18話『訪問者』
高校生になって初めての休日。
今までなら起きてすぐに勉強を始めていたが、妹の病気が治った今はその必要がない。
必要がなくともやって損はないのだが、今までの反動なのか全くやる気が出ない。
掃除や洗濯は既に済ませたし、昼ご飯だって食べた。
つまりはそう――
「暇だな……」
まだ土曜日のお昼過ぎだというのに、既にやることがない。
普通の高校生は休日に何をしているのだろうか。
友達とのお出かけ? テレビ鑑賞? それとも俺みたいに暇を持て余しているのだろうか?
「そんなわけないか……」
どこの世界に華の高校生が休日に、ソファーに寝転んで天井を見つめているのか。
「何か趣味でも見つけないとな」
そんな風に一人で呟いていると、誰かの訪問を知らせる呼び鈴が鳴った。
「まさか……」
頭の中に一人の人物が浮かび上がった。
しかし今回は連打ではなく単発、常識を持った相手ということだ。
それなら九条ではないだろうと安心して扉を開けた。
その結果――
「貴方のご主人様が遊びに来てあげたわよ!」
超ご機嫌の九条がそこにはいた。
「な、何の用だ?」
「だから遊びに来てあげたって言ってるでしょ! どうせボッチで朴念仁の貴方の事だから暇していると思ってね」
「勝手に決めつけるなよ」
「じゃあ忙しいの?」
「……暇です」
ここで意地を張っても仕方ないので、正直に言って九条を招き入れた。
しかし九条にも困ったものだ。
友達なんて必要ないとか言っている癖に、普通に遊びに来るのだから。
やっぱり一人は寂しいのかもしれない。
「それよりも私に何か言うことはないの?」
「言うこと?」
朝の挨拶? いやでも今は既にお昼を回っている。
それなら上品にご機嫌麗しゅうなどの挨拶? でもそれなら九条が先に言うだろう。
じゃあ九条は何を求めているのだろうか。
「本当に分からないの?」
「何を?」
「はぁ……貴方って本当に朴念仁なのね。服よ、服! 見たら分かるでしょ!」
「服……あぁなるほど」
九条の言葉でやっと気がついた。
なんと九条が着ているのは制服ではないのだ。
休日なので当然なのだが。
「あの……なるほどじゃなくて、この服を見て何か言うことがあるでしょ?」
「言うこと……制服じゃないんだな?」
「このお馬鹿! 女の子がお洒落しているのだから褒めるとかあるじゃない!」
「な、なるほど」
どうやら九条は服を褒められたかったらしい。
しかし中々に難しい事を言う。
確かに九条の服は制服よりも圧倒的にお洒落だ。
上に着ている白いブラウスにはフリルやリボンがあしらわれていたり、黒のハイウエストスカートは全体的に上品さを醸し出している。
九条のスタイルの良さを強調しているだけではなく、それ以上にお姫様のような可憐さまで表現している。
つまりは可愛いし似合っている。
しかしそれを他人に伝える程の語彙は俺にはない。
どう伝えたものか。そう悩んでいると、九条がそっとスカートを持ち上げた。
「もしかして……似合ってない?」
そう呟いた九条の瞳は何故か不安そうに揺れている。
普段は自信満々なのにどうしたのだろうか。
ファッションセンスに自信がない?
これだけ似合っているのに?
「安心しろ、今日の九条は何時にも増して可愛し、その服も凄く似合ってる。でもこんな言葉じゃ駄目だよな。待ってくれ、もっと気の利いた言葉をだな――」
「あぁもう十分よ! その言葉が聞きたかっただけだから!」
そう言って九条はその場でクルッと回って背中を向けた。
「どうした九条?」
「な、なんでもないわよ! あっちに行って!」
「急に逆鱗……」
なんで急に九条が怒ったのかは分からないが、回る直前に見えた顔が真っ赤だったので相当だ。
やはり褒める際の言葉が的確ではなかったのかもしれない。
しかしこのまま放置していると、どんどん機嫌が悪くなりそうだ。
故に俺は服から意識を逸れるために別の話題を口にした。
「それより遊びに来てくれたのはありがたいが、俺の家に二人で楽しめるものなんてないぞ?」
トランプなどのアナログ系から、テレビゲームなどのデジタル系、遊びに使えそうなものは一切ない。
そんな俺の心配を余所に、九条は背中を向けたまま肩に提げたバックに手を突っ込んだ。
そして中から一枚のディスクを取り出した。
「なんだそれ……?」
気になって近づいて見てみると、そのディスクには見覚えのある犬が描かれていた。
「ふふん! 今日はこの『忠犬クロ公シーズン1』を一緒に見ようと思って来たのよ!」
嬉しそうな声と共に勢い振り返った九条の顔には満面に笑みが。
本当に忠犬クロ公が好きなようだ。
おかげで機嫌がなおった。忠犬クロ公には感謝しかない。
ただ九条には一つだけ伝えないといけない事がある。
「ちなみに俺の家には――DVDプレーヤーとかないぞ」
「なんでよ!? この石器時代の原始人!」
「酷い言われようだな……」
そうして九条は不服そうに、自分の部屋からDVDプレーヤーを持ってきてくれるのだった。