2話『九条彩華』
俺は高校生になって初めて権力というものを理解した。
高校生活初日。新しい学校、新しい学友、そして新しい毎日の始まりだ。
新生活を前にしてワクワクするのが正しい学生というものだ。
しかし残念ながら俺の心にあるのは恐れだった。
張り出されたクラス分けの紙、そこには俺の名前と例の娘で九条彩華の名があった。
そこまではいい。問題は席の位置だ。
普通なら名前順で縦か横に並ぶ。
しかしその席順は不規則、ぱっと見では何を基準に並んでいるのか分からない。
ただ一つだけ分かることがある。
俺と九条の席が隣ということだ。
そしてその事を俺は事前に会長から聞かされていた。
数日前での強引な入学、クラス分けの操作、そして席の位置まで指定できるのだから、超大手企業の会長とはここまでの権力を持っているらしい。
しかしこれも依頼の為だ。
九条彩華の学園生活のサポート、それが依頼の内容であり、席が隣なのは正直ありがたい。
なにせその対象である九条は知らないからだ。
俺が彼女の父親に依頼されていることを。
それどころか絶対に本人にはバレないようにしてくれと言われている。
なにか事情があるのだろうが、俺からすれば依頼の難度が高すぎる。
そんな風に自分の席で頭を抱えていると、教室がなにやらざわつきだした。
「来たか」
皆の視線が扉の方に集まっている。
それも当然だ。そこにはまさに――絶世の美少女が立っていたのだから。
「きゃ~見て! お姫様よ!」
「腰まで伸びた白銀の髪……まるで絹のようだわ」
「な、なんだよあのスタイルの良さは……本当に高校なのか?」
「俺的にはあの鋭くも碧い目に睨まれたいね!」
「僕はあの漆黒のタイツに挟まれたいです!」
「男子サイテ~~~!!」
一瞬で教室が喧噪に包まれる。
それほどまでにその少女は綺麗だった。
「これで中身までお姫様なら問題なかったんだろうが……まぁ、ある意味ではお姫様か」
囲むように九条の周りに人が集まるが、当の本人は能面のように無表情のまま足を進める。
周りの何人かが彼女に話しかけたが――無視だった。
他人に興味ないと言わんばかりに足を止めず、そのまま指定された席に着いた。
つまりはそう、俺の隣にだ。
「…………」
「……………………」
先ほどの無視が響いたのだろう。
誰も彼女の側に近寄らない。
そして俺も彼女に話しかけない。
依頼遂行の為には必然的に仲良くならないと駄目だが、ここで話しかけても無視されるのがオチだ。
彼女の性格に難があるのは資料で知っていたので、俺なりに彼女と仲良くなる方法を考え中だ。
とりあえず今の所は静観するべき、そう考えた矢先――
「ねぇ、寒いから窓を閉めてくれない?」
まさかのあちらから話しかけてきた。
予想外ではあるが、できるだけ冷静に対応する。
「別にいいけど、今日ってそんなに寒いか?」
四月に入っているのだから十分にあったかい時期だ。
しかし思い出した。彼女は身体が弱く、そして寒がりということを。
だからこそ真っ黒にも見える程度にはデニール数の高いタイツを履いているのだろう。
そんな事を考えていると、九条は少し不機嫌そうに眉を寄せた。
「そうね、閉めてとお願いする程度には寒いわね」
「確かに……分かりきった事を聞いて悪かったな」
九条の言い分に納得しながらも俺は窓を閉めた。
そうして初めての会話は一瞬にして終わったのだった。