15話『好物』
ゲーセンを後にした俺達は喫茶店に来ていた。
というのも、目的のぬいぐるみをゲットしたので、俺は帰ると思って駅の方に歩いていた。
しかしその途中で九条が足を止め、不安げな目と共に喫茶店を指さしたのだ。
お腹でも減ったのかな? そう思いつつも断る理由がないので喫茶店に入店。
そして今に至るというわけだ。
「好きなものを頼みなさない。ここは全部私が出すわ」
席に座るなりに九条はそんな事を言ってきた。
しかし俺からすれば――
「え、怖いからいいや」
「なんでよ!」
「だって九条の事だから後で法外な見返りとか求めてきたりしそうだし」
「貴方ね……私の事をなんだと思っているのよ。ただ今日の件のお返しをしたいだけ」
「今日の件って、特に俺は何をしていないんだが」
ただ一緒に来て、ゲーセンを楽しんだけ。
なにか九条にしてあげた記憶はない。
「その顔……本気で分かっていないのね」
九条は呆れたように顔を浮かべた後、見せつけるようにしてぬいぐるみを持ち上げた。
「このぬいぐるみをゲットできたのは、間違いなく貴方のおかげよ。貴方がいなければ私は多分諦めて帰っていたもの」
「あぁ、あの欲しがる演技の事を言っているのか? あれぐらい別にお礼を言われることじゃないだろ」
「私が感謝しているのだからお礼をしたいの! それにお金だって受け取ってくれないし」
「あ~お金な……」
九条はぬいぐるみをゲットするのにかかった金を払うと言ってくれた。
しかし九条が払う意味はない。
なにせ今回使った分、それどころか普段の生活にかかる金は全て――会長から支給されたものだからだ。
つまり九条が持つ金と出所は一緒というわけだ。
だからこそ九条から貰っても意味がない。
しかしそのことを九条に伝える訳にもいかず、対応に困っているのが現状だ。
「お金を受け取ってくれないなら、せめてお礼くらいは受け取りなさい」
「わかったよ。ありがたくご馳走になる」
それで九条が納得してくれるならと、俺は受け入れる事にした。
「遠慮なんてしたら許さないから。好きなものを好きなだけ頼みなさい」
「はいはい、それならキャラメルラテとチョコレートパフェを頼むよ」
「甘い飲み物に甘い食べ物……スイーツ系男子ってやつ?」
「なんだそれ、普通に甘いものが好きなだけだ」
「ふふ、そうなの、案外可愛いところもあるじゃない」
「可愛いか?」
認識のズレを感じるが、九条の表情が和らいだので良しとしよう。
ちなみに九条は紅茶とイチゴのケーキを頼んでいた。
なんだかチョイスが上品だ。
そうして他愛ない会話をしながら待っていると、先に飲み物だけが来た。
「おぉ……これが喫茶店のキャラメルラテか」
市販で売っている粉をお湯で溶かすタイプのものは飲んだことはあるが、こういう場所の本格的なものは初めてだ。
なにせ喫茶店は高い。これだけでも五百円を超えるのだから。
しかしそれも当然、このキャラメルラテにはなんと生クリームがトッピングされているのだから。
それもなにやら生クリームの上に茶色いソースやら黒いチップみたいなものまで乗っている。
お洒落だ。見た目からしてレベルが違う。
「じゃあ頂きます」
「えぇどうぞ」
奢ってくれた九条に声を掛けつつ、俺はストローを咥えてから吸う。
すると、口の中に幸せが広がった。
しっかりとした甘さが最初に襲いかかってきて、すぐにキャラメル特有のちょっとした苦さが追いかけてくる。
そしてその二つが口の中で交わる事で、幸福という名のハーモニーが奏でられる。
要約すると――
「めちゃくちゃ上手い!」
あまりの美味しさに俺は叫んでしまった。
そんな俺を見てか、九条は楽しそうに微笑んだ。
「ふふ、飲み物一つで騒ぐなんて子供ね」
「いや、でも本当に上手いんだって! あ、そうだ、九条も一口飲むか?」
この感動を分かって欲しくて提案したのだが、何故か九条の顔に動揺が走った。
「あ、貴方ね……本気で言っているの?」
「九条の奢りなんだから気にするなよ」
「そういう問題じゃないでしょ。その……間接的な……あれになるわけで……」
「間接的? あぁ、間接キスの事か。そんな事を気にしているのか」
「普通は気にするものでしょ! 誰もが貴方みたいな朴念仁にはなれないの!」
「朴念仁……」
飲み物の回し飲みを推奨しただけでこの扱い。
確かに無愛想だとはよく言われるが、別に無口じゃないし、そもそも人の気持ちだって分かる。多分。
「それにそんな甘い物を飲んだら、折角の紅茶の味が分からなくなるでしょ」
「なるほどな。でも、それなら早く飲んだらどうだ? まだ一口も飲んでいないだろ」
思った事を口にすると、九条の目元がピクリと反応した。
「別に良いでしょ……私はデザートと一緒に飲むの」
「ふ~ん、そういうものか。あれ、でもそういうわりにはさっき飲もうとしていたよな」
俺がキャラメルラテを楽しんでいる間、九条は口をカップに近づけてはすぐに離す。
そんな不思議な行動を繰り返していた。
そのことから考えるに九条は――
「もしかして猫舌なのか……って、あ! 俺の生クリームが!?」
いきなり九条が俺の楽しみしていた生クリームを奪った。
紅茶に砂糖などを混ぜる為のスプーンを使って。
「私に逆らうからこうなるのよ。これ以上奪われたくなければ――あ、ちょっと、返しなさい!」
人の生クリームを奪った盗人が意気揚々とスプーンを掲げていた。
だから俺はそれを奪った。
そしてこれ以上奪われないために、そのスプーンで全ての生クリームを食べてやった。
「これでもう奪われるものはない!」
俺はそう口にして、どうだと言わんばかりに九条を見た。
すると、九条の顔をこれでもあと真っ赤に染まっていた。
「あ、貴方っ、そのスプーンはっ!」
九条の言葉に俺は使用したスプーンを見る。
そして理解した。
「あぁ……これってつまり……間接キスになるのか」
「この変態ぃ~~!!」
こうして俺たちの初めてのお出かけは終わったのだった。