10話『白銀の鬼』
九条の鋭い口撃にイケメン宮原は固まってしまった。
あそこまであからさまに拒否されるなど、イケメンである彼には珍しい経験だったのかもしれない。
このまま成り行きを見守る。中学時代の俺なら間違いなくそうしてた。
しかし今の俺の目的は九条に普通の学園生活を送ってもらうこと。
つまり一日で人気者になった宮原と九条が友達になれば、間違いなくバラ色の学園生活に近づくことになる。
故に俺は宮原に助け船を出すことにした。
「まぁ待て九条、少し話を聞くくらい――あぶねっ!?」
少しでも足止めが出来たらいいなと考えた俺が甘かった。
話しかけた瞬間、椅子から立ち上がった九条から鋭い蹴りが飛んできた。
俺はそれをギリギリの所で避けることに成功したが、改めて話しかける気力は完全に消し飛んだ。
恩があるとか言っていた癖に問答無用で蹴りとは、恐ろしきじゃじゃ馬だな。
さっさと教室から出ていく九条の背中を見つめていると、慌てた様子で宮原が駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫かい!?」
「大丈夫だ、気にするな」
「それならいいんだけど……でも、ありがとう。困っている僕を助けようとしてくれたんだよね?」
「………………まぁ」
「本当にありがとう! 君の勇気は賞賛に値するよ!」
心が痛い。本当は九条の事しか考えていなかったなど口が裂けても言えない。
しかし本当に宮原という男は心までイケメンらしい。
初対面の俺のお節介な行動に、それも失敗したというのにお礼とは。
心の底から九条には見習ってもらいたいものだ。
「それより九条になんの用事があったんだ?」
「あ、それはね、クラスの皆で親睦会を開こうって話になったんだよ。だから帰ろうとしていた九条さんに参加できないか尋ねようとしたんだけど……結果は見ての通りだよ」
「なるほど、同情するよ」
「いや、急に話しかけた僕も悪いよ。事前にもう少し仲良くなる努力をしていたら話ぐらいは聞いてくれていただろうから」
あんなに酷い態度を取られたというのに、あくまでも悪いのは自分だと言っている。
今の言葉を是非とも九条に聞かせてやりたいものだ。
「ま、今回の事で懲りずにまた九条に話しかけてやってくれ」
「もちろんだよ、僕はみんなと仲良くしたいからさ!」
「眩しすぎる……」
これが本当の明るい人間というものか。
そう考えると俺が根暗と呼ばれていたのも納得だ。
やはり妹は間違っていなかったようだ……妹!?
「ま、そういうわけだ、じゃあな」
俺は大切な用事を思い出して立ち上がった。
「え、もしかして何か用事があったりするのかな?」
「あぁ、絶対に外せない用事だ」
「そっか……残念だけど仕方ないね」
「悪いな」
宮原のことだ、俺のような根暗にもその親睦会とやらに参加して欲しかったのだろう。
ありがたいことではあるが、今の俺が親睦を深めるべきは妹だけだ。
それから俺は早歩きで帰路についた。
そしてマンションの入り口を抜け、コンシェルジュさんに挨拶を済ます。
後はエレベーターに乗って最上階まで行けばいい。
しかし――
「待っていたわ」
エントランスホールの端に設置された如何にも高級そうな椅子やテーブル。
そこには何故か――九条がいた。
足を組んで座るその姿はまさに女王。
「…………」
目が合った。それどころかまず間違いなく俺に話しかけてきている。
しかし俺はそれを無視、そのまま気づかない振りをしてエレベーターへと向かう。
「なっ!?」
後ろから心底驚いたような声が聞こえた気もしたが、俺はそそくさとエレベーターに乗り込み、全力で閉のボタンを連打する。
ゆっくりと閉じていく扉を見つめていると、慌ただしく地面を叩くような音が次第に迫ってきている。
「間に合えぇぇぇ!!」
気がつけば俺は叫んでいた。
しかし現実はいつだって残酷だ。
「……いい度胸じゃない」
閉まりかけた扉の隙間に、真っ黒ブーツが差し込まれた。
そしてエレベーターは噛みついた主に謝るかの如く、扉という口をしっかりと開いてしまった。
現れる白銀の鬼。その顔には微笑みが。しかし不思議とその目には優しさの欠けらすら見当たらなかった。
そんな恐ろしき九条に俺は手を上げて言った。
「よう、エレベーターで合うなんて奇遇だな」
「ぶっ殺すわよ」
「すみません」
こうして俺は最上階に辿り着くまで、小さな箱の中で命の危機に怯えるしかできないのだった。