「おいおい、気色悪いとは聞き捨てならないな。今見た中では一番可愛かっただろ」
「うわぁ……趣味悪いのね貴方……」
出来た。まさに学生らしい会話だ。
それに満足した俺はその後も似たような会話で楽しんだ。
そうして奥まで結構進んだところで、九条の足がピタッと止まった。
「どうした九条……あぁなるほど」
足を止めた九条を見ると、その碧い目がキラキラと輝いていた。
そしてその視線の先には――アザラシのショーの案内板があった。
「可愛い……はっ!?」
明らかに心の声が漏れている。しかしすぐに首を横に振り、澄ました顔で周りを見た。
どうやらまた面倒なプライドが邪魔をしているらしい。
九条は可愛いものが好きらしい。ただそのことをキャラじゃないと隠している。
「仕方ない」
俺は少し前を歩く宮原達に駆け寄り、アザラシのショーが見たいことを伝えた。
すると宮原は間髪入れずに頷いてくれた。
「勿論! でも新道君ってこういうのに興味あったんだね!」
「実は可愛いものに目がなくてな。是非ともアザラシが頑張っている所を見たい」
息を吐くようについた嘘だ。それを純粋に信じてくれた宮原には申し訳ない。
しかしこれも従者の役目だ。
「あ、あの……ありがとう。私の為に言ってくれたのでしょう?」
「気にするな。俺はただ九条が楽しんでいる姿を見たかっただけだからな」
「なっ!?」
本心を伝えた。ただそれだけなのに、何故か九条が驚いたように仰け反った。
それも顔を真っ赤に染めて。
「お~い新道君~早くしないと始まるよ~」
「あぁ今行く! ほら、九条も行くぞ?」
「う、うん……」
何故か急にモジモジしだした九条を引っ張って、俺達はアザラシのショーの会場に向かった。
そうして始まったアザラシのショー。
跳ねるようにお腹を揺らして進むアザラシ、その姿に興味のない俺ですら魅了された。
しかしアザラシは可愛いだけじゃなかった。
自らの鼻の上にボールを乗っけたまま器用に進んだり、飛んでくる輪っかを正確に頭でキャッチしたりしていた。
あんな真ん丸な身体からは想像もつかない芸を披露してくれた。
「アザラシさん……凄い奴だったな」
ショーを終えた俺の感想がそれだった。
「確かに凄かったね! まさかあんなに器用だとは思わなかったよ!」
「うんうん、あの丸いフォルムも相まって最高~って感じだったね~」
盛り上がる会話。しかし相変わらず九条は参加しない。
それでも九条が楽しんでいたのは確かだ。
その証拠に――
「ね、ねぇ……早くお土産コーナーにいかない? 急がないとゴマみちゃんのぬいぐるみが売り切れちゃうっ」
そう言って九条は急かすように俺の服を引っ張っている。
「わかったから落ち着け」
俺は九条にそう伝え、宮原達に少し休憩にしようと提案した。
「じゃあ二十分後にまたここに集合しよう!」
そうして俺は九条に腕を引っ張られながら、お土産コーナーに連行された。
「あったっ! 見てみて! ゴマみちゃんよ!」
「そうだな、よかったな」
「うんっ!」
相変わらず可愛いものには素直な九条。
そんな彼女の姿を見て、俺は素直に来てよかったと思うのだった。




