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14話『ゲームセンター』


 俺と九条は無事にゲームセンターに辿り着いた。


 脇腹を痛めた事を考えれば無事ではないかもしれないが。


「おぉ~これがゲーセンか。予想よりも大きいな」


 俺の知っているゲーセンは一階建てのものだけ。


 しかしここはなんと四階建てだ。


 流石は隣町駅、名前に見合わず都会なだけはある。


「驚くのも無理ないわ。私もこんなに大きなゲームセンターは初めてよ」


「だよな。流石にこんなに大きいんだ、あの犬のぬいぐるみもあるだろ」


「忠犬クロ公よ!」


 本当にあの黒い犬が好きなんだなと理解しながらも、俺たちはゲームセンターの扉を抜ける。


 すると、コミカルな音楽と共にクレーンゲームの数々が目に飛び込んできた。


「うるさ……」


 それがゲーセンに初めて入った感想だった。


 そんな俺とは違い、九条の目はキラキラと輝いていた。


「見て! あそこに忠犬クロ公がいるわ!」


 嬉しそうに指さした先には、確かに写真で見たとおりのぬいぐるみがあった。


 ガラスケースの中に閉じ込められた黒い犬、それが一匹だけ。


「ラスト一個です! 人気商品の為、再入荷時期は不明ですのでどうぞチャレンジしてくださ~い!」


「えっ!?」


 店員の宣伝する言葉に九条の目が大きく見開かれた。


 どうやら本当に忠犬クロ公は人気らしい。


「ど、どうしよう……このままじゃ!」


「うん? 普通に今すぐ行けばいいだろ」


 確かに残り一つで焦る気持ちも分かるが、まだ誰もゲームにチャレンジしようとする者はいない。


「で、でも……見てよ! 店員さんの掛け声のせいで皆が注目しているわ! この中でチャレンジするなんて……」


「変な所で小心者なんだな」


 クラスメイト達を無視して生活できるほどの胆力はあるというのに。


 しかしこのままでは、すぐにでもチャレンジャーは現れるだろう。


 実際、周りの何組かは今にも動き出しそうな素振りを見せている。


「仕方ないな……」


 もしもこれで誰かが名乗り出て、その結果取られでもしたら、まず間違いなく九条は不機嫌になる。


 最悪なのはそのせいでお出かけ事態に嫌なイメージを持たれることだ。


 だから俺は動くことにした。


 喉を二回ほど鳴らしてから、普段は出さないような大きな声を張り上げた。


「あ~忠犬クロ公だ! それもぬいぐるみ! めっちゃ欲しい!」


「え……」


 俺はわざと大きな声でそう言い、間の抜けた声を漏らす九条の手を取った。


 そしてそのままチャレンジャーとして、クレーンゲームの前まで走った。


「あの、やってもいいですか?」


「はい、勿論です! 是非ともゲットして下さいね!」


 店員さんの許可を得て、俺は周囲の目など気にすることもなくお金を投入。


 そこで初めて固まっている九条に視線を送る。


「ほら、これで後は取るだけだぞ」


「え、あ、あの……どうして?」


 声からして九条は動揺している。


 急な俺の行動に驚いているようだ。


「九条が言ったんだろ。この犬っころを欲しがる役を演じろって」


「そ、そうだけど……まさか本当にやってくれるなんて思わなかったから……」


「え、あれって本気じゃなかったのか?」


 予想外の真実に俺も動揺してしまう。


 九条のことだから完全に本気だと思っていた。


「そもそも貴方が気にしていた昨日の件、別に貴方に落ち度はないもの。だから貴方が責任を感じて何かをする理由はないわ」


「えぇ……じゃあなんで九条は俺にあんな命令を?」


「そ、それはあれよ……こういう場所はあまり慣れていないし、クレーンゲームに関してはやったことがないから……その、付いてきて欲しかったの!」


「……なるほど」


 つまり九条はあれやこれやと理由を付けてはいたが、実際はただ一人で心細かったから同行を求めただけと。


 相変わらず面倒くさい奴だが、それと同時に――


「可愛いところもあるんだな」


「黙りなさい!」


「そう怒るな。それよりも早くした方がいいぞ。既に二回ほどクレーンが勝手に下がってるぞ」


「えぇ!?」


 九条は話すことに必死で気づいていなかったが、俺の視界の端ではずっとクレーンが勝手に動いていた。


 おそらく制限時間が設定されているのだろう。


「ちょ、ちょっと、どうしたらいいの!?」


「う~ん、俺もやったことがないからな……ただ説明を読む限り、この三つのボタンで操作するらしい」


「えっと、まずは一番のボタンで横を……次に奥を調整して……あ、行き過ぎたわ!?」


「なるほど、ボタンと実際の操作には一瞬のラグがあるのか」


「見て! 完璧な操作よ! これで取れて……え、なによこのクソ雑魚アームは!?」


 それから俺たちは試行錯誤しながらもやり続けた。


 そして五百円玉を四枚ほど投入した辺りで、ぬいぐるみがスッと下に落ちていった。


「あ、落ちた! 落ちたわよね! 今の見たかしら!?」


「あぁ、これでぬいぐるみは九条のものだ」


「え、本当!? うわ~忠犬クロ公よ! やったやった!」


 取り口からぬいぐるみを引き抜いた九条は、そのまま嬉しそうに抱きしめる。


 そして無邪気に跳ねて喜んでいる。


 その姿はずっと欲しかった玩具を買ってもらえた子供だ。


「よかったな」


「うん!」


 俺の言葉にも素直に返事をする。


 これには俺も父性というのものが芽生えてしまった。


 だからこその助言だ。


「九条が喜ぶ姿は見ていて気持ちが良いものだ。ただそのせいもあってだな」


「なに~?」


 九条はぬいぐるみを抱きしめながらニコニコと笑っている。


 そんな彼女の耳元で俺は静かに呟いた。


「信じられないくらい注目されているぞ」


 俺は伝える事だけ伝えて離れる。


 そしてチラッと周りを見る。


 するとそこには俺たちを囲むように大量の人が立っていた。


「うんうん、ゲットできてよかったね!」

「超絶美少女にぬいぐるみ……鬼に金棒ってこれの事か!?」

「見た目はクールなのに、中身はキュートなんて素敵!」

「惚れたで候! 是非ともお付き合いしたござる!」


 色んな言葉が聞こえてくる。


 しかしその全てが友好的、これなら九条も大丈夫だろう。


 そう思って九条の方を見ると――


「いやぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ!?」


 顔を真っ赤に染め、ゲームセンターから全力ダッシュで逃げていくのだった。

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